第146話 異世界ラジオと夏合宿⑤
「それじゃあ、次はいよいよボクたちの出番だね」
空也先輩との話を切り上げた七海先輩が、気を取り直したように俺たちの方へ振り返る。
「松浜君、ルティ君、リリナ君、さっそく打ち合わせをしようじゃないか」
「気合い入ってますねぇ」
「当然。こんな面白そうなモノを前におあずけを喰らっているほど、ボクは行儀良くないんだ」
「まあ、姉さんだからねぇ」
「空也はよくわかってるね。では、ルティ君、早速この箱からお便りを引いてくれたまえ」
放送卓代わりのテーブルに置いてあった箱を手に取った七海先輩は、丸く穴が空いているてっぺんのほうを差し出した。
「私でよろしいのですか?」
「当然、キミはこの合宿の主催なんだから」
「そうだな、主催なんだし」
「主催なのですから、エルティシア様が適役かと」
「そ、そうか、我が適役か。では……」
俺たちがうんうんとうなずくと、ルティがちょっぴりうれしそうに笑いながら箱の中に手を入れた。そして、一枚のハガキ大の紙を取り出して、
「サスケ、後は頼む」
「あいよ」
まだひらがなとカタカナしか読めないルティは、すぐに俺へと渡してきた。で、書いてある内容はというと、
「『夢』?」
「夢、とな?」
おたよりの表面にでっかく『テーマ・夢』って書かれていた。
「ああ、それもボクが書いたネタだ」
「また七海先輩ですか」
おたよりの裏面を見てみると、片隅には『ラジオネーム サクラーズ・姉』って書かれていた。
夢……夢、ねえ。先輩たちの場合、夢っていうより野望のほうがしっくり来るような気がするんだけど――
「いかにもボクには似つかわしくない題材だろう」
「自分でもそう思ってたんですか」
「おや、それは松浜君もそう思っていたということでいいのかな?」
「げっ」
やべえ! つい本音が出ちまった!
「まあいい。それよりも今はルティ君とリリナ君との番組が優先だ」
「今俺をわざと外しましたよね!?」
「誰が口答えしていいと言ったかな? AD見習いの松浜君」
「ADでも見習でもないです! パーソナリティです!」
「いい声で鳴いてくれてありがとう。今日も上々な反応でなによりだ」
「わかっててもつられるこの受け身体質が憎い。めっちゃ憎い!」
桜木姉妹と有楽に鍛えられたせいで、すっかりツッコミ体質になっている俺だったとさ。めでたくないしめでたくないし。
「あ、あの、ナナミ嬢。冗談ですよね? サスケを除いたりはしませんよね?」
「もちろん。今のはちょっとしたアドリブの小芝居だとも」
「こんなふうに振ったらこう反応する、っていうのを去年1年でみっちり教え込んだからねえ」
「そのおかげで、あたしも松浜せんぱいにフルパワーでぶつかれるんですよねー」
「……我にはできそうもない芸当だ」
「お願いだから、ルティはできるだけそのままでいてくれ……」
思わず両手を合わせて拝み倒したくなるぐらい、俺はルティへそう願った。ルティとのマイペースなトークも大好きだから、それだけは、それだけは勘弁を。
「では、ボクたちも始めよう。10分ぐらいしたら電源を入れるから、空也の班と赤坂先輩の班はまた木陰で待っていてほしい」
「わかった」
「それじゃあ、また後でね」
「ルティちゃん、七海先輩のペースに巻き込まれすぎないようにねっ」
「う、うむ……?」
みんなが出ていく中、有楽はルティの手を握ってそう言ってから体育館を後にした。さっきもお手並み拝見とか言っていたし、さすがにいきなりルティをマシンガントークには巻き込まないだろう。
……そう願いたい、ってのが本音といえば本音だ。
「さて、と」
最後に出ていった有楽が体育館のドアを閉めると、見送っていた七海先輩が俺たちのほうへと向き直る。
「松浜君はボクの隣がいいかな。ルティ君とリリナ君は、向かい側の好きなほうへ座るといい」
「わかりました。リリナ、我はナナミ嬢の前でいいだろうか」
「よろしいかと存じます。私は、サスケ殿の前のほうということで」
そして、それぞれの席へとつく。
会議用の長机をふたつ合わせて作った簡易スタジオは真ん中に置かれた送信キットが小さいこともあってか結構大きめで、わかばシティFMにあるスタジオの卓よりも向かい側との距離が結構離れている。
そういえば、ルティや七海先輩とはよくいっしょに座るけど、リリナさんとこうして卓で向かい合うのは初めてかもしれないな。
「では、今回のおたより読みは松浜君で」
「別にかまいませんけど、俺がですか」
「さすがにボクが書いたのをボク自身で読むのはね。あと、話を振る立場の松浜君を見てみたいというのもある」
「なるほど。それじゃあ……」
言いながら七海先輩が差し出してきたおたよりを受け取って『テーマ・夢』って書かれた表面を裏返す。先輩らしいかっちりとした字で手書きされた文章はそこそこ長めで、それでいて文字同士の間隔もとられているからかなり読みやすい。
「『初めておたよりを出します。私は若葉南高校に通う3年生で、放送部に所属しています』」
「まさにナナミ様のことですね」
「ボクもボク自身のことを書いたからね」
「『私たちが放送部に入った頃は先輩たちも少なくなっていて、双子の弟といっしょにのびのび育てられた記憶があります。それが、ラジオが大好きな後輩と演技をするのが大好きな後輩が入ってきて、私たちも後輩を育てる立場になりました』」
「そんなに部員が少なかったのですか」
「技術側をやりたがる子たちはいたんだけど、アナウンス側の部員のほうが少なかったんだ」
実際、七海先輩が言うとおりに部員自体はそこそこいる。3年生は桜木姉弟のふたりだけど、俺ら2年生は6人で1年生も5人。それでも、どっちかというと中瀬みたいに放送を作る側に興味を持っていて、こういう風に積極的に表舞台へ出たがるのは俺と有楽とあと2~3人ぐらい。
中には名義だけ放送部に置いている実質帰宅部のヤツもいるけど、体育祭や文化祭みたいなイベントになると顔を出してちょいちょい手伝いはしてくれるから、あんまり文句は言えなかった。
「『そして今、ラジオが大好きな子たちが外国からたくさん来て、放送のことでみんなと話せる場ができました。私たちはあと半年もしたら卒業して大学生になるけど、この繋がりでこれからからもずっとそんな場を作ってきたいと思います。パーソナリティのみなさんは、今抱いているこれからの夢ってありますか?』」
「おお……」
「ナナミ様は、これからも〈らじお〉をやっていきたいのですね」
「ラジオに限らず、表現できることならなんでもしていくよ。でも、こうして言葉だけでやりとりできるラジオが、ボクは一番大好きかな」
くくくっと笑う七海先輩は、どこまでも楽しそうで。
「先輩……これ、相当ガチなやつじゃないですか」
「ガチだねえ。ガチ中のガチだよ」
おずおずとした俺のツッコミにも、余裕で答えてみせた。
いや、まさか俺たちを引き合いに出してこんな風に将来の夢を語るとか、中高生のリスナーが多い番組の定番メールじゃないか。
「ラジオにはこういう人生相談的なものがあるだろう? だからといって人生相談そのものを送ってしまうと、10分では収まりがつきそうもない。となると、こういう風に自分の夢を語りつつ、パーソナリティからの話題を引きだそうと思ったのだよ」
「まあ、そりゃあそういうのもありますけど……まさか、七海先輩がこんなにガチなのを書くなんて」
「だからさっき言ったじゃないか、ボクには似つかわしくないと」
どこまでも余裕たっぷりに、七海先輩が腕を組んでふふふっと笑う。
こういう場のためなら、自分の夢とかも表に出して……って、表に出して?
「あの、先輩? もしかして、これって俺たちも将来の夢を語るような展開ですか?」
「当然!」
「うわぁ……そう来ましたか。そう来ましたか!」
にんまりと笑ってるし、この人自分の身を切り売りするだけじゃなくて俺らまで巻き込んできたよ! 恥ずかしげもなく言ってきたかと思ったら、それが狙いだったのか!
「サスケは何を焦っているのだ? 将来の夢であれば、我もサスケもカナとの〈ばんぐみ〉で語り合ったことがあるではないか」
「えっ」
「それは初耳だね。どういうことをキミと松浜君は言っていたんだい?」
「我は地元の街で〈らじおきょく〉を作りたいと、そしてサスケは父御のような〈あなうんさー〉になりたいと言っていました」
「ふむ」
ルティが春先に収録した番外編のことを暴露すると、七海先輩は考えるようにあごへ手をあててから、
「それじゃあ、松浜君のその夢は今回封印ということで」
「げっ!?」
人さし指をぴんと立てて、あっさりと俺のメインの夢を封じてきやがった!
「キミのその夢は、ボクももう聞き慣れている。だったら、他にもある夢を聞いてみたいのは世の常だろう?」
「で、でも、ルティの夢は?」
「ルティ君の夢のほうならばいくらでも話が広がる。それに、ボク自身も興味があるから仕方ないじゃないか」
「それはそうですけど……えー」
確かにことあるごとに何度も言ってきたし、他のみんなもよーく知ってるけど……いや、みんなどころか『好き放題』のリスナーさんもみんな知ってるぐらい言ってるか。
確かに別の夢のほうがいいのかもしれないけど、いきなりそんなことを言われてもなぁ。あと言える夢っていえば……
「……ん?」
「ん? ……どうした、サスケよ」
「あ、いや、なんでもない」
視線をさまよわせたところで、ふとルティと目が合う。そして、ぼーっとしてる俺へと自信たっぷりに笑顔を浮かべてみせた。
話題が決まってるから余裕なのかと一瞬思ったけれども、いつも見ているその笑顔からふともうひとつの夢が思い浮かんできた。
それは、ルティの夢にも関わること。そして、きっと俺ひとりじゃ出来ないこと。
できるかどうかすら、予想がつかない。でも、ルティがいて、みんながいるならそれができるかもしれない。
だって今、現実にその一歩を踏み出せているんだから。
「リリナ君とこうして話すのは初めてだから、楽しみにしているよ」
「あまり話題の種にはならないかもしれませんが」
「何を言ってるんだい。異国から来たお嬢様の侍女が抱く夢だなんて、ロマンにも程がある」
「ろ、〈ろまん〉、ですか?」
でも、ここにはそれに関わりのない先輩がいる。
「うーん……」
はてさて、どう言ったもんだか。
俺は腕を組みながら、思考の中へと埋もれていった。




