第145話 異世界ラジオと夏合宿④
「あはははっ、ごめんごめん。どっちかというと『教えてくれてありがとう』のほうがふさわしいか」
「私もどちらかというと、お二方へ感謝したいです。サスケ殿とエルティシア様のおかげで、楽しい世界を知ることができました」
「リリナくんもボクと同じ立場なんだね。よーし、次のボクらの出番でたくさん恩返しするとしよう」
「ええ。ナナミ様の仰せのとおりに」
「あぅ……その、はい」
「……それはそれで怖いような」
「何か言ったかな?」
「いえいえいえいえ、何も言ってませんよ?」
今まで一度も聞いたこともない七海先輩の『恩返し』って言葉に、思わず本音をつぶやいたら先輩が首をギギギと小刻みに振って反応してきた。だって、先輩から今の今まで一度も聞いたことがない言葉だったからさ。
リリナさんも聞こえていたのか困ったように笑っていて、気付いてなかったらしいルティは恥ずかしそうに視線をさまよわせている。よっぽど、先輩から言われて照れてるみたいだ。
「それじゃあ、みんなを待たせるのも悪いから体育館へ戻るとしようか」
「そうしましょう」
「エルティシア様、お手をどうぞ」
「うむ。ありがとう、リリナ」
七海先輩に言われて立ち上がると、ポケットラジオを大事そうに持ったルティもリリナさんの手を取って立ち上がった。木陰から陽射しへ出たら……うん、流石に暑い。肌がじりじりする。
ルティとリリナさんは色違いで長袖なジャージを着ていて、そのあたりはばっちり対策をしていた。それに対して、七海先輩は『日焼けなんてドンと来い』とばかりに半袖シャツに膝丈で切ってあるズボン姿で、なかなか豪快さんな格好だった。
赤坂先輩の班は先に体育館へ向かったみたいで、俺たちよりずっと前のほうで楽しそうにしゃべりながら歩いていた。さっきのアヴィエラさんと有楽との出番でも楽しそうにしゃべっていたから、今もそのテンションが続いてるんだろう。
「くーやおにーさんはおはなしじょーずですねー」
「本当ですね~。時間が経つのを忘れるぐらい、夢中になってしまいました~」
「ピピナくんもフィルミアくんも、ふたりならではの視点でとても楽しかったよ」
後を追って入った体育館では、フィルミアさんとピピナ、そして空也先輩がど真ん中にある仮設スタジオ――長い机をふたつ合わせて作った卓で楽しそうに笑っていた。
「おつかれさま、空也」
「ありがと、姉さん」
にかっと笑った七海先輩が拳を突き出すと、空也先輩もにっこり笑って拳を突き合わせる。いつもはあまり見ない、ふたりが満足したときのサインだ。
「フィルミア君とピピナくんもおつかれさま、とても楽しかったよ」
「ありがとうございます~。楽しいおしゃべりが伝わったのなら、とってもうれしいです~」
「ななみおねーさんっ、くーやおにーさんはとってもたのしーひとでした!」
「そうだろうそうだろう。でも、その楽しさをめいっぱい引き出したのはキミたちだ。きっと、今までみんなとやっていた番組で経験を積んできたんだんだろうね」
「そうですね~。『異世界ラジオのつくりかた』とわたしたちの番組づくりのために、リリナちゃんとは毎日練習していますから~」
「ピピナも、ルティさまやかなといっしょによくれんしゅーしてるです」
「それはいい積み重ねだ。これは、松浜君も有楽君もうかうかしていられないんじゃないかな」
「俺もみんなと練習しててそう思いますよ。もっともっと磨いていかないと」
ちょっとおどけて、本音を100パーセントで言ってみる。
実際、フィルミアさんはリリナさんと練習することでトークに慣れてきたし、ピピナはおしゃべり好きなこともあってみんなとの会話をしっかり楽しんでいる。ふたり……いや、レンディアールから来たみんなのトーク力はこれからも伸びるだろうし、俺だって負けちゃいられない。
「それで姉さん、どうだった? 僕たちの番組は」
「こんなにスムーズに行くとは思いもしなかった、っていうのが正直なところだ」
空也先輩からの質問に、きっぱりと七海先輩が答える。
「フィルミア君とピピナ君のトークはみんなの番組で知っていたけれども、仲間内だけでしゃべるのと初対面でしゃべるのとはまた違うはず。それなのに臆することなく、むしろ楽しんですらいるのにはびっくりしたよ」
「えへへー。ピピナ、いろんなひとたちとおしゃべりするのがだいすきですから」
「わたしも、よく地元の人たちと話したりしているので~」
「それならば納得だ。まあ、今の番組で言っておくべきことは特段ないだろう。赤坂先輩はどうですか?」
「私も、空也くんが七海ちゃん以外の人と楽しそうにトークしてるのを見てびっくりしたぐらいかなぁ」
「僕だってびっくりですよ。フィルミアくん、ピピナくん、またしゃべる機会があったらよろしくね」
「もちろんです~」
「はいですっ!」
声を弾ませる空也先輩へ、のんびりと応えるフィルミアさんといつも以上に元気いっぱいに応えるピピナ。最初は空也先輩と組んで大丈夫かって思ったけど、みんなで楽しめたのなら本当によかった。
「しかしまあ、クウヤはよく時間ぴったりに収められたもんだね。〈すとっぷうぉっち〉で計ったら、9分55秒とかほとんど誤差範囲じゃないか」
「僕も時計を見ながらやってるんで。このあたりで話題をふくらませようとか、そろそろ話をまとめたほうがいいかなとか、だいたいの時間で判断しているんです」
「なるほどねえ。そのへん、アタシもカナもまだまだか」
「ううっ……だって、ヴィラ姉とるいこせんぱいとおしゃべりするの、とっても楽しかったんだもん」
「わたしも楽しかったよ。でも、さすがにジェスチャーには気付いてほしかったかな」
「ごめんなさい。次はちゃんと気をつけます」
「あたしも精進しなくちゃね」
空也先輩たちの前に担当したアヴィエラさんと有楽は、タイムオーバーしたこともあってかリーダーの赤坂先輩といっしょに反省モードだった。さすがに2分オーバーはかなりのやらかしだから、まだ慣れてないアヴィエラさんはともかく有楽には反省してもらわないと。
そんな風に3人のことを見ていると、ポケットに入れていたマナーモード中のスマートフォンがぶるぶると震え始めた。取り出してスリープ状態から復帰させると、起動させておいたトークアプリに、
『くーちゃん先輩もみぃさんもぴぃさんも、とってもぐっじょぶでした』
と、中瀬からのグループ会話が届いていた。って、ステラさんとルゥナさんといっしょに親指立てて自撮りまで送ってきてやがんの。中瀬だけ無表情なのは相変わらずだけど。
「空也先輩、中瀬たちからグッジョブってメッセージが届いてます」
「本当だ。自撮りまで添えてくれるとはうれしいね」
「ステラさまもぐっとしてくれてます!」
「ルゥナちゃんも楽しんでくれたみたいですね~」
手にしていたスマートフォンを空也先輩たちに向けると、3人ともうれしそうに画面をのぞき込んだ。
技術班の中瀬と付き添い組のステラさんとルゥナさんは、いっしょに泰平山の中腹にある雑貨店まで夕飯の仕込みのためのお買い物中。その途中で、ポケットラジオを使って聴いてくれていた。
「買い物組も聴けているのであれば安心だな」
「それにしても不思議だよねぇ、こんな小さな機械なのにちゃんと電波が届くなんて……おっと。松浜くん、『さすがにお店の近くまでが聴ける限界でした』って来てるよ」
「数百メートルぐらいが限度ですからねえ」
そうは言ってみたものの、空也先輩がちょいちょいとつついているのはアヴィエラさんが魔術で出力を増幅してくれたほうの送信キットだったりする。
で、その当のアヴィエラさんはというと、
「だ、そうですよ。アヴィエラさん」
「それだったら安心さね」
空也先輩が読み上げた中瀬からのメッセージに、こっちも満足そうににかっと笑っていた。ということは、ちゃんとうまくいったみたいだな。
このキットをヴィエルで使うのなら、ラジオについての法律なんてないからまったく問題はない。でも、日本には『電波法』って法律があって、ラジオを放送するためには免許が必要だったり、出力制限があったりと決まりがある。
その中で送信キットは『出力が弱い』っていうこともあって規制が緩いんだけど、その理由は数百メートルしか届かないからこそ。アヴィエラさんが増幅してくれたこのキットだと数キロに電波が飛ぶから余裕で法律に引っかかるし、ヘタしたらパトロールカーが電波の出所を探しにすっ飛んできてもおかしくはない。
「リリナ、ちゃんとできてたってさ!」
「そのようですね。お役に立てたのであればなによりです」
それを、リリナさんがイグレールじいさんの宝玉を封じた力をICチップに込めたことで元々の範囲に抑え込んでくれた。中瀬たちがいるあたりで聴こえたり聴こえなくなったりしてるのは、その力のおかげってわけだ。
「ありがとうございます、リリナさん」
「いえ。皆様のためであれば、これしきのことは」
お礼を言うと、リリナさんは微笑んで返してくれた。
ルティがこっそり持って来たときはどうしようかと思っていたけど、リリナさん様々だ。
「練習や街のイベントでミニFMをやるぐらいならば、数百メートルあれば十分だろう」
「今はネットとかあるけど、こういうのもいいねぇ。姉さん、いっそ僕たちも買ってみようか」
「ほほう。それは楽しそうだ」
あっ、七海先輩がニヤッて笑った。
桜木姉弟に送信キットって、なんかとんでもないオモチャを教えちまったような気がするのは……いや、気にしないでおこう。深入りはヤバい。絶対ヤバい。




