第142話 異世界ラジオと夏合宿①
セミの鳴き声が、四方八方からひっきりなしに降ってくる。
風が吹いていないこともあって、まわりを囲む木々は静かそのもの。ほとんどの音はセミの大合唱で占められていて、その他に聴こえてくるものはというと、
「はぁ……はぁ……」
「がんばれー」
「ルティちゃん、あとちょっとだよ!」
俺たちの足音と、みんなの声ぐらい。
「さ、先ほども、カナはそう言ったであろう……」
「本当にあとちょっとだって。ね、先輩」
「ああ。あと10分ぐらいかな」
「ま、まだ10分もあるのか……」
息も絶え絶えなルティが、階段づくりの遊歩道を歩きながら俺と有楽へ絶望したような視線を向ける。って、そこまでショックを受けなくてもいいじゃんか。
赤いデニム地の半袖シャツにベージュ色のハーフパンツ、そして探検のときに被るような帽子も相まってスポーティに見えるけど、今ので一気に地が出てきたな。
「サスケくん、ルティはこういう山道が初めてだから仕方ないと思うよ」
「そうなんですか?」
「レンディアールって、円環山脈以外はほとんど平坦だから。ステラみたいに外の国へ行ったことがあるなら別だけど、ずっとレンディアールにいたらなじみがないもん」
「なるほど。じゃあ、フィルミアさんもステラさんみたいにイロウナとかフィンダリゼに行ったことが?」
「いえいえ~。わたしは、小さな頃から歌のために鍛えていますので~」
いっしょに山道を歩くステラさんとフィルミアさんに聞いてみたら、ふたりともけろっとした感じでそう言ってみせた。
そんなフィルミアさんの服装はというと、水色のワンピースの上に白地の長袖カーディガン。ステラさんはうちの近所にあるスポーツ用品店で買ったリベルテ若葉の緑色のレプリカユニフォームと黒いショートパンツ姿で、それぞれ白くてつばの広い帽子を被ったり、深緑色のバンダナを巻いたりしている。
一見するとお嬢様とサッカーのサポーターって感じで、3姉妹それぞれが自由に着飾っていた。
「なるほど。じゃあ、リリナさんもフィルミアさんのトレーニングに付き合ってたり?」
「もちろんです。それに、時間があれば自己鍛錬にはげんでおりますから」
「リリナねーさま、げんきすぎですー……」
「……こういった姿を晒すことがないようにも、です」
「ピピナ、だいじょうぶー?」
「あ、あははははは……」
リリナさんにたずねてみれば、やっぱり当然といった反応。その上歩き疲れたピピナを背負っても平気そうな顔をしているんだから、それだけ鍛えているってことなんだろう。
代わりにリリナさんとピピナのぶんのリュックを持ってあげているあたり、ルゥナさんも体力には自信があるらしい。
それぞれのパートナーと似たような感じになってるんだなぁ……まあ、ピピナの場合は妖精さんモードで飛んでることが多いのもあるか。
妖精さん3姉妹の服装はデザインが揃ったサマードレスで、色もグリーン系統で揃えられている。みんなでいっしょに駅前のデパートへ買い物へ行って、妖精さんモードの時に着ているドレスに似て日本の暑さに合う服を探してきたそうだ。
「ルティ、キツいんだったらリュックぐらい持つぞ」
「か、かまわぬ。皆こうしているのだから、我だってこのぐらいは……」
「いや、そのリュックは誰よりも重いだろ」
見れば、ルティが背負っているリュックは小さな体とは不釣り合いなぐらいに大きくて垂れ下がっている。試しにちょいと下から押し上げてみると……おおぅ、思った以上にずっしりとしてるじゃないか。
「ほら、やっぱり」
「し、仕方ないであろう。いろいろと詰め込んできたのだから」
「ルティってば、〈むでんげんらじお〉とか〈みにえふえむそうしんきっと〉とか、向こうと同じ機材を持っていくって言って聞きませんでしたからね~」
「いい鍛錬になるとは言ってたけど、さすがに限度があるよね」
「ううっ」
「ほれ、俺が持ってやるからこっちと交換な」
「い、いや、しかし」
「フィルミアさん、お願いします」
「は~いっ」
「わわっ!?」
「よっと。はいっ、サスケくん」
「ありがとうございます、ステラさん」
ルティの後ろへまわったフィルミアさんがリュックの肩紐を両サイドへ引っ張ると、その重みでリュックがするりと下に落ちてステラさんにキャッチされた。それを受け取れば、結構な重みがあって……身体が小さいのに、よく持ってこられたな。
「我が持って来たのだから、我の責任なのに……」
「ステラさんの言うとおり、限度があるだろうが。ほれ、そこまで言うなら俺のと交換な」
俺は肩からさげていたスポーツバッグを外して、そのままルティの肩にかけてやった。
「うむ、それならば……って、軽い!? サスケ、あまりにも軽すぎではないか!?」
「着替えと筆記用具とタブレットと、あとはスリッパぐらいしか入ってないし」
「そなたは逆に持って来なさすぎだ!」
「はっはっはっ」
わざとらしく笑いながら、そのままルティが背負っていたリュックを抱きかかえる。
元々男の荷物なんてそんなものだし、別にフィルミアさんとステラさんから聞いていたからなんてことは一切ない。ただの偶然だ。偶然。
そんなこんなで俺たちが歩いてるのは、栃木県の南側にある『泰平山』って呼ばれている山の遊歩道。若葉駅から最寄りの蔵町駅までは東都スカイタワーラインと繋がっている東都磐野線に乗って1時間ちょっとで、そこからバスで15分ぐらいあれば登山口まで行ける結構身近な山だ。
「せんぱい、看板が見えてきましたよー」
有楽が指し示した斜面には『泰平山神社』って書かれた看板が立てられていて、その下にひとまわり小さい『泰平山青少年自然の家』の看板がくっつけられていた。
「おー、この看板が見えてきたってことはあともうちょいか」
「まことか!」
「おいおい、無理して急ぐとケガするぞ」
「心配ない。サスケのおかげで身も心も軽くなった」
「ありゃりゃ。ルティったら、もう元気になっちゃって」
「この〈がっしゅく〉を発案したのもルティですから、無理もありませんよ~」
階段を早く上り出したルティをなだめてみたら、声を弾ませていたずらっぽく笑いかけてきた。まあ、フィルミアさんの言うとおり無理もないんだろうけどさ。
「俺らが放送部の合宿へ行くって言ったら、えらい食いついてきましたからね」
「ほんと。サスケくんたちがいない間、ステラやミアねーさまに〈がっしゅく〉したいってねだってきて大変だったんだから」
「だからって、費用全部持ちにまでしなくていいのに」
「こちらでの生活も安定してきましたから、心配なさらなくても大丈夫ですよ~」
ちょっと呆れ気味な有楽の言葉に、フィルミアさんはいつもどおりにふんわりと笑って当然とばかりに受け止めてみせた。
全部で13人の合宿費を引き受けておいてそう言えるなんて……『異世界ラジオのつくりかた』の制作資金の時も思ったけど、やっぱりフィルミアさんはいろんな意味で大らかだよなぁ。
今日俺たちがここへ来たのは、ステラさんとフィルミアさんの言うとおり合宿のため。このあいだ俺と有楽が放送部の合宿で泊まった泰平山青少年自然の家へ、今度は『ヴィエル市時計塔放送局』のメンバーを連れて泊まりに訪れた。
どうもルティは『みんなで親睦を深めながらいっしょに練習する』っていうシチュエーションに惹かれたらしく、俺らが帰ってきて早々合宿を提案してきた。
最初は夏休みなんだしもう埋まってる……と思っていたんだけど、お盆休み前の平日はぽっかりと空いているっていうことで、すんなりと8月11日から13日まで2泊3日の合宿が決定。そして、こうしてみんな集まって合宿所へ向かっているってわけだ。
合宿所への山道を歩いているのは、俺と有楽とルティにフィルミアさんとステラさん、そしてピピナとリリナさんとルゥナさんの計8人。赤坂先輩とアヴィエラさんと中瀬には先輩のお母さんが持ってる車で荷物とふたりの先生を運んでもらっていて、俺らより先に出発していたからそろそろ着いている頃だろう。
「おー、みんな着いたかー!」
「ヴィラ姉! やっほー!」
そんなことを思いながら歩いているうちに、白いノースリーブのブラウスにジーンズ姿のアヴィエラさんが階段の上から手を振りながら声をかけてきた。
「アヴィエラ嬢、もう到着されていましたか!」
「20分ぐらい前にね。ルイコたちは先に上へ行って、もう入所の手続きを始めてるよ」
「へえ、結構早かったですね」
言いながら階段を上りきった先は小さな駐車場になっていて、赤いカラーの少しずんぐりした車がアヴィエラさんのそばに停まっていた。
「どうでした? 初めての車は」
「すいすい走って楽しかったねぇ。速さで言ったら自分で飛んでいったほうがいいけど、みんなでワイワイ言いながら行けるのが〈くるま〉のいいところかな」
「あのふたりがいるなら、退屈しなかったでしょう」
「ほんとほんと。まるでルイコといっしょに〈なまほうそう〉へ巻き込まれた気分だったよ」
満足そうに笑っているあたり、アヴィエラさんにもあのふたりのトークに満足してもらえたらしい。この分なら、今日からの合宿も上手く行きそうだ。
「じゃあ、みんなも来たことだしそろそろ行こうか」
「はーいっ」
「ようやく着いたか……って、今度は坂道があるぞ!?」
ルティが駐車場から看板がある入口のほうを向くと、そこには左へ曲がるようにして続く坂道があった。
「心配するなって。あの曲がったところが正門だから」
「そ、それならばいいのだが……ふぅ」
あからさまにほっと胸をなで下ろしたルティに、思わず微笑ましくなる。なんだかんだ言っても、やっぱり疲れているんだろうな。
ゆっくりとした足取りで残りの坂道を登っていけば、そこは広場になっていて奥の方に自然の家の白い建物が見えてきた。
「みんな、お疲れ様」
「お待ちしておりました」
その建物のほうからきたのか、淡い水色のワンピース姿の赤坂先輩となぜかベージュ色の半袖シャツと半ズボンで揃えた探検隊ルックの中瀬、そして、
「へえ、なかなか壮観じゃないか」
「みんな、いらっしゃい」
お揃いのジーンズと左から右へと大きさが入れ替わる白黒のチェック柄のシャツを着た桜木姉弟――七海先輩と空也先輩の姿があった。
「ナナミ嬢! クウヤ殿! 来ていただいてありがとうございます!」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。ルティ君」
「ルティくんたちラジオ同好会の合宿なら、僕も姉さんも喜んで参加するよ」
ルティが駆け寄ってぺこりと頭を下げると、七海先輩も空也先輩もにっこり笑って優しく答えてみせた。
このふたりが、今回の合宿の『特別講師』。赤坂先輩といっしょに、ラジオに携わる先輩としてルティが参加をお願いしたふたりだ。
「お久しぶりです~、ナナミさん、クウヤさん~」
「お久しぶり、フィルミア君。隣にいるキミが、アリステラ君かな?」
「はいっ。初めまして、ルティのお姉さんでミアねーさまの妹のアリステラです」
「初めましてだね。僕が桜木空也で、こっちが双子の桜木七海。ルティくんとは時々遊んだりしてるんだ」
「よくルティとミアねーさまから聞いてます。ステラはごはんづくりのお手伝いとかですけど、今日から3日間よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
初対面のステラさんとのあいさつも、いつものように飄々とこなす桜木姉弟。
でも、まだふたりはルティたちが異世界から来たっていうことを知らない。相変わらずヨーロッパのどこかの街から来た子たちっていうことを信じているから、もしみんなの正体――特に、妖精さん3姉妹の正体を知ったらどうなるんだろう。
「おおっ……みなさん、そのまま妖精さんがでっかくなったみたいです!」
「リリナねえさまとピピナといっしょにえらんでみたんだー。かわいいでしょ」
「〈ニホン〉の暑さをしのぐのにも、ちょうどよさそうでしたので。ミハル様も、凛々しきお姿ですね」
「ありがとうございます。ふたりともとってもかわいいですし、りぃさんの背中にいるぴぃちゃんもかわいらしくて……わしゃわしゃわしゃわしゃ」
「や、やめるですよー!」
みんなの正体を知るひとりの中瀬は、おかまいなしとばかりに相変わらずリリナさんに背負われているピピナの頭をなで始めた。コイツはいつもマイペースだから、全然参考にはなりそうもないな。
そのあたりもルティたちは考えているみたいだけど、桜木姉弟もみんなのことを受け入れてくれたらいいなって、そう思う。いざというときのために、みんなのことを説明する準備はしておかないと。




