第138話 異世界ラジオのつなぎかた①
手にしたコップへ業務用冷凍庫から氷を入れて、そのまま水を注いでいく。
それを木製のトレイに置いて、冷温庫からよく冷えたおしぼりを出して添えれば準備完了。
「お水とおしぼりをお持ちしました。メニューはこちらですので、決まりましたら――」
「ああ、ナポリタンのポテサラセットをトーストのほうで」
お客様が座った席へコップとおしぼりを置きながら声をかけると、すぐに注文が入った。伝票ホルダーを持って来ておいて大正解。
「ナポリタン・ポテサラセットをトーストのほうでですね。飲み物は何にいたしますか?」
「アイスコーヒー、食後でお願いします」
「アイスコーヒーを食後にですね。ご注文は以上でしょうか」
「はい」
伝票ホルダーに挟まれたオーダー表へと注文を書き込んで、オーダーを復唱していく。しつこいと思われるかもしれないけど、オーダーミスを防ぐためには欠かせない。
「では、ご注文を繰り返します。ナポリタン・ポテサラセットとトースト、それとアイスコーヒーを食後に。以上でよろしいでしょうか?」
「ええ」
「ご注文を承りました。今しばらくお待ち下さい」
一礼をした俺は、伝票ホルダーと空になったトレイを抱えながらまたカウンターへと戻った。
「店長。ナポリタン・ポテサラセットとトースト、あと食後にアイスコーヒーです」
「ナポサラトーストとアイスコーヒーね。ステラちゃん、トーストをお願いしてもいいかしら」
「もちろんですっ!」
母さんのお願いを受けて、深紫色のスカーフを巻いた銀髪の女の子――ステラさんがスライスしてあるパンをケースからを取り出すと、扉を開けたトースターへと入れてダイヤルをぐいっと回す。
「サスケくん、〈とーすと〉はここまで回せばいいんだよね?」
「ええ、『3』と『4』の間までで大丈夫です」
たずねられて見てみると、ちゃんとうちの店のトースト時間に合わせられていた。こんがりサクッと焼くのが『はまかぜ』の特徴だから、この時間にさえ合わせられていれば大丈夫だ。
「よかった。覚えておこうね、ルゥナ」
「うんっ」
ステラさんはちょこんと見下ろすと、隣にいた頭ひとつぶんぐらい背が小さい人間モードのルゥナさんとうなずき合った。
俺よりほんの少しだけ低いステラさんの背には白いブラウスと黒いスラックスがよく映えていて、スカーフからこぼれる長細いふたつの三つ編みがかわいらしい。緑色の髪のルゥナさんも同じ格好だけど、とろんと眠そうな目が元気いっぱいなステラさんといい対比になっていた。
「ステラちゃん、ルゥナちゃん。ナポリタンの作り方、見てみるでしょ?」
「見ますっ、見ますっ!」
「ルゥナも!」
冷蔵庫から刻んである材料入りのボウルを取り出した母さんが声をかければ、ふたりとも弾かれるようにして母さんの隣へと駆け寄っていった。
料理好きのステラさんはもとより、とろんとした目のルゥナさんも目を輝かせているあたり、作るところを見るのが好きなのかもしれない。
うちの店――喫茶『はまかぜ』にふたりのアルバイト店員が加わったのは、昨日のこと。定休日兼ラジオ収録日の月曜が明けて、火曜の朝からステラさんとルゥナさんがキッチンのサポートに入ることになった。
とはいっても、うちの店の料理の知識はふたりともほとんどない。だから、まずはこうして母さんの隣に立って作り方を見ていたり、トーストを作ったりと軽い作業から手伝ったりしている。母さんとしても手慣れたもので、料理を作るときにはこうしてふたりを呼び寄せて実演してみせていた。
「サスケさん~、10番の〈あいすみるくてぃ~・じゃいあんと〉ができあがりましたよ~」
「はーいっ」
「むぅ……さすがに、これを我が運ぶのは無理だな」
同じように、上下白黒ファッションのフィルミアさんが俺へと声をかけてきた。俺の手が塞がっているときはルティが運んでくれるんだけど、さすがに1キロを越えることもある金魚鉢サイズ――『ジャイアント』を持っていくのは自重したらしい。
「これは俺が持っていくよ」
「すまぬな」
「いいっていいって」
ルティをなぐさめながらカウンターの出口のほうへ向かうと、大きめのトレイには2本のストローとマグカップ大のミルクポット、そしてそれを大きく上回る金魚鉢サイズの容器が鎮座していた。
「よいしょっと」
力を入れてトレイを持ち上げれば、容器になみなみいれられたアイスティーがたぷんと揺れる。容量は、たぶん1リットルを軽くオーバーしている。
先代店長のじいちゃんが考えた『ジャイアントサイズ』のドリンクはうちの目玉なわけだけど、母さんや他のバイトさんたちはよく平気な顔で持って行けるもんだと感心するばかりだ。
「行ってらっしゃいませ~」
「気をつけてな」
「行ってきます」
まあ、のんびりほんわかとした笑顔のフィルミアさんと、ちょっと心配そうなルティが送り出してくれるからうれしくもあるんだけどさ。
そんなわけで、夏休みに入って日本での最初の火曜日。ステラさんに加えて、フィルミアさんとルティもアルバイトとしててきぱきとカウンター内で動き回っていた。
なんでも主婦バイトさんの子供が夏風邪をひいたとかで、突発の休み。電話を受けた母さんが困っているとフィルミアさんとルティが申し出て、ふたりともキッチンのサポートに加わったってわけだ。
これまで何度も手伝ってくれたこともあって、ふたりのスキルも堂に入ったもの。フィルミアさんはいくつかの調理も任されているし、ルティは料理こそまだだけどコーヒーや紅茶をいれたり、後片付けをしたりとがんばっている。
こうして3姉妹がカウンターの中に揃っている姿を見るのもなかなか楽しいもので、
「んっふふー」
「サジェーナ様、ずーっとそこで見てる気ですか」
配膳を終えてカウンターの奥へと戻れば、居住スペースへの階段に座っているサジェーナ様も楽しそうに3姉妹の奮闘っぷりを楽しそうに眺めていた。
「だって、ステラがチホから料理を学んでるのよ? まさか25年も経って、わたしの娘が同じことをするなんてうれしいじゃない」
「ボクは、ルゥナが眠たそうで危なっかしいから見てるだけ」
「そーゆーわりには、かーさまもじーっとみてるですよね」
「本当、母様も素直ではありませんよね」
「リリナには言われたくないんだけど?」
そのサジェーナ様が座る階段の1段下には、妖精さんモードのリリナさんとミイナさんとピピナが並んで座っていた。
カウンターよりも低いところにいるし、ホールからは陰になっているから問題はない。話し声もミイナさんの結界でカウンターの外へは聞こえなくしているけど、こうきゃいきゃい言い合いをしてるのを見るとちょっとハラハラする。
「まあ、母親参観をしたくなる気持ちもわかります」
「でしょ?」
「ボクは違うってば」
「まーたまたー。あっ、明日はピピナちゃんとリリナちゃんがお手伝いなのよね。ほらほら、ミイナも楽しみにしてあげなくちゃ」
「しない。絶対しないっ」
からかうようなサジェーナ様からの物言いに耐えられなくなったのか、ミイナさんは階段から羽ばたくと、サジェーナ様の背後にまわって小さな手でぽかぽかと頭を叩きはじめた。笑いながら「照れちゃってー」って言ってるあたりからそんなに痛くはなさそうだし、じゃれついてるようなものだろう。
みんながみんな黒のボトムスと白のブラウス、そして色とりどりのスカーフとエプロンをつけているあたりも、なかなか微笑ましい光景だ。
「もうっ、かあさまもミイナさまもあまりケンカしないでください」
そんな風にきゃいきゃいはしゃいでいる母親ふたりを、階段からいちばん近いコンロ前からステラさんがぴしゃりとたしなめる。背が高いこともあってか、なかなか凛々しい。
「今日はステラが夕ごはん当番なんですから、これ以上けんかしたら夕ごはんは抜きにしますよっ」
「はーい」
「なんでボクまで……はいはい、わかりましたわかりました」
「ほらほらステラちゃん、ふたりのじゃれあいにかまってないで続き続き」
「わわっ。チホさん、置いていかないでください!」
仕事で真面目モードになってる母さんにうながされて、ステラさんがあわててコンロのほうへ向き直った。すぐさまシンクのそばにある右側の鍋を気にしたあたり、パスタのゆであがりについてのレクチャーを受けてるんだろう。
「ルティ~、〈ぷちけーきのあらかるとせっと〉ができましたよ~」
「はいっ。では、5番テーブルへと持って参ります」
その向こうでは、3つのミニケーキを見栄えよく並べて、チョコクリームとパウダーシュガーで飾り付けられた皿が乗ったトレイをフィルミアさんがルティへ手渡していた。
「フィルミアさんもさすがですね」
「ミアはリリナちゃんといっしょに、小さい頃からわたしを手伝ってくれたもの。チホの教え方が上手なのはよく知ってるし、戦力になってくれるならわたしとしても安心だわ」
「で、ルティのほうは……へえ、てきぱきと持って行けるんだね」
「ルティさまも、ねーさまやミアさまといっしょにいーっぱいれんしゅーしてたんですよ」
「初めこそ危ないところがありましたが、今では安心して見ていられます」
「ふぅん。じゃあ、サスケから見てどうだい?」
「お、俺ですか?」
くちびるの端をむいっと吊り上げてるミイナさんが、なぜか面白そうに俺へとたずねてくる。そりゃまあ、俺もここで手伝ってくれているルティのことはずいぶん見てるけどさ。
「ここの古株店員としてでいいから、さ」
「まあ、俺もよくやっていると思いますよ。最近じゃオーダー――えっと、注文もとれるようになってきましたし、常連さんとも話したりしますし。あとはミイナさんが母さんと流味亭で見たとおり、危なげない感じです」
ここで包み隠すものもないから、ルティの接客姿を見て思ったことを素直に明かしていく。ルティの凛としたたたずまいはうちの店の落ち着いた雰囲気にもよく合っているし、ルティ自身うちの店がどういう雰囲気を求めているのかをよくわかっている。
オーダーを出すにしてもちゃんとカウンターへ戻ってきてから穏やかな声で伝えてくれるし、テーブルが空席になったときにはテーブルをふくだけじゃなくてイスもちゃんと整えてくれる。どう見ても、文句の言いようのない店員さんなわけだけど、
「俺のほうこそ、王女様たちや妖精さんたちが異世界の喫茶店で店員をしてることをお母さん方がどう思ってるか気になりますが」
「ちょうどいい社会勉強ね」
「人となじむにはいいんじゃないかな」
「これまたあっさりと」
逆に気になっていたことをたずねてみれば、なんでもないようにさらっと返された。
「レンディアール王家の王子や王女なら、誰だって経験することだもの。ラフィだって、レクトとリメイラのお店でよく店番と料理をしていたのよ」
「ラフィって、今のレンディアール王のラフィアス様ですよね。そんなことまでやってるんですか」
「精霊大陸の国々って成り立ちが成り立ちだから、民と王家の距離がとても近いの。初代様から先代様にいたるまで国中のどこかでお店とか農園の手伝いを経験しているし、ミアやルティもそろそろって思っていたから、渡りに船ね」
「そういう風に思ってくれてるなら、俺としても安心ですけど」
心底楽しそうに言ってるあたり、サジェーナ様は本当にそう思ってくれているんだろう。そうじゃなかったら、自分から店番を申し出たりもしないか。
「ボクは、リリナとピピナがなかよくやってくれればそれでいいよ」
「ミイナさんはやっぱりミイナさんらしいですね」
「そりゃどーも」
あくまでも飄々と言いながら、ミイナさんがサジェーナ様の肩に座る。
「むしろ、ボクが今心配しているのは――」
「ひゃあっ!?」
「うわっ!?」
「ステラっ、大丈夫ですか~!?」
「――そっちのほうかな」
冷蔵庫に貼り付けられたキッチンタイマーが鳴った途端、響いた叫び声に振り返るとステラさんが身をすくませていた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
「大丈夫大丈夫。ほら、時間になっただけだから慌てなくてもいいのよ」
「すみません、気をつけます」
母さんは怒ることなく、すぐにキッチンタイマーを止めてステラさんのフォローへ。固まっていたステラさんも気を取り直したみたいで、パスタを茹でていた鍋を持つ母さんのほうへと向き直る。
「やっぱり、機械からの音はまだまだ苦手みたいだね」
「そうですねー……」
珍しくちょっと心配そうなミイナさんへ、俺もただうなずくしかなかった。




