第134話 異世界ラジオのつたえかた④
「ニホンの図書館というのは、ルイコさんの〈まんしょん〉ぐらいの大きさがあるんですね~」
「えっと、ここの場合はマンションの下のほうにスーパーマーケットとか図書館がたくさん入っているっていう感じなので、実はそんなには……」
真裏の建物を見上げたフィルミアさんが驚いていると、赤坂先輩が申し訳なさそうに補足する。
確かに先輩が住んでいるマンションも高いけど、ここの幅はそれ以上に大きくて、が6階まで入っているテナントのうちの2フロアに図書館が入っていた。
「何言ってるんだいルイコ。2階ぶんしかなくても、冊数はたっぷりあるじゃないか」
「あれっ。アヴィエラさん、ここの図書館に来たことがあるんですか?」
「ルイコとの待ち合わせで使わせてもらってから、時々来てるのさ」
そう先輩へと声をかけてきたのは、意外にもアヴィエラさん。聞いてみれば、当然とばかりに笑って応えてくれた。
「さすがに文字はまだまだだから、ニホンゴの勉強ついでに絵本とか子供向けの小説を読んでるんだ」
「なるほど~、そのような使い方もあるんですね~」
「レンディアールとかイロウナの図書館とは違って、本が借りられるのもなかなかいいところだね。もっとも、ワカバの市民じゃないアタシらは借りられないんだけどさ」
「えっ」
「えっ?」
残念そうに言うアヴィエラさんへ思わず声を上げると、アヴィエラさんも俺に首をかしげてみせた。
「いや、ここに若葉市民がいるのになーと」
「どういうことだい?」
「だから、俺がアヴィエラさんの代わりに借りたい本とか借りられるんじゃないかなって」
「あっ」
「だったら、わたしもできますね。もしフィルミアさんたちも借りたい本があったら、わたしが代わりに借りますよ」
「ほ、本当ですか~!?」
「そっか、その手があったか! いや、前に借りようとしたら、受付のお姉さんから『ワカバ市かそのまわりの町に住んでる証明がないと貸し出せない』って言われちゃって」
「なるほど、そういうことでしたか」
確かに、本をある程度自由に借りられる図書館でもそういった制限は設けられているし、若葉市の場合は沿線とか隣り合ってる市や町に住んでる人たちしか借りられないはずだ。
今日だったら俺も生徒手帳をカバンの中に入れているから、貸し出し用のカードを作ることができる。図書館に行ったら本を借りられないで読んで帰るだけとか、切なすぎるもんな……
「借りて返すのがわたしたち若葉市民なら、期限内に返せばそれほど問題ないと思います。アヴィエラさんは、何か借りたい本があったんですか?」
「いや、ほら、前にヴィエルの〈らじお〉でも〈らじおどらま〉をやったらどうかって話があって一回御破算になったろ。その時に言ってた朗読とか、図書館にある子供向けの話でやってみたら面白いんじゃないかって思ってさ」
「朗読ですか~。確かに、いろんなお話で朗読ができると面白いかもしれませんね~」
「だろ? 子供向けの〈ばんぐみ〉も作れるし、物語を楽しむにはうってつけだと思うんだ。それに――」
少し困ったように笑いながら、アヴィエラさんの視線が少し離れたベンチにするステラさんやルティたちのほうへと向く。
初めて出会ったときはおどおどしていたステラさんだけど、ルティやピピナとリリナさんといった顔見知りや、有楽に中瀬といった友達に囲まれて楽しそうにおしゃべりしている。中でもルゥナさんからはたい焼きを食べさせてもらって、幸せそうにもぐもぐと口を動かしていた。
「みんなも知ってるとおり、ステラ様は〈らじお〉を聴いて怯えてた。アタシが市役所に来たときにもすがるような目で受付の子に話してたし、きっと声だけが街中で聴こえてきて怖かったんだろうね。そういう怖さを和らげるのに、楽しい物語を読んで〈らじお〉で流すのは効果的なんじゃないかなって、そう思うんだ」
「怯えてた、ですか……」
慈しむようなアヴィエラさんの言葉が、俺の心にちくりと刺さる。
ルティといいフィルミアさんといい、今までヴィエルでラジオに触れた人たちは喜んで受け入れてくれる人たちばかりだった。始めは毛嫌いしていたリリナさんも俺への個人的な感情でのものだったし、今じゃルティたちといっしょに率先してヴィエルの人たちにラジオのことを広めてくれている。
でも、今日時計塔で見たステラさんは確かに怯えていて、俺とルティで説明したときもその怯えが消えることはなかった。
最初は、少しばかり大げさだって思っていた。でも、そうじゃない。
俺たちは、今までレンディアールに存在しなかったものを持ち込んでいる。何もなさそうなところから音が聴こえるようなシロモノにいきなり触れたりしたら、驚いたり疑問を持ったりする人がいたって当然だ。
「すいません、アヴィエラさん。本当なら俺たちがそういうことを考えなくちゃいけないのに」
「気にするな。アタシだって、向こうでステラ様を見て思いついたんだからさ」
「でも、確かにラジオを初めて見たり聴いたりして怖がったりする人はいるでしょうね……わたしも、アヴィエラさんの提案はとても有効だと思います」
「〈らじおどらま〉をやる設備はなくても、朗読だったら読んで録音するだけですから簡単ですものね~。子供たちのためにも、それにわかりやすく〈らじお〉のことを広めるためにも、わたしもアヴィエラさんの提案は賛成ですよ~」
「それじゃあ!」
「ええ。この後まだまだ時間もありますし、図書館で本を借りていきましょう」
「よっし! ありがと、サスケ、ルイコ、フィルミア様!」
「いえいえ~。むしろ、アヴィエラさんからこういう意見がいただけでとてもうれしいですよ~」
「あははっ。アタシも、すっかりみんなに染められちまったねぇ」
「痛っ、痛いですって!」
「ごめんごめん」
豪快に笑いながら、照れているのかアヴィエラさんが隣に座る俺の背中をバシバシと叩いてきた。
痛いけど、異世界の住民なアヴィエラさんからこうされると『ちゃんとここにいるんだ』ってわかってうれしくもある。意見を出してくれるのはとてもためになるし、ラジオに関わって楽しんでくれているのならなによりだ。
「それじゃあ、俺がルティたちに図書館のことを話してきますね」
「おうっ、頼んだよ」
「わたしは、アヴィエラさんとフィルミアさんとどんな本を借りるか考えておくね」
「よかったら、ルティたちとも考えてきてください~」
「わかりました」
アヴィエラさんと赤坂先輩、そしてフィルミアさんにうなずいてみせてから、俺はルティたちが集まるベンチのほうへと向かうことにした。相変わらず、楽しそうにみんなでおしゃべりをしているみたいだ。
「みんな、ちょっといいか?」
「どうした? サスケ」
「女の子の園にまた踏み入るとは、松浜くんも図太い神経をしていますね」
「今更ソレを言うか」
確かに中瀬の指摘どおりでも、今更それを言われても動じねえっての。
「このあとのことなんだけど、アヴィエラさんとフィルミアさんと話していたら図書館はどうかなって話になってさ」
「図書館? それは別にいいが、ここから結構あるのか?」
「えーっと……」
暑さもあってか、少し心配そうなルティへとひとさし指をゆっくりと立ててみせると、
「ここ」
「ここだよー」
「ここですね」
「は?」
若葉市民な俺と有楽と、東都線の沿線住民な中瀬が揃って真後ろにある建物を指さした。
「ここが図書館だというのか?」
「正確には、ここの3階と4階だがな」
「結構いろんな本があって楽しいんだよ。わたしも、よく妹たちを連れて本を借りに来たり読み聞かせ会に来たりしてるんだ」
「なるほど。しかし、ミア姉様もアヴィエラ嬢もニホン語はあまり読めぬのではないか?」
「日本語の勉強で、よくアヴィエラさんが来てるんだってさ。あとはヴィエルで子供向けの朗読番組を作りたいって思ってるらしくて、その話をしていたらフィルミアさんも乗ってきたってわけだ」
「ふむ。それはとても面白そうなのだが……」
「?」
そう言いながら、ルティがふとステラさんのほうを見やる。かわいらしくちょこんと首をかしげているステラに対して、ルティはどこか心配そうな表情を浮かべている。
もしかして、ルティも気を遣ってるのかな……だったら、極力ラジオについては触れない形で話をしてみよう。
「あの、このあと図書館へ行こうかって話がフィルミアさんとアヴィエラさんから出てるんですけど、ステラさんも来ますか?」
「図書館ですかー。えっと、料理の本とかってあるのかな」
ここに来てまた料理か。って、そういやステラさんの志学期が料理のことなんだっけ。それじゃあ、むしろ好都合じゃないか。
「たくさんありますよ。写真……えっと、レンディアールでいう写実機を使って手順をわかりやすくしたものとか、特定の食材を使った料理の本とかたくさんあります」
「えっ、なにそれっ!」
「うおっ!?」
い、いきなりステラさんが身体を乗りだしてきたよ!?
「文字だけじゃなくて、絵もいっしょに描かれたりしてるってこと!?」
「は、はい」
「それって面白そうだなぁ……あっ。でも、ステラはこっちの文字とかわからないし……」
「それでしたらお任せ下さい。私がらぁさんのためにわかりやすく読みましょう」
「あたしも料理はよくやるから、海晴せんぱいといっしょにお手伝いするよっ!」
「本当? じゃあ、ステラも行ってみたいです!」
一旦は意気消沈したステラさんだけど、有楽と中瀬の申し出を受けてまた目を輝かせた。こっそりとふたりでVサインをしているあたり、有楽と中瀬も思うところがあったんだろう。正直言って、ナイスフォローだ。
「ステラ姉様が行くのであれば、私もともに行きましょう」
そのおかげで、ルティもほっとしたように同意してくれたしな。
ふたりには、あとでちゃんと礼を言っておこう。
「リリナおねえさま、図書館って本がいっぱいあるところですよね?」
「ああ、そうだ。私も絵本ぐらいであれば読めるから、ルゥナとピピナに読んであげよう」
「ほんとーですかっ? なんだか、とってもひさしぶりですねー!」
「ほんとうだね。たぶん、20年ぶりぐらい?」
妖精さん姉妹は妖精さん姉妹で、リリナさんが先頭に立ってふたりを誘ってくれていた。俺もリリナさんの読み聞かせには興味があるから、あとで顔を出してみようかな。
「それじゃあ、もうちょっとしたら図書館行きで決まりだな。みんな、荷物は忘れないようにしとけよー」
「「「「「「「はーいっ」」」」」」」
俺が声をかけると、みんな元気よく応えてくれた。あの中瀬ですらも応えてくれたんだから、ずいぶん楽しみなんだろう。
そんな俺も、やっぱりみんなと図書館へ行くのは楽しみなわけで。
「先輩、フィルミアさん、アヴィエラさん、みんな図書館行きでおっけーですってー!」
「おー!」
元気に応えてくれるアヴィエラさんみたいに、俺も満面の笑みを浮かべていた。




