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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第5章 異世界ラジオのひろめかた、ふたたび
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第133話 異世界ラジオのつたえかた③

 *   *    *


「すいませーん! 〈カエダマ〉もうひとつ、〈やわ〉でくださーい!」

「ありがとうございます! 替えヤワ一丁!」

「……えー」


 ヴィエルから日本へ戻ってきてから5時間後の、午前11時。

 開店したばかりのラーメン屋で、俺はうれしそうにとんこつラーメンの替え玉を注文するステラさんの姿を、愕然としながら横目に見ていた。


「はー……ステラちゃん、よく食べるんだねぇ」

「こうなったら、ニホンの食べ物とかたくさん味わっておかなくっちゃってね」


 有楽もまた、1杯目のとんこつラーメンも半ばといったところで唖然としながら豪快な食べっぷりのステラさんを向かいの席から見ていた。


「アリステラ様、幾度か〈カエダマ〉をすると薄くなりますので、そこの瓶に入っているタレで味を調整したほうがよろしいかと」

「そうなんだ。ありがと、リリナちゃん!」


 それに対して、助言をくれるって言っていたリリナさんは確かに助言をしていた。

 主に、初めてラーメンを食べるステラさんの隣で。


「はふっ、はふっ……あ、あつくない? だいじょうぶ?」

「だいじょうぶですよー。ぎゃくにひやしすぎちゃうと、あんまりおいしくなくなっちゃうです」

「そ、そうなの? じゃあ……あっ、おいしいっ」

「でしょー?」

「ああっ……かわいい、ふたりともかわいいよぅ……」


 その向かいの席では、人間モードになったピピナとルゥナさんが有楽と並んでとんこつラーメンを食べている真っ最中。

 ピピナよりひとまわり背が高いルゥナさんではあるけれども、相変わらず眠そうでピピナにかいがいしく世話をされながら麺をすすっている。本当なら有楽がそうしたほうがいいはずなのに、やはりというかなんというかハァハァモードに突入していて……まあ、放っておこう。麺がバリカタからヤワになっても、俺は知らん。


「おまちどおさま、替え玉ヤワをお持ちしましたー」

「あっ、はいはいっ、それステラのですっ!」

「熱いので気をつけてくださいね」

「はーいっ! 〈カエダマ〉と、〈タカナ〉、〈タカナ〉っと」


 目をキラキラさせながら替え玉入りの鉄皿を受け取ると、丼に麺を入れてから唄うようにしてトングで高菜をひょいひょいっとのせていった。

 それから一気に麺をすすっているのを見ると、白地に黒の豪快な筆字で『食べ放題』って書かれたTシャツにデニム地のキュロットスカート姿ってこともあって、どう見ても異世界から来た女の子だなんて思えない。いいところ、外国から来たラーメン好きの女の子にしか見えないだろう。


 そんなこんなで、時間はお昼時前。俺とステラさんとリリナさん、そして有楽とピピナとルゥナさんは、うちの店の並びにあるラーメン屋『清海屋』でいっしょになって麺をずるずるとすすっていた。


「んふふー、うまうまだねぇ。もうっ、ルティたちも来ればよかったのに」

「仕方ありません。エルティシア様たちは〈でぱぁと〉でアリステラ様がまとう服を見つくろっているのですから」

「別に、ステラはこれでもいいんだけどなぁ」

「こちらはヴィエルよりも暑い気候で、着替えも多くなります。その一着だけではきっと足りなくなるでしょう」

「俺もそのほうがいいと思います」


 言いながら横目で視線を送ってくるリリナさんに応えるようにして、俺も同意しつつこくこくとうなずく。

 ステラさんの言うとおり、ルティを始めとしてフィルミアさんとアヴィエラさん、赤坂先輩と中瀬の姿は清海屋にはない。今頃は、真裏にある駅前のデパート『ラゴス』の洋服売り場で実際にステラさんに似合う服を選んでいるはず……というのは、表向きな理由。


「でも、次のお店はルティもミアねえさまもみんなも来るんだよね。次はみんなでおいしいのをいっぱい食べたいなぁ」

「あ、あはははは……」


 期待に満ちたステラさんとは裏腹に、俺はただただカラ笑いをするしかなかった。

 言えるわけがない。今ラゴスにいる5人は、次のステラさんとの食事のために待機してもらってるだなんて、口が裂けても言えるわけがないんだ……


 それもこれも、今朝のステラさんのこの発言が発端だった。


『せっかく異世界に来たんだから、ステラはいろんなものを食べてみたいです!』


 ルティやフィルミアさんのような『志学期』の勉強のためなのかなと思った俺と有楽、先輩と中瀬の日本チームは即OK。オススメのお店を選んでどのお店に行こうかって聞いたその返事が、


『じゃあ、全部行きましょう!』


 だっていうんだから、そりゃもうみんなで揃って唖然。そこでリリナさんが俺の肩にぽんっと手を置いて小さくうなずいたことで、俺は全てを察した。


「ふうっ……どうしようかなぁ。もうひとつ〈カエダマ〉行っておこうかなぁ」

「そろそろやめたほうがいいんじゃないですかね。次のお店もありますし」


 ステラさんが志学期だけじゃなく、元からとても食べる人だっていうことを。

 サジェーナ様との話し中、母さんが作ったホットドッグを2つも平らげたそうだし、その上デザートのビッグプリンもあっさり食べて、今こうしてこってりとしたとんこつラーメンを食べた上で替え玉も3回堪能してみせた。


「そっか、そうですね。だったらちょっとはお腹を空けておいた方がいいかも」

「ほっ……」

「リリナちゃん、これからの3件もめいっぱい楽しもうね!」

「承りました」


 俺が安心して息をついた方、ステラさんを挟んで反対側にいるリリナさんはとても穏やかな声でステラさんからの言葉を受け止めていた。

 何でもないように振る舞っているリリナさんからの助けがなかったら、今頃全員で討ち死にしていたんだろうなぁ……



『これより、アリステラ様との食べ歩き対策会議を行いたいと思います』

『は、はあ』


 リリナさんから俺たちへのアドバイスは、いつもルティたちが泊まっている部屋でサジェーナ様がステラさんへ説明している間に、リビングへ集められて始まった。


『〈らぁめん〉と〈はんばぁがぁ〉、それに〈いんどかれぇ〉と〈タイヤキ〉……でしたら、3つの班に分けて食べることとしましょう。その上で、最後に甘味として〈タイヤキ〉を食べれば皆様には負荷がかからないはずです』


『いいですか、サスケ殿、カナ様。おふたりとも〈キヨミヤ〉の〈らあめん〉は〈やわ〉が好みなことを存じてはおりますが、ここは耐えて〈ばりかた〉を選んでください』


『アリステラ様はゆっくりとじっくりと、それでいてたくさんの食べ物を味わう方です。同じような速度と量で食べては、きっと途中で力尽きてしまうでしょう』


『私ですか? 私は、ピピナとルゥナとともにアリステラ様に付き従うまでです。幼い頃から、アリステラ様の食べ歩きにはよく付き合っておりましたので』


 言葉の端々から、俺たちのことを心配してくれているのはよくわかった。

 その上で、黒いタイトスカートに白いブラウス、そしてメガネ状にカスタマイズされた魔石――眼石を身につけた先生スタイルで会議の進行をしていたのは、あまりにもノリノリすぎなんじゃないかな。

 こうして食べている最中も先生姿のままでステラさんにアドバイスをしているあたり、俺らにヴィエルのことを教えてくれる『リリナ先生』モードが、実は結構お気に入りなのかもしれない。



「こちらがアリステラ様の分、小倉たい焼きとチョコたい焼き、それとお好みたい焼きになります」

「ありがとう、リリナちゃん。えへへっ、どれもこんがり焼けてて美味しそうだなぁ」

「どれも焼きたてですので、火傷にはお気を付け下さい。ピピナ、ルゥナ、お前たちのぶんも買ってきたぞ」

「わーいですっ!」

「ありがとうございます、リリナおねえさま」


 それは最後に買ったたい焼きまで変わらなくて、リリナさんは3種類のたい焼きが入った袋をステラさんとピピナ、そしてルゥナさんに渡しながらにこやかに微笑んでいた。


「ルティと中瀬はバニラクリームたい焼きで、赤坂先輩とアヴィエラさんはベーコンチーズたい焼き、と……ルティも中瀬も、本当に半分ずつでいいのか?」

「さすがに、〈ちぇいんふぁーむ〉の〈はんばぁがぁ〉が相当効いてな……それでも、姉様が食べるのだ。少しでも食べないわけにはいかぬ」

「半分ずつなら食べられなくもなさそうですし、るぅさんと半分こなら喜んで食べましょう」

「さいですか」


 包装紙でくるまれたたい焼きを渡すと、中瀬は当然といったばかりに言いながらたい焼きを手で半分に分けてその一方をルティへと手渡した。おお、なかなかキレイにやるもんだ。


「ステラさんもルゥナさんも、そんなに食べきれるんですか?」

「はいっ。ここまでいっぱいおいしいものを食べたから、もっと食べたいぐらいです!」

「よゆーもよゆー。もっとどんとこーい」

「あははははははははは……」

「……強く生きろよ、ルティ」


 元気いっぱいなステラさんとルゥナさんに対して、ちょっと虚ろな目で棒読み気味に笑うルティ。チェインファームのハンバーガーはめちゃくちゃ肉厚だってのに、4つもペロッと行ったってんだからな……そりゃあ圧倒もされるわ。


「フィルミアさんは豆乳クリームでしたっけ」

「ありがとうございます~」


 ルティたちがいるところから少し離れたベンチにも持っていくと、フィルミアさんが待っていましたとばかりに手を伸ばして俺からたい焼きを受け取った。


「確か、サスケさんもこの〈たいやき〉でしたよね~」

「松浜くんもフィルミアさんも、ひとつまるごと食べきれます?」

「まあ、俺はラーメンを食べてから結構時間をおいてるんで」

「わたしは半分にしてもらいましたし、この〈とうにゅうくりぃむタイヤキ〉はとっても食感が軽いんですよ~」


 心配する赤坂先輩へ、揃ってたい焼きを軽く掲げながら平然と言ってみせる。実際、中のクリームがふわっとしてるからとっても食べやすいんだ。


「さすがは食べ盛りだねぇ。アタシもさすがにひとつまるまるは無理だよ」

「そのわりには、先輩もアヴィエラさんもなかなかヘビーなものを頼んでるじゃないですか」

「あのお店だったら、これがいちばん大好きだから……わわっ」

「あははっ。ルイコ、そういうときはチーズが垂れないようにぐるぐる巻くといいんだよ」


 割ったら出てきたチーズの伸びに先輩が悪戦苦闘していると、アヴィエラさんは手を貸しながら伸びた分をぐるぐると片方のたい焼きへと巻き付けていった。


「アヴィエラさん、ずいぶん手慣れてますね~」

「アタシもルイコにすすめられて、ここの〈タイヤキ〉は気に入ってるんだ。ルイコの大学へ遊びに行くときに、ここでよくこうして食べたりしているし……あむっ」

「なるほど~」


 待ちきれないといった感じでベーコンチーズたい焼きにかじりついたアヴィエラさんは、ベージュのノースリーブシャツにブラウンのロングスカート姿。深緑のキャミソールの上に空色のサマーニットを羽織って白いロングスカートでまとめている赤坂先輩といっしょにいると、同じ大学生に見えるんだから不思議なもんだ。


「しかしまあ、たい焼きをこの季節に食べるっていうのは珍しいですよね」

「そう? わたしは年中食べてても飽きないよ?」

「暑いときに熱いものを食べるのも、また美味いもんだよ。それを言ったら、アタシたちがさっき食べた〈いんどかれぇ〉なんて熱いわ辛いわで夏向きじゃなくなっちまうだろ」

「あー……言われてみれば」


 確かに、カレーは春夏秋冬関係なく食べたくなったりもする。夏だからっていって冷えたものばかりを食べると体調を崩すとも聞いたことがあるし、たい焼きの美味しさも暑いからって変わることはないはず……うん、美味い。やっぱりクリームが軽くてほんのり甘いや。


「それにしても、文鳳大学の駅前にこんな公園があったんですね」

「わたしも、高校の時にオープンキャンバスで来て初めて知ったんだ。スーパーとか図書館の裏手だから、地元の人か文鳳大学の学生しか知らないんじゃないかな」


 少しうれしそうに言いながら、赤坂先輩がはむっとかわいらしくベーコンチーズたい焼きにぱくつく。

 若葉駅前のとんこつラーメン屋で俺と有楽が食べたあとは、ハンバーガーショップの「チェインファーム」でルティと中瀬が、そしてふたつ先にある綾瀬台駅前のインドカレー屋「プラティナ」で赤坂先輩とフィルミアさんとアヴィエラさんがステラさんの食事に付き合った。

 そして、今は綾瀬台駅と若葉駅の間にある文鳳大学駅前でたい焼きをテイクアウトして、近場の公園でみんないっしょにデザートとして食べているってわけだ。

 レンディアールでのカラッとした涼しめな気候と違ってジメジメ、ジリジリした暑さでも、こうして涼しい木陰で食べられるとなかなか気持ちいい。

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