第132話 異世界ラジオのつたえかた②
改めてアリステラさんのたたずまいを見てみると、俺より少し背が低いだけで視線はほとんどぴったり。ぴんと伸びた背筋やぱちっと開いた緑色の目はとても活発そうで、紫色の半袖ジャケットと黒いハーフパンツから伸びるすらりと引き締まった手足がよりいっそう元気さをプラスさせている。
同じ銀髪と緑眼の姉妹でも、おっとりとしたフィルミアさんとも覇気のあるルティとも全く違う雰囲気をまとっているのが面白い。サジェーナ様の3人の娘さんの中じゃ、いちばんサジェーナ様に近そうだ。
「それじゃあ、改めて。ステラの名前はアリステラ・シェザーネ=ディ・レンディアールで、ルティのおねえさんとミアおねえさまの妹。つまり、レンディアールの第4王女ってことになります。見てのとおりのあわてんぼうで騒がし屋ですけど、よろしくお願いしますっ!」
「よろしく!」
「よろしくお願いします! ……って、拍手とかしちゃってるけど大丈夫かな」
「問題ありません。私とピピナが施した認識外の結界は、まだ十分に生きておりますので」
「そっか。だったら遠慮なくしちゃおっと」
みんなが歓迎の拍手をする中で、有楽はいつも以上にはしゃいだ感じでアリステラさんへ向けて拍手をしていた。
「やけにうれしそうだな」
「だって、フィルミアさんの妹さんでルティちゃんのお姉さんなんですよね。そうしたら、あたしと同い年ってことじゃないですか」
「えっ。もしかしてカナちゃんも16歳なの?」
「誕生日はもうちょっと先だけど、再来月には16歳だよ。同い年同い年」
「そうなんだ! よろしくっ、カナちゃん!」
「こっちこそよろしくだよ、ステラちゃん!」
うれしそうに言う有楽に、アリステラさんも目を輝かせながら手をとってぶんぶんと振りだした。突然の事態で心細い中に希望を見出したような感じだけど、コイツの毒牙にかからないようにしてもらいたいもんだ。
「みなさんも、ステラのことはステラって呼んでくださいね」
「わかりました。じゃあ、ステラさんで」
「よろしくお願いします、ステラさん」
「私は『らぁさん』と呼ぶことにしましょう。よろしくです、らぁさん」
「はいっ。サスケくんもルイコさんもミハルさんも、みなさんよろしくお願いします!」
きびきびとした動きで頭を下げたアリステラさん――ステラさんは、えへへっと照れたような笑顔を浮かべた。このあたりは、ルティの照れ笑いに通じる雰囲気があるな。
「ステラ姉様、ようこそいらっしゃいました。……とは言っても、今や異世界に来てしまったわけですが」
「ただいま、ルティ。みんながいるならステラも安心だし、もう大丈夫だよ」
「なにかわからないことがあったら、わたしやルティに聞いてくださいね~」
「ありがとうございます、ミアねえさま。ピピナちゃんもリリナさんもお久しぶり!」
「おひさしぶりですよ、ステラさまっ」
「健やかそうでなによりです、アリステラ様」
「……んー?」
人間モードで並び立つピピナとリリナさんを見て、ステラさんがちょこんと小首をかしげる。妖精さんモードじゃなくて人間モードだからか、それともいつもの執事服やメイド服じゃなくて、お揃いの白いワンピースと緑のキャミソール姿っていう日本仕様だからか――
「ふたりとも、雰囲気が変わった?」
「わかっちゃったですかっ!」
「いろいろとありまして。この旨は、追々お話しいたしましょう」
「そっかそっか。でも、ふたりがなかよしならなによりだよ」
「ご心配をおかけしたようで、申しわけありません」
「ピピナもねーさまももうだいじょーぶだから、あんしんしてくださいですよ」
「うんっ。じゃあ、今度3人でいっしょにお買い物に行こうねっ!」
「はいですっ!」
「よろこんで」
そうか、そっちか。確かにレンディアール王家の人だから、ピピナとリリナさんの確執のことを知ってて当然だし、実際今のふたりを目の当たりにしたら驚くよな。
「アヴィエラさんも、ステラのことをみんなのところまで連れてきてくれてありがとうございました。かっこわるいところ、たくさん見せちゃったかもですけど……」
「皇章をつけてたからもしかしたらと思ったら、まさか第4王女様とはなぁ……こっちこそごめん、じゃなくて、申しわけありませんでした。初めからなれなれしく話してしまいました」
「やややややめてくださいっ! さっきまでみたいに話してくださいってば!」
アヴィエラさんがひざまずいて頭を下げると、ステラさんはあわてたように立ち上がらせようとしてから、
「そう? じゃ、よろしくね。アリステラ様」
「あっさりすぎませんかねっ!?」
顔を上げながらにまーっと笑ったアヴィエラさんへ、即座にツッコミをいれてみせた。うちの面々ってツッコミが俺ぐらいしかいないし、これは貴重な人材かもしれないぞ。
「ごめんごめん。いやぁ、エルティシア様やフィルミア様にもそうは言われてたけど、一応は確認しとかないとなーって思ってさ」
「ううっ、アヴィエラさんも意地悪ですよぅ……」
「イロウナじゃ、小さい頃から王族の人たちには敬意を払って接するようにって教わるんだ。アタシにとっちゃ、こっちでの王族方への対応こそ戸惑うってもんだよ」
「そういうものなんですかぁ」
「そういうものなの。まあ、アタシはこっちのほうが気楽かな」
「ステラもです。あのっ、今度はイロウナにも行くつもりなので、ステラにイロウナのことをいろいろ教えてもらえませんか?」
「もちろん。レンディアールにいる間はだいたい商業会館にいるから、いつでもおいで」
「はいっ!」
満面の笑顔を浮かべて、アヴィエラさんからの返事を受けるステラさん。お礼を言ったり懇願したり、ツッコミを入れたりげんなりしたりところころ表情が変わるのは、ルティにそっくりかもしれない。
「ステラってば、もうみんなとなじんじゃったみたいね」
「みなさんがルティやミアねえさまのお友達なら、まったく怖がることなんてありません」
「背はまた伸びてても、そのあたりは昔から全く変わらないわね。改めて、久しぶり。ステラ」
「お久しぶりです、おかあさま。秋の収穫祭までヴィエルでお世話になろうって思って来てみたら、まさか違う世界へ連れてこられるなんて……」
「あははは……ごめんなさい。でも、ひとりで置いていくわけにはいかないと思ったの」
「それはありがたいですけど。あの、ぜーんぶ説明してもらえますよね?」
「ええ、もちろん説明してあげるわ。だから、じーっと見下ろすのはナシにしましょう。ね。ねっ?」
サジェーナ様はサジェーナ様で、自分よりも背が高いステラさんに見下ろされている上に気圧されていた。そりゃまあ、ここまでバタバタしてりゃあ言いたいこともいっぱいあるんだろうな。
「じゃあ、ゆっくりとお話しができるうちの店へ帰りましょうか。佐助、開店準備は手伝ってくれるわよね?」
「えっ」
と、ふたりのことをはたで見ていた母さんがふたりへ声をかけると、なぜかそのまま俺にまで話を振ってきた。
「店、開けるの?」
「あったりまえじゃない。夜8時にお店を閉めて翌朝の用意をして、ミイナにレンディアールへ連れて行ってもらって帰ってきたのは翌朝の6時。定休日でもないのに休んだら、バイトの子もお客様も困るでしょ」
「だからヴィエルへ遅れて来たってわけか! まったく……わかったよ、そのくらいだったら手伝うよ」
「助かるわー。ごほうびとして、今日は朝シフトには入らなくていいからね」
「はぁ!?」
いやいやいや、それはそれで俺が困るんだって! その、主にバイト代とかバイト代とかバイト代とか。もうすぐ放送部の合宿だってあるんだし!
「夏休みだから、大学生の子たちが多めにシフトを入れてくれてるのよ。だから、佐助は今日はお休み。その代わり、ジェナとステラちゃんのお話が落ち着いたらみんなと街へおでかけしてらっしゃい。ステラちゃんの日本での洋服のこともあるし、ついでに若葉市のことを案内するのもいいんじゃないかしら」
「それは別にかまわないけど、でも――」
ステラさんやサジェーナ様の案内で出かけるのは別にいい。でも、俺にとって朝のバイトは貴重な収入源……と思っていたところで、母さんの顔が俺の耳元へと迫ってきて、
「時給分のバイト代に、案内分のおこづかいもちゃーんと上乗せするわよー」
「しっかり案内してきます!」
あまりにも魅力的なささやきに、一発で陥落してしまいましたとさ。
……ああ、情けないと思うヤツは思えばいいさ。でもな、高校2年生にとっちゃ時給プラス臨時収入とかノドから手が出るほど欲しいもんなんだよ! ああ、こうなったら案内でもなんでもやってやるさ!
「ふふふっ。じゃあ、今日の佐助のバイトはこれで決まりっと。ルティちゃんもミアちゃんも、リリナちゃんヴィラちゃんも今日はみんなでゆっくり羽を伸ばしてらっしゃい」
「あの、まことによろしいのですか?」
「いいのいいの。午前午後にひとりずつ来てくれるし、ジェナとミイナもいるんだから全然問題ないない」
「そうそう。25年ぶりの〈うぇいとれす〉だなんて、腕が鳴るわぁ」
「ねえねえチホ、ボクのぶんの〈えぷろん〉はちゃんと残ってるんだよね?」
「もちろんっ。ジェナとミイナのエプロンはちゃんと毎月虫干しして、しっかりお手入れしてあるわよ!」
心底楽しみそうに、オレンジ色ベースの皇服を腕まくりしてみせるサジェーナ様と、透き通った羽をぱたぱたと羽ばたかせるミイナさん。前に誰もつけているのを見たことがないオレンジとライトブルーのエプロンを母さんが干していたことがあるけど、もしかしてそれがサジェーナ様とミイナさんのエプロンだったのかな。
「まさか、お母様とミイナ様が給仕をなさるのですか~!?」
「サジェーナ様はわかるとして、よもや母様が働くとは……」
「失敬な。チホとシローのおかげで、ボクも人とのふれあいの大切さを知ることができたんだ」
「チホから誘われたら、もうやるしかないでしょう。だから、ミアもリリナちゃんも遠慮しないでおでかけしてらっしゃい」
自然と寄り添うにして、母さんの左腕に抱きついたミイナさんと右肩に手をかけたサジェーナ様が柔らかく微笑みながらふたりへと優しく告げた。
「そこまで仰るのであれば仕方ありませんね~……ステラ~、お母様とのお話が終わったら、みんなでおでかけに行きましょうね~」
「はいっ、よろこんでお供しますっ! ルティもいっしょなんだよね!」
「もちろんです。私もこの街を案内いたします」
仕方ないとばかりに受け入れたフィルミアさんもステラさんへ微笑んでみせて、ステラさんはステラさんですぐそばにいたルティの頭を抱えるようにして抱きついていた。
「サスケ殿、私も案内の手伝いをさせていただきます」
「ありがとうございます。でも、別に俺だけでも大丈夫だと思いますよ?」
「そうであればいいのですが……おそらく、先々助言が必要になるかと思いますので」
「助言ですか? まあ、リリナさんがそう言うのなら」
いやに真剣な表情で申し出るリリナさんへ、俺はただ首をかしげることしかできなかった。
別にただ案内するだけだし、若葉市もそんなに大きな街じゃない。行くとしたら市内の4つの駅前と商店街ぐらいだから大丈夫なはず。
そう、思っていたんだけど……




