第131話 異世界ラジオのつたえかた①
「ふぇー……」
レンディアールの関係者が初めてラジオを聴くのを見るのは、これで5人目。
最初のルティはわかばシティFMの目の前で目を輝かせていて、守護妖精のピピナは元々ラジオの音が聴けることもあって平然としていた。
お姉さんなフィルミアさんは、ルティの声が流れてくるスピーカーを不思議そうに見つめていて、リリナさんは露骨に嫌そうな顔を浮かべていたっけ。
『先ほどはなにもなかった。なぁぁぁぁぁんにもなかった。よいな?』
『よいよい』
『……本当にわかっているのか?』
『わかってるって。まあ、こんな風にルティとなれなれしく話している俺ではありますが、とってもフツーの平民でございます』
『平民であろうがなんだろうが、友は友だ』
「えっと……これ、ルティとサスケくんの声ですよね?」
「はい。私とサスケの声を保存したものを再生しております」
「保存? 再生? ……ってことは、ルティとサスケさんの声がコレに取られちゃったってこと!?」
「違います違います」
「それじゃあ、ステラの声も取られちゃうってことだよね!?」
「違います! ステラ姉様、落ち着いてください!」
で、5人目のアリステラさんはあわてて両手を口にあてると、顔を真っ青にしながら応接室のソファを乗り越えてものすごいスピードで後ずさっていった。
今までが今までだったから、これはまたえらい新鮮な反応だな。昔の人がカメラと写真を見て『魂を吸い取られる!』って騒いでいたのって、こういう感じなのかなー……
「落ち着いて、落ち着いて。ねっ、ステラ」
「ううっ、おかあさまぁ……どうしてそう平然としてるんですかぁっ!」
「どうしてって、わたしは慣れてるし」
「えっ」
「わたしもですね~」
「ええっ!?」
「その、私はどちらかというとその発端なので……」
「そ、そんな……もしかして、ステラが知らないだけなんですか? 1年レンディアールにいなかっただけで、ステラってば流行から遅れちゃったんですか!?」
「ステラさまはあいかわらずどたばたしてますねー」
「なんというか……他人事には思えません」
「ステラはリリナも大好きだからねぇ。しっかり影響されたんじゃない?」
「……少々どころではない責任を感じます」
呆れるピピナと手でおでこを押さえるリリナさんの後ろから、母親であるミイナさんがきっぱりと言い切る。確かに、リリナさんも追い詰められるとパニックに陥りやすいんだよなぁ。
「くー……すぴぃー……」
で、なんでミイナさんの頭の上で緑色の髪の妖精さんが寝てるんですかね。
「あの、ミイナさん。その妖精さんは?」
「ボクの娘。ルゥナ・リーナだよ」
「と、いうことは」
「ピピナのねーさまです」
「そして、私の妹です」
「なるほど」
「むぃー……」
ミイナさんの頭の上で寝ている手のひらサイズの妖精さん――ルゥナさんは、しがみつくようにして本格的に眠っていた。すっかり無防備で、ミイナさんゆずりの透明な羽も長い耳もへにょんと垂れ下がっている。
肩のあたりまである緑色の髪はどこか青がかっていて、ミイナさんの水色の髪に自然と溶け込んでいくような色合いだった。このあたりは、やっぱり親子なのかな。
「んー……だれぇ?」
しばらくその姿を眺めていると、ルゥナさんの目が覚めたみたいで眠そうな目をこすり始めた。
「あ、えっと、松浜佐助です」
「初めまして。ピピナちゃんとリリナちゃんの友達の有楽神奈です」
「サスケとカナねー……よろしくー……」
「私も、るぅさんとりぃさんの友人で――」
「くー……」
「また眠ってしまいましたっ!」
中瀬もあいさつしようとしたところで、ただでさえ目がとろんとしていたルゥナさんの目がゆっくりと閉じてまた眠り始めた。
「この子は眠るのが大好きでね。旅をしてるステラについていって、目が覚めたら知らないところにいるのが楽しいんだってさ」
「変わった楽しみですね」
「わが妹ながら、どこかで落ちて迷子になってしまわないかと心配してしまいます」
「リリナねーさま、ルゥナねーさまをしんぱいしてよくさがしにいってたですよね」
なるほど、ルゥナさんはアリステラさんのお付きの妖精さんなわけだ。ということは、ミイナさんにしているみたいにアリステラさんの頭の上でも眠ったりするのかな?
「神奈ちゃん、荷物を持ってきておいたよ」
「ミハルのも持って来たよ。この緑色のカバンでいいんだよな?」
「ありがとうございます、るいこせんぱい」
「申しわけありません、アヴィエラお姉さん。ついつい新しい妖精さんに見とれてしまって」
「かまわないって。ミハルもカナも、かわいいものに目がないのはよーくわかってるし」
「で、のんびりしてる佐助はもう用意できてるの?」
「俺はもう大丈夫だよ。これだけだし」
声をかけてきた母さんへ、足下に置いてあったスポーツバッグを掲げてみせる。隣にいた有楽と中瀬も赤坂先輩とアヴィエラさんからブルーとグリーンのスーツケースを受け取っていた。
見た感じ、ふたりの荷物は俺のそれと比べると2~3倍の量はある。女の子の荷物は多いぞとか前に戸田が言っていたけど、ヴィエルへ滞在するたびにそれを思い知らされていた。というか、だんだん多くなっているのは気のせいじゃない……よな?
「ね、ねえ。どうしてみんな荷物を持ってるんです? なんで、みんなソファに座らないんですか?」
俺たちがぞろぞろと集まっていると、まだサジェーナ様へしがみついているアリステラさんが涙目のままうろたえるように俺たちへ声をかけてきた。
「ごめんなさい、ステラ姉様。これからどうしても出かけなければいけないところがありまして」
「えっ」
「18時になったら、そちらへ行くことが決まっているんですよ~」
「ええっ!?」
「だから、みんな荷物を持ってここへ集まっているの」
「そ、そんなっ! まだステラはここに来たばっかりなのに、みんなでどこかに行っちゃうんですかっ!?」
「いやいや、ステラもいっしょに連れて行くよ?」
「み……ミイナ様?」
「ボクならあと4~5人ぐらいは余裕だし。まあ、ステラが行きたくないなら話は別だけど」
「い、いえっ! ステラも行きます! ステラひとりだけ残るなんて絶対にいやですっ!」
飄々と言ってみせるミイナさんへ、アリステラさんはぶんぶんと首を振ると膝立ちになったまま高速でにじり寄ってぎゅっと抱きついた。
背格好が俺と同じかちょっと高いぐらいだから、まるでぽよんと出張ったミイナさんの胸に顔を埋めているみたいで……アンバランスというか、なんというか。
アリステラさんがアヴィエラさんに連れられて時計塔へ来て、初めて聴いたらしいラジオでパニックを起こしてそのまま気絶。さっきの話からするとリリナさんゆずりのパニック体質らしいから、目まぐるしい環境の変化に耐えられなかったんだろう。
その後、サジェーナ様の膝枕を経てから俺とルティが番組の放送終了後に事情を説明。すると、そこでも見事なパニックっぷりを見せてくれて、今はミイナさんへしがみついているってわけだ。
「じゃあ、決まりかな。ジェナ、時間はどうだい?」
「あと1分あるかないかってところかしら。ステラはそのままミイナにしがみついてなさいね」
「は、はあ」
「ミア、留守の準備はしてきた?」
「はい~。ちゃんと不在用の陸光星も炊いてきました~」
「えっ」
「それなら安心ね。ルティ、戸締まりは?」
「全て見て回り、玄関も施錠して参りました」
「あ、あの~……これから、おでかけなんですよね? どうして玄関も鍵をかけちゃうのかなーって……」
「ああ、それはね――」
サジェーナ様がそこまで言ったところで、淡い光が足下から俺たちの身体を包み始める。少し青がかった光は、1週間前にあらかじめピピナとリリナさんが作り出したもので、
「このまま、みんなでいっしょに違う世界へ飛ぶからよ」
「ち、違う世界……?」
「そ。違う世界。こっちとは言葉とか違うから、ボクの力を分けておくよ」
「うわっ!?」
なんでもないように言ったミイナさんが透明の羽を羽ばたかせたとたん、その光はアリステラさんもいっしょに包み込んでいった。
「どどどど、どういうことなんですかっ!! 教えてくださいっ、ステラにはわからないことだらけです!」
「それはまあ、あっちへ着いてからかなぁ。もう時間もないし」
「そんなぁ!?」
アリステラさんの悲鳴が響く中、その光はどんどん強くなって応接室中を青白く覆い隠していく。じゅうたんを踏みしめていたはずの足下も一面青白い光に包まれて、ただでさえ柔らかかった感触がふわりとした浮遊感へと変わっていった。
それからしばらくすると、足下の光がはじけるように飛び散って灰色のコンクリートが姿をあらわしはじめる。
「いよっと」
「はいなっ」
「んしょっと」
俺と有楽と赤坂先輩は慣れたもので、降りるようにして両足で着地。ルティたちレンディアール組や中瀬もやわらかい足つきでコンクリートの上へと降り立っている中、
「こわいこわいこわいこわいこわい……」
「く、苦しい、苦しいよステラっ!」
いつも飄々としているミイナさんは、アリステラさんに思いっきり抱きつかれて苦しそうな表情を浮かべていて、
「よいしょっと。いやー、まさかみんなでいっしょにレンディアールから戻る日が来るなんてねー」
母さんはひざを曲げながら両足で着地して、カラカラとうれしそうに笑っていた。
「えっ……!? ど、どこなんですかここは! ついさっきまで時計塔の中にいましたよね!? というか、地面が灰色っ!? 空も広っ!!」
「こ、ここは『ニホン』って国の『ワカバ』って街だよ……はぁっ、やっと抜け出せた……」
「ご、ごめんなさいミイナ様っ」
まわりを見回したことでアリステラさんのハグから解放されて、やっとといった感じで深く息をつくミイナさん。本当、お疲れさまです。
不思議そうにきょろきょろとアリステラさんが見ているのは、俺たちにとっては見慣れた先輩が住むマンションの屋上庭園。東の空にある太陽がまだ低いことを確認してからスマートフォンの画面を見てみると、電波を拾ったことで自動的に時間が午前6時へと修正されていた。
「よかった、おかあさまもルティもミアねえさまも……あれっ、ルゥナは? ルゥナはどこにいるんですか!?」
「はいはい落ち着いて。ルゥナならちゃんとボクの頭の上にいるから」
「くぴー……」
「あっ……よかったぁ」
すっかり呆れ口調なミイナさんの胸元から顔を上げたアリステラさんは、ルゥナさんの姿が視界に入ったことでようやく安心したような笑顔を見せた。
こんな大騒ぎでも、ルゥナさんは平気で寝ていられるのか……
「ステラってば、相変わらずあわてんぼうね」
「ジェナ、これだけ目まぐるしく環境が変われば慌てて当然だってあたしは思うんだけど?」
「ボクもさすがにそう思う。ジェナが順応しすぎなんだよ」
「うっ……そ、それはそうかもしれないけど」
「ステラもそう思います」
「わたしもですね~」
「僭越ながら、私も……」
「娘たちにも言われたっ!?」
ガーンって擬音が聞こえてきそうなほどに、サジェーナ様がショックそうな顔を浮かべる。まあ、スマートフォンとかミニFM局送信キットをひと目見てすぐ受け入れた上に、わかばシティFMへの見学でも大はしゃぎしていればそう思われてもおかしくないと思います。はい。
「それでおかあさま、ここっていったいなんなんです? どうしてみんなでこんなところへ来たんですか?」
「ここは、ルティが志学期のために訪れている街なの。サスケくんとカナちゃん、そしてルイコちゃんとミハルちゃん、わたしたちも含めてお世話になってる人たちが住んでいる街なのよ」
「そ、そうなんですか……あの、すいません。ステラ、みなさんのことを怪しそうな人だなーって思っちゃってました」
ステラさんは手で両膝を払いながら立ち上がると、俺たちに向かってぺこりと頭を下げた。
「あー……まあ、仕方ないと思いますよ。いきなり知らない人が自分の家のようなところにいたりしたら」
「女の子ばかりの中でひとりだけケダモノがいれば、それはそれは戸惑うでしょうね」
「おいコラ中瀬」
息を吐くようにホラを吹くのは本当にやめなさい。
「大丈夫だよっ。あたしたちはそういうの気にしないし」
「こうして話せばあっという間だものね」
「ありがとうございます。それに、ルティやミアおねえさまもお世話になってるみたいで」
「この世界へと迷い込んだときにルイコ嬢の声に導かれ、サスケとカナと出会い助けられました。ミハルにも、我の志学期を手伝っていただいております」
「わたしも、音楽のことでこの街にはとってもお世話になってるんですよ~。お母様の友達で、サスケさんのお母様のチホさんの家にも泊めていただいてるんです~」
「そうだったんですか。あのっ、いつも母や姉妹がお世話になってます」
「いいのいいの。うちの息子やお友達も、レンディアールのみんなにお世話になってるしねー」
姿勢を正してぺこりと頭を下げるアリステラさんに、母さんはひらひらと手を振りながらなんでもないように言ってみせた。




