第130話 みんなで作る、ラジオのかたち④
「こんな感じで、パーソナリティにもいろんな性格の人がいるわけだ。誰かといっしょに番組を担当するときは、歩み寄ってどんな方向性の番組にするかを決めて、お互いをリスペクト――えっと、尊敬しながら番組を作り上げていく。日本でやってるルティとピピナの番組も、そういった番組のひとつじゃないかな」
「言われてみれば、あの番組の主宰は我とピピナだからな……なるほど。あのような心持ちでいればいいというわけか」
「そういうこと。それができているルティなら、これからのラジオもきっと大丈夫だ」
「ならば、明日からの〈しゅうろく〉もそのような心持ちで臨んでみよう。ちょうど〈あなうんす〉と演技の回だから、意識してやってみるのもいいかもしれないな」
「うんうんっ、その意気その意気。ちょうど第5回は山木さんがゲストだからね」
「うむ。ヒロツグ殿とカナから〈あなうんす〉と演技の神髄を学べるというのも実に楽しみだ」
ルティと有楽と笑い合って、いっしょにおにぎりを食べながらラジオ番組づくりのこれからに想いをはせていく。
この後日本へ帰って一夜明ければ、東京で『異世界ラジオのつくりかた』の収録。8月に入れば栃木と群馬で放送部の合宿と研修があって、週末になればルティたちがまた日本へやってくる。有楽とのラジオや赤坂先輩とのラジオを手伝って『異世界ラジオのつくりかた』を聴いたら、またレンディアールへ。
夏休みでも、ヒマな日はほとんど無い。もちろん大学進学に向けた勉強だってあるし、その合間にも部活はあるけど、ずっとゴロゴロしているよりは面白い日々が過ごせると思う。
それができるのは、こうしてここでいっしょに話しているルティと有楽のおかげ。俺ひとりだったら、きっとこんなに充実しそうな夏休みを送ることができなかったはずだ。
日本でも異世界でも、普通じゃ経験できないことを経験している。そう考えると、いつかはふたりにお礼を言わなくちゃいけないんだとは思うけど……まあ、いつかその時が来たらちゃんと言おう。
今はまだ、その途中だから。
『イロウナの技術の粋を集めた、工芸品や衣類の数々。様々な効果をもつ魔石を多々用意して、レンディアールの皆様のご来店をお待ちしております』
そうこうしているうちに、ラジオのスピーカーはインターバル用の音楽番組からCMに切り替わってみんなのおしゃべりがピタッと止まった。
「もうすぐですね」
「ああ、もうすぐだ」
「いよいよか……」
『一の曜日から六の曜日の朝の10時から夜の19時までの営業。イロウナ商業会館が、まもなく13時の鐘をお知らせします』
ゆったりと、そして優しいアヴィエラさんのアナウンスに導かれるようにして、スピーカーからハンドベルのような鐘の音が響き始めた。
13時だから、頭上にある本物の鐘は鳴らない。それでもラジオから流れる音色は時間の経過を知らせてくれるのには十分で、
『松浜佐助と』
『エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの』
『『ふたりと、お話ししませんか?』』
俺とルティの番組の始まりを告げてくれるのにも、ぴったりな音色だった。
収録したときは声だけだったのが、タイトルコール直後からギターと笛のようなのんびりとした音色と、ぽこぽこと小さな打楽器が使われた音楽が流れ始めている。全く聴いたことがないメロディではあるけど、映画のサントラか何かからとったのか?
「このBGM、中瀬が用意してくれたのか?」
「確かに用意したのはわたしですが、曲はCDからじゃなくてみぃさんとりぃさん、ぴぃちゃんが演奏したものです」
「えっ!?」
「しっかりと音が保存されたようで、なによりです~」
「エルティシア様とサスケ殿が〈ばんぐみ〉を始められるので、フィルミア様が作られた曲を私たちで演奏してみたのです」
「ぽこぽこしたおとは、ピピナがたたいたです!」
相変わらず無表情な中瀬の横でフィルミアさんがのんびりと微笑んで、人間モードなリリナさんの膝の上で妖精さんモードのピピナが両手をあげながら主張している。
初めからルティのそばで支えていたピピナだけじゃなく、レンディアールで初めて会ってラジオに興味を持ってくれたふたりがこうして音楽を作ってくれるなんて……
「なんという贈り物を……姉様、みはるん、感謝いたします。リリナとピピナもありがとう」
「俺からも、本当にありがとうございます。手作りのBGMをプレゼントしてもらえるなんて」
「いえいえ~。ふたりのおかげでこうしてここで〈らじお〉を作ることができているんですから、これくらいのことはさせていただきますよ~」
「今回の音楽は、全て私たちが演奏させていただきました。お気に召していただければ幸いなのですが」
「贈ってくれただけでも十分なのに、こうしてかわいらしい音楽で〈ばんぐみ〉を飾ってくれて文句を言ってはバチが当たるわ」
「そうだな。のんびりとした音楽も番組の雰囲気によく合ってるし、ぴったりじゃないですか」
「ほんとーですか? えへへっ、そしたらみんなでつくったかいがあるですよー」
「よかったですね、みなさん」
うれしがってるピピナとリリナさんの隣でにこにこ笑っている赤坂先輩が、音づくり組のみんなを優しくねぎらう。そういえば、フィルミアさんと中瀬といっしょに上がってきたんだよな……ってことは、
「赤坂先輩、もしかしてこの編集で時間がかかってたんですか?」
「ええ。海晴ちゃんがどうしてもって言って聞かなくて」
「せっかくるぅさんと王妃様がいっしょに番組に出るんです。違和感無く曲を流すために、クロスフェードやタイミングにぐらいこだわってもいいじゃないですか」
俺からはぷいっと顔をそらしながら、中瀬がルティにだけ視線を向けて恥ずかしそうに口をとがらせる。それを微笑ましく見ているあたり、先輩も中瀬のことをわかっているというかなんというか。
「ありがとう、中瀬」
「……まあ、新番組おめでとうございますと言っておきましょう」
相変わらずの無表情で、それだけを言った中瀬は何ごともなかったかのようにお味噌汁を飲み始めた。こいつはこいつなりに祝ってくれてるんだから、ありがたく受け取っておこう。
みんなのおかげで番組を作ることができて、こうして支えてくれている。さっきみたいに俺ひとりでネガティブなことを考えたりすることもあるけど、誰かに相談すれば道が開けることもあるのかも……って、この間ルティに言ったことそのまんまじゃないか。
俺もいい加減、ため込んだりするクセをどうにかしたほうがいいんだろうけどなぁ。
『それでは、第1回のお客様をそろそろお呼びしましょうか。実はもう俺の向かいでルティの隣に座っている、ヴィエル出身でレンディアールの王妃様。サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様です!』
『どうも皆様、お久しぶりです。レンディアールの王妃であり、故郷のヴィエルへ帰ってまいりました、サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールです』
『えっ』
『か、母様? どうなされたのですか? そんなにかしこまったあいさつをなされて……』
『先日の出演でエルティシアからお説教をいただいたので、ふさわしい振る舞いをしようかと』
「……やっぱ、かしこまったジェナってジェナっぽくないわよね」
「えっ」
「ボクもそう思う。猫かぶりにも程があるよね」
「ちょ、ちょっと、これでも一応王妃としてみっちり教育を受けたんだからね!?」
こっちが和やかに話している車座の向かい側では、俺たちと同じようにラジオを聴いていた母親トリオがあーだこーだ言い始めていた。出会って間もない俺でもそうだったんだから、久しぶりな母さんにとっては特にそうなんだろう。
からかう口調なミイナさんは……まあ、母さんの言葉に乗っかってサジェーナ様で遊んでるんじゃないかな。多分。
そんな風に向かい側を眺めていると、手ぬぐいで手を拭いていた隣のルティがすっと立ち上がってサジェーナ様のほうへと向かった。
「母様、自分の声が〈らじお〉から聴こえてくるのはどのような気分ですか?」
「そうね……まずは、不思議っていうのが先に来るかしら」
なるほど、サジェーナ様に感想を聞きに行ったのか。
母さんとサジェーナ様の間の後ろに座ったルティは、まるで子供みたいに顔を輝かせながら次の言葉を待っている。
小さい頃、俺が初めてわかばシティFMのラジオ体験へ行った時にも、あんな風に母さんからどうだったかって聞こうとしてたっけ。
「ここにわたしがいて、ルティがいて、サスケくんがいるのにその声が聴こえてくるのって不思議でしょ? でも、あの時話していたことがこうしてよみがえってきて……やっぱり、楽しいわね。〈らじお〉って」
「私もそう思います。〈らじお〉というのは、不思議で楽しいものだと」
「これから、こんな楽しみがどんどん増えていくのね。わたしも手伝えることは手伝っていくから、いっしょにがんばりましょうね、ルティ」
「はいっ」
優しいお母さんな表情で、サジェーナ様が褒めるようにしてルティへと笑いかける。大きくうなずくルティともとてもうれしそうなあたり、いちばん聞きたかったことを聞けたんだろう。
それを見ていた母さんも、にまっと笑いながら親指をぐっと立ててくる。俺の歳になるとさすがに小っ恥ずかしいし、今はそれだけで十分。
ルティのおかげで、母さんともこんな頃があったなって思い出せたしな。
「おっ、みんな勢揃いかい」
そんなこんなでラジオを聴きながらわいわいとしゃべっていると、アヴィエラさんがひょっこりと階段のほうから姿を現した。
「アヴィエラ嬢、もう日本行きの準備は済んだんですか?」
「ああ。ルイコの番組が終わったから、あとはじいに任せてきた……んだけど、ちょっと変わった子が外にいてさ、どうしたもんかなーと」
「変わった子?」
ちょっとばかり困ったようなアヴィエラさんの声に、みんなが階段のほうを向くと、
「あわわわわわ……」
おそるおそるといった感じで、少し背の高い女の子が涙目で声を震わせながら階段下から姿をあらわした。
上下を黒いシャツとハーフパンツでまとめて、半袖で濃い紫色のジャケットみたいなものを羽織っている。その背中にはでっかいリュックらしきものを背負っていて、細めに編んだ銀色の三つ編みが……って、銀髪?
「あら、ステラじゃない」
「えっ」
「あの、ステラさんってもしかして……」
「わたしの娘で、ミアとルティの間の四女。アリステラ・シェザーネ=ディ・レンディアールよ」
なるほど、ルティのお姉さんであってフィルミアさんの妹でもあって、
「なななな……な、なんでおかあさまがここにいるのっ!?」
「ど、どうしたのよ、ステラ」
「だって、街中からおかあさまの声が聴こえてきて――」
『あっ、あれは……そう! ラフィが何気なく繋いでくるから、仕方なくよ!』
「ひぃっ!?」
『そのわりには、母様もうれしそうで満更ではなかったような……』
「な、なんで!? どうして!? ルティもおかあさまもここにいるのに、なんでふたりの声が別に聴こえてくるのっ!?」
「あー……」
「えーっと……」
レンディアールで久しぶりに、前情報も何もなく初めてラジオに触れた人でもあるわけか。
『し、真実ってどういうこと!? ルティ、誰からそのことを聞いたの!?』
「わぁぁぁぁぁっ!!」
「ど、どうしましょう……」
「す、ステラ、落ち着いて、落ち着いて、ねっ?」
たぶん『超常現象』っぽくとらえてるステラさんに、妹のルティもお母さんのサジェーナ様もただただうろたえるばかり。かといって、この混乱状態でうまく言えることもないわけで……
どうしたもんかね、まったく。




