第129話 みんなで作る、ラジオのかたち③
「それじゃあ食べましょうか。チホ、久しぶりのオムスビをもらうからね!」
「食べて食べて。具もたくさん買ってきたから、食べてからのお楽しみ!」
「ボクはイナゴの佃煮入りが好きだなー」
「ちょっと、いきなりネタばらししないでよっ!?」
と、唄うように美しい祈りを捧げたのもどこへやら。すっかり『ゆかいなお母さんモード』に戻ったサジェーナ様は、両隣にいる母さんとミイナさんとわいわいとやりとりを始めた。うんうん、仲がいいことはいいことだ。あとは俺に矛先さえ向けなければ、パーフェクトだと言っていい。
そんなことを考えながら、笹のような葉っぱに乗っかった4つのおにぎりからひとつを手にしてさっそくひとかじり。パリッと焼かれたおにぎりの表面の香ばしさと、中の具――ネギ味噌の甘辛さとほろ苦さが噛むたびに合わさって、とても美味い。
続いて『オミソシル』が入った木製のお椀を手にして中のスープを見てみると、見た目も香りもまさしく『お味噌汁』。中に入ってる具も豆腐とネギで、まさにパーフェクトな味噌汁・オブ・味噌汁だった。
飲んでみても味噌汁そのものの味で、ほんのりとしたあたたかさと優しい味わいが口の中から全身へと広がっていく。いつも飲み慣れた、ホッとする味わいだ。
「レンディアールにも味噌汁があったんだ」
「我も年に数度、母様に振る舞っていただいたことがある。今思えば、母様が日本へ転移した時に持ち帰ったか作り方を学んだのであろう」
「なるほど。じゃなきゃ、ここでこんなに美味い味噌汁が飲めるわけがないか」
俺の右隣でつぶやきに応えてくれたルティも、両手で漬け物が巻かれたおにぎりを手にして少しずつおにぎりにかじりついてはゆっくりとその味を噛みしめていた。
初めて日本へ来た日ははらぺこってこともあってがっついていたけれども、こうして心に余裕があるとどんな食べ物でもていねいに食べようとするから、本当にかわいらしい。
「ところでサスケよ。先ほど、我に何か言おうとしていたようだが」
「んー? あー……」
あまりにもシンプルな美味さにやられて頭の片隅に追いやっていたけど、ルティのほうから切り出してきたか。
とは言っても、さっき覚悟を決めたときみたいな心構えなんて今すぐできるはずがない。その上、のんびりとした昼飯時にいきなりシビアなことを言うのもなんだし……
「いや、ほら。人混みが結構凄かったろ? あれはあれで確かにうれしいんだけど、そのまま全員聴いてる人が居座ったりしたら、店の人も大変じゃないかなーってふと思ってさ」
あくまでもソフトに、そして軽い感じで切り出すことにしてみた。
「居座る……我が喫茶店の給仕をしている際に、時折見かけるような者のことか」
「あまり混んでなければ、別に居座っても構わないと思う。ただ、全部の席が埋まってみんなお腹いっぱいになったりしたら、誰も料理を注文しなくなることも考えられるだろ?」
「確かに。そうすると、店の売り上げにも関わってくるということか……」
ルティは残っていたおにぎりを口にすると、んむんむと食べながら考え込むようにうなり始めた。
キャパシティが小さい店でお客さんの回転率が下がると、それだけ売り上げも減る。食べ終わった人が退店して新しく入店した人が注文するのと、食べ終わった人が居続けて時々思い出したように注文するのとじゃ雲泥の差だ。
今回はたまたまサジェーナ様がゲストの番組があるからってことで盛況にはなっているけど、今後もこういうことを繰り返せばお店側のほうにも影響が出かねない。
「本放送が始まれば受信機も出回って解消されるとは思うけど、今日みたいに注目度が高そうな番組を試験放送をするときは、そのあたりも考えたほうがいいのかなーって」
「ならば、実際にどうであったかを確認しておいたほうがよいな。もし売り上げに響いていたのだとしたら、さすがに申しわけない」
「ああ。場合によっては受信機の制作ピッチを上げるか、先行販売とかも考えておいた方がよさそうかなって」
「それも仕方あるまい」
「まあ、今日の今日はさすがに急だから……週明けに聞いてみたほうがいいか。ルティが日本から帰るのは、こっちの時間だと明日の夕方だっけ」
「うむ。ならば、我が再びヴィエルへ戻ったときに聞きに行ってみよう」
「その時は俺も行くよ。ミイナさんからもらった宝石を使えば、ピピナにもリリナさんにも負担はかからないしさ」
デニムシャツの胸ポケットあたりをトン、トンと軽く叩きながら、ルティにそう申し出る。
ピピナとリリナさんのお母さんで、この世界を司る精霊様でもあるミイナさんがくれた『世界転移の石』は緊急時用にこういったシャツや制服のポケットへ忍ばせている。ふだんはふたりがレンディアールへ連れてきてくれるけれども、いざとなった時用にと7日に1回だけ使えるこの石を持ち歩いていた。
「よいのか? ピピナやリリナが使うような時間遅延の術はかからないのであろう?」
「夏休みだから構わないし、こういうときこそ使いどころじゃないか。俺も直にどんな感じか、店の人たちに聞いてみたいんだ」
「サスケがよいのであればいいのだが……」
「それに、今回のきっかけは俺とルティの番組だろ。こういうのは相方といっしょにやらないと」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの。なあ、有楽」
「ほふぇっ!?」
さっきからルティを挟んでこっちをチラチラと見てくる有楽に声をかけると、言われると思ってなかったのか目を白黒させて、豊かな胸をドンドンと叩いてから味噌汁をぐいっと飲み干した。
あー……さっきから気にかけてくれていたんだろうけど、悪いことしちまったか?
「えほっ、えほっ……えほっ。うー、いきなり声をかけないでくださいよぅ」
「悪い悪い」
「まあ、ジロジロ見てたあたしも悪いですけど……そうだねー。せんぱいの言うとおり、ふたりで番組をやるなら、近いレベルの情報はできるかぎり持ってたほうがいいんじゃないかな」
有楽が持ち直したのを確認してから、俺ももう一つのおにぎりへ手を伸ばしてかじりつく。ノリの代わりに巻いてあるサクッとした歯応えの葉っぱはそのまんま野沢菜で、中にシソの佃煮が入っているのもまさに母さん流。いつも食べ慣れた日本の味だ。
有楽の言うとおり、サプライズでもない限りは情報は共有しておいたほうがいい。メールが来てたらふたりで選んだのを事前に読んでおいて、読み上げ用の原稿や用意したコーナーがあれば、事前にどんな内容なのかやどんな曲を流すかとかの情報を台本にまとめてもらってふたりで読んでおく。
そうすれば、読んでいて詰まったりしたときにはフォローがしやすいし、番組をスムーズに進めることができるしな。
「あとせんぱい。情報共有ついでなんですけど、ミイナさんからもらった宝石はイメージしたところへ飛びますから、時計塔か市役所の前あたりをイメージして飛んだほうがいいですよ」
「お前、もう使ってたのか」
「はいっ。仕事が終わって、ピピナちゃんとリリナちゃんに癒やされたいなーって思って使ってみたら、そのままお風呂に入ってたふたりのところへどぼーんと」
「おいコラ」
お前はどこの少年マンガの主人公か。
「あのピピナとリリナの悲鳴は凄まじかったな……本当、何の騒ぎかと思ったぞ」
「すんません。ウチのアホ娘がホントにすんません」
「娘って! あたし、先輩の娘じゃありませんよ!」
「アホなのは認めるんかい」
「アホじゃないあたしなんて、あたしじゃありません!」
なかなか難儀な娘さんだ。
たまに妹の真奈ちゃんが他の妹さんも連れてうちの店へ来たりするけど、こういうお姉さんがいると苦労しているんだろうなぁ……
「というわけで、かわいい後輩からの人柱報告でした。まる」
「参考にもならない与太話をどうもありがとう」
「してくださいよ! 先輩も男の子でしょっ!」
「男ではあるがデリカシーも十分持ってるんでな」
女の子が風呂に入ってるところへ突撃する勇気なんて、ひとかけらも持ってねえよ。
「ふふふっ。やはりサスケとカナはよき相棒だな」
「まだまだ組んで4ヶ月だけどねー。せんぱいがなかなかデレてくれないのが悩みどころだよ」
「誰がデレるか。お前はちょっと突き放したほうがちょうどいいんだよ」
「そのあたりが、あたしとルティちゃんの差ですよね」
「???」
「まあ、あたしも先輩の気持ちはよくわかりますけど」
『デレる』という単語がよくわからないのか、困ったように首をかしげているルティ。それに構うことなく、有楽はまたおにぎりを手にすると半分ぐらいかじりついてもぐもぐと食べ始めた。
「どっちかっていうと漫才タイプの相棒なのがあたし。のんびりトークの相棒としてはルティちゃん、といったところかなーと」
「それは否定しない」
「わ、我も相棒と言ってくれるのか?」
「当たり前だろ。今回初めて番組をやってこれだけできれば、立派な相棒だよ」
慌てるルティへ、包み隠さず正直に言ってゆく。
この間のサジェーナ様との番組収録を乗り越えられたのはルティのおかげだし、番組だけじゃなく、これまでのラジオ局作りでだって立派な相棒だ。
「我の場合は、どちらかというとサスケに導かれているようなものだが……」
「そんなことないよ。ルティちゃんはルティちゃんで、あたしじゃ引き出せない松浜せんぱいの優しさを引き出せてるんだもん」
「優しさよりもツッコミを求めてるお前がそれを言うか」
「あたしの場合は、優しくしてもらっても全然しっくりこないんですよ。鋭いツッコミをもらったほうが、ずっとずーっと楽しいです」
「確かに、我もサスケとカナの丁々発止なやりとりは聴いていて楽しい。かといって、我がそのやりとりをできるかというと無理な話で……」
「でしょ? それと同じで、あたしもルティちゃんとせんぱいがやってるようなのんびりしたやりとりは無理だってこと」
「あれが無理だというのか」
「うんっ、絶対無理!」
なんつー満面の笑顔で言い切るんだ、コイツは……
でも、有楽の言うとおり、今更ルティとやったようなのんびりとしたトークは絶対に無理だと思う。かといって、ルティに対して有楽とやるようなハードヒットなトークはしたくない。
それぞれのスタイルに合わせてトークするのも、パーソナリティの能力のひとつ。有楽が俺の『動』の部分を引き出してくれたように、ルティは俺の『静』の部分を引き出してくれた。
よくよく考えてみれば、俺は正反対な相棒を得ることができたぜいたく者なのかもしれないな。
「ならば、我もサスケの相棒としてまだ見ぬ表情を引き出さねば」
「あたしも、どんどん先輩を困らせてもっともっと先輩からにツッコミをもらわなくちゃ」
「ルティはともかく、どうして有楽はそこで不穏な方向へ持っていくかな……」
「そうっ、それです! 今みたいなツッコミが欲しいからです!」
目を輝かせて言ってくるあたり、有楽が演技じゃなく本気でそう考えてることが思いっきり伝わってくる。こいつ、どんだけ俺のツッコミが好きなんだよ。
でもまあ、堅苦しく考えていたことをソフトに話せたし、一応感謝だけはしておこう。心の中だけでひっそりと。




