第127話 みんなで作る、ラジオのかたち①
無電源ラジオをヴィエルの人たちに販売するのは、もうちょっと先。
量産体制に入ったとはいっても、1日に40個ぐらい作るのが限度だし完成できる数もバラバラ。なによりクオリティチェックも必要なわけだし、早くても9月ぐらいになるかな……と、思っていたんだけど、
「うわー……ここもすごいですね」
「本当だな……昼飯、どうすっか」
個室席からカウンター席まで人でごった返している流味亭の店内を見て、俺は有楽と揃って唖然としていた。
「す、すいません! もう今日は開店から満席で!」
「いやー、まさかこんなになるとはねぇ」
「気にすることはない。盛況ならばなによりだ」
会計場のところでぺこぺこと頭を下げるユウラさんと困ったように笑うレナトに、あわててルティがフォローを入れる。俺もこのあいだ働いたけれども、壁際まで席の空きを待つ人がいるほどごった返したのは見たことがなかったし、いつも外の屋台を担当しているレナトが店内でユウラさんのヘルプに入るのも初めて見た。
『すいません、こちらはどういった品なのでしょうか』
『ん? ああ、こいつはミラップの砂糖漬けだよ。北レンディアールの人らと、あとイロウナの人たちに結構人気でさ』
『確かに、イロウナの民族衣装を着て買っていく方がよくこちらにいらっしゃってますね』
そんな店内に響いているのは、ソプラノボイスとアルトボイス――赤坂先輩とリメイラさんの声。このあいだ、ヴィエルに来て初めて収録したときの模様が無電源ラジオのスピーカーから流れていた。
今日は午前11時から『赤坂瑠依子 ヴィエルの街で会いましょう』の放送で、インターバルの音楽番組を挟んで午後1時からは俺とルティがサジェーナ様を迎えて録音した『ふたりと、お話ししませんか?』が放送される。市役所の掲示板やおたより箱を置いてくれた店先で宣伝した効果があったのか、はたまた買い物ついでに自分がラジオに出ると言いふらしまくった某王妃様のおかげか、
「静まりなされ! 皆の衆、もうすぐこのイロウナの商館が紹介されるのだぞ!」
「おいおい、じいさんが怒ったらかわいい妖精様たちの声が台無しだろ!」
「なにおう!?」
「アヴィエラ嬢ちゃんだって出てくるんだからさぁ」
「嬢ちゃんではない! 商姫様だ! ……まあ、それも一理あろう。私もそちらで聴くから、皆静かにしなされよ!」
「そうこなくっちゃ!」
「よっ、さすがは〈らじお〉じいさん! 話がわかる!」
いつもは落ち着いた雰囲気のはずのイロウナ商業会館も、無電源ラジオが置かれていることが広まっているのか訪れた人たちでごった返している。
「今日はこんな感じでさ。ウチだと落ち着いて聴けないかもねー」
「あのイグレールさんがこんなにノリノリだなんて……」
「なんだか、すっかりおちゃめさんですー」
会館の入口で呆れたように笑うアヴィエラさんの横で、イグレールさんの反乱未遂を知っている俺と妖精さんモードのピピナは呆然としていた。
「こんなにも多くの人々が聴いてくれているのか……」
そのことを知らずに、この人混みを見て素直に感激しているルティ。
『外でラジオの放送が流れている様を見たい』って言い出したルティが喜ぶ姿を見られるのはやっぱりうれしいし、俺としても携わったラジオ目当てにこうして人が押し寄せているのはうれしい。
それでも、全部が全部素直に喜べることでもないわけで。
「おや、エルティシア様とピピナちゃんじゃないか」
「リメイラ嬢、ご機嫌麗しく」
「ああ、こんにちは。サスケとカナもいっしょだなんて、夕飯の買い物にでも来たのかい?」
「いえ。〈らじお〉がある店で昼食をと思っていたのですが、どこも満席で……」
「それで、うちの店に来たってわけか。それはうれしいんだけど、あいにく今日はねぇ」
市場通りにある青果店へと向かってみても、飲食スペースはすっかり埋まっていた。俺たちがこの間ゆったりとクレディアを食べていた席も、イスだけじゃなくて果物用の空いた木箱を使ってまで多くの人が座っている状態だ。
「ルイコちゃんがピピナちゃんとリリナちゃんを連れて、うちの店を紹介してくれたろ? 宣伝ついでにそのことを話したらジェナも乗っかってきて、ごらんの有様ってわけさ」
「あら……あの方、妹のほうの妖精様じゃない?」
「えっ」
うれしいやら困ったやらといった感じのリメイラさんと話していると、手前のほうの席で食事をしていた女の子ふたり組がこっちのほうを向いて指さしてきた。
「あのっ、ピピナちゃんですよね?」
「えっと、そーですけど……?」
「さっき〈らじお〉でピピナちゃんが話してたトマトがとってもおいしそうだったから、ミディ……えっと、この子といっしょに食べてみたんです!」
「そうしたら、本当にとっても甘くておいしくて! さすがは豊穣の妖精様ですね!」
「えっ、ええっ!? ぴ、ピピナはただのよーせーですよ!?」
「よいではないか、ピピナ。そなたが見込んだものは確かにおいしいのだからな」
「で、でも……ルティさま~」
「ルティ様……?」
見ず知らずの女の子に声をかけられて不安になったのか、ピピナが助けを求めるようにしてルティへすがりつくと、女の子たちの視線も自然とルティのほうへと向いて、
「えっ? もしかして、本当に?」
「それでは、あなたがエルティシア様なのですか!?」
「いかにも。我がレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」
「「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」」
「っ!?」
そして、ふたりの女の子はルティの手をそれぞれひとつずつとると、たまらないといった感じではしゃぎ始めた。
「かわいいっ! まさか、こんなにかわいいお方だったなんて!」
「あ、あのっ、この間のアカサカ・ルイコさんとの〈らじお〉で興味を抱いた者です! ぜひとも握手をさせてください!」
「も、もう既に握手しているではないかっ!」
「はっ! も、申しわけありません。あまりのかわいさに、つい!」
「ここにも我をかわいいと言う者がいるのか……!」
「この後の〈らじお〉で王妃様と話されるんですよね? わたし、楽しみにしています!」
「私も!」
「う、うむ……ありがとう」
「ああっ、王女様に感謝されるなんて……! ミーディ、この後も絶対聴くわよ!」
「もちろんよ、フィエム!」
どうやら、女の子たちはラジオを聴いてピピナとルティに興味を持ってくれたらしい。確かにこの間の生放送でのルティのたどたどしいしゃべりはかわいかったと思うし、その気持ちはよーくわかる。
「よかったな、有楽。こっちの世界にもお前の同類がいたぞ」
なにせ、俺の隣にはその『ルティちゃんかわいい同好会』の権化がいるんだから。
「あたしって、はたから見てあんな感じなんですか……?」
「お前のほうが軽く10倍ぐらいはヤバい」
「そんな、まさか……いや、あたしのほうがもっとずっとピュアできれいで純粋で……」
いつもこんな感じではしゃいでいる有楽に声をかけたら、何故だか頭を抱えていた。ピュアからもきれいからも純粋からもほど遠いヤツが、いったい何を言ってるんだか。
「しかしまあ、うちの喰い処にこんなに人が来るたぁねえ」
「リメイラさんでも初めてなんですか」
「ああ。元々、うちの店は果物屋だろ。ちょっと試食したり軽く食事していくぐらいだから食べたらすぐ帰るし、こんなに盛況になったことなんて全くないよ」
「なるほど」
「あたしのところだけじゃなく、他の店もこんな感じらしくてね。ほんと、〈らじお〉様々だよ」
あははっと、豪快に笑ってみせるリメイラさん。確かに、人がたくさん来てこうして飲み食いしてくれるとうれしいってのはうちも喫茶店だからよくわかる。
でも、よくわかるからこそ出てくる悩みっていうのもあるわけで。
「うーん……」
相変わらずはしゃいでる女の子たちの後ろ――ラジオを聴いている人でごった返している飲食スペースをながめながら、俺はため息をついていた。
今日は、俺たちが日本へ帰る日。
それと同時に赤坂先輩や俺たちの番組が流れる日っていうこともあって、俺たちはこうして無電源ラジオを置いてくれている場所を歩いて回っていた。
本当ならどこかでそのまま聴きながら昼飯でもって考えていたはずが、どこも人だかりでヴィエルの街をうろちょろしてばかり。東の飲食店街も西の職人通りも、その上北の市場通りも、つい昨日追加分の無電源ラジオを納入したばかりのところを含めて、すっかり人混みができていた。
まあ、王妃様――ひいては元・ヴィエルいちばんのやんちゃ娘・サジェーナ様の声が最近街で見かけるラジオから聴こえるっていうんだから、興味が湧いて当然だとは思う。
そう、思うんだけど……




