第126.5話 お母さんと、お姉さんと。②
松浜くんは、まだパーソナリティを始めてから3ヶ月。それでも若葉南高校の放送部や神奈ちゃんとの番組でしっかり鍛えられていて、今は安心して見ていることができるレベルにまで来ています。
ルティさんはというと、まだまだ生放送が苦手。それでも、わかばシティFMで初めて番組収録をしたときや松浜くんといっしょに出たお昼の生放送でいいトークを聴かせてくれたから、うまく雰囲気に乗ることができればきっと大丈夫なはず。
「だから、普段通りのんびりとおしゃべりしてみてください。ふたりも、きっとそう心がけて話題を振ってくるはずですよ」
「本当に、〈らじお〉の作法ってそれだけでいいの?」
「どちらかというと、〈らじお〉には決まった作法がないという風にも言えるかもしれません。番組ひとつひとつで雰囲気も違いますし、松浜くんとルティさんが作る雰囲気に溶け込めばきっと大丈夫です」
「確かに、チホの家で聴いた〈らじお〉もいろんな雰囲気だったわね……じゃあ、それを壊さなければいいのかしら」
「でも、ちょっとだけならはしゃいでもいいと思います」
「ちょっとだけ?」
「はいっ」
かわいらしく小首をかしげるサジェーナ様へ、右手の人さし指をびんと立てながら応えます。
「自分らしさを声だけでアピールするのも、ラジオならではのものです。このあいだみたいに突拍子もなく言ったら混乱を招くかもしれませんけど、流れの中で言えばちょっとしたアピールになると思いますよ」
「それは、ルイコちゃんの経験から?」
「わたしも、そうやって先輩たちに教えられてきました。とはいっても、わたしの場合は街に出ていろんな人とおしゃべりしていくっていう、ちょっと変わった番組ですけど」
「このあいだ〈すたじお〉で見せてくれた〈ばんぐみ〉ね。街の人の話を聞きながら音楽を流していくのはとっても新鮮だったわ」
「ありがとうございます」
ヴィエルへ来るちょっと前、サジェーナ様とミイナさんにはわたしの番組と松浜くんと神奈ちゃんがやっている番組を見学していただきました。それを褒めていただけるのは、ちょっぴりこそばゆかったりして。
「松浜くんとルティさんの番組は、ふたりらしくきっとまっすぐな番組になると思います。だから、真正面から受け止めてあげればきっと大丈夫ですし、ちょこっとだけならアピールしても受け止めてくれますよ」
「ルイコちゃんは、ふたりのことをよく見ているのね」
「えっと……松浜くんは学校の後輩ですし、ルティさんとはわたしの家へ泊まっていただいた時にラジオの話をしたりしていたので」
「そういえばそうだったわね。今更かもしれないけど、その節はルティをかくまっていただいてありがとうございました」
「いえ。ルティさんたちのお泊まりは楽しかったですし、わたしもこうして泊めてもらっているので」
「それはそれ、これはこれよ。母親として見ていられなかった時期を見てもらっていたんだもの。これくらいはお礼を言わせて」
「サジェーナ様が、そう仰るのであれば……」
あまり謙遜するのもどうかと思ったわたしは、サジェーナ様の勢いに折れて受け入れることにしました。
どちらかというと、わたしのほうが楽しませてもらったと思うのですが……お母さんであるサジェーナ様が仰るのであれば、仕方ありません。
「ルティとミアがあなたを慕う理由もよくわかるわ。〈らじお〉の先生ぶりも、泊めてもらったときのお姉さんぶりも、ふたりがよく称えていたぐらいにね」
「そ、そんなっ」
そこからこうして褒められるとは考えてなくて、思わず両手のひらを前に出して首を横に振ってしまいます。
確かに、わたしはお姉さんみたいになろうって思ったこともありましたけど……それをふたりに気付かれていたのかなと思うと、顔が熱くなってきちゃいました。
「元々、ルティが〈らじお〉を始めたいっていうきっかけはルイコちゃんだって聞いていたの。最初はどういうことなのかって思ったけど、実際にルイコちゃんの〈ばんぐみ〉を聴いて、それにこうしてふたりで話してみてよくわかったわ」
それでも、サジェーナ様の言葉は止まりません。
わたしにとっての大切な場所を見ていたただいて、そう言ってもらえたのはやっぱり光栄で、
「わたしも、もっと〈らじお〉をやりたくなっちゃった」
「ありがとう……ございます」
「ふふふっ。ルイコちゃんはほめられるのにあまり慣れてないのかしら?」
「そういうことではないんですけど、レンディアールの王妃様にそう言っていただけると……」
「ルティとミアのお母さんとしての言葉だから、そんなに気にしなくていいのに」
『いえ、それは無理です』……なんて、言葉に出せるはずもなく。
「このあいだはリリナちゃんとミアの〈ばんぐみ〉に出て、明日はサスケくんとルティの〈ばんぐみ〉。そうしたら、次はルイコちゃんといっしょの〈ばんぐみ〉ね」
「えっ、ええっ!?」
「もちろん、ルイコちゃんがよかったらよ。わたしとしては、ピピナちゃんとリリナちゃんとやってた街歩きの番組をやってみたいなーって思うんだけど……どう?」
「は、はいっ」
ずいっと身を乗り出してきて、ルティさんとフィルミアさんそっくりなエメラルドグリーンの瞳をキラキラさせるサジェーナ様に、わたしはつい返事をしてしまいました。
「その、わたしもサジェーナ様とでしたら喜んで……よろしく、お願いします」
「本当? ありがとっ!」
「きゃっ!?」
ぺこりと頭を下げて、顔を真っ赤にしているわたしへとサジェーナ様が抱きついてきます。
その姿は、神奈ちゃんやユウラさんにも負けない女の子ぶりで。
「あ、あの、サジェーナ様って押しが強いってよく言われませんか?」
「よく言われるわね。ここじゃあじゃじゃ馬娘みたいによく言われてたし」
「それは……なんだか、簡単に想像できちゃいますね」
「でしょー?」
うふふと笑いながら身体を離すと、真正面に見えたのは満面の笑顔。
それは、まさにわたしたちと同じ女の子の笑顔でした。
「チホと久しぶりに会って、ルティたちとルイコちゃんの姿を見てたらあの頃のワクワクがよみがえって来ちゃった。ここ最近はずっとお母さんしてたけど、せっかく子育てもひと段落ついたんだからもっともっと楽しむわよっ!」
「じゃあ、わたしはそのお手伝いをさせていただきますね」
「ええ。もちろんルイコちゃんだけじゃなくて、みんなも巻き込んでね。それで中央都市に戻ったら、今度はわたしが〈らじお〉を広めるんだから」
「だから、このあいだからずっとラジオに出たがってたんですか」
「ご名答っ」
ちょっと呆れがこもったわたしからの問いに、サジェーナ様はさっきのわたしみたいに人さし指をぴんっと立ててみせます。
「昔追い求めた夢を、親子でいっしょに作り上げていくのも面白いじゃない?」
「確かに、そう思います」
ルティさんといっしょに、お母さんのサジェーナ様がラジオ局をつくる。
それはきっと、とても素敵な話で。
「それに、ルナの娘さんもいっしょだなんてもっと素敵じゃない?」
「えっ」
突然出てきたお母さんの名前に固まってると、今度はにまーっと笑うサジェーナ様。
「ど、どうしてここでお母さんの名前が出てくるんですかっ!?」
「だって、チホといっしょにニホンでお世話になってた子だもの」
「え、ええっ!?」
「わたしもびっくりしたわー。〈はまかぜ〉でのんびりお茶してたら、いきなり夫婦揃って来て。ルナもヒサナガも、相変わらず仲がいいのねー」
「でも、お母さんもお父さんも何も言ってませんでしたよ!?」
「それは当然」
そして、立てていた人差し指を横へ一往復揺らすと、
「ルイコちゃんのびっくりする顔を見たかったから、ヒミツにしてもらっちゃった」
「サジェーナ様ぁっ!」
いたずらっぽい笑みに、わたしはついつい大きな声を出してしまいました。
* * *
そんな風に手玉に取られたわたしですが、その後もラジオの話やお母さんとお父さんの話で盛り上がって、気がついてみれば真夜中。少し寝不足気味で見学室へとやってきたわたしに対して、サジェーナ様はやる気いっぱいで収録に臨んで松浜くんとルティさんとのトークを楽しんでいました。
『そういうわけで、ヴィエル市時計塔放送局からお送りしてきました『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、そろそろおしまいの時間です。サジェーナ様、初めてのお客様として出演していただいたわけですが、いかがでしたか?』
『あっという間だったわねー……とっても楽しくて、すっかり夢中になっちゃった。これも、ふたりが上手に導いてくれたおかげね』
大詰めになった収録で、サジェーナ様が松浜くんの問いに感慨深そうに振り返ります。
その言葉どおり、ていねいなトーク運びとおたより選びで2時間ずっと会話を弾ませた松浜くんもルティさんのおかげで興味深く聴くことができました。
なによりも収穫だったのは、サジェーナ様のお茶目な面をふたりで引き出したところ。松浜くんはこれまでの経験を活かして、そしてルティさんは松浜くんが作った流れにのって。ゲストさんの魅力を引き出すことができたのは、大きな成長だと思います。
『それでは、本日のお客様はサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様でした。サジェーナ様、今日は本当にありがとうございました』
『わたしこそありがとう。またよろしくねっ!』
『はいっ、よろしくお願いいたします。〈松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの「ふたりと、お話ししませんか?」〉。この〈ばんぐみ〉は私、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと』
『俺、松浜佐助でお送りしました。また次回、俺たちといっしょにお客様とおしゃべりしましょう』
『この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りしました』
よどみなく最後まで進んだところで、松浜くんがICレコーダーのボタンを押して収録を終えたようです。手元の時計は、オープニングと本編を含めて全部で1時間58分。決められた時間をめいっぱい使ってこれなら、上出来と言っていいでしょう。
「るいこせんぱいっ、あたしたちもスタジオに行きますよ!」
「ええ」
神奈ちゃんに呼ばれて立ち上がると、人間形態に戻っていたピピナさんとリリナさんがドアを開けてスタジオのテーブルへと駆け寄っているところでした。
「松浜くん、お疲れ様。だんだん会話がフィットしていったね」
「ありがとうございます。こういう番組は初めてなんで、ずいぶん緊張しました」
みんなに続いてわたしも松浜くんに声をかけると、言葉とは裏腹に疲れと充実感がこもった言葉が返ってきました。きっと、手応えを感じることができたんでしょう。
「ルイコちゃん、ルイコちゃん」
そして、そのはす向かいに座るサジェーナ様も満面の笑顔。
「約束通り、次はルイコちゃんとだからねっ!」
「はいっ!」
わたしが顔を向けたとたんに右手でピースサインを作ると、白い歯を見せて笑いかけてくれました。
とっても元気で、お茶目なこの国の王妃様。
最初はその距離感に戸惑いましたけど、アクティブでポジティブな姿を見ているとどんどん引っ張られる気がして、わたしまで楽しくなってきちゃうぐらい。
――お父さんとお母さんに、サジェーナ様といっしょにお仕事をすることになったって言ったらどんな顔をするんだろう。
想像しただけで楽しくなってきたのは、きっとサジェーナ様のおかげ。
ずっと離れていて話のきっかけが掴めなかったふたりともたくさん話せそうで、わたしの心もめいっぱい弾んでいました。




