第126話 「松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの『ふたりと、お話ししませんか?』」④
ヴィエルで初めての番組収録だし、しゃべり上手なサジェーナ様だからって身構えていたのに、和やかムードであれよあれよという間にトークが成立していった。
小さい子供からの『妖精さんとなかよくなる方法』の質問を読めば、ミイナさんとの出会いを振り返りながら真面目になって考えてくれたり、『これからのレンディアールの歴史をどう作っていくつもりか』というお堅い質問には作るだけじゃなくて維持もしていかなくちゃいけないということで、妖精さんと協力して昔の遺跡を保存していくことも明かして王妃様としての一面も見せてくれたり。
時々はしゃいだサジェーナ様に気圧されたりもしたけど、ほとんど脱線することなく番組を進めていくことができた。
「わたしとラフィの後輩たちもがんばってるのね……あなたが作ったっていう新種の果物、この番組が流れた次の日に食べに行くから待っててよ!」
「この果物もまた、新たなヴィエルの名産品となるとよいですね」
「ええ。わたしもまた、中央都市で新しい野菜や果物の研究を始めちゃおうかしら」
「面白そうですね。今度はラフィアス様とサジェーナ様といっしょに研究して作ってみるとか」
「……それ、考えたこともなかったわ」
「えっ、そうなんですか?」
「だって、ずーっとケンカしてたのが普通に話すようになって、そのまま告白だったんだもの! いいわね。夫婦の共同作業、すっごくいい。あとでラフィに手紙を書いて送ってみようっと!」
「私も、母様と父様が新しく作った果物を食べてみたいです。楽しみにしておりますね!」
「楽しみにしててねっ。いつかヴィエルにも持って帰って、ヴィエルのみんなにも食べてもらわなくちゃ!」
おたよりから派生した話題で盛り上がりながらストップウォッチを見てみれば、収録を始めてからもう1時間56分。ここまで来たら、あとは番組をしっかり締めるだけだ。
「サジェーナ様の新しい夢が生まれたところで、番組も残すところあと5分ぐらいとなりました。そろそろ締めくくりの時間ですね」
「もうそんな時間なの? えっと、どれだけおたよりを読めたのかしら」
「1通、2通、3通……今読んでいたのを含めれば、9通になりますね」
「9通だけかぁ。来たのが全部で133通だから、1割も読めてないのね。ねえ、サスケくん、ルティ。このお手紙、わたしが持って帰ってもいいのかしら」
「もちろんです。これはサジェーナ様への手紙なんですから、あとでまとめてお渡ししますよ」
「ありがとう。ふふっ、中央都市へ帰ったらラフィにも見せてあげなよっと」
サジェーナ様は楽しそうに言うと、ラフィアス様へ思いをはせながら微笑んだ。元々はサジェーナ様へのおたよりをラジオで公開する形で読んだんだし、気に入ったのならその本人の手元へと置いておいてほしい。
変な手紙やいたずら書きなんかは事前にリリナさんが除けておいてくれたし、手元にある133通の手紙は全部サジェーナ様へと渡しておこう。
「そういうわけで、ヴィエル市時計塔放送局からお送りしてきました『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、そろそろおしまいの時間です。サジェーナ様、初めてのお客様として出演していただいたわけですが、いかがでしたか?」
「あっという間だったわねー……とっても楽しくて、すっかり夢中になっちゃった。これも、ふたりが上手に導いてくれたおかげよ」
「そう言ってもらえたのなら、私もうれしいです。なあ、サスケ」
「うん。俺もヴィエルの人たちからのおたよりを読んでて、サジェーナ様がどれだけ慕われているのかがよくわかりました」
「わたしも故郷のあったかさを実感できたわ。また遊びに来てもいい?」
「もちろんです。その時には、ラフィアス様もぜひいっしょに」
「ええ、その時にはよろしくね」
「はいっ」
サジェーナ様のふたつ返事に、ルティと顔を見合わせた俺はいっしょに笑い合った。この番組を楽しんでもらえたのなら、ふたりでいろいろ考えた甲斐があったってもんだ。
「それじゃあルティ、締めの告知を」
「うむ。この番組では、訪れた人々や我々へのおたよりをいつでも待っている。市役所より南の地域であれば警備隊の詰め所に、北の地域であれば商業会館や〈らじお〉を置いている大きな店に『おたより箱』を置いてもらっているので、そこへとおたよりを入れてもらいたい」
「次回のお客様は、妖精のピピナ・リーナさんとリリナ・リーナさんです。最近街で仲良く買い物をしていたりおでかけをしているふたりへの質問とかがあったら、ぜひぜひおたより箱へ手紙を入れてください。次回は再来週なんで、『光の暦』の6日あたりまでの募集しています」
「他にも、この人の話が聞いてみたいなどの要望も受け付けている。こちらはいつでも、遠慮無くおたよりを入れてほしい」
目配せをし合いながら、よどみなくふたりで終わりの告知を読み上げていく。このあたりもふたりで原稿を作って、何度も読み上げる練習をしたおかげで詰まることなく読み終わることができた。
「それでは、本日のお客様はサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様でした。サジェーナ様、今日は本当にありがとうございました」
「わたしこそありがとう。またよろしくねっ!」
「はいっ、よろしくお願いいたします。『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』。この〈ばんぐみ〉は私、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと」
「俺、松浜佐助でお送りしました。また次回、俺たちといっしょにお客様とおしゃべりしましょう」
ここまで読み上げたところで、次に読み上げるルティがしばらく間を置く。これはあとで中瀬が編集するときにBGMを入れて、
「この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りしました」
こうして、提供読みの代わりに放送局読みを入れるため。これなら、きっとBGMのボリュームコントロールもうまく行くだろう。
ルティが言い終わったのを見計らって、ICレコーダーへと手を伸ばす。本編を録り始めて1時間55分。オープニングトークも含めれば2時間をほとんどノンストップで乗り切れたことにほっとしながら、停止ボタンを押した。
「お疲れ様でしたー」
「うむ、お疲れ様だ」
「お疲れ様。サスケくん、ルティ」
ひとたび息を吐けば、出てくるのはため息。
時々水筒の水でのどを潤してはいたけど、やっぱり2時間ほとんどぶっ続けでしゃべると思いっきりのどが渇く。
「お疲れ様でした、サジェーナ様。それと本当にすいません、最初にいきなりあんな感じでネタを振ってしまって」
「いいのいいの。変な感じでウワサが伝わってたみたいだし、ルティとミアにもちゃんとした説明ができたんだから結果的によしとしなくちゃ」
「ありがとうございます」
手をひらひらと振るサジェーナ様は、気分を害した様子もなく笑ってその手をルティがいるほうへと伸ばした。
「ふへ~……」
「ルティもお疲れ様。2時間の長丁場、よくがんばったわね」
そして、最後の力を使い果たして机へと突っ伏しているルティの銀髪を優しくなでる。
「母様に……ここへ来た人たちに楽しんでいただくためならば、これくらい……平気です」
「ふふっ。もう、ルティったら無理しちゃって」
「無理などでは……えへへ」
口をとがらせて反論しようとしたルティだけど、サジェーナ様のなでなで攻勢にやられたみたいですっかりゆるゆるな表情になっていた。
先輩たちやフィルミアさんに見せるものとも違う、安心しきった笑顔と甘えるような声。こうして見ると、ふたりはやっぱり親子なんだな。
「サスケくん。これからも、ルティのことをよろしくね」
「もちろんです。俺のほうこそ、今後ともよろしくお願いします」
そのお母さんに言われたら、こう返事するほかにない。俺としても、ルティはかけがえのない相棒のひとりなんだから。
初めての番組ゲストがサジェーナ様で、そしてそう実感できて本当によかった。
「おつかれさまですよー!」
「皆様、お疲れ様でした」
真っ先にロビーからスタジオへやってきたのは、次回のお客様のリーナ姉妹。
「次の次はアタシかー……やっぱり、こういうのは緊張してくるね」
「お疲れ様でした。サスケさん、エルティシア様、わたしもがんばりますねっ!」
そう言いながら満更でもなさそうなアヴィエラさんと、今から意気込んでいるユウラさん。お手伝い組のふたりも、今度俺たちの番組に出てくれることになっている。
「なんというか、普通のラジオ番組といった印象ですね」
「普通を目指したから別にいいんだよ」
「まあ、そう言うのなら何も文句はありません。編集は私に全てお任せください」
「おう、頼んだぞー」
編集担当の中瀬も、いつもの悪態をほどほどにしてそう申し出てくれた。
「松浜くん、お疲れ様。だんだん会話がフィットしていったね」
「ありがとうございます。こういう番組は初めてなんで、ずいぶん緊張しました」
「そのわりには、せんぱいもルティちゃんもジェナさんもとっても楽しそうでしたよね。あたしも、今度ルティちゃんと番組でおしゃべりしてみたいです」
「ルティがいいならいいんじゃないか? 俺も、有楽とルティのラジオなら聴いてみたいし」
ねぎらってくれた赤坂先輩へはお礼を、おねだりしてきた有楽には同意をして笑ってみせる。
日本でふたりが鍛えてくれた経験がなかったら、きっとここまでできなかったはず。そう思うと、先輩へも有楽へもいくらでも感謝の気持ちが湧いてくる。
……いや、ふたりだけじゃない。
ここにいるみんなへも、そしてここにはいないけど、俺たちに関わってくれた人たちみんなへと感謝したいぐらいだ。
「ジェナも、すっかり楽しんだみたいね」
「ええ。サスケくんもルティもとっても話し上手なんだもの。わたしもびっくりしちゃった」
「でしょー?」
「これなら、わたしもひと安心かな」
「まだまだ。これからもずーっと見守っていきましょ」
「それもいいわね。ふふっ、これからもっと楽しみになりそう」
そんな中で聞こえてきたのは、母さんとサジェーナ様のやりとり。きっと、これからも俺たちの番組を見守ってくれるってことなんだろう。局アナの奥さんな母さんと王妃様からも見守ってもらえるなら、こんなに心強いことはない。
「がんばりなよ、サスケ」
「はいっ」
何故か俺の肩をぽんぽんと叩いてきたミイナさんに返事をして、もう一度ルティへ視線を向ける。
「次回もよろしくな、ルティ」
「うむっ。よろしく、サスケ」
ふとしたことがきっかけで出会えた、もうひとりの心強いラジオの相棒。
その相棒と笑い合って、俺はこれからのラジオ作りが広がっていくことを確信していた。




