第123話 「松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの『ふたりと、お話ししませんか?』」①
窓辺に置かれた大きなテーブルに、向かい合うようにして俺とルティが座る。
真横の窓から見える空は少し雲が多いけど、それでも広がる青空の中で太陽が元気に輝いていた。
「ルティ、準備はいいか?」
「うむっ」
いつもの赤い皇服姿で向かいに座っているルティが、俺の問いかけに力強くうなずく。
「サジェーナ様も、よろしくお願いします」
「ええ。よろしくね、サスケくん、ルティ」
「はいっ。母上も、本日はよろしくお願いいたします」
はす向かいで窓と向かい合うように座っているサジェーナ様も、オレンジ色を基調にした皇服姿で俺とルティへ笑いかけてくれた。
俺たちがいるのは、時計塔の9階に作られたラジオ専用スタジオ。元々は客室だったのが、大きなテーブルの真ん中にICレコーダーを置いて収録したり、FMラジオの送信キットを置いて生放送ができるようにと、赤坂先輩とリリナさんでこっそりと設計して改造されたっていうシロモノだ。
12畳ぐらいあった部屋のうち、3分の2ぐらいはリリナさんが結界で防音を整えてくれたこのスタジオで、残りの3分の1は木材とガラスで間仕切りされた見学室兼ロビーになっている。
俺たちの仲間や家族は、そのロビーから収録の様子を見守ってくれている。アヴィエラさんお手製の魔石でこっちの音もロビーに届くから、見学のための環境もバッチリだ。
日本のラジオをよく知っている赤坂先輩と、先輩から日本のラジオを学んでいるリリナさん。ふたりの手で、異世界なはずのレンディアールでラジオ放送のための環境が整えられていた。
「じゃあルティ。最初の録音ボタンはお前が担当な」
「うむ。最初の〈ろくおん〉は、まず我から始めたほうがよいだろう」
「そういうこと。じゃあ、よろしく」
「わかった」
このラジオ局――『ヴィエル市時計塔放送局』の局長であるルティは短く返事をすると、中瀬がセッティングした高性能のICレコーダーに手を伸ばして小さな録音ボタンを押し込んだ。
それを見た俺も、同時にカウントアップモードにしたストップウォッチのボタンを押し込んで収録時間を計測していく。
これで、もう後には戻れない。
それぞれが手にしていたものからゆっくりと視線を移して、目を合わせる。
あとは、軽く息を吸って――
「松浜佐助と」
「エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの」
「「ふたりと、お話ししませんか?」」
タイトルコールを宣言すれば、俺たちの番組の始まりだ。
「みなさん初めまして。レンディアールからずっとずっと遠くの『日本』という国からやってきました、松浜佐助です」
「皆の者、初めて声を聴く者もいるであろうな。我はレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」
少し物腰をやわらかくした俺のあいさつに、堂々としたルティの宣言が続く。
「この番組では、まったく違う国に住む俺たちふたりがヴィエルに住んでいたり、また訪れたりした人たちと話していくおしゃべり番組です」
「今回から数回は試験のような感じであるが、もし好評であれば続けてやっていくつもりだ。聴いた後、もしよかったら街へ置いた『おたより箱』へと感想の手紙を入れてくれるとありがたい」
「さてさて、この番組のことなんですが……まず、どうして異国から来た自分がエルティシア様といっしょにラジオに出ているかといいますと」
「そこは、いつも通りにルティでよいぞ」
「てな感じで、ラジオのことを知ってるルティの友達ってことで相方をやらせてもらってます」
「このラジオは、サスケたちニホンの友人たちとともに作っている。聴いている皆にも、サスケたちの人となりを知ってもらえれば幸いだ」
「俺としては、ルティのかわいらしい面も知ってもらえればありがたいなーと」
「そ、そういう余計なことは言うなっ!」
ちょいと軽くつついて、ルティのかわいらしい一面を誘い出していく。威厳があるのもルティらしいけど、こういったコミカルな一面もルティのいいところだ。
「まあ、俺が教えなくても今日のお客様が広めてくれるだろうけど」
「問題あるまい。そのようなお便りは事前にのけておいた」
「と、自分からそういうネタを振るエルティシア様でありましたとさ」
「えっ」
「それでは『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、第1回の始まりです」
「さ、サスケ。さっきのはどういうことだ? 我をたばかろうとでもいうのか!?」
「それは、これからのお楽しみということで」
「サスケっ!?」
おー、立ち上がりますか。『ボクらはラジオで好き放題』の時に見せる有楽とは違って、なかなか反応が新鮮だな。
「この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りします」
「我の話をきけぇぇぇっ!」
素知らぬ顔で提供読みならぬ放送局読みをすれば、さらにルティがノリよく乗っかってくれる。これを聴けば、ヴィエルの人たちもこの番組が決して格調高いものじゃなくて、気軽に聴けるものだってわかってくれるだろう。
そこまで終わったところで、俺はICレコーダーの停止ボタンを押して一旦録音を止めた。生放送じゃなくて録音だから、編集用にここで一回ファイルを作っておかないと。
「はい、オープニングトーク終了っと」
「うわぁ……〈らじお〉ね。これぞまさに〈らじお〉よねっ!」
ボタンを押したとたんに、はす向かいにいるサジェーナ様が感激したように両手をぽんと合わせる。
「だいたい、俺が有楽とやってるときはいつもこんな感じです」
「そうなんだ。まさか間近でこんな風に見られるなんて、ますます楽しみになってきたわ!」
「さ、サスケよ……今ので、本当によかったのだろうか?」
興奮して目を輝かせるサジェーナ様とは対照的に、真正面のルティがおそるおそるといった感じで低く手を挙げてみせた。
「おう、上出来も上出来。うまくノってくれてありがとな」
「それならばよかった。意識してああ言うのは初めてであったから、うまく言えたか心配してしまった」
「ルティのもくろみどおり、砕けた雰囲気が出せてたと思うぞ」
「サスケがそう言うのであれば、ひと安心だな」
ようやく、ルティがほっとしたような表情を見せてイスの背もたれに背中を預けた。って、まだまだホッとしてちゃダメだってのに。
「ルティ、気が抜けないうちに本編へ行くぞー」
「! す、済まない!」
やんわりとした俺の指摘に、ルティがあわてて背筋をピンと伸ばす。
本人が言ってたとおり、心配と緊張で気が張っていたんだろう。でも、まだまだラジオの収録は始まったばかり。
ほどよい緊張感で、どんどん収録を進めていかないと。
夏休みに入って早々、ヴィエルへ来てから6日目。
先輩とリリナさんお手製のスタジオで、俺とルティはサジェーナ様を迎えて新番組の収録を迎えていた。
目の前にいるのはこの国の王女様で、はす向かいにいるのはこの国の王妃様。レンディアールのお偉方なふたりが揃ったトーク番組とくれば高貴で格調高いもの……となりそうなものだけど、ルティと話し合っていった結果『いつも通りの自分たちを出していこう』っていうことになって、さっきみたいなオープニングトークを構成した。
まだこの街の人たちにとってラジオは未知なもので、街中で『氷の妖精』だとか呼ばれていたリリナさんのイメージは、優しいトークですっかり塗り替えられている。それだけ初めて聴くものへのインパクトは大きいから、一歩間違えれば変にお堅いイメージがつきかねない。そのためにも、最初に一芝居を打ってくだけた雰囲気にしてみようってなったわけだ。
『異世界ラジオのつくりかた』で演技に慣れてきたこともあってか、ルティの演技も上々。まあ、ちょいとばかり本気に聞こえたのはご愛嬌……かな?
「『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』進行役の松浜佐助と」
「エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」
その余韻をいい感じに引き継いだまま、本編の収録に入る。うんうん、いい感じにルティがげんなりしてる。その調子で行けば大丈夫だ。
「先ほどはなにもなかった。なぁぁぁぁぁんにもなかった。よいな?」
「よいよい」
「……本当にわかっているのか?」
「わかってるって。まあ、こんな風にルティとなれなれしく話している俺ではありますが、とってもフツーの平民でございます」
「平民であろうがなんだろうが、友は友だ」
「これがどこか遠くの別の王国なんかだと『王族を敬わねーから、お前死刑な?』とかいう『不敬罪』なんてものがあるわけだけど、こっちにそういうのってあったりするのか?」
「そんなものはない。普通の民と同じく、侮辱罪が適用されるぐらいだ」
「へえ、一般の犯罪としてはあるんだ」
「うむ。普通の民と同じくな」
って、あれ?
「……なんで俺をじーっと見てんの?」
「ふつーのたみとおなじくな」
おどけた感じの問いかけに、ルティはただただひたすらに真顔で応える。と思ったら、くちびるの端がニヤリと笑って……ああ、そういうことね。
「あのー……」
「自分で平民と言ったであろう」
「その、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
ルティの怒ったような演技にノる形で、今度は俺が謝罪を演じてみせる。机に両手をついて頭を下げながら、そのアドリブがうれしくて笑いをこらえるのに必死だった。
「まったく。我をからかおうとするから謝るはめになるのだ」
「いやぁ、いつもの俺らをわかってもらおうかなーと」
「普段通りにも程があるだろう。まあ、サスケが言うとおりに普段の我らはこんな感じだ」
「だなー。あとは、いっしょにラジオをやってる有楽神奈と赤坂瑠依子先輩、それに裏方の中瀬海晴が俺と同郷で、いっしょにラジオ番組を作ってたりします」
「カナは声使いの達人で、ルイコ嬢はしゃべりの達人。このふたりは別の〈ばんぐみ〉で耳にした者も多いであろうが、聴いたことがない者は是非聴いてほしい。また、滅多に表には出ないがみはるん――ああ、ミハルのことだな。みはるんも音使いの達人なので、これから〈らじお〉で流れる音には注目してほしいものだ」
手元の構成台本を見ながら、ふたりで交互に『ヴィエル市時計塔放送局』の仲間たちを紹介していく。
俺が見ているのは、ルティとふたりで話し合いながらどんな話をしていくかをノートへ書いていった粗めの構成台本。それをピピナがレンディアール製の糸づくりのノートへと翻訳したものをもとに、目の前のルティはよどみなく人物評を語っていった。
「それで、レンディアール側でラジオ作りをしているのはルティとフィルミアさんのレンディアール王女姉妹に、ピピナとリリナさんの妖精姉妹。イロウナ商業会館のアヴィエラ会長と流味亭のユウラさんも、しゃべる側としてお手伝いをしてくれています」
「姉様とリリナは、昼の〈ばんぐみ〉で耳なじみがある者もいるかもしれぬな。ピピナとユウラ嬢はこれからしゃべる機会が増えてくる予定で、アヴィエラ嬢も〈らじお〉を通じてイロウナのことや商業会館の情報を話してくれることになっている」
「で、俺とルティがこれから始めるのは、さっきも言ったとおりレンディアールに住んでたり訪れたりした人と話していく番組。だいたい月に1回か2回ぐらいやっていくつもりです」
「時間は最低1時間で、長くて2時間。話題が尽きるか収拾が付かなくなったらそこで終了だ。空いた時間は……音楽でも流すとするか」
「それか、ルティが歌うコーナーでも作るとか」
「誰が作るかっ!」
人さし指を立てながらおどけて言うと、即座にルティがツッコミを入れてくれた。それが終わるのと同時に、ニヤリとくちびるの端がつり上がる。
ルティのアドリブの合図はこのくちびるの吊り上げで、俺のアドリブの合図は人さし指を立てること。ってことは、ルティも俺に挑んできたわけで……よし、ここでひとつアドリブ合戦と行きますか!
「それに、〈こーなー〉と言われても初めての者にはわからぬであろうが」
「ああ、悪い悪い。コーナーっていうのは、番組の中に設けられた『お題』みたいなもんで、そのお題に沿って話していく部分です。じゃあ、例としてルティが歌うコーナーは決まりだな」
「決まってない! するなら雑談だけだ!」
「えー」
「えー、ではない。本気で残念そうな顔をするなっ」
「声だけでもその残念っぷりをお伝えできれば幸いです」
「わざとらしく残念がるでない」
「わざとじゃねえって。まあ、実際にルティの歌声はきれいだしかわいらしいんで、おいおい機会を見て」
「そんな、機会など……えっと、そんなに聴きたいのか?」
「えっ」
「サスケや皆が聴きたいのであれば、その……少しは、練習してみてもいいが」
「本当かっ!?」
いきなりしおらしくなったルティの言葉につられて、前のめりで聞き返す。
その瞬間、ルティはくちびるの端を釣り上げながら不敵な笑みを浮かべて、
「そ、の、か、わ、り」
釣りやがった。
「言い出したサスケも、もちろん歌うのだろうな?」
ルティも前のめりになって、俺を釣ってきやがった!
「は? えっ、俺も?」
「なんだ。言い出しであるそなたは、自ら歌う覚悟もなく我へ願ったというのか」
「えーっと……その、俺はそういうのが苦手なんで」
「苦手なのであれば、無理強いして誘うことのないように。わかったな」
「ごめんなさい」
軽いお説教のようなルティの言葉に、俺は素直に引き下がって謝ってみせた。ちらりと見学室のほうへ視線を向けたルティにつられて見てみると、有楽が満足そうに何度もうなずいて……ってことは、有楽仕込みの技か! こいつら、味なマネをしやがって!
なんだか悔しいから、今度うちの店に来たらパフェのひとつでもおごらせろ!
「とまあ、こんな風にいつものような感じで我とサスケがしゃべりつつ、この〈らじおきょく〉へと訪れた人々とも話していくというのが『ふたりと、お話ししませんか?』の趣向だ」
「俺は日本っていう国の出身で、ルティはここレンディアールの出身。この国のことをまだ勉強中な俺と、よく知ってるルティとでお客様の人となりを紹介していきますんで、聴いてくれてる人たちもルティも、今後ともよろしくお願いします」
「うむ、こちらこそだ」
ふたりであいさつしあって、ここで前半戦の導入はおしまい。よし、なかなかいい感じに行けたんじゃないか。
手応えを感じながらふたりで視線を合わせて、その視線をはす向かいへと向ける。




