第122話 異世界ラジオのひろがりかた④
「なにかおみせができたですかね?」
「いや、そういう話は聞いたことがないが……そもそも、あの辺りにあるのは警備隊の詰め所ではないか」
近づきながら目をこらしてみると、何故か道の上へ置かれているイスへと主婦の人たちやおじいさん、おばあさんたちが座って詰め所があるほうへと向いて談笑していた。
初めて見たときはそんなにいないと思ったけど……これ、40人から50人ぐらいはいるよな?
「おおっ、これはエルティシア様ではありませんか」
「おはようございます、エルティシア様。ピピナ様もお元気なようで」
「おはよう、皆。このようなところへ座って、いったいどうしたのだ?」
「いやいや、あれの音を聴いてるんですよ。あれを」
おじいさんたちが指さしたほうを見てみると、詰め所のカウンターに無電源ラジオのスピーカーが置かれていた。今はまだ音楽の時間っていうこともあって、のんびりとしたギターの音色があたりに流れている。
「そうそう。〈らじお〉ですよ、〈らじお〉。あの音楽が聴きたくて、みんなここで集まって聴いてるんです」
「あれは面白いですねぇ。あんな筒みたいなものから音がたくさん出てくるなんて」
「音だけじゃないよ。王家の皆様や妖精様の声だって聴こえてくるじゃないか」
「おおっ、そうだったそうだった。エルティシア様の声も聴こえてまいりましたな!」
「あ、えっと……聴いてくれて、ありがとう……?」
突然畳みかけられたからか、うろたえまくって頬を引きつらせるルティ。まさか、この人たちがみんなしてラジオを聴きに来てるっていうのか……?
「なんでも、この〈らじお〉というのを作り出したのはエルティシア様だとか」
「えっ」
「そうそう。警備隊の人たちから聞きましたよ」
「ウチの息子なんて『たいくつな警備が楽しみになった』とか言ってたぐらいだ。その通り、こりゃあいい暇つぶしになる」
「ありがとうございます、エルティシア様!」
「あのっ、そのっ」
「エルティシア様、これを家で聴く方法ってないんですか?」
「……っ!?」
俺らとそう年が離れてなさそうな女の子からその質問が飛んだ瞬間、あたりが静まりかえったかと思ったところで大きなどよめきが起きた。
「そうだ、これを家で聴けたら確かに面白いよな!」
「ひとり暮らしにはありがたいねぇ。楽しみが増えるよ」
「警備隊が楽しめるなら、家事に追われてるあたしたちも楽しめそうだね」
「エルティシア様、よかったら売ってください。ちょっとばかり高くても、その、物書きしてる時のお供に聴きたいですから」
「あ、あぅ……」
やばい、一気に声が押し寄せてきてルティがパニックになりかけてる。でも、このまま逃げるわけにもいかないし……なんとか、フォローしていかないと。
「えっと、すいません。今はまだ無理ですけど、近々皆さんもこの機械が買えるように検討中です!」
「本当か! というか、アンタは誰なんだい!?」
うわっ、いきなりツッコミを食らっちまった!
「俺は、松浜佐助です。ルティとピピナの友達で、いっしょにラジオ作りをしてます」
「おお、アンタがサスケか!」
「へえ。時々聴こえてくる声とは同じ思えないぐらいボーッとした面構えじゃないか」
「ぐっ」
よ、容赦ねえ。ここの人たち、ホント容赦ねえ……
「ふ、普段は声だけで仕事をしてるんで、こんな面構えですいません」
「謝るこたぁねえよ」
「それよりも、近々買えるってどういうことなんだい? 本当に手元で聴けるんだろうね?」
「ええ。ただ、この機械は手作りでちょっと時間がかかるんです」
「手作り!」
「じゃあ、この〈らじお〉は王女様の手作りってことかい」
「えっと、ルティとフィルミアさんと、ピピナとリリナさんも作ってたりしますね。あと、イロウナ商業会館のアヴィエラさんも手伝ってくれてます」
「おいおい、フィルミア様が作ってるってよ!」
「王女様だけじゃなく妖精様もだなんて!」
「アヴィエラお姉様も……きっと、よき魔術がこめられているんでしょうね」
4人の名前を出した瞬間、ざわめきがよりいっそう大きくなった。そりゃまあ、自分の国の王女様たちやこの世界の象徴になってる妖精さんたちが作ってるとか言ったらざわめきもするか。
……俺たち日本組も作ってるとか、そういうのは黙っておこう。あと、中瀬っぽい発言をした金髪ロングヘアのお姉さんのことは見なかったことにしておきたい。
「みなさんに行き渡るぐらいの数ができあがったら、ちゃんとしたお知らせができると思います。だから、もう少しだけ待ってはもらえませんか」
「じゃあ、もうしばらくはこんな感じか」
「でも、やっぱりお高いんですよね?」
「その時はまあ、またここでこうするしかないだろ」
ここにいる人たちはみんなラジオに興味を持ってくれているみたいで、たくさんの人たちの間で話がどんどん連鎖していく。
流味亭や商業会館でも聴いてくれている人たちの姿を目の当たりにしたけど、こんなにも聴いてくれてる人たちがいるなんて……うれしいのと同時に、なんだかこっちまで興奮してくる。
「安心してほしい。皆へと行き渡る〈らじお〉は銅貨30枚程度で売り出す予定だ」
そんな最中、突然ルティの凛とした声があたりに響き渡った。
「しかし、この〈らじお〉はまだ試験中で、皆にもしっかり聴こえるように調整をしている段階にある。大変申しわけないが、収穫祭の前には皆のもとへと届けられるようにがんばるので、もうしばらく待ってはもらえないだろうか」
弾かれたように見てみると、街の人たちへと向けている表情は俺たちへと時々見せてくれる不敵な笑み。それと対照的に、ぐっと握りしめられた右手は不安をこらえるかのようにふるふると震えていて、表情もほんの少しばかりこわばっている。
「銅貨30枚だったら、まあ買えなくはないか」
「本6冊分……ううっ、そのくらいはがまんしなくちゃいけませんね」
「そのくらいだったら待ちますとも!」
「姫様たちの手作りなら、そのくらいかかってもしょうがないわよねぇ」
「エルティシア様、御無理はなさらないでくださいね」
「みんな……」
あたたかい言葉をもらえたこともあってか、ルティの不敵な笑みからこわばりが消えていく。そして、震えていた手をもう一回握りしめると胸元へと持っていって、
「ありがとう! 近々、聴いてくれている皆にもラジオへ参加してもらえるような催しを行うつもりだ。その時にはまた〈ばんぐみ〉などで知らせるから、楽しみに待っていてほしい」
「本当ですか!」
「では、またこちらへ集まらねばなりませんね!」
「ああ。皆が楽しめるよう、我らも努力していこう!」
堂々と、力強くそう言い切ってみせた。
「それでは、これから警備隊長のラガルス殿と打ち合わせをしてくる。このあとは我の友であるアカサカ・ルイコ嬢とウラク・カナ嬢がヴィエルを楽しんでゆく〈ばんぐみ〉が始まるから、ぜひとも楽しんでいってくれ」
「カナ嬢ちゃんか。あの子は楽しんでくれてるからいいねぇ」
「いってらっしゃいませ。今日も一日楽しませてもらいますね!」
「うむっ。では、サスケ、ピピナ、行こうか」
「お、おう」
「はいですっ!」
不敵な笑みを浮かべたまま、ルティはイスの海をかき分けるようにして警備隊の詰め所の中へと入っていった。俺とピピナも追い掛けるようにして詰め所へと入ってドアを閉めると、立ち尽くすようなルティの後ろ姿があって、
「ルティ!?」
「ルティさまっ!?」
すぐさまひざからガクンと崩れ落ちると、両手を木の板へとついてへたり込んだ。ああっ、やっぱり強がっていたのか!
「エルティシア様、大丈夫ですか!?」
「ラガルス殿……だ、大丈夫だ。緊張がほどけて、少し力が抜けただけで。サスケとピピナも、心配をかけてすまない」
階段をドスドスと下りてきたラガルスさんに微笑みかけると、続いて見上げるようにして俺たちにも笑顔を向けてくれた。
「いきなり堂々と言うから、ビックリしたよ……」
「私もです。何かざわめいたかと思ったらエルティシア様の演説が聞こえてきて、いったいどうしたものかと」
「まことに済まぬ。サスケが説明してくれたのだから、我も皆へ伝えられることは伝えたいと思ったのだが……やはり、そう上手くはいかぬか」
「だいじょーぶですよ。いまのルティさまのすがたをみてるのはここにいるひとたちだけですし、りんとしたおこえとことばは、ピピナもとってもよかったとおもいます」
「ああ。ピピナの言うとおり、堂々とした立派な説明だったよ」
「そう言ってくれると、我も言った甲斐があったというものだ」
ようやく落ち着いたのか、床へぺたりと座り込んでいたルティが重い腰を上げてゆっくりと立ち上がる。
俺たちが入ってきた詰め所の1階は小さなオフィスみたいになっていて、対外業務用のカウンターの他に2席ずつ向かい合わされた4席の机と、打ち合わせ用なのか、それとも何かがあった時の取り調べ用なのかついたての向こうにイスが4つほど並べられた大きな机があった。
「突然の来訪も詫びなければならぬな。ラガルス殿、済まなかった」
「それは別に構いません。私たちに何か用事があってのことでしょうから」
「うむ。実は、〈らじお〉の一環として皆からの手紙を集めようと思って、〈じゅしんき〉を置いてくれている場所へと専用の箱を置いてくれるように歩いて回っていたのだ」
「なるほど。して、その箱というのは」
「サスケが持っているのが、その『おたより箱』だ」
「ほほう」
ルティに言われて箱を軽く持ち上げてみせると、ラガルスさんもアヴィエラさんや市場通りの人たちのように軽くのぞき込んできた。
「この長細い穴に街の人が書いてくれたおたよりを入れてもらって、ラジオの番組が始まる前に俺たちが中身を回収に行くってわけです」
「それはまた変わった使い方だな。中身の管理などはどうするんだ?」
「えっと、後ろにこうしてフタがあるんで、ここは俺たちが持ってる鍵がないと開かないようにしようかと」
「サスケたちが住まう街では、このようにして送る手紙を管理しているらしい」
「確かに、これならば箱ごと持ち去ったり持ち主が開けようとしない限りは安全ですな」
「〈じゅしんき〉を置いてくれたところは皆で把握しているし、信頼できる者ばかりだからそんなに心配することはあるまい。できれば、南門の詰め所にも置いてほしいと思っていたのだが……」
そこまで言ったところで、腕を組んだルティがふむぅとため息をつく。
「まさか、かような人混みができていたとは」
「〈じゅしんき〉を置くようになってから、茶飲み話に来ていた御老人たちが聴くようになったのです。それが口コミで広がって、今ではこのような有様というわけですよ」
「みんなして聴きに来てるってわけですか……」
カウンターを挟んで、外に見える多くの人たちはラジオがあるこっちのほうを向いて楽しそうにおしゃべりをしたり、じっくりと聴き入ったりしている。
昔、テレビの放送が始まった頃はこんな感じで街中に集まったりして見入ってたっていう写真を日本史の教科書で見たことがあるけど、それに近いものがあったりするのかな。
そう考えただけで、なんだか興奮して身体の奥底からぶるりと震える。
「その箱を置くこと自体はやぶさかではないのですが、できれば他の詰め所にも〈じゅしんき〉とともに分散して置いていただければありがたいかと」
「わかった、それは早急に検討しよう。ここだけに集中してしまうと、さすがに問題も多かろう」
「そうしていただければ幸いです。外周などの地区でも聴けるところができれば、ここまで足を運んでいる御老人たちもそちらで聴くことができるでしょう」
「わざわざ来てまで聴いてる人たちもいるんですか」
「六の曜日や零の曜日になると、音楽会館へと足を運ぶ方が多いんだ。身近なところで音楽が聴けるというのは魅力的なんだろう」
そっか。元々音楽が盛んな場所だから、音楽が聴けるラジオは魅力的なアイテムになるのか。
「うーむ……できれば早く皆へと届けたいところではあるが、そこばかりへ注力できないというのはなかなかもどかしいものだ」
「そのあたりができるのって、どうしても俺たちだけだから仕方ないよ。さっきも宣言したことだし、ペース通り焦らず行こうぜ」
「そうだな。焦って事を仕損じては意味がないし、我らとて始めるまでの準備を万全にせねば」
皇服のポケットからメモ帳と日本製の鉛筆を取り出すと、ルティは精霊大陸の文字で気がついたらしい内容をサラサラと書き留めていった。あまり隙間がないぐらいに書き込まれていて、ページの残りも少ないから、日本へ戻ったら一緒に選びに行くか。
「ラガルス殿、もし〈らじお〉を聴いていたときに気になったことがあれば、近々持ってくるこの箱へと手紙を入れてはもらえないだろうか。できることならば、とりまとめて皆との打ち合わせのときに議題へと挙げていきたい」
「是非もないことです。姫様方の助けになるのであれば、このラガルスめが書いていきましょう」
ガタイのいいラガルスさんが、身をかがめてルティへと一礼する。
ラガルスさんならさっきみたいに指摘するべきところは指摘してくれるし、きっといい御意見番になってくれるはずだ。
「ありがとう、ラガルス殿。ふふっ、これは母様との〈ばんぐみ〉づくりで緊張している暇などなさそうだ」
「そんな暇があったらみんなでこの箱を作って、どんどん持っていこうぜ」
「あとは、おてがみをあつめてばんぐみづくりもひつよーですねっ!」
「うむ。この勢いで番組づくりをしていって、母様にも楽しんでいただこう」
またまた瞳に力をみなぎらせて、ルティがそう力強く宣言する。
聴いてくれている人たちの声を耳にしたり、実際に聴いているところを目の当たりにしたことで作っている実感が湧いてきたんだろう。
俺や有楽、そして赤坂先輩がたどってきた道を、この世界で初めてルティが歩き始めているのかもしれない。
「先ほど皆がくれた言葉も、我の勇気を満たしてくれる。サスケ、ピピナ。東通りは昼時を過ぎてからにして、まずは時計塔でおたより箱を量産していこう。午後からは警備隊の詰め所もまわって、〈ばんぐみ〉作りを進めて……これは、もっともっと忙しくなるな!」
「おいおい、あんまり一気に抱え込もうとするなよー」
「そ、そのようなことはないぞっ!?」
「まったくもー、ルティさまにはやっぱりピピナがいないといけませんねっ」
「ピピナも! もうっ、ちゃんと皆に頼れるところは頼んでいくからなっ!?」
このままだともっと突っ走りかねないルティを、ピピナとふたりがかりのブレーキで押しとどめる。本人としては不本意かもしれないけど、突っ走りすぎて道に迷わないようにしていかないと。
「じゃあ、午後は俺たちとリリナさんで箱作りをしていこうぜ。夕方からはラジオドラマの練習もあるし、街回りはまた明日にしよう」
「ですです。あしたはねーさまにもまちまわりをてつだってもらって、てわけしていけばすぐおわりますよっ」
「そうだな。皆でやっていけば、できることはたくさん広がっていくだろうしな」
その上で、こうやってルティのやる気にエンジンを活かしていきたい。
俺も、ルティに置いて行かれないように。
そして、時にはルティを引っ張っていけるように。




