第121話 異世界ラジオのひろがりかた③
「おはようございます、アヴィエラさん」
「おおっ、サスケじゃん。エルティシア様とピピナちゃんも、おはよーさん」
「おはようございます」
「おはよーですっ」
明けて、翌朝。
朝飯を食べ終わってからルティとで始業前のイロウナ商業会館へ行くと、扉の前でぐーっと伸びをしているアヴィエラさんの姿があった。
つい一昨日までは白い長袖のドレスを着ていたのが、今はノースリーブのワンピース。肩口からすらりと伸びる浅黒い手は、ドレスの白や肩口まで伸びる黒髪といっしょにとても映えていた。
「どうしたのさ、こんな早い時間に来たりして。みんなしてアタシに用事かい?」
「はい。アヴィエラさんにというか、ラジオの受信機を置いてくれている人たちにお願いしたいことがあって、一軒一軒まわってるんです」
「お願いしたいこと……まあ、サスケが抱えてる箱に関係あるんだろうね」
「ええ、ラジオといっしょに、これも置いてもらえないかなって思いまして」
「これをねぇ」
俺が抱えていた四角いもの――てっぺんの真ん中に長細い穴が開いていて、紙や封筒が入れられるぐらいの木箱をひょいと持ち上げてみせると、アヴィエラさんは興味ありげにしげしげとのぞき込んでくる。
「我々が計画している〈ばんぐみ〉で様々な人々からの手紙を募ろうと考えておりまして、それとともに手紙を集めるための『おたより箱』を置いていただけないかと。まだ、これはリリナが作ってくれた見本ではありますが」
「ああ、ニホンでやってる〈めーる〉みたいなものか。別にかまわないけど、詳しい話を聞かせてくれるかい?」
「もちろんです。始業前なら、まだ時間もあるし大丈夫かなって思ったんで」
「じゃあ決まり。ちょうど、サスケやエルティシア様たちに聞いてもらいたいこともあったしさ」
「俺たちに聞いてもらいたいこと?」
「まあ、それは入ってからのお楽しみ。さあ、みんな入った入った」
アヴィエラさんにうながされて商業会館へ入ると、前に来たときとは違う会館の中の雰囲気にいきなり面食らった。
言葉にするのは難しいんだけど、前は重苦しくておごそかな雰囲気だったのが、少しやわらいだというか、なんというか……
「アヴィエラおねーさん。もしかして、てんじょーのりっこーせーのかずをふやしましたか?」
「おっ、ピピナちゃんがいいところに気付いたね」
言われて天井を見上げてみると、オレンジ色の陸光星が入ったランタンが前よりも多く吊り下げられていた。なるほど、だから前よりもずっと雰囲気が明るくなっていたんだ。
「うちの子たちがさ、もっとお客さんが来るにはどうしたらいいかってのをいろいろ提案してくれたんだ。じいさんたちともちゃんと話し合って、今はそれを少しずつ実現させてる最中ってとこ」
「なるほど。確かにこの明るさであれば商品も見やすいですし、魔石も煌びやかに輝いて彩られますね」
ルティが言うとおり、がっしりとした木枠とガラスで作られたショーケースの中にある魔石は多くなった陸光星の光にを照らされて、元々宝石だったその輝きをよりいっそう際立たせていた。前よりもずっと見やすいし、これなら魔石の輝きにつられて見たくなる人も増えそうだ。
「まだまだ伝統に口うるさいじいさんもいるけど、実際に見てもらったほうが手っ取り早いと思ってやってるんだ。ああ、もちろん元に戻せるようにしてるから問答無用ってわけじゃないよ」
「そこまでされては、さすがに黙ってはいられませぬ」
久しぶりに聞くしわがれた声に、反射するようにして俺の背筋が伸びる。
「始業前に御客人がいるというのも、私としては黙っていられないのですがね」
アヴィエラさんの後ろから声をかけてきたのは、イグレールのじいさん。魔石を使って俺たちとアヴィエラさんの会話を盗聴して、それをあげつらって失脚を狙おうとしたあのいけすかないじいさんだ。
「ああ、みんなアタシに用事があって来たんだよ。まだ始業まで時間があるんだから、それぐらいは勘弁してくれよ」
「商姫様がそこまで仰るのであれば。皆様、おはようございます」
「おはようございます、イグレール殿」
「ど、どうも。おはようございます」
「おはよーです」
威厳のあるあいさつを、優雅に返すルティ。それに対して、俺とピピナは明らかに強張った顔で返事をしていた。アヴィエラさんを裏切ろうとした場面を直に見たんだし、そう簡単に気軽なあいさつなんてできるわけがないって……
「して、その用事とはなんなのですかな? 見たところ、そこの少年が持つ箱にでも関係していそうですが」
「ああ。サスケたちは今〈らじお〉に関わってるって知ってるだろ。それをもっと広げるために、色々工夫してる最中なんだってさ」
「ほほう」
アヴィエラさんの説明で、イグレールのじいさんのしわの奥にある目がギラリと光る。って、どうしてアヴィエラさんってばじいさんにペラペラしゃべってるのさ! イロウナの人たちには、ラジオのことを教えたくなかったんじゃないのか!?
「その箱には魔術も何もかけられてはいないようですな。はて、いったいどんな用途をお持ちで……」
「これっててっぺんに長細い穴があるだろ。そこへ〈ばんぐみ〉への手紙を入れてもらって、それを〈らじお〉で読むために使うんだってさ」
「どうしてそのようなことを。手紙など〈らじお〉に必要あるのですか」
「〈らじお〉の〈ばんぐみ〉を担当している人たちがその手紙を読んで、〈ばんぐみ〉を盛り上げたり話題を広げたりするんだよ。たとえば、昨日のフィルミア様とリリナちゃんの〈ばんぐみ〉へ感想を送ったりとか……で、いいんだっけ?」
「は、はあ。それで合ってます。けど――」
「ほほう……それは興味深い」
へっ?
「む? ……あ、いや、なんでもありませぬ。で、その箱をどうなさるのですかな?」
「これをウチに置いてほしいんだって。最近、飲み食いに来たお客さんが〈らじお〉を聴いていったりもするだろ? 帳場の〈らじお〉の横にでも置いておけば、料理を待ってる間に何か書いて入れてくれるんじゃないかな」
「ふむ。まあ、別によろしいのではないかと」
いやいやいやいや、どうなってるんだ!?
あんだけお堅かったイグレールのじいさんが、どうしてこんなに物わかりがよくなってるんだよ! 隣のピピナも、口をあんぐり開けて固まっちまってるし!
「じゃあ、決まりな。話はみんなから聞いとくから、あとでじいにもどうすりゃいいのか教えてあげるよ」
「そ、そのようなものは別に……まあ、あとは商姫様にお任せすることにしましょう。私は帳場で音楽でも聴いております」
「おう、いってらっしゃーい」
ニヤニヤと笑ってるアヴィエラさんから逃げるようにして、顔を真っ赤にしたイグレールのじいさんは入口近くにある帳場――カウンターの中へと逃げたと思ったら、無電源ラジオのダイヤルを手慣れた感じで回していってクラシック音楽が流れる試験放送へと見事にチューニングしてみせた。
「えっと……いったいどうなってるんです? イグレールさん、なにかあったんですか?」
「あったもなにも、じいも最近〈らじお〉を聴くようになったんだよ」
「……マジですか。もしかして、俺たちに聞いてほしかったのって」
「そのとーりっ」
ゆかいで仕方ないとばかりに、歯を見せてくっくっくっと笑うアヴィエラさん。まさか、あの超ガンコ者なイグレールさんがラジオを聴いてくれてるなんて。
「おしゃべりの時間以外は、ずっとルイコたちが持って来た〈くらしっく〉とか音楽学校の生徒さんの演奏を流してるだろ。どうも最近昼休みからの帰りが遅いと思ったら、うちの子たちが〈らじお〉が流れてる食堂に入り浸ってるって教えてくれてさ。で、サスケが作ってくれた〈じゅしんき〉を持って帰って使ってみたらごらんの有様ってわけ」
「はー……なんというか、意外っすね」
「あれだけけんあくだったのに、かわればかわるものですねー」
「元々、じいは音楽が好きなんだよ。おとといアタシが出たルイコとの〈ばんぐみ〉も聴いてくれてたみたいで、叱られたあとにほめてもくれたし」
「うおっほん!」
こそこそと話している俺たちへ、帳場に座ったじいさんが大きくせき払いをしてみせた。やばいやばい。そんなに離れてないんだから全部筒抜けじゃねえか。
それでも、やっぱり聴いてくれるのはとてもうれしいわけで。
「あの、イグレールさん」
「……なんですかな?」
「まだまだ始まってもいないですけど、いいラジオを作れるようにみんなでがんばって行きますんで、よろしくお願いします」
「私も、よろしくお願いいたします」
「よろしくですよっ」
お礼を言って頭を下げた俺に続いて、ルティとピピナもぺこりと頭を下げた。
「……お手並み拝見と参りましょう」
「はいっ!」
短い返事だけど、そう言ってくれるだけで十分。
開局に向けて、そして開局してからも楽しんでもらえる番組作りをしていこう。
それからしばらくの間、アヴィエラさんに箱のことを説明してから今度は北の市場通りへ。ここでもいろんなお店に無電源ラジオの受信機を置いてもらっていて、店先でそのままかけてくれているところが多い。
これからは『おたより箱』もいっしょに置いてもらえないかってお願いしたら、ほとんどの店が許可してくれた。無理だったお店は、狭すぎたりひとりで切り盛りしてるお店だったから無理強いしないであっさり引いて、他のお店と同じように『これからもよろしくお願いします』って3人であいさつをしてまわった。
続いて東通りの飲食店街にも行こうとしたけど、まだお昼前で準備中のお店がほとんどだから邪魔しちゃ悪いってことで後回し。そのまま南通り――昨日の朝ルティと歩いた道をまたたどって、住居地区のほうへと向かった。
「ルティさまとサスケは、きのうここをあるいたんですよね?」
「うむ。いい夜明けを見ることが出来た」
「ピピナには空からヴィエルの夕暮れを見せてもらって、ルティからは夜明けを見せてもらって。ほんと、ふたりには楽しませてもらってるよ」
昨日とは違ってすっかり陽が昇っている大通りで、ルティとピピナといっしょに雑談しながらのんびりと歩いていく。
まだ昼前で学校の時間だからか、子供たちの姿はほとんど見かけない。その代わりに、北の市場通りから野菜や果物を手押し車で持って来た移動販売に主婦らしい人たちが群がって井戸端会議よろしくにぎやかなおしゃべりを繰り広げていた。
「我らの住まう街だからな。サスケたちに楽しんでもらえれば、我としてもうれしい」
「ですね。ピピナもルティさまもにほんでたのしませてもらってるぶん、さすけにもここでたくさんたのしんでほしーですっ」
ルティも、俺とルティの間で歩いているピピナもうれしいみたいで、ふたりして笑顔を俺に向けてくれていた。
ちなみに、今日のピピナは真新しい黒い執事服姿。リリナさんお手製の執事服は凛々しさとかわいらしさを兼ね備えていて、いつも頭の左サイドでまとめている髪を下ろしていることもあってかちょっとばかり大人びて見える。
「あんまりこっちって来る機会がないし、午前中ってのは初めてだ。ルティとピピナは、こっちにはよく来るのか?」
「我も、ここへ来るのは農作業の手伝いや散歩のときぐらいか。中央都市から来たときにも通ったことはあったが、馬車の中で見えなかったしあまり深い印象はなかったな」
「ピピナもですねー。でもでも、さいきんはおさんぽしてるとこどもたちにあそぼーっておよばれしたりするから、いっしょにあそんだりもしてるです」
「へえ、ピピナって子供たちと遊んだりするんだ」
「ピピナはおねーさんですから、そのくらいのおねがいはきーちゃいますよ」
「警備隊の皆からも、時々ピピナのことを聞く。子供同士でケンカが起きたときには仲裁したり、転んでケガをしたときは力を使って癒やしているそうだ」
俺が意外そうに言うと、きっぱり言い切ったピピナに続いてルティも言葉を添えてみせた。前はルティにべったりだったのが、昨日はお留守番をしてくれたり、子供たちと遊んだりしてるとなると自分だけの時間をとるようになったらしい。
「これからいくのは、そのけーびたいさんのところですよね」
「ああ。あそこにもラジオを置いてもらってるし、おたより箱も置いてもらえたらいいな」
「南通りはこの1カ所のみだから、是非とも置いてもらいたいものだ。……む?」
「どうした?」
「いや、あちらのほうに人だかりが」
ルティが向いているほうを見てみると、南通りの門があるほうに少しばかりの人だかりができていた。




