第120話 異世界ラジオのひろがりかた②
地球にある王制国家の王妃様だともっとこう、華麗というかゴージャスなイメージがあるんだけど、サジェーナ様に関する話を聞いているととにかく庶民的というか、なんというか。つーか、街中で王様とデートしてる王妃様とかどんだけラブラブなんだよ。
「そっか……王妃様かぁ……」
「さ、サスケ、母様がなんだというのだ?」
「きっと、さすけたちのしってるおーひさまとはちがうんですよ。かなもおなじよーなはんのーをしてたです」
「あいつの場合はアニメとかマンガの王妃様をイメージしてたんだろ」
「せーかいです! よくわかったですねー」
「そりゃあ、有楽だし」
あいつの好きなものにはそういう異世界が付きものだろうし、簡単にそっちのほうを想像するのが思い浮かぶ。むしろ、違っていたとしたらそっちのほうがビビる。
「カナが親しむ物語のような国家は、我らの祖先が『失われし大陸』に住まっていた遥か昔にあったという言い伝えは残っている。しかし、精霊大陸に居を移してからはイロウナとフィンダリゼとともに、住まう人たちと寄り添えるようにと必要以上のものを飾ることはしていないらしい」
「そういう大国に追われて成立したのが、この大陸にある3つの国だもんな。言われてみりゃあそうなるか」
「うむ」
ルティの説明にリリナさんに教えてもらった国の成り立ちが合わさって、レンディアールに対するイメージがのんびりしたもので固まっていく。日本にいるときとは比べものにならない空気は、きっとその歴史が作り出したものなんだろう。
「でも、王様と王妃様が夫婦で農作業ってのはさすがにレンディアールぐらいなんじゃね?」
「それはもちろん」
他の国じゃありえなさそうなことだとたずねたら、ルティが即答して大きくうなずいた。農耕国家なレンディアールで、しかも今も仲がいい王様夫妻だからこそできるわけで――
「イロウナの国王夫妻は、魔術を鍛えるために2年に1度は揃って修行着をまとって流浪の旅へ出るという。フィンダリゼは国王夫妻が発明したものを駆使し、王家の者が総出で演劇を行うらしい」
「そっちはそっちですげえなオイ」
この大陸にある国、どれも全然違う方向性でぶっ飛んでやがる。イロウナのことは前にリリナさんから聞いてはいたけど、フィンダリゼはフィンダリゼでとんでもない規模のことをしてるんだな。
「そういう話が伝わってるってことは、イロウナともフィンダリゼとも結構仲がいいのか」
「各国の大祭が終わる11月になると、それぞれの国が持ち回りで他の2ヶ国の王族を迎え入れて宴を催すほどにな。我はまだ行ったことがないが、今年の春は父様と母様、そしてステラ姉様がフィンダリゼへと訪問した」
「『ステラ』ねえさま?」
「ルティさまのひとつうえのおねーさまで、ミアさまのひとつしたのいもーとさまです。おりょーりがとってもだいすきで、そのままフィンダリゼのおりょーりをまなぶためにりゅーがくしちゃったですよ」
「料理留学って、そりゃまたルティや他のお兄さんやお姉さんとはまた違った方向性だな」
「元々、食べることと身体を動かすことが大好きな姉様だ。あちらで見知らぬ料理を多々味わい、学びたくなったからそのまま残ると手紙に書いてあった」
「それはまた豪快さんで」
今まで会ったことがあるルティのお姉さんは、ほわほわとしたフィルミアさんだけ。聞いただけだと、ずいぶんサジェーナ様の影響を受けていそうだ。
「それからも、度々手紙を寄越してくださっている。返事にサスケたちのことを記したらぜひとも会いたいと、近々里帰りがてらヴィエルまで足を伸ばしてくださるそうだ」
「ってことは、俺らもステラさんに会えるのか?」
「もちろん。その時には、ステラ姉様にも皆とつくった〈らじお〉を楽しんでもらえたらうれしい」
「だな。そのためにも、まずはサジェーナ様にも楽しんでもらわないと」
「うむ」
フィルミアさん以外のお姉さんたちは、きっと中央都市にいた頃の気弱だったルティしか知らない。元気いっぱいで街中を歩き回っている今のルティを見たら、きっとビックリするだろうし、それまでにあったことを聞かれるだろう。
その時には、ルティのそばにいてできる限りフォローしたい。ラジオのことで手紙をもらったなら、リリナさんに教えてもらってでも返事を……って、手紙?
「手紙、か」
「どうしたのだ?」
「いや、手紙って手があるって思ってさ」
「手紙?」
「てがみです?」
俺のつぶやきに、ルティとピピナが揃って首をかしげる。
……ああ、今の日本のラジオに合わせるなら、
「『メール』だよ。ほら、リスナーさんからの」
「めーるですか!」
「ニホンの〈らじお〉と同じように使おうというのか!」
「ああ、サジェーナ様に聞いてみたいことがある人たちには、もってこいだって思わないか。もっとラジオが聴ける体勢が整ってからって考えてたけど、いい機会だと思うんだ」
少し冷めたミントティーを口にして、一旦思考をリセットする。
日本の多くのラジオ番組は、リスナーさんからの投稿で成り立っている。それは同時に人気のバロメーターにもなっていて、どれだけ番組に興味を持ってもらえているかの指標にもなったりするわけだ。
「でもさすけ、こっちにはめーるがないですよ?」
「今はメールばかりだけど、昔はハガキやファックスでも投稿を募集していたんだよ。今でも、昔ながらの番組とかじゃハガキしか受け付けてないってところもあるし」
「〈ふぁっくす〉とやらはよくわからぬのだが、〈はがき〉というのはあれか。時々『はまかぜ』に届く長方形の紙に書かれた……」
「それそれ。もしかして、こっちじゃハガキってなかったりするのか?」
「無い。そもそも、こちらの手紙のやりとりからしてむき出しのまま送ること自体がありえないぐらいだ」
「そうなのか」
手紙といったら封書もあればハガキもあるのが日本でも、他の国……というか、異世界に来れば流儀も変わる。でも、ラジオといえばリスナーさんからの投稿もつきものなんだし、
「そこんところ、もうちょっと詳しく頼む」
「うむ、よかろう」
この世界をよく知るルティから、郵便事情を聞いてみよう。
「まず、手紙は市役所や警備隊の詰め所、そして馬車駅で銅貨5枚で貸し出される木筒に入れて送るのが基本となる。それを近くの馬車駅へ持っていき、朝から夕方まで2時間に1便ある荷馬車へと渡せば、街中で完結する手紙の場合は当日中に相手の居所へと届く」
「へえ、結構スピーディーじゃないか」
「しかし、これは市役所以外あまり使われていないのが実情でな」
「そうなのか?」
「ヴィエルぐらいの大きさの街であれば、手紙を書いて届けるよりも直接相手の家へ訪れたほうがずっと早い。だから、市役所が住民へと送る手紙以外にはあまり使われていないのだ」
「あー……距離的なことを考えると、確かにそっちのほうが手っ取り早いか」
「街の外へ送る手紙のほうが、使っている者としてはずっと多いと言えよう。それとサスケ、ニホンで使われる〈めーる〉というのは無料であったな」
「厳密には違うけど、まあ実際に手紙を送るほどには金がかからないな」
「しかし、こちらでは先ほども言ったとおり銅貨5枚で木筒を借りる必要がある。そうなると〈らじお〉のお便りを募るにしてはいささか高額ではなかろうか」
「そいつは……結構キツいな」
銅貨5枚といえば、日本で言う500円ぐらいの価値。木で作られた筒が必要なんだからそれくらいかかるのはわかるっちゃわかるんだけど、ラジオの娯楽番組へ送ってもらえるかって考えると無理に近い。
こういったところにルティの気が回るのも、庶民的なお姫様だからといったところか。俺の気が付かないところを気付かせてくれて、本当に助かる。
「我もそのあたりはどうにかせねばとは考えていたのだが、〈ばんぐみ〉作りに気が急いてしまっていた。サスケ、申しわけない」
「いやいやいや、謝ることはないって。それにしても、銅貨5枚かぁ……結構ハードルが高いな」
「木筒を保守するための金額や中の手紙に対する保証も含まれているから、そのあたりは仕方あるまい。いっそ〈はがき〉のような仕組みを作ってしまうというのも有りかもしれぬが、今からでは間に合わぬだろう」
「だよなぁ……これ、後回しにするんじゃなくて最初に考えときゃよかった」
目の前にいきなりそびえ立った難題に、出てくるのはため息ばかり。ラジオにお便りは欠かせないってのに、それが見込めないんじゃただ俺たちがしゃべるだけになっちまう。
聴いてくれる人たちも参加してこそのラジオだってのに、見通しが甘すぎたか……
「あの、さすけ、ルティさま」
「ん? どしたよ」
背もたれへ寄りかかってクッキーをほおばっていた俺と腕組みをするルティへ向けて、右はす向かいの席に座るピピナが手を挙げてアピールしてきた。
ついでに羽をぱたぱたさせながら一生懸命背伸びをしているあたり、ささくれ立ってたココロがそのかわいらしさで癒やされそうになる。つーか、見ているだけでかなり癒やされる。
「あの、ただのかみじゃだめですかね?」
「ただの紙?」
「はいですっ。はじめてさすけとかなをヴィエルへつれてきたとき、ピピナはねーさまにおきてがみをのこしたですよね。あれってただのかみにかいただけなんですけど、それをまちのひとたちにかいてもらって、それをあつめてルティさまとさすけがよんだらどーかなーっておもったですよ」
「その案は、確かによいとは思う。しかし、書かれた紙をどう集めるという問題もあろう。我らが一件一件家を回って集めるぐらいしか手段がないと思うのだが」
「あー……たしかにそーです……」
難色を示すルティに、ピピナのとがった耳と蝶みたいな透明の羽がへにょんと垂れさがる。でも、ピピナの提案は悪くないと思う。あとは、その『集める』っていう問題さえクリアできればいいんだし、
「ちょっと待った」
その課題は、日本でよく見かける方式……というか、うちの店でもやってる方式でフォローできるかもしれない。
「ルティ、ピピナ。うちの店のレジの隣に箱が置いてあるよな」
「確かにあるな」
「あるですね。かいてあることはよくわからないですけど」
「あれって、うちの店に対する感想や意見を専用の紙に書いて入れてもらう箱なんだよ。その箱みたいに街の目立つところへラジオ専用の投書箱を置いてもらって、そこへおたよりを入れてもらうのはどうかな」
「なるほど。我々が集めに行くのではなく、そこへ集めようというわけか!」
「いーですね! なんだか、にほんにあったゆーびんぽすとみたいです!」
「あー、そっちか!」
身近なもので例えてみたけれども、箱に入れてもらった手紙を集めていくんだからどっちかって言うと郵便ポストに近い。それを思い浮かべるとは、ピピナもなかなか日本のことをわかってきてるな。
「そっちか! って、にほんにすんでるさすけがおもいうかばないでどーするんですかっ。でもでも、さすけのてーあんはとってもいいとおもうです!」
「うむ、我もその案に乗った!」
「うわっ!?」
「サスケ。こうなったら、練習だけではなく収録も兼ねてみよう!」
興奮しているのか、ルティは席を立つと俺のほうへと身を乗り出した。いきなり迫ってきた瞳はキラキラと輝いていて、めいっぱいの期待がこめられている。
「収録って、ルティはいいのか?」
「〈なまほうそう〉はまだ無理だが、事前に〈しゅうろく〉するのであれば挑戦してみたい。なにより、街の皆から声を集めるのであろう? 練習だけで終わらせてしまうのは、実にもったいないとは思わないか」
「それもそうだな。じゃあ、今回は実践練習ってことで」
「よしっ、ならば決まりだ!」
「ですですっ!」
俺の答えで満足したらしく、身を乗り出していたルティは腰に手をあてて仁王立ちになるとピピナと大きくうなずきあった。
心配していたルティがやる気なら、きっと大丈夫だろう。そう思ったら、俺のやる気も一気に湧き上がった。
「じゃあ、進めるにあたっていろいろと決めていこうぜ」
ミントティーを飲み干した俺は、空いたカップをソーサーごと脇へ寄せて空いたスペースへとノートを置いた。そのまま新しいページをめくって、いちばん上の段にシャーペンでひらがなとカタカナだけの簡単な文を書いていく。
『どこへハコをおいてもらうか』
一見簡単なようでいて、実はとっても難しいこと。
置いてもらうにしても許可が必要だし、そのためには直接出向かないといけない。
でも、乗り気だったルティとピピナはすぐにその議題に乗っかってくれて、いろいろと提案してくれたり、じっくり議論をすることができた。




