第119話 異世界ラジオのひろがりかた①
芯を引っこめたシャーペンの先で、ノートの片隅をこつこつと叩く。
力を入れてないのにへこみが出来ているのは、繰り返し叩いてるから。開かれたノートの右半分は罫線しかなくて、左半分も『王妃様とルティとのラジオについて』って題名以外は真っ白になっていた。
「ふむー……」
そのタイトルを目にしているうちに、ため息が出てくる。
昼間に王妃様――サジェーナ様のお願いから、ラジオの練習をすることが決まったその夜。俺は時計塔の自室で、ベッドに寝転びながらどういう風に収録を練習するかを迷っていた。
「ユウラさんの時みたいにトークを引き出すにしても、今回は俺主導になるだろうからなー……どうしたもんか」
左手でほおづえをつきながら、何度目になるかわからないため息。
今回の相方はルティで、そのお相手はサジェーナ様。普通に進行したとしたら親子の話題のみで終わりそうだし、できればそれだけで終わらせずにもっとトークを広げていきたい。
練習とは言っても、俺にとってはいつも通りの真剣勝負。相方といっしょにゲストに来てくれた人を楽しませて、そして聴いてくれた人も楽しませたいところだ。
ただ……親子トーク以上の話題をどう引き出せばいいのか、日本から来てまだなじみの薄い俺としては、取っかかりを見つけ出せずにいた。
国のことについて話すにしても、まだレンディアールのことはリリナさんから学んでいる真っ最中。国の成り立ちは知っていても、今の王室についてはルティとフィルミアさんのことぐらいしか知らない。その状態で話したところで、薄っぺらいトークになりかねないわけで。
これじゃあ、通りいっぺんの練習になりかねないよなぁ……
「サスケ、入ってもよいか?」
「おちゃ、もってきたですよー」
またまたため息をつこうとしたところで、ドアをノックする音といっしょにルティとピピナらしい声が聞こえてきた。
「おう、入っていいぞー」
「では、失礼する」
「おじゃまするですー」
身体を起こして声をかけると、がちゃりとドアが開いて皇服姿のルティがお皿を、メイド服姿のピピナがティーセットを手にして部屋へと入ってきた。
「ちょっと待ってろ。今イスを出すから」
「ああ、自分で出すからそれはよい。ピピナ、お茶の準備を頼む」
「わかりましたっ!」
スニーカーをはいて立ち上がろうとしたところで、ルティに手で制されて座り直す。ピピナがひとつ羽ばたき、ベッドサイドの小さな丸テーブルの上へとティーセットを置く。ルティもお皿を置いてから、そのまわりへふたつのイスを並べた。
「夕食のときに、ずっと上の空であっただろう。きっと、母様からの難題に頭を悩ませているのではないかと思ってな」
「ルティさまからそうだんされて、ほっとできるおちゃをもってきたんですよ」
「なるほどな。ありがとう、ふたりとも」
「気にしなくともよい。むしろ、我のほうこそ礼を言わなくては」
申しわけなそうに言いながら、はす向かいの席に座るルティ。その間もピピナはティーポットにお湯を入れたり、お茶菓子をテーブルへ置いたりと羽を駆使して文字通り飛び回っていく。
「この香りって、もしかしてミントティーか?」
「サジェーナさまが、むかしにほんへいったときにたねをかってこっそりもってかえってたそーです。それをちゃばにして、ピピナとねーさまにおすそわけしてくれたですよ」
「あの人は生態系も省みずにまあ……」
「母様はこういう種子や花には目がないから、仕方あるまい。きっと、若き頃のニホンでも興味津々だったのであろう」
「簡単に想像できるな、それ」
あのフリーダムな王妃様だったら確かにやりかねない。ミントって繁殖力が強いはずだけど、そのあたりも研究してうまく育ててるのかな?
「それじゃあ、そろそろいれますねー」
「おー、いい香りだ」
「このすうっとする匂い、久しぶりだ」
ピピナがふわふわと飛んだままティーカップへミントティーを注いでいくと、さっきまでも香っていたミントのすがすがしい匂いがよりいっそうふわっと広がっていった。
「おちゃがしはくっきーをやいてみました。ねーさまがたいこばんをおしてくれたから、きっとだいじょーぶだとおもうですよ」
「これ、ピピナが焼いたのか!?」
ルティが置いた皿にのせられていたのは、ほどよく山盛りになった丸形のクッキー。珍しく焼き色がバラバラだと思ったら、ピピナが作ったってのか。
「はいですっ。ルティさまとさすけががんばってるあいだ、ばんぐみがおわったミアさまとねーさまがみてくれましたっ」
「呼ばれて厨房に行ってみれば、甘くも香ばしい匂いの主がピピナだと知って我も驚いた。疲れて帰ってくるであろう我らのために、ピピナが自ら作ってくれたそうだ」
「そうだったんだ。ありがとな、ピピナ」
「おるすばんのピピナができるのはこれくらいですから。ルティさま、さすけ、おしごとおつかれさまでした。どうぞめしあがれですっ」
「ああ。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
ピピナにねぎらわれて、まずはミントティーをひとくち。砂糖の甘みがないぶん、ストレートにミントのさわやかさが口の中へ広がっていく。
「熱いのにスーッてするのはやっぱり不思議だけど、面白いな」
「うむ、まるで二度も目が覚める思いだ。そして、実に美味しい」
「じゃあ、クッキーももらうぞ」
「どーぞどーぞ」
わくわくと期待に満ちた目で見られながら、続いてクッキーをひとかじり。まだ冷たい感覚が残る口の中を、今度はさくりと崩れていくクッキーの感触と砂糖の甘味が跳ね回る。香ばしさもあとから加わって、いろんな味が駆けめぐるから食べていてわくわくする。
「このクッキー、ミントティーによく合うよ。すっげえ美味い」
「ほんとーですか? それならよかったです!」
「ピピナのていねいな仕事が伝わってくるかのようだ。留守の間、我らに素晴らしきものを作ってくれていたのだな」
「いえいえ。ねーさまが、つかれたときにはあまいものがいちばんっていってたから、つくってみたらだいせーかいでした!」
「ありがとう、ピピナ。我らのことを案じてくれて」
「えへへー」
ルティに礼を言われたピピナが、うれしそうに笑う。
いつもだったらいっしょについてくるピピナも、今日の流味亭はカウンターのスペースがそんな広くないってことでお留守番。店へ向かう俺たちをリリナさんといっしょに見送ってから、このクッキーを作っていたらしい。
もう一度ミントティーを口にすると、甘みがすうっと流されてゆく。そしてもう一個クッキーをかじれば、冷たい感覚を甘みが上書きして……この味わい、結構くせになりそうだ。
「さすけもきにいってくれたです?」
「ああ。ミントティーもクッキーもどっちも美味いから、スイスイと行けるよ。ミントティーもリリナさんに教えてもらったのか?」
「ミントティーは、ちほおねーさんがおしえてくれたです」
「母さんが?」
「ジェナさまにきーたら、ちほおねーさんのほーがよくしってるからって。おしえてもらいにいったら、やさしくおしえてくれたですよ」
「そっか、母さんにも感謝しなくちゃな。ピピナと母さんのおかげで、気分が切り替えられそうだ」
「どーいたしまして。さすけとルティさまがよろこんでくれて、ピピナもうれしーです」
俺のお礼に、にぱっと笑ってみせるピピナ。メイドさん姿もすっかり板について、守護妖精との二足のわらじもずいぶんなじんできた。
「でも、ジェナさまとばんぐみのれんしゅーですかー……たしかに、いっぱいなやみそーですよね」
「そうなんだよなぁ」
かじっていたクッキーを飲み込んでから、ひとつため息をつく。
「練習とは言っても王妃様なんだし、できるだけ本番を想定したほうがいいと思うんだ。今日のフィルミアさんとリリナさんの番組だとまだ勝手がわかってなかった風だけど、さっきの口ぶりとか俺とルティが相手だと、逆に飲み込まれかねないってのがな」
「母様の話しぶりは、我ではとうていかなわぬ。サスケの言うとおり、いつの間にか母様が〈ばんぐみ〉を進行していることも考えられるだろう」
「そうならないために、さすけがいっぱいかんがえてたわけですか……おつかれさまです」
「そこまで大げさじゃないよ。でも、やっぱりラジオを楽しんでもらう以上は俺もがんばらないと」
「サスケだけではない。無論、我もふたりとの会話に食らいついていかねば」
「ピピナがいっしょにいるのはむずかしそーですねー」
ちょっと残念そうに言いながら、ピピナもクッキーをかじる。両手でクッキーを持つ姿はかわいらしくて、
「ピピナはピピナで、サジェーナ様の次にいっしょにやろうぜ。俺も、ピピナとはじっくり話してみたい」
「そうだな。ピピナのことをヴィエルの人々に知ってもらいたいし、我ももっとピピナのことを知りたい。特に、ここ最近リリナと仲良くなってからのピピナをな」
「ほんとーですか!?」
フォローしたくて誘った俺に続いて、ルティもピピナのことを誘ってくれた。
「『異世界ラジオのつくりかた』じゃ、どっちかっていうとラジオ作りのことばっかり話してるだろ。普段のピピナのこととか話すには、いい機会じゃないか」
「じゃあ、いっぱいたのしみにしてるですっ。そのぶん、ピピナはルティさまとさすけのおしごとをいっぱいてつだうですよっ!」
「我も、助けになれることがあれば手伝いたい。サスケ、我にもなにかできることはあるだろうか」
「できること、か……」
ふたりから申し出てもらったのはいいけど、最初から最後までどう組み立てればいいのか迷っているから、どこから相談すればいいのかわからないんだよなぁ……
「さすけは、どんなれんしゅーをしたいんです?」
「そりゃまぁ、ユウラさんの時みたいにその人となりを知る番組の練習だな。ヴィエルの人たちは結婚するまでのサジェーナ様のことを知ってても、王妃様になってからのサジェーナ様のことはあまり知らないだろうし、そもそも俺もあまりよく知らないし」
「確かに。我が母様と父様のなれそめをここで初めて知ったように、中央都市での母様を知らぬ者がほとんどだろう」
「だから、ルティとサジェーナ様の親子トークぐらいしか思いつかなかったんだよ」
「我と母様についての話か……そればかりを話すのも恥ずかしいし、聴いている者も退屈しかねないであろうな」
当事者として話しているのを想像したのか、ルティが頬を染めながら恥ずかしそうにうつむく。……って、なんだ。ここにその娘さんがいるんじゃないか。
「なあ、サジェーナ様って普段は城でどんなことをしてるんだ?」
「む? ……おおっ、そこからたどろうというのか!?」
「おうよ。よかったら教えてくれないか?」
「是非もない」
ベッドの上に放りっぱなしだったノートを引っつかんで、膝の上へと広げる。転がっていたシャーペンも手にして、スタンバイ完了だ。
「まず、朝は4時頃に起きて庭園の作物を観察し、6時頃から作り始めた朝食を家族や妖精のみんな、そして重臣たちとともに皆で7時頃に食べる。8時頃になったら近場の農場で農作業を始め、12時頃には街中の飲食店で父様とともに昼食をとって、そのまま街の巡察か再びふたりで農作業。夕方からは姉様方と夕食を作って6時頃に食し、7時頃からは我らの習い事を見てくださって9時には眠りにつくといったところだな」
「……あの、王妃様なんだよな?」
「うむ、我らがレンディアールの母たる王妃だ」
えっへんと聞こえてきそうなぐらい、自信たっぷりにルティがそう言い張る。
王妃様……王妃様、ねえ。




