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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第5章 異世界ラジオのひろめかた、ふたたび
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第118.5話 異世界と日本のおねえちゃんたち①

 目の前の鉄鍋の中で、お湯がふつり、ふつりと沸き立ち始める。

 鍋の底にひしめいていた小さな泡がだんだん大きくなっていって、水面へと上がってぽこりと弾けていく。


「そろそろいいかもしれませんね~」

「わかりました。じゃあ、あたしはこっちを持ちますね」


 隣でいっしょに様子を眺めていたフィルミアさんからの言葉に、あたしは鍋から伸びている木製の取っ手をミトンをはめた手でぎゅっとにぎった。


「では、わたしはこちらを~」


 続いて、フィルミアさんもミトンをはめた手で反対側の取っ手をぎゅっとにぎる。


「じゃあ、行きますか」

「はい~。せーのっ」

「よいしょっ」


 そして、タイミングをとりながら鍋を持ち上げたあたしたちは、ふたつ隣のかまど――火が入っていないかまどへゆっくりと鍋を移していった。


「ふぅっ……ありがとうございます、フィルミアさん。」

「いえいえ~」


 いつもみたいににっこりと笑うフィルミアさんは、水色のパジャマ姿。あたしの赤地に白く染め抜いた猫の肉球柄のパジャマとは違ってシンプルだけど、ゆったりとした装いでフィルミアさんによく似合うパジャマだった。


「あとは、このコップにさっきおろしたショウガと、はちみつを入れてっと。フィルミアさんは、甘さひかえめなのとはちみつたっぷりなのとどっちがいいですか?」

「そうですね~……あの、もう一個コップを持って来ますので、両方作ってみてもよろしいでしょうか~?」

「もちろんです。そうして好みの味を見つけるのもいいかもしれませんね」

「そうしてみます~」


 フィルミアさんは小さくうなずくと、キッチンのかまどとは反対側にある食器棚へとゆっくり歩いていった。そのまま木製のコップをふたつ取り出して、またゆっくりとした歩みでテーブルへと戻るとそのふたつのコップをあたしのはす向かいへと置く。もう置いてあるコップと合わせれば、これで4つコップがあることになる。


「こちらのショウガの味わいがニホンのものと違うかもしれないので、とりあえずカナさんのもお持ちしました~」

「ありがとうございます。じゃあ、ショウガの量はいっしょにして……っと」


 持って来てくれたコップと元からあったコップへ、ひとつまみずつすりおろしたショウガを入れていく。元々の汁気をしぼっていないこともあってか、それとも蛍光灯のような陸光星の色合いもあってか、つまんだショウガからしみ出るしずくは日本のものよりも色濃い黄色に見えて美味しそうだった。

 続いて、小さめのつぼに貯められたはちみつを親指大のひしゃくですくい上げて、コップへと移していく。甘さ控えめなのはひしゃく1杯で、はちみつたっぷりなのはひしゃく1杯、2杯――


「あたしはもう一杯入れてみますけど、フィルミアさんはどうします?」

「では、わたしもおねがいします~」

「りょーかいですっ」


 ちょっぴり恥ずかしげに言うフィルミアさんへ、あたしはおどけながら応じてみせた。うんうん、やっぱりはちみつは美味しいもんねー。

 もう1杯ずつはちみつを入れたら、小さなひしゃくをつぼへと戻してから木製のフタをのっけてお役御免。続いてカウンターに置かれていた煮沸済みの大きいひしゃくを手にして、まだ湯気がもうもうと立っている鉄鍋へと(ごう)――器の部分をじゃぶんと沈めていく。

 あとは、なみなみと溜められたお湯をコップの中へ。合のサイズがちょうどいいみたいで、注ぎきったらちょうど一杯分になっていた。これを残りの3つにも入れていって……っと。


「これが、ショウガ湯という薬湯なのですか~」


 お湯を注ぎ終わって湯気が立つ2種類のコップを、スプーンでくるーり、くるーりとかき混ぜていく。これでまだ溶けきっていなかったはちみつとショウガがしっかり混ざれば、


「はいっ、ショウガ湯の完成です!」

「とってもいい香りですね~」


 あたしが差し出したコップからの優しい香りに、目を閉じたフィルミアさんはすんすんと香りをかいでからうっとりと言った。


「じゃあ、まずは甘さ控えめのものから」

「そうですね~」


 初めにお湯を入れたコップを手にして、ゆっくりと口元へ持っていく。


「あちっ」

「これは、ちょっと冷ましたほうがよさそうですね~」

「そうですねー」


 くちびるに走る痺れるような痛みに、ふたりで苦笑いしながらふーふーと息を吹きかけてお湯を冷ましていく。だいたい、このくらいでいいかな?


「いただきまーす」

「いただきます~」


 両手でコップを持って、くい、くいと傾けながら飲んでいく。さっきよりもずっと飲みやすい少しだけ熱めのお湯が口からのどへと通っていって、それといっしょに口の中へはちみつのやさしい甘味と、じんわりとしたショウガの辛味が広がっていって……うんっ、美味しい。


「ふうっ」

「これは、なかなか変わった味ですね~」

「えっと……お口に合いませんでした?」

「いえいえ~。ショウガというのはこちらでは香りづけでしかあまり使わないので、このような味が新鮮だっただけですよ~」


 そう言いながら、もう一回こくりとショウガ湯を飲むフィルミアさん。くちびるを離してほうっと息をついた笑顔を見ると、おいしく味わってもらえているみたいでよかった。


「では、こちらもいただいてみますね~」

「じゃあ、あたしも」


 まだ中身が半分ぐらい残っているコップを一回置いて、はちみつがたっぷり入ったもう一個のコップを手にする。こっちもスプーンで混ぜていくと、さっき以上に甘い香りがふんわりとショウガ湯の中から漂ってきた。


「んくっ」

「んくっ……ん~?」

「こ、これは……甘い、ですね……」

「ちょっと、甘すぎたかもしれませんね~」


 さっきはひとくち飲んだところでほどよい甘味と辛さだったのが、こっちは辛さをほとんど打ち消してはちみつの甘味が思いっきりひっくるめていた。ううっ、これじゃあショウガ湯っていうよりも、ショウガ風味のはちみつ湯だよ……


「こっちだと、ショウガよりもはちみつの味のほうがかなーり強いんですね」

「そうかもしれませんね~。でも、香りはとてもいいですよ~」

「そうなんですよねー。さっき香り付けで使うって言ってたのは、こういうことだったのかーってよくわかりました」


 結構甘ったるいショウガ湯の中へ、すりおろしたショウガをもうひとつまみ。それをぐるぐるとスプーンでかき混ぜて飲んでみると……うん、今度はちょうどいい感じ。あたしを真似たのか、同じようにショウガを入れて飲んだフィルミアさんも目をとろんとさせながらくいくいと飲み干していった。


「ふ~……なんだか、ぽかぽかしてきますね~」

「身体をあたためる飲み物だよって、身体が弱かった頃におばあちゃんが教えてくれたんです。あとで調べてみたら、のどのケア――えっと、お手入れにもちょうどいいらしくて」

「のどのお手入れ、ですか~?」


 あまりピンとこなかったみたいで、フィルミアさんがほんの少し首をかしげる。最初の頃はあたしもそうだったから、その気持ちはとてもよくわかるんだけどね。


「ショウガでこうして身体をあたためて、はちみつでのどを潤したり殺菌したりしていい状態に保ってくれるそうです」

「そういう効能があるんですか~」

「はいっ。実際、これを飲んでからのどの調子もとってもいいですし、ちょっと涼しい今日の夜みたいな時にはよく飲むことにしてるんです」

「なるほど~。だからお買い物のときに、ショウガのことを聞かれたんですね~」

「そういうことです」


 ようやくピンと来たみたいで、ほわっと笑うフィルミアさんにあたしも笑いかけた。


 朝に農作業をして、昼にごはん作りと夕方にラジオ番組の練習をしたあたしは、時計塔の夜のキッチンでフィルミアさんとショウガ湯作りをしていた。

 こっちの夏も暑いって聞いていたらから薄手のパジャマだけを持って来たら、夜になると空気が乾いているのと北風が吹くせいか結構涼しくて、昨日の夜はなかなか寝付けなくて……だから、フィルミアさんにショウガを売っているお店を聞いて、こうしてショウガ湯を作ってみたってわけ。


「のどの健康を保つのは、とっても大事ですよね~。やはり、〈せいゆう〉のお仕事をしていると気を遣われるんですか~?」

「声が武器というか、商売道具ですから。特に毎週同じキャラクターを演じることになっても、毎回声が変わったりしたらその子にはなりきれないわけですし……最悪、声が出なくなったら丸々お仕事に穴を開けることになっちゃいます」

「それは……確かに、気を遣わなければいけませんね~」

「フィルミアさんもよく歌っていますけど、そのあたりはどうなんです?」

「わたしも、予防を怠るとすぐにのどと声帯がかわいてしまって~……鉄のたらいにたくさん水をためて、暖炉に火にかけて湿気を保つぐらいしかありませんでしたから、こうしておいしく予防できるのは大歓迎ですよ~」


 うれしそうにそう言いながら、はちみつが少なめのコップを手にしてくいくいと飲み干していくフィルミアさん。ふふっ、すっかりお気に入りみたい。


「今日みたいな涼しい日には、とってもぴったりな飲み物だと思います。でも、こっちって夏でもこんなに涼しいんですか?」

「いつもというわけではありませんけど、今日みたいな日は時々ありますね~。ヴィエルはどちらかというと北国のほうですし、昼間と夜の気温の差はきっとニホンよりも激しいかと~」

「日本の気温のほうが異常なんですよー……」


 7月で気温35度とか、夜でも25度以上なうえに湿度ダダ上がりな日本での夏に、あたしは毎年グロッキーになりかけていた。それでもエアコンの気温を下げすぎるわけにはいかないし、この夏から番組レギュラーも決まったんだからとエアコン28度+ショウガ湯+加湿器で万全なケアを心がけるようにしている。

 その分、ヴィエルは過ごしやすいことは過ごしやすいんだけど、こうして寒暖の差が激しい上に空気も乾いているとなると、それはそれでケアが必要なわけで。

 本当、フィルミアさんがお買い物に付き添ってくれてよかった。ショウガ湯のことにも興味津々で、こうして美味しく飲んでくれているんだから、なおさら。

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