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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第5章 異世界ラジオのひろめかた、ふたたび
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第116話 異世界ラジオのしらべかた①

「いらっしゃいませ!」

「い、いらっしゃいませー!」


 俺のあいさつに続いて、長い黒髪をポニーテールにまとめた女の子が隣で声を震わせた。


「おう、見かけねえ顔だな」

「今日はお手伝いなんですよ。お客様、ご注文はどうします?」

「ヒッカラと鶏肉のスープ、大熱(おおあつ)だ。俺ぁいつもコレだから、覚えておくといい」


 カウンターを挟んで目の前に座ったひげ面のおじさんが、人さし指を立ててニヤリとしながらオーダーを伝えてくる。


「承りました。ユウラさん、ヒッカラと鶏肉のスープ、大熱ひとつです!」

「ヒッカラ鶏の大熱ひとつですねー!」


 返事があった厨房のほうを見ると、小柄なユウラさんが素早い立ち回りで大鍋から小鍋へとスープを移して、加熱用のかまどへと火にかけていた。

 普段の元気いっぱいな笑顔はそのままに、てきぱきと動き回る様子は経験を感じさせるスムーズなものだった。


「エリィ、お客様への水とおしぼりをお願いできるか?」

「うむっ。……じゃなくて、うん、わかった」


 分厚いメガネをかけて、黒髪ポニテの上から紅いスカーフを巻いた女の子――エリィは、俺が木のコップへくんだ水と冷水で絞ったおしぼりをトレイにのせると、カウンターの外に出ておじさんのところへ持っていった。


「えっと、水とおしぼり……です」

「ありがとよ。嬢ちゃんも見ない顔だな」

「は、はい。今日はサスケ……兄様とここでお手伝いなのだ……じゃなくて、お手伝いなんです」

「そうかそうか。かわいらしい店員さんが増えたもんだ」

「えっ」

「おおっ、ドンザも目ざといねえ」

「こいつの娘さんがちょうど同じくらいじゃねえか?」

「なるほど。ドンザさんが目をかけるわけだ」

「悪いか!」

「あ、あう……」

「エリィ、そろそろ戻ってこーい」


 カウンターを埋めている常連さんの会話についていけないのか、あたふたしていたエリィを手招きして中へと戻って来させた。


「はははっ、嬢ちゃんは恥ずかしがり屋か」

「すいません、今日が初めてなもんで」

「いいってことよ。にしても、兄ちゃんのほうは手慣れた感じだな?」

「家が喫茶店をやってて、俺はよく手伝っていますから。エリィはまだちょっと日が浅いんで」

「そいつぁ仕方ねえな。嬢ちゃんも兄ちゃんぐらいになれるようがんばるんだぞ」

「う……は、はい」


 豪快なおじさんの笑いに、エリィが身体を縮こまらせながら小さくうなずく。

 いやー、みんな気付かないもんなんだなー……自分の国の王女様が、変装してスープ屋の店員をやってるだなんて。きっと、アヴィエラさんが用意してくれた髪染めの魔石のおかげだ。


 昼になる直前で、10席ある流味亭のカウンター席は満席に。おととい俺たちが使った奥の個室も、今日は市場の奥様衆が貸し切ってるとかですっかり大盛況だ。


「サスケさん、お願いします」

「はーい。エリィ、トレイとスプーンを頼む」

「わ、わかった」


 エリィに用意をお願いしてから、ユウラさんがてきぱきと動き回っている厨房へ入る。鉄鍋に入った真っ赤なスープは『ヒッカラ』っていう真っ赤な実から名付けられたとおりとても辛そうだし、焼いた石でグツグツ煮えてる様は見ているだけでつばが出てきそうなぐらい強烈なビジュアルだった。


「ユウラさん、ヒッカラ大熱持って行きますね」

「あっ、サスケさん」


 鉄鍋を持とうとミトンを手にはめたところで、ユウラさんが声をひそませて話しかけてきた。


「エルティシア様――じゃなくて、エリィちゃんは大丈夫そうですか?」

「ええ、応対以外は問題ないです。すいません、いきなりこんなことをお願いしちゃって」

「いえいえ。エリィちゃんが気にするのもわかりますし、お手伝いしてくれるなら大歓迎ですよっ!」

「あははは……ほんと、ありがとうございます」


 おたまを片手に笑ってくれるユウラさんにホッとしつつ、カウンターのほうを軽く振り返るとエリィ――黒髪ポニーテールのメガネっ子に変装したルティが、一生懸命にトレイのセッティングへと取りかかっていた。


 どうしてルティが変装してまで流味亭を手伝うことになったのか。事の始まりは、早朝の散歩から戻った朝飯の後までさかのぼる。

 ふたりでラジオの番組をやるにあたって、ルティはまず『試験放送中のラジオがどんな風に聴かれているのかを知りたい』って切り出してきた。今のところ試験放送用の無電源ラジオが配られているのは市役所や飲食店街、市場と警備隊に限られていて、数も200台ぐらいとそんなに多くはない。

 その中からルティは顔なじみの流味亭を選んで、まだスープの準備をしていたユウラさんとレナトのところへ向かって事情を説明。ふたりともそこは快諾してくれて、あとは店の中で昼になるのを待つだけ……と思ったら、


『では、その礼としてユウラ嬢とレナト殿の店を手伝わせてはくれないだろうか』


 とか言い出して、俺とレナトを思いっきり仰天させた。

 俺は、ルティが突拍子もないことを言い出したことに。

 レナトは、自分が住む国の王女様からのとんでもない申し出に。

 ふたりしてあわてて止めようとしたところで、ルティとの距離が近くなったユウラさんが『本当に大丈夫ですか?』ってたずねて、自信満々にルティがうなずいてみせたことですんなりとお手伝いが決定。

 本当なら、もっと強くルティを止めるべきだったと思う。でも、ルティの熱意は大切にしたかったし、ユウラさんへ感じていた負い目をルティなりに償おうとしたのもあるかもしれない。

 結局、俺もいっしょに手伝ってルティのサポートへ回ることに。まあ、ルティもうちの店でお手伝いをしているんだから、心配するほどでもないだろう。


「嬢ちゃん、水のおかわりをくれるか」

「はいっ、ただいまお持ちします。やはり、そのスープはかなり辛いのでしょうね」

「おうよ。ヒッカラの実がたっぷり入ってるから、汗もどっぷりだぜ」


 そう思っていたとおり、地元で初めての接客ってことで始めはガチガチだったルティも少しずつ『はまかぜ』でのカンを取り戻したのか、なめらかに接客できるようになっていた。


「ごっそさん。勘定を頼む」

「はい、ただいま」


 手ぬぐいでねじりハチマキをしていた若い男の人が、奥の席から立って出口のほうへと歩いていく。俺もカウンターの中からそれについていって会計場へと向かった。

 日本にいればレジを使ところだけど、こっちの世界で機械式のレジを使っているのは大手の商会や、イロウナとフィンダリゼの商業会館ぐらい。多くの店は値段をシンプルにして支払いの手間を減らしたり、そろばんによく似た器具で計算したりと工夫している。


「えっと……この人は銅貨3枚でいいんだな」


 そんな中で流味亭がとってるのは『(ふだ)会計』方式。注文が入ったらメニューに対応した色の木札を席ごとに用意されたフックへと引っかけて、そこに書かれた値段を計算すればいいってわけだ。


「川魚と香辛料のレモンスープで、銅貨3枚になります」

「あいよ。妹さんとがんばれな」

「は、はい。ありがとうございました」


 男の人はカウンターへ銅貨3枚を置くと、軽く手を挙げて店から出て行った。

 本当に、バレないものなんだな。

 ルティの変装は、長く流れるような黒髪を大きな青いリボンでまとめて、アヴィエラさん特製の外側ビン底・内側は度なしのメガネ風〈眼石〉をかけるというもの。赤い皇服と黒のスラックスを白いシャツと黒いロングスカートに替えて、皇服と同じ赤いエプロンを身につけているから、いつもとはかなり雰囲気が違う。

 こういうルティかわいいよなと思っていると、会計場の脇に置いてあった赤いメガホンスピーカーからハンドベルのような時計塔の鐘の音が聴こえてきた。外からも響いてきてるってことは、ちょうど12時になったらしい。


『〈らじお〉の前のみなさ~ん、お昼の12時ですよ~』

『この時間は、レンディアールの第3王女であるフィルミア・リオラ=ディ・レンディアール様と』

『わたしの友達で妖精さんのリリナ・リーナちゃんといっしょに』

『『お昼の〈しけんほうそう〉をお送りします』~』

「おおっ、始まった始まった」

「いつ聴いても、フィルミア様の声はいいねぇ」


 続くフィルミアさんとリリナさんの掛け合いに、店の中のおじさん連中が沸き立つ。やっぱり、フィルミアさんは街の人たちに慕われているらしい。


「おい、このフィルミア様の声といっしょに聴こえてくるのは誰の声だ?」

「リリナ様だよ。あの氷の妖精の」

「はぁ!? おいおい、冗談はよせよ。あの冷徹な妖精様の声がこんなに柔らかいってのか!?」

「まあ聴いてみろ。その印象、きっと全部崩れっぞ」


 リリナさんのほうはというと、やっぱり前の印象を持たれているせいか声の主だってなかなか信じてもらえないらしい。それでもファンみたいな人がついているってことは、少しずつなじんでいる証拠だろう。


『今日はとっても涼しいですね~。さっきちょっとお庭に出たら、陽射しがぽかぽかしててとても気持ちよかったですよ~』

『昨日がじりじりとした陽射しだったぶん、今日はどちらかというと過ごしやすい一日かと。洗濯物もとてもよく乾くでしょう』

『お買い物にもちょうどいい日和ですね~。リリナちゃんは、今日みたいな日だとどんなお夕飯にしますか~?』

『夜は特に涼しいでしょうから、温かい汁物などがよいかもしれません。〈らじお〉の前のみなさんは、どうか朝晩の寒暖差などで風邪を召されぬようお気を付けくださいね』

「……マジか。マジでこれがあのリリナ様の声なのか」

「市場で買い物中のところを見かけたが、店先でにこやかな笑顔を見たこともあるぞ」

「なんだそれ! この声も笑顔も全然結びつかねぇぞ!?」

「だから言ったろ、その印象が全部崩れるって」


 ふたりの会話の中で、特におじさん連中のざわめきを生み出していたのはやっぱりリリナさんだった。俺と出会った頃に見せていた、周囲を凍らせそうなぐらい冷たい雰囲気をまとっていたら、そりゃまあ今のほのぼのトークはなかなか信じてもらえないよな……


「サスケ兄様」

「お、おう?」


 スピーカーからの声に集中していたら、真横からルティの声が。目を向けると、ちょこんとメガネ越しに俺のことを見上げていて……やっべぇ、かわいくてめっちゃ上ずった声が出ちまった。


「追加の注文がはいりました。10番席のお客様、揚げイモのせのモロコシスープです」

「揚げイモのせのモロコシスープな。わかった」


 気を取り直しながら、会計場の引き出しからスープに対応した黄色の木札取り出して、右から3番目のフックへと引っかけていく。1杯目が外でレナトが売ってる完熟トマトと焼き鶏のスープで、2杯目が川魚と香辛料のレモンスープ。そして、これが3杯目……ははーん、さてはこの人、流味亭のファンだな?

 そんなことを思いながら、カウンターでてきぱきと動いているルティをちらっと見る。屋内向けの小さな井戸用ポンプを懸命に押し下げると、出てきた水を木のコップに注いでさっきオーダーをとった10番席のお客様へと持っていった。

 普段はストレートな髪をまとめてポニーテールにしているせいか、ぴょこぴょこと黒髪が動く様はとても可愛らしいし、戻ってくるときの笑顔を見ると店中の話題がラジオで持ちきりなのがうれしいらしい。

 突然手伝うって言い出したときはどうなることかって思ったけど、ただの思い過ごしだったか。

 と、微笑ましい姿を見送ったところでドアベルが音を立ててお客様の来店を告げた。


「いらっしゃいま……げっ」

「やあ」

「やっほー」


 ドアのほうへ振り返ってあいさつをしたら、ここ最近見慣れた人と生まれてずーっと見続けてきた人――白いワンピースを着たミイナさんと、白いブラウスとブラウンのロングスカートを身につけた母さんの姿が目に飛び込んできやがった。

 というか、ミイナさんはともかくとしてなんで母さんがここにいるんだよ!

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