第115話 異世界の日の出と少女の夜明け③
「しかし、そうか。サスケがそのような思いを抱いていたとは」
意外といった感じで、ルティが俺をジロジロと見上げてくる。こんなネガティブなこと、普通人に言えるわけがないっての。
「俺のほうができると思ってたのに、軽く上回られたんだからショックなんてもんじゃなかったぞ。でも、俺ももっと成長しないとって思えたんだから有楽が相方でよかったよ」
「カナも、前にサスケの家で泊まったときに似たようなことを言っていた」
「なんだって?」
「サスケが先輩だから好き放題にできると。制御してくれる人がいるから楽しく自由にできるんだと、そう言っておったのだ」
「あいつめ……」
有楽のヤツ、俺の力量をはかった上であれだけ大暴れしてくれてるのか。だとしたら、こっちもそれだけ番組で応えてやらんとなぁ……くっくっくっ。
「しまった……これはないしょだとカナに言われていたのだった」
「なぁに、これも俺とルティの間での秘密にしておくよ。……言葉じゃなくて態度で示せばいいんだもんな。うん、そうするさ」
「あの、えっと、ほどほどにしておくのだぞ?」
「わかってるって」
わざとらしく笑ってみせた俺を、本気であわてたらしいルティが必死になってなだめようとする。うん、やっぱりかわいい。
凛々しいところもあって、こういうかわいらしいところも持ち合わせているのが、ルティの魅力だって俺は思う。
「それならばよいのだが……しかし、話してみればなんと簡単であったことか」
「でも、こういう悩みってなかなか誰かに話しにくいのもわかるよ」
「まことに。このような話である以上、ともにいたミア姉様やピピナとリリナにも言うことができなかった」
「身近な人には特になぁ。って、だったらどうして俺には話せたんだ?」
「前に、我らがいなくなってしまうのではないかとサスケは打ち明けてくれたな。さすれば、今度は我が打ち明ける番ではないかと思ったのだ。その、かなり重すぎた悩みかもしれないが……」
「いやいやいや、アレに比べたら全然!」
そっか、ルティはあの時のことを覚えてくれてたのか。アレはアレで俺自身めちゃくちゃ恥ずかしい悩みだったんだけど、こうしてルティの悩みを解決する手助けになれたなら……まあ、よしとしておこう。
「むしろ、頼ってくれてうれしかったよ。俺、こっちじゃルティに頼りっぱなしだし」
「我とて、こうしてニホンでもヴィエルでもそなたに頼りっぱなしであろう」
「ルティはいいんだよ。ラジオ好きの仲間だし、妹みたいなもんだし」
「では、我も〈らじお〉好きの仲間であって、兄のような存在のサスケだからよしとしよう」
「いいのか?」
「よい。カナたちとも違った友のありようで、我としても楽しい」
「じゃあ、そうすっか」
「うむ、そうしよう。……ふふっ」
「あははっ」
軽くおどけてみせたらルティが笑い出して、つられた俺もいっしょに笑った。
やっぱり、ルティといると楽しい。日本で見慣れたこと、やり慣れたこともルティといっしょだと新鮮だし、レンディアールで王女様の立場に戻ってもこうしていっしょにいてくれて、
「見よ、サスケ。よき夜明けだ」
俺に、新しい光景を見せてくれるんだから。
「ああ……これはすげぇ」
ルティが指さしたのは右側、西の方向。
日本とは真逆に陽が昇るレンディアールの朝には慣れていたつもりだったけど、
「まさに、黄金色の朝だな」
「朝の小麦畑って、こんなにきれいなのか……」
はるか向こうの円環山脈を越えて昇ってくる太陽が、さっきまで夜闇で包まれていた小麦畑を遠くのほうから照らしはじめていた。
ぴんと立つ麦の穂は太陽の光に染められて、金色のじゅうたんのように広がってゆく。まだずっと遠くにあるはずなのに、それは照り返すぐらいにまぶしくて、
「これが、ルティのお気に入りな景色なんだな」
「ああ。幼い頃に父様と母様に連れられて、この景色をともに見て以来のお気に入りだ」
くるりと振り返ったルティの長い銀髪を、淡い金色の光で包み込むほどだった。
「目に見える景色だけではない。この麦の穂がこすれる音も、太陽をめいっぱい浴びた穂の香りも、我にとっての宝物だと言っていいだろう」
この景色が見られてよっぽどうれしいのか、座ったまま両手を広げて自慢してみせるルティ。浮かべた笑顔も誇らしげで、この場所が本当に好きなんだって身体をめいっぱい使って主張していた。
それと同時に吹き抜けていった風は、穂のこすれ合うざわめきといっしょに夜闇が残る東の方へ。金色の光を散らすようになびいたルティの銀髪も、やっぱりきれいで。
「この景色が、サスケにとっても宝物になってくれればいいのだが」
「なったよ。こんなに綺麗な光景は初めて見た」
「そうか。ならば、よかった」
初めて会ったときやさっきのものとは違う、子供みたいな無邪気な笑顔を彩っていた。
「今度は有楽たちも連れてこようぜ。中瀬はこの音とか気に入りそうだし、先輩もこういうところまでは見てないだろうしな」
「幻想的な物語が好きなカナも、きっと喜ぶであろう」
「だろ?」
「しかし、あと2週間ほどしたらここも収穫が始まる。それまでに、また来られるといいのだが」
「来られるさ。俺たちは夏休みだから、時間もたっぷりあるし」
「であれば、決まりだ」
「ああ」
ルティのうなずきに、俺も小さくうなずいて返す。
今日は俺たちだけで独占した格好ではあるけど、やっぱりみんなでいっしょに見たいっていう気持ちもある。俺だけじゃなく、有楽と先輩に中瀬がいるからこそのラジオ作りなんだし、このレンディアールをいっしょに知っていっしょにその楽しさを伝えていきたい。
「ふふふっ」
と、いきなりルティが表情を崩してくすくすと笑い出した。
「どうしたよ、いきなり笑い出して」
「いや。サスケとともにいると、楽しげな未来がどんどんひらけてゆくと思ってな」
「えっ?」
あまりに楽しそうに言うもんだから、ついマヌケな声で聞き返しちまった。
いきなりそう言われても……って戸惑っていても、ルティは俺を見上げて楽しそうに言葉を続ける。
「時計塔の鐘楼からヴィエルの街を見下ろし、人目を忍ぶようにしか外へ出られなかった我が、時を問わずして外を歩き回り、あまつさえ誰かと話している。少し前までは考えもしていなかったことが、サスケがくれた〈ぽけっとらじお〉と〈そうしんきっと〉を通じて次々と起きているのだ」
「それは……ルティが自分から踏み出した結果でもあるんじゃないか?」
「サスケの言うとおりかもしれない。それでも、ああやって我へ標を指し示してくれたからこそ、今の我があるのだと思う」
「あー」
迷いのないルティのまっすぐな言葉を受けて、俺の顔がどんどん熱くなっていく。
ラジオの機材をくれたのは父さんだからって言おうとしたけど、それをルティへ渡そうと思ったのは確かに俺だ。それを否定したりしたら、たった今ルティが言ってくれたことまで否定することになって……
「だが、ずっとそうしているわけにもいくまい」
「えっ」
突然、申しわけなさそうに笑うルティにどきっとする。
もしかしたら負い目を感じているのかって一瞬思ったけど、すぐに戻った自信に満ちた笑顔でそれはかき消されて、
「先ほどのサスケのように、我もサスケの隣に並び立てるようになりたい。後ろをついて導いてもらうのではなく、隣に立って、時には誰かの手を取って引っ張っていけるような、そんな存在になりたい」
「ルティ……」
力強い宣言が、ぐっと俺の心をつかんだ。
出会ったときの覇気に満ちた言葉とも、若葉市民公園でラジオ局を作りたいってお願いしたときとも違う、力強い言葉。
かぁっと熱くなった顔がそむけられないぐらい、その言葉はとても魅力的だった。
「だから、そんなサスケに一つお願いがあるのだ」
「な、なんだよ」
しかも、いたずらっぽい笑顔まで浮かべやがる。
そんな風に言われたら、聞くしかないじゃないか。
「いっしょに〈ばんぐみ〉をやろう」
「俺と、いっしょに?」
「うむっ!」
俺のほうへとまた乗りだして、今度は人なつっこそうな満面の笑顔を浮かべる。
「〈らじお〉の師匠であるサスケと話して、我ももっと成長していきたい。ニホンであったことやレンディアールであったことを〈らじお〉を通じて話して、我らがどんな風に過ごしているのかを聴いた者たちへ知ってもらうのも面白かろうと、そう思うのだ」
「い、いやー、俺はどうなんだろうな?」
「大丈夫だろう。〈わかばしてぃえふえむ〉での〈ばんぐみ〉といい、昨日の練習といい、サスケと話すのは実に楽しい。それはきっと、皆にも伝わるはずだ」
「そう、か?」
ルティは意気込んでそう言ってくれるけど、ここじゃ俺は異国人な上に知名度も何もない。ただルティにひっついてるだけの変なヤツとすら思われてもおかしくないのに。
「それに、こうしてサスケとふたりで話す時間を作りたいというのもある。久しぶりではあったが、やはりサスケと話すのは楽しかったのでな」
でも、そう思ってくれていることは確かにうれしい。俺だってルティと話すのは楽しいし、いっしょにいる時間を作るっていうのは俺としても願ったりかなったりだ。
「はぁ……仕方ねえなぁ」
まだ高鳴っている心を落ち着かせるように、ためいきをひとつ。照れ隠しを込めて仕方なさそうに言ってみたら、自分でも声が上ずっているのがわかるぐらいだった。
「では」
「ああ、いいよ。俺としても、ルティといっしょに話すのは楽しいから」
「よかった……ありがとう、サスケ!」
「おわっ!」
返事をしたとたん、ルティはほっとした表情を浮かべてから顔を近づけて俺の手を取った。そこまで俺のことを慕ってくれて、光栄っつーか、うれしいっつーか、その……照れる。
「? どうした、サスケ」
「いや、その……顔、近い」
「???」
よくわかっていないのか、顔を近づけたまま首をかしげるルティ。ああ、そうだった。ルティはこういうことにめちゃくちゃうといんだった。
純粋すぎるっつーのも考え物だけど……それを俺に向けてくれているのは、やっぱりうれしいわけで。
結局、その好意をはねつけるマネなんてできるわけがなかった俺は、
「まあ、なんというか……よろしく、な?」
「ああ、よろしくっ!」
熱くなった顔をもっとヒートアップさせたまま、そのルティのお願いを受け入れた。
「ふふふっ、これからがもっと楽しみになってきた!」
期待に満ちた声で、ルティが笑う。
この笑顔が見られるのはうれしいし、そのためなら俺にできることはなんでもやっていきたい。
俺にとっても、ルティの笑顔は大切だから。
「では、そろそろ帰ろう。もうすぐ朝ごはん作りも始まるし、そなたとの〈ばんぐみ〉でどのようなことを話すかも決めていかなくてはな」
「もうそんな時間……って、これだけ話してりゃあそうなるか」
ルティに言われてあたりを見渡すと、円環山脈の稜線から半分ぐらい顔を出した太陽が俺たちがいるところもすっかり照らしていた。まだ濃かった空の青も空色へと変わっていて、オレンジ色の陽の光ときれいなグラデーションを作り出している。
「じゃあ、帰るか」
「そうすっか」
先に立ち上がったルティが、俺に手をさしのべる。
つられてにぎったその手は、とても小さくて、それでいてとてもあたたかくて。
引っ張られた勢いで立ち上がれば、頭一つ小さいルティが俺のことを見上げて笑ってくれて。
「行くぞっ、サスケ」
「ああ」
これからもできるかぎり、ルティのそばにいたいって。
改めて、そう思うことができた。




