第112話 異世界ラジオ、練習中!④
「ところで、スープ専門店ってヴィエルでも『流味亭』だけですよね。レナトさんとユウラちゃんは、どうしてスープだけのお店を出そうって思ったんですか?」
そのまま俺のジョークを擦られるかと思ったら、有楽はスープの話をきっかけにして話題の舵を切った。いつもの番組だったら俺の役目だけど、コイツなりに考えてトークを振ろうとしているんだろう。
「お店を閉める時間になると、いつもレナトさんが『おつかれさま』って言って手作りのスープを出してくれたんです。それがとても美味しくて『こういうお店があったらうれしいなー』って話をしていたら、本当にお店を作りたいってふたりで思うようになって」
「じゃあ、まさに小さい頃からの夢ってわけですか」
「はいっ。その頃からふたりでいっしょにお義母さん――えっと、リメイラさんからスープ作りのことを教えてもらって、ふたりでいっしょに作るようになって。そうしたら、12歳になってお義父さんのレクトさんが、支店扱いであのお店を借りてくれたんです。『ふたりで挑戦してみるのもいいだろう』って言って」
「12歳の頃からっていうのがすごいよねー。お店を経営するのって大変じゃなかった?」
「そのあたりは、お義母さんが全部見てくれてるんです。ふたりは料理のことに集中しなさいって言ってくれて」
「それじゃあ、じっくりとスープ作りに専念できるってわけですね」
ユウラさんのお義母さんなリメイラさんとは、せんぱいがリリナさんとピピナを連れて街歩きのラジオ番組を作って以来よく市場でしゃべったりしている。豪快な肝っ玉母さんっていうイメージばかり持っていたけど、そっか、お母さんとしてふたりのことを見守っていたりもするのか。
「でも、最初の頃は物珍しさに来ていたお客様もだんだん減っていっちゃって……その時にふたりでとことん話し合ったら口げんかに発展して、スープの大鍋といっしょにレナトさんをお店から叩き出したこともありました」
「ユウラちゃんが!?」
「はー……なんか、ずいぶんなことがあったんですか?」
「それが……作ったスープは美味しいんだからってレナトさんをなぐさめてたら『ユウラには僕の気持ちなんてわからないんだよ』ってすねられちゃって、そのままカーッとなっちゃって……」
「お店の外へ、レナトさんをドカーンと?」
「ええ」
「で、そのままドアをバシーンですか」
「えっと……そうです」
「それは……そうなるよねぇ」
いつも明るく元気いっぱいなユウラさんが怒った姿なんて、全くイメージできない。でも、差し伸べた手をはたかれたら誰だって怒るだろうし、叩き出したくもなるわな。
「そうしたら、レナトさんもヤケになって外でスープを振る舞い始めちゃったんです。誰も評価してくれないスープだけど、捨てるぐらいなら飲んでもらってマズいって断言されたほうがいいって」
「実にヤケですね……」
「ほんと、ヤケとしか言えませんよ。あとで皿洗いをするからってお隣さんからお椀を借りてまで、道行く人たちにタダで振る舞って。そうしたら、お隣さんを含めて飲んでくれた人たちが『おいしい』って言ってくれたそうなんです。レナトさんがドンドンドンッてドアを叩くから反省したのかなーって思って開けたら、うれしそうな顔でからっぽの鍋を掲げて『もっと作るから、ユウラも手伝って』って言われて……もう、怒るよりも笑っちゃいました」
その時のことを振り返ったのか、ふと懐かしそうな表情を浮かべたユウラさんがくすりと笑う。聞いている内容は文字通り『子供のケンカ』って感じではあるけど、ユウラさんとレナトにとってはかけがえのない思い出に違いない。
「レナトさんが店の外でもスープを売るようになったのは、それがきっかけなんです。お隣さんが『せっかくのいい香りなのに、お店で閉じ込めておくのはもったいない』って助言をしてくれて」
「だから、屋台とお店を両方やってるんですね」
「はいっ。実際に外でもスープを作るようになったらお客様もたくさん来てくれて、お店もにぎやかになっていきました。今でも、お隣さんにはわたしたちが初めてつくったスープを最初に飲んでもらってるんですよ」
「人と人のつながりが、そうやってお店とふたりを育ててくれたってわけですか」
「ほんと、その通りだと思います。あのままだったら、わたしたちはきっと今頃お店を畳んでいたんじゃないかなって」
「そっかぁ……全部が全部、うまくいってたわけじゃないんだね」
「むしろ、失敗があったからこそ今のわたしとレナトさんがいるんだと思います。お互いのいいところも悪いところもその時に全部さらけだして、そこからもっともっと好きになれて。その時初めて、レナトさんのそばでずっといっしょにいたいって思えたのかもしれません」
「災い転じて福となす、ってやつですね。どうしてふたりがこんなにアツいのか、その理由が垣間見えた気がします」
ただひたすらに純粋なユウラさんの笑顔につられて、俺まで素直な言葉がすらすらと出てきた。この打てば響く感じ、本当に話し好きなんだろうな。
「な、なんだかちょっとのぞき見しちゃった気分……?」
「お前はどうしてハァハァしてるんだよ!」
俺が感心しているのを他所に、なんで有楽は顔を真っ赤にさせてるのかな!?
「だって、同じ年の生まれでこんなコイバナは普通ありませんよ! 16歳カップルとか、ハァハァせずにどうすればいいんですか!」
「ちったぁ抑えろ! すいませんねぇ、ウチの暴走娘が」
「ふふっ。カナちゃんはいつもこんな感じなんですねー」
「コイツはいつもこんな感じなんです」
「こんな感じにならずにいられるもんですかーっ!」
キシャーッと叫びながら、両手を挙げた有楽が俺を威嚇してくる。目がうつろじゃないあたり、きっと本気じゃなくて盛り上げるためにわざとハァハァしてるんだろう……と思いたい。というか、思わせてくれ。本当に頼むから。
と、有楽から目を逸らしたところで向かいの席で窓際にいるルティが視線に入った。
「…………」
その表情は、いつもの自信や覇気が全部抜け落ちたかのようにぽかーんとしていて……ただただユウラさんに見入っているというか、ぼーっとしているのか?
「って、せんぱい。ほどほどにしますからこっち向いてくださいよー」
「お、おう。まったく、ホントにほどほどにしてくれよな」
しまった、今は収録中なんだった。まだ試作中の魔石だから途中でやり直せないし、今は収録のことに集中しないと。
「それじゃあ、この際だから流味亭のことをもっともっと聞いていきましょう。ユウラちゃん、この季節の流味亭のオススメってどんなのがあるの?」
「よくぞ聞いてくれましたっ! この夏はお店と屋台でそれぞれ期間限定のスープがあって、わたしが担当している店内だと『甘茶と牛乳の冷製スープのテミロン仕立て』が始まってます!」
「テミロンって聞いたことがないなぁ。せんぱいは昨日飲んできたんでしたっけ」
「ああ、飲んできた飲んできた。優しい甘さとゼリーみたいでちょっと甘酸っぱいテミロンがよく合ってて、とっても美味しかったぞ」
「昨日はみなさんおかわりもしていただけましたよね。のどにやさしいから、声のお仕事をしているカナちゃんにもぴったりだと思いますよ」
「のどにやさしくて美味しいんだ。もしかして、これもレナトさんといっしょに相談しながら作ったの?」
「もちろんですっ。元々は、お義父さんが仕入れてきたテミロンがなかなか売れなくて――」
ユウラさんからの『のどにやさしい』っていうワードに有楽が食いついたことで、どんどん話が弾んでいく。元々おしゃべりが好きそうなユウラさんではあったけど、ここまでスムーズに行くなんてな。
出会った時はとても取っつきにくそうだったリリナさんも、今じゃすっかり音楽番組のナビゲーター候補だし、こっちでもパーソナリティの才能を持っている人っていうのは結構いるのかもしれない。
そんな感じでユウラさんとのトークはどんどん進んでいって、流味亭にある隠しメニューのことや、これから作っていきたいメニューのこと、そして流味亭をどんなお店にしていきたいかっていう話題にまで発展して、あっという間に時間が過ぎていった。
「さてさて、話題もまだまだ尽きないところではありますけど、そろそろおしまいのお時間がやってきました」
「ええっ、もうおしまいなんですか?」
「そうなんですよー。ほら、音を保存するための魔石がぴこぴこ点滅してますよね。終わる3分前になると、こうして合図が出るようになってるんです」
「はー、とっても便利な魔石なんですねぇ」
「それじゃあユウラちゃん、最後にひとことお願いできるかな?」
「ちょっと名残惜しいけど……わかりましたっ」
まだまだしゃべり足りないっていう感じではあったけど、有楽に言葉を振られてからのユウラさんは背筋をしゃんと伸ばしてから改めて魔石へと向き直った。
「流味亭は小さなお店ですけど、これからもレナトさんといっしょにたくさんがんばって、美味しいスープをヴィエルのみなさんにお届けできるようにがんばっていきます。もし近くまで来たときには、ぜひぜひわたしたちのお店に寄ってくださいね。春と秋と冬はぽかぽかのスープでお出迎えして、夏にはひんやりとしたスープも用意して待ってますよ!」
「というわけで、今回のお客様は『流味亭』のユウラ・ルーディスさんでした! いやー、初回からいきなり濃い話がたっぷりでしたよ」
「ユウラちゃんとレナトさんが流味亭をどんなに大切にしてるのかっていうのがわかるお話でしたね。せんぱい、ユウラちゃんにはまた来てもらいましょうよ」
「えっ。あ、あの、いいんですか?」
「もちろんもちろん。俺も大歓迎ですよ」
「えへへっ、ありがとうございます!」
満面の笑顔を浮かべたユウラさんの頬には、ちょっと興奮気味なせいもあってか朱がさしていた。30分近くしゃべり通していたんだから、そうなるのも当然だろう。
「それじゃあ『ボクらはラジオで好き放題! レンディアール出張版』第1回はこのへんで。お相手は俺、松浜佐助と」
「有楽神奈と」
「今日はお招きいただきありがとうございました。ユウラ・ルーディスでしたっ!」
「それではみなさん、また第2回でお会いしましょう」
そこまで言ってから、ユウラさんと有楽と顔を見合わせた俺は、
「「「ばいばーいっ!」」」
続いて声を合わせて、番組を締めくくった……っと、まだ最後にひとつあるんだったな。
「この番組は、レンディアール王家とその周辺の方々と」
「いろんなスープで今日もあなたをお出迎え。スープ専門店『流味亭』の協力でお送りしましたっ」
協力クレジットで始まった番組は、協力クレジットで締め。有楽が言い終わったところで、魔石へと手を伸ばした俺は、人さし指をあててからくるりと円を描くようにしてなぞっていった。
「わっ、魔石の光が消えましたね」
「魔石の表面をこうしてなぞると、声の保存が終わるんです。アヴィエラさん、とても便利なものを作ってくれましたよ」
「なるほどー。アヴィエラ様ってやっぱりすごいんですね」
「本当に助かります。ところでユウラさん、しゃべってみてどうでした?」
「しゃべってみて、ですか……」
俺の問いかけに、ユウラさんはしばらく視線を宙にさまよわせると、
「なんだか、終わった感じがしないんです。まだまだたくさんしゃべれそうで、物足りないぐらいかなって」
「おお……そう来ましたか」
心底そう思っているかのように、残念そうにしながらも声を弾ませた。
「〈らじお〉を作るところも初めて見られましたし、サスケさんとカナちゃんとのおしゃべりに混ぜてもらえてとっても楽しくって……あの、エルティシア様」
「な、なんであろう?」
「一度お断りしてしまった〈らじお〉作りへのお誘い、受けさせてはいただけないでしょうか。今更かと、お気を悪くされるかもしれませんが――」
「そんなことはないっ!」
申しわけなさそうに言うユウラさんへ、ルティが被せ気味に否定しながら首を横に振る。
「はたで聞いていて、思わず圧倒されてしまった。見込み以上のものを見せてくれたユウラ嬢を、門前払いなどするものか」
「それじゃあ!」
「こちらからもう一度お願いしたいぐらいだ。よろしく頼む……ではないな。よろしくお願いします、ユウラ嬢」
そして、席から立ち上がるとユウラさんへ向き直って深々とおじぎをしてみせた。
「えっ? あのっ、え、エルティシア様、なぜわたしに頭を下げるんですかっ!?」
「我より技量が上な方へと願いを乞うのですから、当然のことかと」
「でも、エルティシア様はわたしたちの王女様で……ああもうっ、どうすればいいんです!?」
目を白黒させながら、慌てふためくユウラさん。アヴィエラさんや桜木先輩たちに頭を下げてるところを見た俺からしたらまたかって感じではあるけど、自分が住んでいる国のお姫様から頭を下げられるなんて……そりゃあ、普通の人からしたら恐縮して当然だ。
「ルティにとってはいつものことなので、あきらめていただければと~」
「そんなっ!?」
「むしろ、私もエルティシア様と同じような気持ちです」
「ピピナもですねー。ユウラおねーさん、とってもおしゃべりがじょーずですから」
「リリナさんとピピナちゃんもっ!?」
フィルミアさんとリーナ姉妹にまで言われたら、そりゃもうどこにも助け船なんてないわけで。
「わ、わかりました。わかりましたから、その頭を下げるのと敬語だけはかんべんしてくださいっ!」
「むぅ……ダメでしょうか?」
「わたしたち平民にとっては、おそれおおいにもほどがあるんですっ!」
「それはそうだよねー」
「まあ、なあ」
ゲームの中とかじゃ、よく王族の人たちが身分の低い人たちと友達になってタメ口を許したりとかするのがあったりもする。でも、実際にこうして目の当たりにしたらビビるわな。
「ならば、よろしく頼むぞ。ユウラ嬢」
「そうそう、その調子です。今後ともよろしくお願いしますねっ、エルティシア様!」
ユウラさんはすっと席を立つと、ゆったりとした仕草でルティへと頭を下げた。
国の王族のことを尊敬しているユウラさんたち平民からしたら、このほうがしっくりと来るんだろう。まあ、俺たちも平民といえば平民なんだろうけど……出会いが出会いだったわけだし、今更態度を改めてもなぁと思ったりもするわけで。
「それじゃあ、次はルティとフィルミアさんの番だな。フィルミアさんは、時間に気をつけてしゃべってくださいね」
「大丈夫ですよ~、リリナちゃんとたくさん練習しましたから~」
「それなら安心です。ルティにはどんどん話を振っていくから、しっかり覚悟しておけよ」
「もちろん、受けて立つぞ」
ふふんと不敵な笑みを浮かべながら、ルティが胸を張ってみせる。
いつも通りの自信にあふれた表情ではあるけれども、どうしてもほんの少しだけ見せていた呆然とした表情が俺の中で引っかかっていた。
さっき敬意を見せたように、ユウラさんのしゃべりに圧倒されていただけなのかもしれない。だけど、それだけだったら見せないはずの表情を浮かべていたから。
「本当に大丈夫なんだな?」
「当然だ。さあ、ユウラ嬢のときのように打ち合わせをしようではないか」
目をキラキラと輝かせるルティの表情から、その影はすっかり消えている。
俺が気にしすぎているだけなら……まあ、それはそれでいいんだけど。
「んじゃ、さっそく始めるとするか」
「うむっ!」
本人が大丈夫って言うのなら、きっと大丈夫なんだろう。
ふと芽生えた心配をしまい込んで、俺は改めて目の前にいるルティとフィルミアさん、そして有楽のほうへと向き直った。




