第111話 異世界ラジオ、練習中!③
予定が立ったところで、続いてはスケジュールの組み立て。せっかくだから最初はユウラさんに担当してもらって、あとは……
「じゃあ、まずは打ち合わせをしてからユウラさん、ルティとピピナ、フィルミアさんとリリナさんって順番で30分ずつ番組を作ってみましょう」
「せんぱい、せんぱい」
手慣れてる同士で組んでみたところで、有楽が控えめに手を挙げてアピールしてきた。
「今日はちょっと趣向を変えてみません?」
「趣向?」
「今日は姉妹スペシャルってことでルティちゃんとフィルミアさん、ピピナちゃんとリリナちゃんがゲストっていうのもいいんじゃないかなーって。ほら、フィルミアさんとリリナちゃんはよく組んでるし、まだ姉妹同士のってやったことがないじゃないですか」
「ほほう」
確かに有楽の言うとおり、姉妹同士とのトークはまだやったことが無い。主従同士ってことで定番になりそうになっていたけど、たまにはそれを崩してみるか。
「よし、乗った! みんなもそれでいいかな?」
「もちろんだとも! 姉様、ともにしゃべる初めての〈らじお〉、ぜひともやりましょう!」
「ええ、いっしょにお呼ばれされちゃいましょう~」
「私も異論はありません。ピピナ、よいだろうか?」
「ピピナも、ねーさまとらじおでしゃべってみたかったからだいかんげーです!」
有楽の提案のおかげで、さっきまでもにぎやかだったみんなの会話によりいっそう楽しさが増していった。さすがは真奈ちゃんたちのお姉さん。俺だけじゃ、きっと定番で固め続けていたんだろうな。
「それじゃあ、まずはユウラさんから。この間もウチで見たとは思うけど、よかったらみんなもどんな風にラジオの打ち合わせをするのかを見ていてくれないか」
「ああ。我としても参考になるし、ユウラ嬢とどんな会話を広げるのか楽しみだ」
「王族と侍従の方々に見ていただけるなんて、わたしもうれしいです。あのっ、またまたよろしくお願いしますっ!」
緊張するよりうれしさのほうが勝っているのか、ユウラさんはわくわくしながらはす向かいの席でぺこりと頭を下げた。接客でならしたコミュニケーションスキルは伊達じゃないみたいだし、これは面白そうな番組が作れそうだ。
とはいえ、打ち合わせでやることといっても、この間響子さんの番組へ飛び入りで参加したときみたいにどんなことを話すかの流れを作るぐらい。ワイド番組とかだったら細かく曲への振りとかをキューシートへ書き込んでいく必要があるけれども、トーク番組で30分1本勝負だから、そこまで作り込んでいくことはない。
「流味亭のスープってユウラちゃん担当のとレナトさん担当のがあるけど、あれって開店前とかお休みの日にふたりで考えて作ったりしてるの?」
「うんっ。2階のお部屋にかまどがふたつあるから、いっしょに考えながら別々のを作ってみたりしてるの。途中味見をして、どんな食材や香辛料を入れようかってふたりで話し合ったりもするよ」
「なるほどねー。そこは夫婦っていうより、ふたりの料理人っていったところかぁ」
「こういう飲食店をやってると、困ったお客さんっていたりしません?」
「うーん……そんなにはいませんね。ヴィエルの警備隊さんたちが屋台街の常連さんだから、治安もとってもよくて。そうそう、この間お礼を兼ねて、差し入れのスープをたくさん作って行ったんですよ」
「そりゃあ常連にもなりますわ。ふたりのスープ、めっちゃ美味しいですし」
「あの、カナちゃんとサスケさんって〈らじお〉以外でもいっしょなんですか?」
「そもそも年齢が違うんで、学校じゃ別の学年ですね。授業が終わったあととか、土曜日――えっと、『六の日』ぐらいで」
「最近はあたしのお仕事もあるから、そんなでもないですよね」
「ふんふん……そっかそっかぁ」
あとはこんな感じに雑談をして、緊張をほぐしながらお互いのことを知っていく。ユウラさんとは初対面ではないけど、ぶっつけ本番でトークをやるのはさすがに無謀だから、こんな風に日々のことを取材したりしてネタを収集していくわけだ。
そして、ほどほどのところで打ち合わせを切り上げて収録へと移る。今回はせっかくだから、ICレコーダーはバックアップに回してこっちをメインで使って収録してみよう。
「それって、昨日アヴィエラ様が持っていた魔石ですよね?」
「はい。〈録声石〉って言って、これで音を保存するんです」
俺がジーンズのポケットから取り出したのは、アヴィエラさん謹製の赤い魔石。〈録声石〉って名付けられたそれは名前通り録音に特化していて、30分間まわりの音を吸い込む能力が込められていた。
それをテーブルの真ん中に置いて、念のためICレコーダーの録音も入れてから置けば準備完了っと。
「じゃあ、収録用に席を替えましょうか。って、有楽が空いてるフィルミアさんの席の隣へ行けばそれでいいのか」
「あたしとせんぱいも向かい合いますし、ユウラちゃんもはす向かいにいるからばっちりですね。フィルミアさん、隣、失礼しますね」
「いえいえ、大歓迎ですよ~」
有楽は立ち上がると、いそいそと向かい側にいるフィルミアさんの隣のイスに座った。
「でしたら、座るところをこの後の順番のように変えてしまいましょう。私とエルティシア様の席を入れ替えて、元々カナ様が座っていたところへとピピナが座ればちょうど良さそうですし」
「それがいいかもしれぬな。では、早速替わるとしよう」
「はいですっ!」
そんなリリナさんの呼びかけがきっかけで、俺がいる側の席には俺とリリナさんとピピナ、向かいの席には有楽とフィルミアさんとルティ、そしてはす向かいの席にはユウラさんがひとりと、あっという間に様変わりしていった。
このあと収録する姉妹がそれぞれ座って、ゲスト用のはす向かいの席にはひとりでもふたりでも座れるから、確かにちょうどよさそうだ。
「んじゃ、そろそろ始めましょう。俺が魔石をぽんぽんって軽く叩いたら魔石がゆっくりと点滅しますから、それが始まりの合図です。それからしばらくは俺と有楽の会話が続くんで、有楽がユウラさんのことを紹介したら会話に入ってきてください」
「わかりましたっ」
さっき以上に意気込んで、ユウラさんが大きくうなずく。練習とはいえ実際に収録するんだから、きっとその時が来るのが楽しみなんだろう。
俺はテーブルの真ん中に置いた魔石へ手を伸ばすと、ぽん、ぽんと指先で軽く2回触れた。すると、さっきまでは深紅に染まって鈍い光を放っていた魔石がぽうっと明るくなった。それがまた深紅に戻って、また明るくなって……っていうのを数秒おきに繰り返せば、録音が始まったってことになる。
それを確認してから有楽へ視線で合図すると、待っていたとばかりにうなずいてから口を開いた。
「みなさん初めまして。レンディアールへとふらふら遊びにやってきたわたしは、有楽神奈っていいます。ヴィエルってにぎやかで楽しいですね、せんぱい!」
「本当にな。活気もあって音楽もあふれてるし、なんといってもメシが美味い! そんな感じでヴィエル生活を堪能している俺は、松浜佐助っていいます。今日この時間は『ニッポン』っていう国から流れ流れてヴィエルへたどり着いた俺たちが、ラジオを使ってヴィエルの人たちとおしゃべりしていく番組をお送りします」
いつも番組でやってる自己紹介からのオープニングとはちょっと違う、トーク調のオープニング。
この世界で初めて俺と有楽の掛け合いを聴いてもらうんだから、それをアピールするにはと提案してみたら、有楽もうまくそれに乗っかってくれた。よしっ、これならいいテンポで行けそうだ。
「それでは、本日開店!」
「異国の地でも、あたしたちはいつも通りしゃべりますっ!」
「松浜佐助と」
「有楽神奈の」
「「『ボクらはラジオで好き放題 レンディアール出張版』っ!!」」
ここまで言ったところで、いつもだったらもうひとつ掛け合いをしてからうちの高校へのCMへと進む。でも、ここにはうちの高校なんてないし、CMや音楽をかけるために使うデジタルオーディオプレーヤーは、10階のスタジオにしかない。
それでも、上がりきったテンションを一旦リセットするためにワンクッション置いたほうがいいからと有楽と考えたのは、ここにいるみんなへと感謝をこめた『ラジオの定番』。
「この番組は、レンディアール王家とその周辺の方々と」
「いろんなスープで今日もあなたをお出迎え。スープ専門店『流味亭』の協力でお送りします!」
いつもなら番組終わりにしか読まない『提供クレジット』ならぬ『協力クレジット』を前に持って来て、民放局のラジオみたいな演出をしながらワンクッションをおいてみた。
コミュニティFMの中にはCMも提供クレジットもやらないことがあるけど、ここでは新しくラジオを作る上にろんな人たちから協力を得てるんだから、その人たちへの感謝を込めてもいいんじゃないかってことで採り入れたわけだ。
ふたりで息を合わせて言い切ってから、ひと呼吸。良い感じでワンクッションおけたところで、本編へと入るためにもう一度口を開く。
「というわけで、『ボクらはラジオで好き放題! レンディアール出張版』、担当の松浜佐助です」
「同じく、担当の有楽神奈です。せんぱいせんぱいっ、異国のスタジオでラジオのお手伝いですよっ!」
「住んでる街でいつもやってるラジオとは全然違う雰囲気だから、すっげーワクワクしてます。ちなみに今、俺と有楽がいるのは時計塔の9階にあるラジオ用の練習室でして」
「窓際だから、ヴィエルの市場通りとかが見渡せるんですよね。今日はちょっぴり暑いけど、雲一つなくて気持ちいい青空が広がってます」
「洗濯物を洗ったり干したりするのにいい一日だよな。農作業をしてる皆さんは、作物への水やりを欠かさないようにしましょう。あと、お昼ごはんものんびりと飲食店街へ……と言いたいところですが、今日は『一の日』。お休みの飲食店さんも多いので『行きつけのところへ行こうかなー』と思った方々は気をつけてくださいね」
「今日のお客様は、その飲食店街にあるお店から来て頂いてます。弱冠12歳で幼なじみとスープ専門店を立ち上げ、4年経った今では大人気! 去年の冬にその幼なじみと結婚した『流味亭』のユウラ・ルーディスさんですっ!」
「こんにちはーっ! 飲食店街ではいつもみなさんにお世話になってます、『流味亭』のユウラ・ルーディスです!」
有楽のフリから入ってきたユウラさんは、しゃべりはじめたのと同時に両手を挙げて元気いっぱいっていった感じ。いきなりのラジオだっていうのに、物怖じせずにここまで行けるなんてなかなかの逸材だ。
「こんにちはっ、ユウラちゃん!」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
「あたしたちも、ヴィエルに来たらよく食べに行ってるんですよね」
「俺と有楽は仲間たちと時計塔に泊めてもらってるんですけど、わりと流味亭へ食べに行ったり、バケツで買って帰って夕飯に出すなんてことも多いんですよ」
「ふたりとも、よくエルティシア様とピピナちゃんといっしょに来てますよね。ごひいきにしていただいて、いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつも美味しいスープをありがとうございます。まずはここで、ユウラさんのことを軽く紹介してみましょうか。有楽、よろしく」
「はいっ、任されましたっ! ユウラ・ルーディスさんは、ただいま16歳。小さい頃から市場通りの果実店で看板娘として働いていて、10歳になるとお店の息子さん、レナト・エンメルーザさんが始めた料理のお手伝いをするようになります。その腕前が買われて、12歳になるとレナトさんが市場通りで始めたお店『流味亭』の店員として誘われ、給仕さんとしても料理人としても大活躍。そして去年の冬、めでたく10年来の恋を実らせたあつあつの奥さんなんですっ!」
「あつあつだなんて、そんなぁ……」
照れているのか、頬に両手をあてなからゆらゆらと身体を揺らすユウラさん。いつもお店に屋台に市場にと、ところ構わずラブラブっぷりを振りまいているふたりのどこがアツアツじゃないのか……なんてツッコミは、この少ない時間じゃ入れても野暮ってもの。よし、ソフトな感じでトークに盛り込んでみよう。
「でも、実際ふたりの仲の良さは街でも評判ですよね。やっぱりいつもそんな感じなんですか?」
「いつもってわけじゃないですよ。ふたりでスープのことを考えたり作ったりするときはちょっぴり意見がぶつかって言い合ったりもしますし、口げんかだってすることもあります」
「口げんか!」
「あのアツアツ夫婦が!」
「さすがにお店を開いてるときはしないですけど……でも、『これでいいやー』ってその時点でやめちゃうよりも、そうやって意見をぶつけ合うほうが美味しいスープができるんじゃないかなって思って」
「そっかそっか。それでレナトさんと遠慮なく言い合って、ああやって美味しいスープができるんだねー」
「議論もスープも恋愛も、アツアツが一番ってやつですか」
「せんぱい、なんだかちょっとおじさんみたいです」
「おじさんじゃねぇよ! これでもあとちょっとで17歳だっての!」
時々録ったのを聴いてる昼ワイドのパーソナリティさんの影響は受けてるかもしれないけど、これだってトークをふくらますテクニックのひとつなんだって教わったんだよ!
「あはははっ。でも、サスケさんの言うとおりだと思いますよ。わたしとレナトさんが冷めてたら、美味しいスープなんて絶対に作れませんから」
「おお……アツい。実にアツい夫婦の絆ですよ、お聴きのみなさん」
「せんぱいの寒いギャグすら吹き飛ばすアツさですね」
「寒いって言うな!」
「くくっ……」
ああもうっ、見学中のリリナさんがなぜか笑いだしちゃったじゃないか。でもまあ、ウケてるってことなんだろうし、いつもの有楽らしいからよしとするけどさ。




