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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第105.5話 異世界"商"女のおてつだい②

 *  *  


 サスケたちの試験が終わったこともあって、アタシは久々にニホンへと来ていた。

『五の曜日』――こっちの世界での『金曜日』にフィルミア様からお呼ばれされて、リリナちゃんの力でお昼前のワカバ市へ。そのままエルティシア様とピピナちゃんが待つ場所であり、これからアタシにとっても宿になる『はまかぜ』へと向かった。

 ルイコの親御さんが帰ってきたことで泊まれなくなったってのも驚いたけど、今はみんなでサスケの家へと泊まっているんだって知ったときにはもっと驚いた。みんなで生活してるのにどうやって……と思ったら、チホさんやフミカズさんが部屋を空けてくれたってんだから三度驚いたもんだ。


 夕飯を始めとした家事をみんなで分担するのは、ルイコの家に泊まっていたときとほとんど同じ。ただひとつの違いといえば、時間が空いてるときには『はまかぜ』のお手伝いをするっていうことぐらい。

 ピピナちゃんとリリナちゃんだけじゃなく、フィルミア様とエルティシア様まで自らすすんでやるってのにはさすがに目を丸くしたけど、そこはアタシも得意分野。だから、こうしてことあるごとに手伝いを申し出るようにしていた。

 チホさんと話していると楽しいし、商業会館とはまた違ったお仕事経験だと思ったから。


「うーん……どうしよっか。ドリンクは迷うね」

「迷うねぇ。店員さん、ドリンクのおすすめってあります?」


〈どりんく〉……ああ、飲み物のことか。


「この組み合わせでしたら、お茶類が合うかと。今日は〈カツオブシ〉が入ったニホン風の味付けですから、ニホンのを始めとしてどのお茶も似合うと思いますよ」

「お茶かー。じゃあ、私はミルクティーで」

「わたしは梅昆布茶で」

「渋っ! あー、でもたしかに合いそうかも」

「でしょ? じゃあ店員さん、それでお願いします」

「承りました」


 食卓で向かい合う女性ふたりのお客様へ軽く会釈して、ひらがなとカタカナで書き留めていた注文票へと視線を落とす。


「それでは、ご注文を確認いたします。〈かつおぶしとめんたいこぱすたのらんちせっと〉がふたつで、飲み物が〈みるくてぃー〉と〈ウメコブチャ〉ですね?」

「はいっ」

「飲み物は食前と食後、どちらがよろしいでしょうか」

「食後でお願いします」

「では、食後にお持ちいたします。出来上がりまで、少々お待ち下さい」


 言い終わってから、今度は少し深めにおじぎ。顔を上げたらくるりと背を向けて、ゆったりとした足取りで〈かうんたー〉席へ向かう。


「チホさん。3番席、〈かつおぶしとめんたいこぱすたのらんちせっと〉がふたつで飲み物が〈みるくてぃー〉と〈ウメコブチャ〉です」

「カツメン2とミルティーウメコブね、りょーかい。アヴィエラちゃん、8番席のツナトーストとアメコ、行ける?」

「行けます。8番席ですね」

「ありがと」


 注文票を置くのと入れ替わりに、〈かうんたー〉の上にある銀製のようなお盆へと〈つなとーすと〉と〈あめりかんこーひー〉をのせて指示された席へと向かう。


「お待たせしました、〈つなとーすと〉と〈あめりかんこーひー〉です」

「ああ、はい」


 こっちの世界の〈シンプン〉っていう情報がたくさん載った紙を見ていたお兄さんが、アタシの声に気付いてそれをたたみ始めた。なんだか文字がたくさん書いてあるみたいだけど……うーん、『ひらがな』と『カタカナ』以外はよくわからないや。

 それをたたみ終えたところで、机の上へ〈つなとーすと〉と〈あめりかんこーひー〉がのったお皿をゆっくり置いていく。このあたりは、レクトさんとリメイラさんの店でお手伝いしたときに学んだからこれでいいはずだ。


「それでは、ごゆっくり」


 また深めにおじぎをして、顔を上げてから〈かうんたー〉のほうへと戻ってい……こうとしたところで、〈かうんたー〉に座っていた人が立ち上がったから、そのまま計算機が置いてある入口の卓へと少し早足で向かう。


「チホさん、アタシが〈れじ〉に入ります」

「ありがとう、ヴィラちゃん」


 向かいかけたチホさんを制して卓に入ると、チホさんは少し申しわけなさそうに、でもつとめて明るくお礼を言ってくれた。


「お待たせしました。〈びーふぴらふせっと〉と〈れもんてぃー〉で600円になります」

「ごちそーさんでした」

「はいっ、1000円をお預かりします」


 サスケやカナと同じくらいの年格好の男の子から1000円札を受け取って、〈れじ〉のボタンを押していく。こっちの世界でも精霊大陸と同じ10でケタが上がる方式をとっている上に、フィンダリゼ製の計算機を使っていたこともあって〈れじ〉にはすぐになじむことができた。


「400円のおつりになります。あと、こちらの飴をおひとつどうぞ」

「あー、ありがとうございます」


 あとは、チホさんがやるようにおつりといっしょに薄緑色の飴玉をひとつ添えて、


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「また来まーす」


 少し深めに頭を下げながら、感謝と期待の言葉。このあたりは、商業会館でいつもやっていることが活きている。


「そろそろひと段落ってところですかね」

「お疲れ様。ほんと、とっても助かったわー」


 しばらく接客を繰り返しているうちに2時をまわって、あたしとチホさんだけがいる店内はすっかり落ち着いた雰囲気に。あとは3時を過ぎて〈けぇき〉目当てのお客様がちらほら来るまでは、のんびりした時間になるらしい。


「いやぁ。みんなを送り出した手前、やっぱりやらないと」


 今回、店のお手伝いをしているのはアタシひとり。明日からみんなの〈らじおばんぐみ〉が始まるってこともあって、あいさつがてらに〈らじおきょく〉の見学に向かった。

 いつもならお手伝いをしているらしいリリナちゃんは最初渋っていたけど、アタシがやるから大丈夫って言っていっしょに行ってもらった。いつも働き者なんだから、こういうときぐらいは……って思ったら、案外忙しくて目が回りそうになったよ。


「そう言うわりには、とってもいきいきしてるように見えたけど」

「わかります?」

「わかるわよ」

「そういうチホさんこそ、アタシから見てもいきいきしてましたよ」

「あら、わかっちゃった?」

「わかりますって」


 アタシと同じように、自覚しながら楽しんで接客しているらしいチホさん。皿洗いを終えて濡れていた手を〈たおる〉で拭きながら、ちょこんと舌を出していたずらっぽく笑ってみせた。


「ダレてたり憂鬱な顔で接客してたら、店全体がそういう空気になっちゃうもの。逆に楽しんで接客していれば、その空気も店の中へ伝わるって思ってね」

「あー……」


 言われて、思わずどきっとする。

 ちょっと前までの商業会館がまさにそういう雰囲気で、一部の古株たちが威圧的な視線を向けることでお客さんが萎縮しちまうってことが時々あった。

 どうして会計時に怯えていたのかとか、そそくさと逃げるように帰っていくのかとかわけがわからなくて、街中でばったり会ったときに聞いてみたらそういう態度をとられたからって言われて。

 古株連中は『これが昔からの伝統だから』って言ってなかなかとりあってくれなかったけど、アタシといっしょにヴィエルへ来て魔織士になっている女の子たちや、古株の娘さんたちに擬似的なお客さんになってもらった結果、大不評をくらってようやく接客態度を改めるようになった。

 それでもまだまだぎこちないところはあるけれども、前よりはかなりマシになって、子供たちから20歳ぐらいぐらいまでのお客さんが来てくれるようにはなった。

 だから、チホさんの言うことは痛いほど身に染みて、


「アタシが手伝いに入るたびに『ありがとう』って言ってくれたのも、その一環ですか?」

「うん」


 さっきのお礼が気になって聞いてみたら、チホさんは小さくうなずいてみせた。


「『ごめんね』ってお客さんにも聞こえるところで言うと、ネガティブ……ちょっと後ろ向きな印象を与えかねないから。昔はあたしもよく言ってて、お父さんから『ごめんなさい』よりも『ありがとう』のほうがいいぞって口酸っぱく言われてたの」

「それ、いいですね。確かに誰かにやってもらうときには軽く謝ったりしそうになりますけど、そっちのほうが感謝って感じがします」

「今じゃ、すっかり口癖になっちゃった」

「いい口癖です」


 困ったように笑うチホさんへ、アタシはにかって笑いながらそう言った。

 チホさんのお父さん、つまりサスケのじーちゃんかー……サスケは、チホさんやフミカズさんの血をしっかりと受け継いでるのかもな。


「そういや、その『チホさんのお父さん』って今はどうしてるんです?」

「山の中に引っ込んで、お母さんといっしょに楽隠居中。まだまだ60代だっていうのに娘へ店を譲って、悠々自適な生活をしてるっていうんだから気楽よねー」

「夫婦で楽隠居かぁ」

「朝ごはんに食べてもらった夏野菜があるでしょ。あれ、全部父さんと母さんが作ったの」

「あの野菜をですか!」

「前々から何か作りたいとは言ってたけど、まさか野菜だなんてねー……まあ、おかげさまでいつもいい野菜を使わせてもらってるわ」

「ふたりとも精力的なんですね」

「本当に。まあ、毎日連絡も来るし、元気なのはいいことよね」


 ちょっと呆れながらも、ご両親が元気なことでうれしそうなチホさん。やっぱり、ふたりのことが大好きなんだろう。


「じゃあ、あたしが父さんのことを話したんだから、次はヴィラちゃんの番よね?」

「へっ?」

「ヴィラちゃんのお父さんとお母さんって、どんな人なの?」

「ええっ!?」


 こ、ここでアタシの両親のことかよっ! うーん……なんかチホさんのご両親の話を聞いたあとだと、めちゃくちゃ話しにくいんだけど……


「どんな人なのかなー」


 ううっ。期待を込めた目で見られてると、言わないわけにはいかないよなぁ。


「その……チホさんは、サスケたちからアタシの身分のことは聞いてますか?」

「確か、商業会館の館長さんをやってるのよね」

「ええ。母さんも先代の館長をやってて、ほとんどがレンディアールでの生活でした。父さんとアタシはイロウナでずっと留守番をしていたから、あんまり小さい頃の母さんとの記憶ってなくて」


 入り婿だった父さんは、家を支える役目。そしてふたりの娘であるアタシは、父さんと母さん両方を支える役目。イロウナじゃ当たり前の考え方だったから、ここに来るまでその役割に疑問を持ったことはなかった。

 それが崩れたのは、母さんが1年間ぐらい帰ってこなかったときのこと。ヴィエルで商業会館を建て替えるっていう大事業があったらしいけど、その時のアタシは知るよしもない。父さんやばあやにあたったりして情緒不安定になりかけたことは、今思い返すと本当に申しわけなく思う。


「でも、帰ってきたときには必ず元気いっぱいで『ただいまー!』ってアタシたちに呼びかけてくれる人です。逆にアタシたちが帰ってくれば『おかえりー!』って迎えてくれたりして……お仕事では厳しくても、家へ帰ってくれば優しい母さんですね」

「へえ、お仕事じゃ厳しいんだ」

「厳しいですよ。売り上げが悪ければその原因からなにから探ってきますし、時々抜き打ちで来ればあーだこーだとダメなところを並べていく。それでいて最後は『あなたが自分で考えてやっていきなさい』って宿題を置いて帰っていくんですから」

「ふうん。……わらずなのね」


 アタシの話を聞いていたはずのチホさんが、なぜか遠い目をし始めた。


「どうしました?」

「うん? ああ、なんでもないの。こっちの話」


 気になって声をかけてみたら、ぱたぱたと手を振って笑った。なんだったんだろ、今の。

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