第104話 異世界からのおくりもの③
「松浜くんと有楽さんのお友達は、実ににぎやかな方が多いですね」
「あ、えっと、すいません。土井社長、騒がしかったですか?」
みんなから一歩引いて有楽と眺めていると、いつの間にか小柄な男の人――わかばシティFMの社長・土井正晃さんが隣にいて声をかけられた。
俺よりも頭ひとつ背が低いこともあって、いつもそばに来ても気付かなかったりする。
「ああ、いえ、そういうことではありません。パーソナリティの親御さん方がいらっしゃったのですから構いません。それに、この時間は録音放送の時間ですからご安心を。次の収録も6時からですし、それまではみなさんで楽しんでください」
「ありがとうございます」
「って、社長さんはこれからどこかへ出かけるんですか?」
有楽の言葉につられて土井社長の手元を見ると、グレーのスーツを身にまとった社長は少し大きめのカバンを抱えていた。
「ええ、今日は東町商店街のほうへ。新しいライブハウスができたので、あいさつへ行ってきます」
「なるほど。営業の仕事、いつもお疲れ様です」
「なんのなんの」
「あのー……社長さん。そのカバンからのぞいてるサイリウムとかペンライトみたいなものっていったい」
「えっ」
よく目を凝らすと、確かにカバンのポケットに差し込むような形でサイリウムとかペンライトらしい持ち手が数十本顔をのぞかせている。と、いうことは……
「今日の出演者の方がアイドルさんなのですよ。応援ついでに、視察をと思いまして」
「……いつもお疲れ様です」
返答に困って絞り出したのか、有楽の返答は俺と同じようでいてずーっと重く聞こえた。
「それでは、行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺はそのまま何気なく、有楽はなんとか笑顔を作りながら手を振って社長を送り出した。社長も手を振って出ていったけど、その笑顔が楽しみでたまらないって感じに見えたのは……たぶん、気のせいなんかじゃないと思う。
「社長さん、ドルオタか何かなんでしょうか」
「あの人は筋金入りらしいぞー。アーティストゾーンの出演者とかも、地元のアイドルやアーティストを実際に見に行ってオファーをかけたり、逆に売り込みが来たら直接見に行ってるらしいし」
「はー……ずいぶんな年齢なのに、すごいバイタリティですね」
「本当にな」
呆れというよりも感心したような有楽の言葉に、俺もうなずいて同意する。
60代半ばで髪の毛も全部白髪だけど、週の半分は街中をかけずり回って営業を仕掛けたりリサーチを欠かさないっていうんだから、ただただ頭が下がる。
突然見学に来た俺たちをスタジオの中へ案内してくれて、そしてなにより俺たちの新番組にゴーサインを出してくれたのも土井社長だし。
「なあ、ミハル。あの機械ってどんな役割をしてるんだ?」
「あれは『ミキサー』と言って、マイクから取り込んだ音と別個に流す効果音やBGM……えっと、しゃべってる後ろで流れてくる音楽のことですが、その音の量を調整するための機械です。そもそも『ミキサー』という言葉は『混ぜる』という意味で――」
俺たちとルティたちの真ん中あたりでスタジオを眺めていたアヴィエラさんはというと、隣にいる中瀬にいろんな機材についてどういうものかをたずねていた。きっと、向こうに帰ってから作るものに採り入れようとしているんだろう。
「すっかりにぎやかになりましたね」
「本当に。俺と有楽と赤坂先輩だけでもにぎやかだったのに、もっともっとにぎやかになったもんだ」
感慨深げな有楽のつぶやきに、俺の言葉もつられて弾む。
ふたりで向かい合って、赤坂先輩にディレクションしてもらっていた3人のラジオ番組。それが、ルティとの出会いを通じてたくさんの人たちとふれあって、いっしょにラジオ作りを楽しんでいる。
小さなラジオ番組を担当して、終わって、卒業して大学に進んで、アナウンサーを目指して……なんとなく考えていた未来予想図は、今じゃ霧の向こう側へ。
もちろん、アナウンサーが夢なのは今も変わらないけど、今はそれをひっくるめて『ラジオに関わりたい』っていう思いが、未来への希望のど真ん中に築かれていた。
「でも、まだまだこれからですよね」
「ああ。ヴィエルでのラジオ局作りが待ってるし『異世界ラジオのつくりかた』だって始まったばかりなんだから、まだまだ気は抜けないぞ」
「もちろんです。あたしも、夏休みは仕事とラジオで全力投球ですよっ!」
握り拳を作って、有楽が元気いっぱいで応えてくれる。
ルティとの出会いからいちばん変わったのは、なんといっても有楽だろう。初めの頃は声の仕事でレギュラーをって望んでいただけなのが、今じゃ自分から積極的にいろんなことを学んで、ラジオだけじゃなくていろんな仕事へと繋げていた。
俺についてきていた後輩が、いつの間にか俺の隣にいて追い抜いていこうとしている……そんな危機感が芽生えるぐらいに、有楽の存在感は力強いものだった。
まあ、口が裂けてもそんな本音は言いたくねえんだけどな!
「さ、サスケ、カナ、ちょっと」
と、マイクの前に座っていたルティが震えるような声で俺と有楽の名前を呼びかけてきた。
「どうした?」
ドアを開けて外から見ていた俺たちが入ると、スタジオの中はやっぱりギュウギュウになりそうなぐらいに狭かった。そんな俺たちを見上げるルティの瞳は、なんだか戸惑っているようで不安に満ちていて、
「すまない。どうにかして、母様を説得してくれないだろうか」
「説得? サジェーナ様に何か言われたのか?」
「言われたといえば、確かにそうなるのだが……」
説得とかいう穏やかじゃないワードに、俺は顔を跳ね上げるようにしてサジェーナ様のほうを向いた。
「べ、別に、変なことは言ってないわよ?」
「そうそう。ねっ、落ち着いて、サスケ」
その勢いに驚いたのか、サジェーナ様とミイナさんがあわてて両手で抑えるようなジェスチャーをして俺を落ち着かせようとした。
「本当ですか?」
「その、ルティとピピナちゃんに『〈らじお〉の始めかたを教えてもらえない?』ってたずねただけよ?」
「ラジオの始め方、ですか」
「昨日の〈ばんぐみ〉が楽しかったし、ここに座るみんなも楽しそうだからって、ジェナが言い出したんだ。向こうでもしばらくヴィエルに滞在してるし、いい機会だって思ったんだけど」
「そこで、俺が呼ばれたと」
「そういうこと」
なるほど。王妃様と精霊様にいきなりお願いされて、テンパっちゃったか。
納得しながらルティのほうを向き直ると、顔を真っ赤にしたルティがふるふると首を横に振っていた。その上、横……俺から見て隣にいるピピナもぶんぶん首を横に振っているあたり、主従揃ってこの任だけは拒否したいらしい。
「それだったら、俺と有楽が教えますよ。これから夏休みで、ある程度時間もできますし」
「あら、そうなの」
「ありがとう、サスケっ!」
「でもな、ルティ」
俺の答えに笑顔を浮かべたルティではあるけれども、まだまだ続く言葉がある。
「俺は、ルティとピピナも教えられるようになったほうがいいと思うぞ」
「な、なんだとっ!?」
「うらぎったですねー!?」
「いやいや、ちゃんと人の話を聞けって」
そもそも、裏切ったとか人聞きが悪いっての。
「これからラジオのことを広めていくにしても、俺たちがヴィエルへ行けないことだってあるんだし、その度に俺たちが行くのを待ってたら滞るだろ。そうならないためにも、ルティが教えられるようになったほうがいいって俺は思うんだ」
「た、確かにそうかもしれないが……しかし、我が教える立場になるなど、力不足にも程があるのではないか?」
ありゃま、ルティの弱気が久しぶりに顔を出しちまったか。でも、ルティに素質があると思う俺は首を横に振ってから言葉を続けた。
「無電源ラジオの試験をしにいろんなお店へまわったとき、ゆっくりとていねいに使い方を教えてたろ。あんな感じで教えていけばいいんだって」
「あたしも、そのほうがいいって思うな」
「かなもむちゃをいいますねー……」
「無茶じゃないよ。教えるってことは自分の中でも繰り返して学ぶことになるんだし、きっとピピナちゃんとルティちゃんにも実になると思うよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなのですっ」
まだ不安げなルティの問いかけに、有楽は自信をもってうなずいてみせた。きっと、事務所でいい先輩にめぐり会えたんだろう。その言葉には、いつになく強い説得力が込められていた。
「最初から、ひとりでやれなんて言わないよ。今回は俺と有楽の様子を見てもらえればいいし、教えるようになってからもできる限りサポートする。要点とかも、ノートにまとめておくからさ」
「わたしも大学が夏休みですから、こっちでも向こうでもいつでもお手伝いしますよ」
「でしたら、私も。カナ様とルイコ様からたくさん教わりましたので、わずかばかりながらもエルティシア様のお手伝いができるかと」
「どちらかというと、わたしはお母様とミイナ様といっしょに講義を受けるほうでしょうか~」
「講義ってほど堅苦しいものじゃありませんって。みんなでいっしょに、わいわい学んでいけばいいんです」
おずおずと手を挙げたフィルミアさんを安心させるように、ちゃんと方針を説明する。
俺が教えられることといえば、発声練習やしゃべり方に収録時と生放送の時のマナー。それと、機械の扱い方と時間を守るコツあたりで、あとは有楽と先輩とで話し合ってカリキュラムにするかを決めて行けばいいだろう。
日本だったらもっと学ぶことがあるけれども、ヴィエルでのラジオに日本のマナーを全部当てはめたって仕方がない。
「どうかな、ルティ」
「……できれば、私も最初は講義に加えてもらえないだろうか。今一度、〈らじお〉についてしっかり学びたい」
「ピピナもおねがいするですっ。リリナねーさまのように、ルティさまをささえられるようになりたいですから」
「ああ、もちろん。逆に、レンディアールだったらこうしたほうがいいってことがあれば教えてくれないかな」
「我らの考えが参考になるのであれば、それは喜ばしいな。我としても願ったり叶ったりだ」
「そーですねっ。きづいたことがあったら、さすけたちにどんどんはなすですよっ」
「ありがとう。ルティ、ピピナ」
ようやくふたりに笑顔が戻ったことにホッとして、俺の頬がゆるむ。
ルティもピピナも笑顔のほうがよく似合うし、俺たち日本サイドの考えが及ばないところを教えてくれると、本当に助かる。
「母様。今回は我の未熟ゆえ、期待に添えず申しわけありません。これから出会うであろう〈らじお〉に興味を抱く人々へ教えられるよう、私は改めて勉強いたします」
「わたしも、お母様といっしょにがんばって復習しますよ~」
「わかったわ。みなさん、親子共々よろしくお願いいたします」
「あっ。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
きれいな仕草でおじぎしたサジェーナ様へ、俺も慌てておじぎを返す。元々は一般の出ということもあってか親しみやすい方ではあるけど、時々出てくる礼儀正しさを見ると、やっぱりルティとフィルミアさんのお母さんであって王妃様なんだなって感じた。




