第99話 0:00 [新]異世界ラジオのつくりかた②
いつもの先輩と変わらない優しい声で、ドラマ内の番組が進行していく。何週間か前に実際に行ったときのものをベースにしているだけあって手慣れていて、まるでこれから実際に『若葉の街で会いましょう』が始まるかのような雰囲気だ。
でも、始まるのは先輩の番組じゃなくて、俺たちのやりとり。ここまで差し掛かったってことは、もう間もなく――
『いいなぁ、たい焼き。松浜せんぱい、今度食べに連れて行ってくださいよ』
『有楽なぁ……お前、せっかく先輩が番組を見せてくれてるんだからしっかり見てろって』
『あははっ。あたしたちの番組が終わったら、なんだか気が抜けちゃって』
『初回からそれでどうするんだよ。今度連れていってやるから、今はガマンしとけ』
『はーいっ。あっ、せんぱい、外で聴いてる女の子たちがいますよ!』
トークをしている先輩の声のボリュームが下がると、有楽と俺の声が被さるようにして流れてきた。
いつもの録音と変わらないはずなのに、演技っていうこともあってかいつもと声のトーンが全然違う。それどころか、芝居がかってて気恥ずかしくなってきた。
頭を抱えたくなるけど、今はそんな場合じゃない。なんとかこらえて、ソファに身を預ける。
『リスナーさんはいつでも大歓迎なのが、わかばシティFMだからな。俺も元々リスナーだったのが、今じゃ学生パーソナリティだし』
『せんぱいも、るいこせんぱいの番組を見学したことがあるんですか?』
『あるも何も、南高の放送部に入ったら必ずここに連れてこられるし、南高の番組を担当するなら手伝いもするんだ』
『じゃあ、あたしはダブルでってことですね!』
『そういうこと。我らが先輩の番組なんだから、しっかり勉強して手伝うんだぞ』
『あいあいさー! って、なんだかるいこ先輩がスタジオから手を振ってますよ?』
『おっ、早速手伝いかな』
『手伝い、ですか?』
『これもまた南高放送部伝統のな。まあ、行ってみればわかるさ』
相変わらず芝居がかった感じで有楽へ声をかける俺。俺と有楽から当時のことを取材した赤坂先輩が書き起こした脚本を演じているわけだけど、普通に演じてしゃべっているはずなのに、どうもキザに聴こえる。これがアレか、演じるのと聴くのと大違いってやつか。
重々しい鉄扉を開け閉めする音がしたのと同時に、赤坂先輩とおばさん――森ノ宮さんの声にスピーカーから聴こえてくるかのような加工がかかったものが流れてくる。
『赤坂先輩、呼びました?』
俺の呼びかけに続いて流れてきたのは、やっぱり聞き慣れた声。
『ねえ、松浜くん、神奈ちゃん。外見て、外』
ようやく加工もなにもかかっていない赤坂先輩の声が、30時間ぶりにわかばシティFMの電波にのって聴こえてきた。
『外って、ああ、さっきからいる女の子たちですか』
『外国人の子なんですかねー。髪も目も鮮やかでかわいいですっ』
『あの子たちの声で、ジングルを録ってみたいんだけど……どうかな?』
『いいですね。前に先輩と練習した通り、いざとなったら英語で行きましょう』
『あたしも行きますっ! ふふっ、あの子たちの声ってどんな声なのかなぁ』
『ありがとう。じゃあ、収録よろしくねっ!』
『『はいっ!』』
有楽と俺とで合わせて返事をして、また鉄扉の効果音で一区切り。間を長く取りすぎなくて、かといって短すぎないのが絶妙な加減になっている。
『……で、ジングル録りってどうやるんです?』
『ここにあるICレコーダーで録って、あとは加工するだけだ。俺がまず録って、そのあとに教えるから有楽が加工してくれ』
『わかりましたっ』
威勢のいい有楽の返事から間もなく、少し軽めなタイプの鉄扉を開け閉めする音に続いてルティとピピナが外で話していたときと同じような街の喧騒が流れてくる。外へ出た場面をイメージしているんだろうけれども、こうして自然と切り替わるってことは中瀬が凝りに凝ってくれたおかげなんだろう。
『えっと、えくすきゅーず、みー?』
『うん?』
そして、いよいよ俺たちのシーン。
赤坂先輩がアレンジしてくれた、俺と有楽がルティとピピナに初めて出会うシーンへと差し掛かった。
『あー。きゃん、ゆー、すぴーく、じゃぱにーず、おあ、あざー、らんげーじ?』
『あのー……おにーさんはなにをいってるですか?』
『えっ?』
『日本語、しゃべれるんですか?』
『そなたらが話している言葉なら、我もしゃべることができるぞ。それより何用だ。我は今、この可憐な声に聴き入っていたのだが』
『そ、それは失礼しました』
その時はいなかったピピナのことを自然に加えて、シーンが進んでいく。
あの時、もしピピナがいっしょにいたらどうなっていたんだろう。そんな想像を、物語の中ではあるけれども赤坂先輩が現実にしてくれた。ピピナもうれしかったみたいで、先輩の肩の上へとぱたぱた飛んでいって、座ったところですりすりとほおずりをし始めた。
それを見てふと隣へと顔を向けると、すぐに気付いたらしいルティがにっこりと笑ってうなずいてくれた。俺も笑ってうなずくと、一度ほんの少しだけ顔をコンポのほうへと向けてみせた。きっと、続きを聴こうっていうことなんだろう。
望むところだと、俺もコンポのほうに顔を向ける。いつもだったらテーブルを囲むように向かい合っているソファが、今日だけはコンポに近い一台の背もたれを倒して乗っかれるようになっていて、リリナさんが女の子座り、その隣で有楽があぐらをかいてコンポへと向いて聴き入っていた。
『あたしたちは、このスピーカーから聴こえてる番組のお手伝いをしてるんです。それで、あなたたちの声を録音……えっと、保存できないかなーって思って』
『ピピナたちのこえをほぞんして、いったいどーするってゆーんですか? とゆーか、どーやってほぞんするんです?』
『えっと、このボイスレコーダーって機械で保存すると、このスピーカーってところから流せるようになるんですよ』
続いて、かち、かちとボタンのクリック音。その途端、左はす向かいに座るひとりの女の子が抱きしめていた若草色のクッションへと顔を埋めた。
『〈【赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう】。埼玉県立若葉南高校放送部の中瀬海晴です。わたしたちも先輩に負けないよう、トークにドラマにといっぱいラジオ番組を作っていきます〉』
「~~~~~っ!!」
おお、珍しい。珍しく中瀬が悶えているけど、いつものらしさがちゃんと出ていていいんじゃないか。
微笑ましく眺めているとふと目が合って、俺をキッとにらみ付けてきた。でも、隣に座るアヴィエラさんが優しく肩をなでたらすぐに表情が穏やかになって、また視線をコンポのほうへと戻した。
あのまま見てたら、きっとのクッションが飛んで来たんだろうな……
『わわっ、ほんとにきこえてきました!』
『こういう風に、しゃべったことが保存できるんです。もしよかったら、記念にやってみませんか?』
『ふむ……なるほど、よかろう』
『いーんですか?』
『ああ、ピピナはどうする?』
『ルティさまがやるなら、ピピナもやってみるですよっ』
『では、決まりだな』
『か、かわいいっ!』
『有楽、ステイ。ステイだぞー』
脚本そのままでもいつも通りな有楽に、つい笑いそうになる。それだけ本人の存在感が大きいんだろうけど、さっきの女盗賊や気弱な女子校生よりもずっとインパクトがデカいとは。
『それで、ピピナたちはなんていえばいーんですか?』
『さっきも流れてた〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉って番組の題名を言ってから、あなたたちの名前となにかひとことを言ってください。そうだな……有楽、お手本を見せてくれないか?』
『あいあいさっ!』
威勢のいい返事の直後に、また録音ボタンが押されるようなクリック音。あの時も、こんな感じで録音を始めたんだっけ。
『〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉。若葉南高放送部の有楽神奈、ただいま〈声のお仕事〉っていう夢を叶えてる真っ最中です! ……って、だいたいこんな感じかな』
『なるほど。そなたのように、堂々と言えばいいのだな』
『伝えたいことをバシッと言っちゃってください』
『うむ、心得た』
『それじゃあ、行きますよ』
『ああ、よろしく頼む』
『では……さん、に、いち』
ときどき、ルティの番組作りの練習に付き合ってるとこうしてキューを出すことがある。
そんな中でも、初めてルティと出会ったときに出したキューのことは忘れられないでいた。
『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』
この凛としたルティの声と、
『通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアが可憐な声に祝福を捧げよう』
堂々と夕陽を背にした姿が記憶に焼き付く、全てのきっかけだったから。
『ピピナは、ピピナ・リーナですっ。ピピナも、おねーさんのこえがだいすきですよっ!』
加えて、ピピナの名乗り。
あの時はいなかったはずなのに、最初からいっしょにいたんじゃないかって思えるぐらいに、元気いっぱいで自然な台詞だった。
『どうした? 終わったぞ?』
『あ……す、すいません。ありがとうございました。大丈夫です』
『そうか。それで、我らの声はどうすれば聴こえるのだ?』
『ピピナもきになるですよ。ねー、おしえてくださいですよー』
『こ、これから音楽をつけて、番組の最後のほうで流れますから……あと20分ぐらい、待っててもらえますか?』
『なるほど。あと20分で、我らの声がこの箱から聴こえてくるのだな』
『ここだけじゃないですよ。ふたりの音は、街中で聴こえちゃうんですから!』
『まちじゅーですかっ!』
『なんと、我らの声はそんなに多くの者にまで届くのか!』
『そうなんですよ。俺はその準備をしてくるんで、ちょっと待っててくださいね』
『あっ、待ってはくれまいか』
ひとつ、ふたつ響いただけで足音が止まって、ぐいっと何かを引っ張るような音から一瞬の間が生まれる。そっか……俺の服の裾が引っ張られたところを、中瀬はこういう風に表現してくれたんだ。
『そなたらの名前を、教えて欲しい』
『いいですよ。俺は、松浜佐助って言います』
『あたしは、有楽神奈。カナって呼んでねっ』
『マツハマ・サスケと、ウラク・カナか。我の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』
『ピピナは、ピピナ・リーナですよっ』
『我らに声をかけてくれたことに、礼を言いたい。ありがとう』
『こっちこそ、ご協力いただきありがとうございました』
『ふふふっ。ふたりの声が、ラジオで流れるのが楽しみですねっ!』
『我もだ』
張りのある、ルティの返事。
『しかし』
それが、二言目で緩んだように力が抜けて、
『その前に……』
かすれるような声と同時に、どさりと何かが倒れたかのような効果音が被さる。
『え、エルティシアさんっ!?』
『す、すまない……なにか、なにか食べるものはないだろうか……』
『る、ルティさまっ!? ルティさまーっ!?』
そして、エコーで加工されたピピナの絶叫が終わると無音になって、
『連続ラジオドラマ〈異世界ラジオのつくりかた〉第1回っ!』
『らじおのことをしりましょー!』
ルティのタイトルコールとピピナのサブタイトルコールから、著作権フリー音源を使ったインストのテーマ曲へと流れるように続いていった。
「これが、我らの〈ばんぐみ〉なのだな……」
「ほんとーに、ピピナたちのおはなしが〈らじお〉からきこえてるです……これ、たくさんのひとがきーてるんですよねっ」
「ああ、俺たちの声が日本のいろんなところで聴こえてるはずだ」
隣に座るルティと、その膝の上へ戻って座っているピピナが呆然と感想を口にした。




