第97話 はじまりの日④
「わ、我がか?」
「さっきも中瀬に『たくさん夢を現実にしていこう』って言ってたろ。ルティのその意志が、俺たちを引っ張る原動力になっているんじゃないかって」
「むぅ……」
きょとんとしていたルティだけど、俺の説明を聞いていくうちになぜかほっぺたをふくらませていった。
「我としては、逆だと思っているのだぞ?」
「逆?」
「ああ」
むくれたまま、ルティが大きくうなずく。そして、緑色の瞳で俺と有楽を順繰りに見つめて、ようやく表情を緩めると、
「サスケとカナ、そしてルイコ嬢が〈らじお〉の世界へと誘ってくれたからこそ、我はこうして夢を目指していられる。我が抱いた夢を姉様方と結びつけてくれたのも、ニホンとヴィエルで〈らじお〉に通じる人たちと出会えたのも、そなたらがいたからだ」
まっすぐな声で、きっぱりと断言してみせた。
中瀬の時と同じ、力のこもった言葉。それが、今は俺たちに向けられている。
「だから、我が皆を引っ張っているのではない。ふたりとルイコ嬢が我へと差し伸べてくれた手をきっかけにして、みんなでともに手を繋いで歩いているようなものだと思う」
「そーですよっ」
さらに、ぽんっと妖精さんモードに戻ったピピナが有楽の膝から飛び立つと、テーブルの上へとちょこんと座って俺たちのほうへと振り向いた。
「ピピナがあんなにつれなくしてもさすけはてをつないでくれて、かなとるいこおねーさんも、ねーさまやミアさまとてをつなぐてだすけをしてくれました。ルティさまだけじゃなくてみんながいたから、きょうをむかえられたんだとおもうです」
「うむ、ピピナの言うとおり。出会った頃のサスケとの仲の悪さからは考えられぬ言葉だな」
「あ、あれはですねっ、ルティさまにぶれーものがちかづいたとおもって……その、ごめんなさいです」
「俺こそピピナを『これ』扱いしたんだから、あれは怒られて当然だよ」
からかうようなルティの口調に、あわてたピピナが俺へ頭を下げてくる。でも、その原因は俺にもあったのは確かだから、すぐに俺もピピナへ頭を下げ返した。
「あんなに仲が悪かったふたりが、今じゃいっしょにお昼のラジオにゲストで出るくらい仲がいいなんて……うやらましい。じぇらじぇらじぇらじぇら」
「仕方ないだろうが。いきなり呼び込まれたんだし、お前からはメールの返信もなかったんだから」
「テスト疲れでダウンしちゃったんですよぅ。目が覚めたら夜8時で、せんぱいからのメールで絶叫して真奈に怒られちゃって」
「よくできた妹さんだ」
「ほんと、そーおもうです」
「ちょっとはあたしをなぐさめてくださいっ!」
ぷんすかと怒っている有楽とは対照的な、姉想いな妹さんの姿が目に浮かぶ。時々姉妹揃ってうちの店に来るからよくわかっているし、有楽のことが心配だからと、俺やレンディアール側で唯一スマートフォンを持っているリリナさんへメールアドレスの交換まで持ちかけてきたんだから、相当なものだ。
「皆の間でも縁が広がっていることから、我だけが引っ張っているわけではないとわかると思う。しかし、そもそものきっかけであるサスケとカナが自らのことを棚に上げるなど思いもしなかったぞ」
「いやー、俺らにとってはルティとピピナとの出会いがきっかけだったからなぁ」
「そうそう。あとは、るいこせんぱいのお願いもきっかけで」
「ならば、ルイコ嬢の導きがあり、我らが手を取り合ったからこそ今があると言えよう」
俺たちの答えに、むくれていたルティの顔に笑みが戻っていく。
それからすぐに、下にある店舗スペースのほうからにぎやかな声が聞こえてくると、
「今日という日を、皆で迎えられてまことによかった」
いつか目の前で見た、曇り一つない微笑みを浮かべてゆっくりと廊下のほうを見やった。
「ただいまっ。神奈ちゃんもいらっしゃい!」
「ただいま帰りました~」
「ただいま戻りました。カナ様、こんばんは」
「ただいまー。いやぁ、いい風呂だった!」
「ただいまです。おお、神奈っちの私服ロングヘアとは珍しい」
たくさん階段を上がってくる音がしてからリビングに入ってきたのは、ラジオを通じて出会った日本と異世界の仲間たち。赤坂先輩もフィルミアさんも、リリナさんもアヴィエラさんも笑顔で、中瀬も表情が少し緩んでいるってことは楽しんで来たんだろう。
「おかえり、みんな」
「おかえりっ」
「おかえりなさいですっ」
「おかえりなさい。それと、こんばんはっ!」
笑顔のみんなを、ルティにつられて笑顔になっていた俺たちが迎える。
始まりのきっかけをくれた赤坂先輩に、拒絶から和解できたリリナさん。ルティのお姉さんなフィルミアさんに、俺たちから誘ったアヴィエラさんと望んで飛び込んできた中瀬。みんな、俺たちの縁でお互いにめぐり会えた人たちだ。
「みんなして、何か話してたのかい?」
「はい。今日という日をみんなで迎えられてよかったなと話しておりました」
「本当ですね。神奈ちゃんも来て、これでみんな勢揃いです」
「カナ様といえば、そろそろ『急いでやってます!』が放送される時間ですね。そろそろ〈らじお〉をつけましょうか」
「あっ、そうだったそうだった。今日から全国放送だからちゃんと聴かないとっ!」
「ラジオとアニメの新番組に全国ネット化とは、神奈っちの活躍の場がさらに広がりますね」
「カナさんのいろんな声が、ニホンのいろんなところで聴けるんですね~」
帰ってきたみんながリビングのソファに座ると、有楽も立ち上がってコンポ前のベストポジションに陣取った。横を向いていてダイニングから表情は見えないけど、コンポの電源スイッチを押したリリナさんが微笑んでるあたりからしていい表情をしているんだろう。
ルティだけじゃなくて、みんながいるからこうして笑っていられる。みんなが出会えたこその光景が、今ここにある。
「ルティの言うとおりだな」
「で、あろう?」
「ですですっ」
ようやく実感して笑いかけると、ルティとピピナもにっこり笑って返してくれた。
その笑顔を形作っているひとりに俺がいたとしたらうれしいし、そうありたい。
「それじゃあ、俺たちもリビングに行くか」
「ああ、そうしよう。ピピナ、腕へ乗るといい」
「ありがとーですよっ!」
俺たちも立ち上がって、みんなの輪に加わる。
『ボクらはラジオで好き放題!』の時みたいに、放送開始まで果てしなく長く感じるんじゃないかと思っていたのに、朝から今までみんなといっしょに話したり作業したことでむしろ時間はあっという間に過ぎていった。
有楽が出ている『急いでやってます!』もみんなで感想を言い合いながら聴いて、続く映画のトーク番組も異世界組がいろんな想像を繰り広げて、興味深く聴くことができた。
そこに緊張とかはまったくなくて、俺たちらしいといえば俺たちらしい雰囲気なのかもしれない。
そして、放送開始まで残り少し。
『ラジオ局の前で出会ったのは、異世界からやってきた女の子』
『〈我に、らじおのことを教えてはくれまいか?〉』
流れてきたのは、赤坂先輩が作ってくれた番組のCM。
聴き慣れたルティと先輩の声に、もうすぐ始まるんだって実感が高まって、
『わかばシティFMを舞台に、日本の高校生と異世界の女の子たちがラジオ番組づくりを学んでいくラジオドラマ。新番組〈異世界ラジオのつくりかた〉は、7月7日、深夜24時からオンエアです!』
『みんなでいっしょに、らじおのことをまなぶですよっ!』
ピピナの元気な声が流れた頃には、みんなが黙ってラジオからの音に聴き入っていた。
日付が変わるまで、あと15秒。
『若葉駅前徒歩1分。若葉市の音楽生活を支えるバーンズレコードが、午前0時をお知らせします』
最後のCMが流れて。
ぴ、ぴ、ぴ、と電子音が流れて。
時間と日付が変わったことを知らせる、甲高い音が流れて。
いよいよ、俺たちの新しい番組が始まる。




