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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第96話 はじまりの日③

 *   *   *


「へえ。それじゃあ、結構作ることができたんですか」

「まあな。でも、ピピナがあんなにも器用だとは思わなかったよ」


 テーブルの向かいに座っている有楽へ報告しながら、昼間のことを振り返る。

 風呂上がりっていうこともあってか、珍しく髪を下ろしたままの有楽はなかなかの美人さんだった。


「お姉ちゃんなリリナちゃんがいい手本になってるのかもしれませんね」

「それはあるかもなぁ……ああ、これ母さんが作ったから食っていいってさ」

「いいんですか? じゃあ、いっただっきまーす」


 ポテトチップスがたんまりとのった皿をすすめると、有楽が目を輝かせて手を伸ばした。

 口の中へ放り込んだ途端に『んー』と声を上げて顔をほころばせまくってるあたり、相当お気に召したらしい。


「先輩のおかーさんが作るポテチはやっぱり美味しいですねー」

「お気に召したようでなにより。でもよかったのか? みんなを追い掛けなくて」

「汗だくだくだったからお家でお風呂に入ってきたし、二度風呂になっちゃうじゃないですか」

「あー、今日はこの夏いちばんの暑さとか言ってたからなぁ」


 仕方ないとばかりの有楽の物言いに、朝一番から暑さを実感していた俺も同意してうなずいた。

 リビングにもキッチンにも人の姿はなくて、いるのはダイニングで向かい合って座っている俺と有楽だけ。母さんを始めとした女性陣は店の閉店作業が終わってから近所のスーパー銭湯へ出かけて、俺は仕事を終えてやってきた有楽と雑談していた。


「先輩こそ、みんなと行かなくてよかったんですか?」

「俺だけだったら、家の風呂で十分だよ」

「なるほどー。てっきり、みんなのキャッキャウフフな声を聞かないようにガマンしたのかなーって思いましたよ」

「お前とは違ぇよ!」

「失敬な! あたしは率先してキャッキャウフフな声を出すほうです!」

「胸を張って言うことか!?」


 髪を下ろしたことでおしとやかそうにも見えたのは、全くの気のせいだったらしい。


「声っていえば、そっちの仕事はどうだったんだ? ずいぶん来るのが遅かったじゃないか」

「顔合わせが終わってから、他の事務所の人たちと食事会に行ってたんです。せっかくの機会だから、いろいろお話を聞かなくちゃって思って」

「へえ。有楽と同い年の声優さんとかいたりするのか?」

「同い年じゃないですけど、ひとつ上の人はいました」

「俺や中瀬と同い年か」

「はい。もうキャラ名義のCDとかも出してる人で、今回も結構重要な役どころなんです。食事会でもすっごいオーラを出してましたね」

「そんなに凄い声優さんなんだ」

「キャリアも実績もあたしよりもずっと先輩ですし、目指すべきひとのひとりなのは確かだと思います」

「そっか。しっかり学んでこいよ」

「もちろん、たくさん勉強してきます!」


 いつになく、きっぱりと断言する有楽。声優モード特有の真剣な目つきを見ると、それだけ共演する人たちが大きい存在ってことなんだろう。


「そうそう。アニメのほうですけど、基本的に水曜日の夕方に収録みたいです。時々金曜日に入るかもって言ってましたけど、その時は事前に連絡もくれるって」

「基本水曜日なら、スケジュール的には影響もなさそうか」

「はいっ。月2回の月曜日が『異世界ラジオのつくりかた』の収録で、水曜日がアニメの収録。木曜日が『dal segno』の収録で土曜日が『ボクらはラジオで好き放題!』の生放送に、第1日曜日が『急いでやってます!』のアシスタントで……えへへっ、ちょっとずつお仕事が増えてきましたねっ!」

「仕事が増えるのはいいけど、体だけは気をつけろよ? 元々弱かったんだろ?」

「わかってますって。マネージャーさんも社長から言われてるみたいで、『異世界ラジオのつくりかた』も近所での収録だからOKを出したって言われました」

「おお……そうだったんだ」

「るいこせんぱいの企画書のおかげですね。本当、助かりましたよ」


 心底ほっとしたように言いながら、有楽がまたポテチを口に放り込んだ。

 企画書の段階で予定してあるスタジオの場所やら作品の内容やらがしっかりと書かれていたことが功を奏していたんだろう。こうして有楽を正式にキャスティングできたのも、赤坂先輩の企画書様々なのかもしれない。


「あと2時間もしたら、放送開始なんですよね」

「正確には、あと2時間24分だな」


 壁掛け時計を見上げて口にした有楽に、俺はスマートフォンのスリープを解除して補足した。

 時刻は、午後9時36分。『異世界ラジオのつくりかた』第1回の放送まで、もう2時間半を切っていた。


「もうすぐかぁ……」

「有楽は、こういうのに慣れてるのか?」

「全然全然、そんなことないです」


 俺の問いかけに、有楽が手と首を横へといっしょに振った。


「収録したラジオドラマを初回放送で聴くのは初めてですし、ひとりでいろんな役をやってるからどんな風になってるのかなってドキドキなんです。やっぱり、生放送とは違いますよ」

「そう言われると、俺の演技も初めて自分で聴くことになるんだよな……しまった、俺まで緊張してきたじゃんか」

「ふっふっふっ。ひとりだけ部外者なんかにはさせませんからねっ」

「わかってるよ」


 ちくしょう、ただたずねただけのはずが自分でドツボにはまっちまった!


「父さんも仙台からネットのサイマル放送で聴くって言ってたし、母さんも起きたら真っ先に聴くって言ってるし」

「うちも、真奈が聴くって言ってました」

「紗奈ちゃんと菜奈ちゃんが無理なのはわかるけど、真奈ちゃんは起きてて大丈夫なのか?」

「夜も遅いんだからダメって言いましたよ。でも『どうせ姉さんはお泊まりなんだからわからないでしょ』って言ってて」

「そう言われたら、もう言いようがないよなぁ」

「それと、桜木ブラザーズも聴くって言ってたんですよね?」

「ああ。『月曜日、会って話すのが楽しみだ』だとよ」


 期末テストが終わったから、残りの1週間はテストの返却や大掃除と終業式といった行事を残すだけ。午後の早い時間から部活もあるし、金曜日の段階で不敵な笑みを浮かべた七海先輩といつも以上にニコニコしていた空也先輩から出頭命令を受けている。きっと、今日の放送を手ぐすね引いて待っているんだろう。


「七海せんぱいも空也せんぱいも、楽しんでくれるといいですねっ」

「っ……」


 俺の不安とは正反対で、あまりにも純粋な有楽の希望に面食らう。


「ああ、そうだな」


 一瞬言葉に詰まって、それでも出てきたのは同意の言葉。

 せっかく演じたんだから、七海先輩と空也先輩にも楽しんでほしい。それは確かに有楽の言うとおりで、父さんと母さんにも、そして聴いてくれる人たちみんなにも楽しんでもらいたい。

 いつもラジオをやってるときにはそう思っているのに、畑違いだと思い込んで弱気に食われそうになってたら意味がない。


「ただいま帰ったぞっ」

「ただいまですよー!」


 自分のネガティブさに呆れていると、リビングの入口から聞き慣れたふたつの声が響く。振り返れば、昼間着ていたものとは違うお揃いのTシャツとハーフパンツ姿のルティとピピナが入ってくるところだった。


「おかえり、ルティちゃん、ピピナちゃん」

「わわっ、やっぱりかながいたですよっ!」

「下にカナの靴があったからな。お仕事、ご苦労であった」

「ルティちゃんとピピナちゃんこそ、ラジオ作りお疲れ様っ。ああ、ピピナちゃんからいい香りがする……」

「かなからもいいにおいがするですねー」


 鼻をすんすんさせたと思ったら、うっとりとした表情の有楽は腕を広げてピピナのことを迎え入れようとした。ピピナはいつもみたいに嫌がるだろうなと思ったら、そのままぽすんと有楽の腕の中に収まって、ぎゅーっと抱きしめ合った。


「珍しいな、ピピナが自分から抱きつきに行くなんて」

「きょうのかなは、ちょっとおつかれぎみみたいです。ピピナでちょっとでもいやせるのなら、おやすいごよーですよ」

「さすがはピピナちゃんっ。ああっ、かわいいしやさしいし、あったかくていいにおいだよー……」

「かなのいえのしゃんぷーも、さすけのおうちやせんとーとちがったいーにおいがするです」


 抱き上げて膝の上へと座らせたピピナの長い髪をひとすくいすると、有楽もすんすんと匂いをかいでにぱっと笑った。なるほど、膝の上なんて間近でああいう表情を見せられたら、そりゃあ有楽もメロメロになって当然だ。


「あとのみんなは?」

「姉様方は〈こんびに〉で買い物をしてから帰ってくるそうだ。我とピピナは、カナが来ているかと思って先に帰らせてもらった」

「なるほどな」

「それで、どうであった? 今日から始まる仕事は、今までにないものだったのであろう?」


 ルティはそうたずねながら、俺の隣のイスを引いてゆったりとした所作で座った。


「3話までの脚本を読んでみたら、全部役どころが違うんだ。どういう役かはまだナイショだけど、子供の男の子から大人の女性までってところかな」

「ひとつの役ではないと聞いていたが、そこまで違うのか」

「うんっ。『異世界ラジオのつくりかた』の別役とか『dal segno』のエリシアとも全然違うから、すっごく演じ甲斐があるよ」

「かなのいろんなこえが、にほんのひとたちにきいてもらえるんですねっ」

「そうなんだよねー。役名はないけど、12話ずーっと出られて……えへへっ、なんだか不思議だなぁ」

「不思議、とな?」

「うんっ」


 実感のこもった言葉にルティが聞き返すと、有楽は小さくうなずいてにっこりと笑った。


「こういうアニメに出られるのは、もっともっと先だろうなって思ってたんだ。でも、ルティちゃんたちと出会ってから世界がいっぱい広がって、異世界に行ったり、アニメに出られたり、みんなでラジオ局や番組を作ったりして……高校生になる前は夢にも思ってなかったから、不思議だなーって」

「言われてみれば、確かに不思議だ。皆と出会わぬまま過ごしていたらどうなったのか、今となっては想像もつかぬ」

「さっき、みはるんも『ふしぎだー』っていってましたよね。このよって、ふしぎだらけなのかもしれないです」

「この世にはたくさん不思議があって、想像もつかない未来が待ってる……そんなところか」

「せんぱい、ずいぶん悟った言い方してません?」

「仕方ないだろうが。こうも不思議な世界と日本を行き来してたら、そうなって当然だっての」

「あー、それはそうかも。夢のようなことが現実になって、それが当たり前になって」

「その原動力が、きっとルティなんだよ」


 納得するような有楽の物言いにうなずきながら、改めてルティのことを見やる。


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