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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第95話 はじまりの日②

「入るぞー」


 そのまま階段を上がりきって足で引き戸を開けると、ダイニングのイスに座ったフィルミアさんとピピナに赤坂先輩、そしてルティとリリナさんがテーブル上の木の台や電子部品といった無電源ラジオのキットと静かに格闘していた。


「って、置く場所がないな……母さんがアイスミルクティーをいれてくれたから、リビングのテーブルに置いとくぞー」

「ああ、わかった。水濡れを考えるとそのほうがいいだろう」


 はんだゴテを握っていたルティが、一瞬顔を上げて返事してからまたはんだ付けに戻った。

 最初はそのミスマッチな姿に驚いたものだけど、日本でもヴィエルでも作業姿を見るようになってずいぶん慣れたもんだ。


「ふぅ……エルティシア様、少々休息をいただいてもよろしいでしょうか」

「もちろん。チホ嬢がいれてくれたお茶も飲んでくるといい」

「ありがとうございます」


 ルティへ小さく会釈したリリナさんが、はんだゴテをコテ台に置くと立ち上がって俺たちがいるリビングへとやってきた。


「お疲れ様です、リリナさん」

「いえ、それほどでも……ああ、ありがとうございます」


 向かいのソファに座ったリリナさんへアイスミルクティー入りのグラスを差し出すと、ちょっと微笑んでから受け取ってくれた。

 はんだゴテを扱っていることもあってか、今日のリリナさんは大きな三つ編みを前じゃなく後ろに垂らして、黒い長袖のシャツにジーンズっていう落ち着いた格好。いつものメガネ――『視石』も健在で、少し大人っぽい装いだ。


「リリナちゃん、『視石』の調子は大丈夫?」

「はい、順調です。前ならばこういった作業の際は目を凝らしていたのですが、今は少々顔を近づけるぐらいで済むようになりました」

「それはよかった。調整の必要があったらいつでも受けるからね」

「ありがとうございます。そういえば、近頃買い物へ出ていると視石のことをたずねられるようになったので、商業会館のことを紹介しておきました」

「お客さんから聞いたよ。宣伝ありがとうね、リリナちゃん」

「世話になったのですから、当然のことです」


 にかっと笑うアヴィエラさんへ、微笑んで応えるリリナさん。お互いすっかり信頼しあってるって感じで、こっちまで微笑ましくなってくる。


「……ああ、やはり美味しいです」

「りぃさんって、いつもかき混ぜないで飲みますよね」

「こう、牛乳の層とお茶の層が舌の上で混じり合うのが好きなもので」

「へえ、アタシも今度そうしてみようかなぁ」


 中瀬の問いに答えてから、ストローでアイスミルクティーを飲むリリナさん。グラスの中は茶色と白のマーブル模様がふわふわと漂っていて、口にするたびに表情をゆるめていた。


「無電源ラジオ作り、順調みたいですね」

「はい。フィルミア様とルイコ様がピピナとともに組み立てて下さるので、はんだゴテで結線するのが楽になりました」

「ひとりで全部の工程をやるより、そうやって分担したほうが効率がいいのかもしれませんね」

「これも、マモル殿の助言のおかげです」

「本当、馬場のじいさんには頭が上がりませんね」


 みんなはここ最近、時間があると松浜家でもヴィエルの時計塔でも無電源ラジオを作るようになった。……まあ、秋頃までに2000台作るとなれば当然そうなる。

 ドライバーとはんだゴテがあればできる作業だし、電気がないヴィエルでも先端を焼いた鉄の箸があればはんだを溶かせる。で、日本にいることが多い土曜日になると馬場のじいさんがウチへキットを納品しに来るから、そのたびにみんながアドバイスをもらってるわけだ。


「そうですね~。マモルさんは厳しいですけど、的確な助言をくださるので助かっていますよ~」

「安全と効率を考えてのことでしょうし、あのくらい厳しくて当然かと」

「優しさの裏返しといったところですか」

「ですです。まもるおじーさんはちっともこわくないです」


 作業の手を休めてやってきたフィルミアさんと赤坂先輩の言葉にうなずいてると、ピピナもうれしそうに言いながらはす向かいのソファにいるリリナさんの隣へと座った。


「ルティも、ひと段落ついたら休憩にしといたほうがいいぞ」

「ああ、もうちょっとだ。んしょ……っと」


 ダイニングではちょうどルティがチューニング用のダイヤル部分とメッキ線のはんだ付けをしていて、はんだの部分から白く細い煙が立ち上っていた。

 その煙を飛ばすように息を吹きかけてはんだゴテをコテ台に置くと、テーブルの真ん中に置いてあった簡易スピーカーのケーブルを無電源ラジオのイヤホンジャックに差し込んで、伸ばしたロッドアンテナを窓の方へぐいっと曲げた。


『――さあサイドバックの三島がオーバーラップ! オーバーラップした三島にセンタリングが来る! 頭を合わせ――あぁぁボールはバーの上! 惜しくも先制はなりませんでした!』


 慎重にダイヤルを回していくにつれて、メガホンとイヤホンで作られた簡易スピーカーから聴こえてきたのは勢いのある男性――山木さんの声。リベルテ若葉の実況中継が流れてるってことは、無事にわかばシティFMにチューニングできたみたいだ。


「よしっ、もう一台できたっ!」

「すっかり手慣れた感じだな」

「最初は『ハンダゴテ』の熱さに驚いたものだが、慣れれば頼もしいことこの上ない」


 誇らしそうに言って、はんだゴテの電源ケーブルとタップを結ぶスイッチを切ったルティがリビングへとやってくる。空いている俺の隣に座ると、手を伸ばしてアイスミルクティーのグラスを手にして、待ってましたとばかりにストローへ口をつけた。


「ふぅ。やはり、チホ嬢のいれてくれた『みるくてぃー』も実に美味い」

「そいつはよかった。さすがに、途中で止めるわけにはいかないもんな」

「うむ、あと少しというところであったからな。やはり、完成間際のものは早く仕上げておきたい」

「ルティさんもリリナさんも手際がいいから、フィルミアさんとピピナさんとでどんどん組み立てちゃった」

「最近は、向こうで1日30台作っても時間に余裕があるぐらいなんですよ~」

「そんなに多く作れるんですか」

「まもるおじーさんが、つくりやすくかこーしてくれるのもおっきいとおもうですよ。みぎもひだりもわからなかったピピナたちでも、とってもつくりやすいですっ」


 無電源ラジオ作りを手がけることが多いルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんに赤坂先輩が口々に言って、明るい表情を見せる。つい1ヶ月前はこの量をどうしようどうしようって右往左往していたのに、こう笑い合えるってことはそんなに心配しなくてもよさそうだ。


「そのペースなら、9月までに間に合うかな」

「うむ。こちらでもヴィエルでも時間をかけて作れるし、時折アヴィエラ嬢も遊びに来たと称して手伝いに来てくれるから間に合うだろう」

「ありゃ、手伝いってバレてた?」

「バレてたって、気付かないって思ってたんですか」

「だって、マモルさんに教えられて作ってみたら簡単で面白いんだもんさ。エルティシア様たちだけじゃ大変だろうし、知ってるアタシが手伝えば力になれるだろ」

「あー……すいません。日本の俺たちがあんまり力になれなくて」

「なに言ってるんだい。アンタたち学生組は勉強もあるし、〈らじお〉の〈ばんぐみ〉も作って大忙しじゃないか」

「全部が全部、サスケさんたちにおんぶにだっこというわけにはいきませんよ~」


 謝る俺に、アヴィエラさんが呆れながらたしなめてくる。続くフィルミアさんの声は優しかったけど、やっぱり心苦しいのは変わらないわけで。


「夏休みになったら、俺らも参加するんで。有楽は、仕事があるときは無理かもしれませんけど」

「カナ様はカナ様で、仕事を持っておられますからね。今日も、その仕事の顔合わせだそうで」

「きのーとまっていかなかったの、ちょっといがいでした」

「あいつはあいつなりに、プライベートと仕事をきっちり分けているんだよ」


 ルティが来てる日はいっしょに泊まることが多い有楽は、昨日先輩の生放送が終わってから家へと帰っていった。いつもだったら食べていく夕飯も食べないで、まっすぐに。


「でも、夜になったら来るそうですよ。お泊まりセットを持って」

「我もカナから聞いておる。やはり、いっしょに聴きたいのだとな」

「かな、すっごいたのしみにしてましたよねー」

「じゃあ、今日は全員泊まりってことか。中瀬も泊まっていくんだろ?」

「…………」


 確認しようとアヴィエラさんの隣にいる中瀬に話しかけたけど、中瀬はアイスミルクティーのグラスを持ったままぼーっとしていた。


「中瀬?」

「……はっ。な、何を言ったんですか。また松浜くんは私に突っかかってくるんですかっ」

(ちげ)えよ! 今日も泊まっていくのかって聞いただけだっ」

「当たり前に決まっています。でも勘違いしないでください。私はるぅさんたちの部屋に泊まるのであって、決して松浜くんの家に泊まるわけではありません」

「支離滅裂だぞ。いつもの中瀬らしくもない」


 いつもだったら理路整然としているはずの中瀬がわけのわからないことを言い出したことに、つい心配してしまった。


「なんというか、いまだに不思議で」

「何がだよ」

「私が編集したラジオ番組が、実際に電波に乗って放送されるということがです」

「そっか、いつも中瀬は演出担当だったもんな」

「はい。なぐさめているつもりで、いつもその役職を横取りしてる方がいらっしゃるもので」

「……俺のせいじゃないってことはわかっててくれよ」


 相変わらずそこは根に持っているらしい。


「まあ、本音はひとまず置いておいて――」

「冗談じゃないんかい」

「日本に住んでいる私たちはともかく、違う世界から来たるぅさんたちと作った番組が流れるというのが……なんといいましょうか」


 そこまで言ったところで、ストローをひとかきまぜした中瀬の視線が隣のルティへと向く。


「夢のように、思えてしまったんです」

「夢?」

「はい。るぅさんとぴぃちゃん、みぃさんやりぃさんといっしょにラジオ番組を作ったということが、まるで夢のようで。でも、確かにみんなはここにいるわけで」


 いつもと違って、少しふわふわとした中瀬の言葉には心当たりがある。

 いつかルティたちが俺たちの前に現れなくなって、二度と会えないんじゃないかっていう不安。俺と赤坂先輩の心を突き動かしたその不安に、よく似ていたから。

 でも、中瀬は普段めったに緩めることのないくちびるの端を緩めると、


「みんなといっしょにいたら、夢が現実になったみたいでとっても不思議なんです」


 今まで聞いたことがないくらい弾んだ声で、少し、本当に少し微笑んでみせた。


「夢が現実に、か。まさにその通りだ」

「そうですね~。ルティにとっての夢がみんなの夢になって、こうして形になったのですから~」

「アタシも、みんなとはちょっと違うかもしれないけど、夢を現実にしてるのかも。みんなとの出会いがきっかけで、新しい魔石の構想も思い浮かんできたしね」

「ピピナも、ねーさまといっしょにみんなのおてつだいをするってゆめがげんじつになっちゃいましたっ!」

「エルティシア様の夢を中心として、この〈らじお〉づくりから私たちの夢が様々な形で現実へと向かっているのかもしれません」

「はいっ、私もそう思います」


 中瀬の笑顔をきっかけに、異世界から来たみんなの間にも笑顔が広がっていく。それがうれしいのか、いつもは無表情な中瀬が目を細めて小さくうなずいてみせた。

 さすがの俺も、それを茶化す気にはなれない。俺にとっても中瀬が言っていたことは夢で、こうしてみんなで形にしていっているんだから。


「だが、これはまだ夢の半ばだ。〈ばんぐみ〉は今日から始まるのだし、ヴィエルでの開局もまだまだ先。これからもたくさん夢を見て、たくさん現実にしていこうではないか」

「もちろんです。どちらのラジオも、みんなで育てていきましょう」


 いつもの無表情に戻った中瀬が、ルティの呼びかけにぐっと拳を握ってみせる。中瀬は中瀬で、異世界のみんなとの関係を糧にしているらしい。

 ネガティブな感情に陥りそうだった自分とは違う向き合い方に、俺はらしくもなく中瀬のことを見直し――


「それと、仕方がないので松浜くんも私の野望に付き合っていただくことにしましょう」

「なんでお前の野望になってるんだよ! しかも仕方がないってなんだよ!」


 いやいや、前言撤回だ! 誰がコイツのことを見直してなんかやるもんか!

 無表情なドヤ顔での宣戦布告を目の前にして、俺はそう堅く誓った。


 それからはずっと、みんなで無電源ラジオづくり。はんだ付けは後回しにしてひたすらに組み立てることで、かなりの台数を稼ぐことができた。

 中瀬はアヴィエラさんとリリナさんから手取り足取り教えてもらったら驚異的なスピードで組み立てをマスターしていくし、赤坂先輩も慣れた手つきで木の台へ次々と部品を固定していって、まだ不慣れな俺にも時々アドバイスをくれたりした。

 その結果、夕飯前ではんだ付けをすればいい段階まで来たのが67台。先にルティとリリナさんが完成させたのも12台あったから、かなりはかどったと思う。

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