第92話 異世界少女とラジオ局と④
大門さんが開けて入っていったドアに、続いて俺たちも入っていく。すると、待ってましたとばかりに響子さんが機材席から立ち上がって俺たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃーい。久しぶり、佐助くん」
「お久しぶりです、響子さん」
去年の夏休み以来の再会に、おじぎをしてあいさつする。パーソナリティの先輩である響子さんの前に立つと、身が引き締まる思いだ。
「すいません、最近すっかりごぶさたで」
「いいのいいの。学生の本分は通学なんだし、高校生パーソナリティとして活躍してるみたいじゃない」
「そ、そんな。活躍だなんて」
「謙遜しなくてもいいの。それで、あなたたちが今度の新番組を担当する子たちですね」
「は、はいっ。初めまして、私はサスケの友人で、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」
「ピピナは、ピピナ・リーナですっ! ルティさまのおさななじみで、さすけのおともだちですっ!」
「あらあら、ごていねいにどうも。わたしがこの番組のパーソナリティをやってます、名取響子です」
ぺこりと揃っておじぎをするルティとピピナに、微笑ましそうに表情をゆるめた響子さんがていねいにおじぎをし返す。先の方を大きな青いリボンで結っていることもあってか、腰まである長い黒髪がばらけることはなかった。
「ふたりとも赤坂先輩の番組を聴いてからラジオが大好きになって、時々こっちに来てラジオのことを学んでいるんです」
「〈わかばしてぃえふえむ〉の〈ばんぐみ〉は時折聴いておりますが、キョウコ嬢の軽快なしゃべりは本日初めて耳にいたしました。話の切り返しや受け答えなど、とても勉強になります」
「ピピナは、はじめてこっちにきたときにきーてたですよ。〈めーる〉のめのまえにそのひとがいるみたいにしゃべってるの、ピピナはとってもだいすきですっ!」
「ありがとうございます。さっきからずっとじーっと見ていたと思ったら、聴いていただいていたんですか」
「はいっ。今は見て聴いてしゃべって、すべてが勉強の日々です」
「なるほど……じゃあ、いつもの口調のほうがいいのかな?」
「是非とも!」
ていねいに応対していた響子さんの口調がくだけたものになると、ルティも待ち望んでいたかのように反応した。俺も、どっちかというと耳なじみのあるこっちの口調のほうがいいな。
「じゃあ、打ち合わせもするから席についてもらいましょうか。パーソナリティのエルティシアさんとピピナさんが右側の2席で、佐助くんは左側の手前の席ね」
「わかりました」
「で、あたしが松浜くんの隣っと」
「あらあら、そんなにうずうずしちゃって。真知やんも、この子たちに興味あるんだね」
「そりゃあもう」
愛称で呼ばれた大門さんは、当然だとばかりに大きくうなずくと俺が座った隣の席へと座った。向かいにはルティが座って、左右のはす向かいにピピナと響子さん。いつもは俺が座ってる席にルティが座っているってのは、なんだか不思議な感じだ。
「改めて、呼び込みゲストに来てくれてありがとう。いつもだったら通りがかった人の近況とか宣伝を聞くんだけど、今回はみんなの新番組の宣伝タイムってことでいいかな?」
「いいかなって、むしろこっちがそう言わないといけないほうじゃないですか」
「ほら、急な新番組だったからCMも今日からでしょ。ちょっとでも宣伝が多いほうがいいかなーって思って」
「そこまで把握してたんですか……」
「とてもありがたいことです。私としても、聴いていただける方はひとりでも多いほうがいいので」
「ですですっ。どんなひとでも、ピピナたちのばんぐみにきょーみをもってくれたらうれしーですよっ」
「じゃあ、決まりだね。45分から番組再開だから、あとの15分はみんなへのインタビューみたいな感じで行くよ」
「わかりました。ルティ、この画面の数字をよく見ておけよ」
「わかっておる。この数字が〈ぜろ〉になる前に話を終わらせなければならないのだろう?」
道路側に面した机の端に置いてある液晶モニターを指さすと、ルティはわかっているとばかりにちょっぴりむくれてみせた。
モニターの右上にはデカデカと「00:10:14」と時間がカウントダウンされていて、その左側には少し小さなサイズの『わたしのサウンドトラック』っていうコーナー名と、下にはさらに小さいフォントでコーナー名と放送時間がずらずらと並べられていた。
「じどーほーそーしすてむって、こんなふうにうごくんですねー」
「数字がゼロになったら自動的に次へすすむから、気をつけて見ておくようにな」
「もちろんですよっ」
初めて自動放送システムを目にしたピピナも、両手をぐっとにぎって気合を込めてみせた。
わかばシティを始めとしたコミュニティFM局の多くは、自動放送システムで番組の進行を管理している。これは事前に流すCMや曲の順番を決めておいて放送時間が目に見えるようにする他に、人員が少なかったり当直だけになる時間帯でも、事前に番組をやりくりできるっていう利点を持っている。
番組やコーナーが始まるのと同時に残り時間のカウントが始まるから、生放送の場合はトークの時間配分がしやすいし、放送用の素材をこのシステムに登録しておけばその番組やコーナーがちゃんと放送されるかどうかが、
14:44:50 ステーションブレイク
14:45:00 フリートークC
14:59:00 CM-リネージュ若葉・タイプA
14:59:20 CM-マイルストーンレコード
14:59:40 時報CM-麦塚信用金庫
15:00:03 若葉市役所からのお知らせ
15:05:00 メールテーマトークB
15:15:00 M8「この空の下」♪MAICO
15:19:02 ジングル-スマラジ木曜
15:19:10 CM-リネージュ若葉・タイプD
こんな風に、わかりやすく視覚化されるってわけだ。
ヴィエルでやるラジオには必要のないシステムではあるけれども、こっちでパーソナリティをやる以上は必要だから、ふたりともしっかり覚えてくれていたんだろう。
それからしばらくは、響子さん主導でルティとピピナのプロフィールや新番組に関する取材タイム。これまで何度も練習した『外面としてはウソなんだけど中身はホント』的なプロフィールも板についたようで、ふたりともすらすら言えるようになっていた。
外国からやってきた古い家柄のお嬢様と、そのお付きとして小さな頃からいっしょに暮らしているメイドさん。ちょっとしたことで俺たちと出会ってラジオに興味を持ってから、週末になると遠くの街からそれぞれの姉や友人といっしょに来るようになった……という、ひとつつつかれてもなんとか言い訳ができそうな、ハリボテ的なプロフィール。
時々響子さんにつつかれることはあっても、俺がフォローしたりルティとピピナがうまくごまかしたりして、響子さんがなるほどなるほどとメモにとっていく。これをもとにトークが進んでいけば、あとは安心だろう。
半ば雑談混じりの取材が終わった頃にはコーナーのカウントダウンが残り2分を切って、流れていた最後のボーカル曲も大サビを越えて終わりを迎えようとしていた。
「じゃあ、そろそろコーナー明けだから。締めとステーションブレイクが終わったら、すぐにゲストの自己紹介に行くよ」
「わかりました」
「心得ました」
「わくわくですよー」
「がんばってね、3人とも」
「はいっ」
「がんばります」
「がんばるですよっ」
俺はつとめて冷静に。ルティはちょっと緊張の面持ちで。ピピナは言葉通り待ちきれないといった感じでその時を今か今かと待っている。響子さんからの手慣れた振りも、大門さんからの励ましもとてもありがたい。
「ただいまお聴き頂いた曲は、映画『星めぐりの子供たち』サウンドラックより、BGMの『煌めく星たち』『地上から見た銀河』『月光浴』『双星』、そして主題歌『星めぐりの先に』でした」
曲の余韻が終わって少しおいてから、響子さんがカフを上げて曲紹介を切り出した。カウントも、残り15秒を切って――
「いやー、すっかり書店員Xさんに染められちゃったね。こっちの映画は星が題材だっとた思うんですけど、『ボクらの夜空』も星がテーマなのかなぁ……気になる。って、いかんいかん! わたしまで染められてどーするんだ! えー、以上! 『わたしのサウンドトラック』のコーナーでしたっ!」
『Eighty-eight point eight mega hertz radio station. Here is Wakaba City FM♪』
カウントがゼロになる直前にコーナーを切り上げて、流れるようにステーションブレイクへと導いていった。それから一拍おいて、ドラムスととぼけた音色のトロンボーンがメインのBGMが流れ始める。さらに数秒の時間をおいてからボリュームが下げられて、改めて響子さんが口を開いた。
「さてさて、14時台後半のフリートークコーナーなわけですが、今日は久しぶりの『引っ張り込みゲスト』に来て頂きました! それでは3人とも、自己紹介をよろしくっ!」
「平日リスナーの皆さん初めまして。土曜の昼3時半から『若葉南高校プレゼンツ ボクらはラジオで好き放題!』を担当しています、若葉南高校2年の松浜佐助です」
「皆さん初めまして。私は日曜の24時から『異世界ラジオのつくりかた』を担当することになりました、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」
「はじめましてですっ! おなじく、にちよー24じから『いせかいらじおのつくりかた』をたんとーすることになった、ピピナ・リーナですっ!」
「というわけで、わかばシティFMで数少ない7月新番組を担当してくれるふたりが遊びに来てくれました! ……で、なんで佐助くんがいっしょに来てるのかな?」
「いや、俺もふたりのラジオでアシスタントをすることになったんですよ」
「あー、そういうことか。じゃあ、担当してくれる3人が来てくれたということにしておきましょう」
「ぜひぜひしてやってください」
早速、響子さんが事前の取材をもとにして俺のことをいじってきた。聞いているときは何気なく相づちを打っていただけなのに、のっけからこうしてぶっ込んでくるんだもんなぁ。
「今エルティシアさんから紹介があったとおり、今週日曜の24時から新番組『異世界ラジオのつくりかた』が始まります。まだわたしはどんな番組かをよくは知らないんで、よかったらエルティシアさんから紹介してもらえるかな?」
「は、はいっ」
響子さんからの振りに、ルティが声を上ずらせる。いくら事前打ち合わせをしているといっても、さすがに初めての生放送なら緊張して当然だ。
「んんっ……い、『異世界ラジオのつくりかた』は、私とピピナが〈ぱーそなりてぃ〉になって、〈らじおどらま〉と〈とーく〉を通じてばんぐみづくりのことを学んでいく〈ばんぐみ〉です。サスケとカナ……えっと、マツハマ・サスケさんとウラク・カナさんが〈あしすたんと〉で活躍しているので、ぜひとも私たちの〈ばんぐみ〉を聴いて下さい」
「声優の有楽さんも出演するんだ」
「はい。サスケと共に私の友人で、同じく友人のルイコ嬢……おほんっ、アカサカ・ルイコさんも〈らじおどらま〉に出演されています」
「ルイちゃんも出てるんだね。『ボクらはラジオで好き放題!』オールスターズって感じじゃないの」
「元々、私たちも『すきほーだい』のリスナーなもので。友人たちと〈らじお〉ができることに、喜びつつも安堵しております」
「お友達だったら確かに心強いですね。ピピナさんは、やっぱりエルティシアさんのお友達で?」
「はいですっ。いっしょににほんへきて、いっしょにらじおのおべんきょーをしてるですよ」
「ふたりとも、外国から来てるんでしたね。日本語がとても上手だけど、結構勉強してきたとか?」
「ええ、よき師にめぐり会えまして」
「ですですっ」
「なるほど。とてもいい先生と出会えたんですね」
隣り合って座っているピピナにルティが笑いかけて、それを受けたピピナが響子さんへと笑いかける。なるほど、初めてこっちに来た日にピピナが響子さんの番組を聴いてたってことは、響子さんがふたりにとっての日本語の先生になるってわけか。
そんなことをみじんも知らない響子さんがその先生をほめているのにちょっと笑いそうになったけど、いかんいかん、生放送中にそれは御法度だ。
「そんな気心の知れたみなさんがラジオドラマをやるっていうことですけど、このラジオドラマはどんな内容で?」
「私たちが外国出身という身を活かし、私が異世界に住まう王女を、そしてピピナがその側で仕える魔術師を演じて、とある理由で異世界からニホンに来て〈らじお〉のことを学ぶという内容です」
「あー、さっきのコーナーの書店員Xさんが時々メールでくれますね。最近は異世界へ行ったり活躍している物語が増えてるって」
「でも、ピピナたちはそのぎゃくでいせかいからこっちにきてるです。るいこおねーさんがきゃくほんをかんがえてくれて、らじおのことをなんにもしらないピピナとルティさまのことを、さすけとかなとるいこおねーさんがみちびいてくれるですよ」
「もしかして、その舞台がこのわかばシティFMになっているとか」
「その通りです。実際、ルイコさんの『わかばのまちであいましょう』など、いくつかの〈ばんぐみ〉が作中に出てきます」
「それはうらやましいですねー……わたしの番組も出してほしかったなー」
「そ、それについては、きっかけの番組が俺たちと赤坂先輩の番組だったってことで」
「あははっ、冗談よ。冗談」
軽快なトークで、響子さんが俺たちを自分のペースに巻き込んでいく。
さすがは、ベテランのラジオパーソナリティ。メールを送ってきたリスナーも、目の前に来た経験の浅いゲストも勢いにのせてくれる。こうして間近で学べることはとても貴重だし、どんどん学んでいかないと。




