【1年目の春】
「炊飯器だけはちゃんとしたものを買えればあとはなんでもいいよ。ご飯が美味しく炊けているかって食事で結構重要だから。インテリアとかは蒼空君の方がセンスありそうだから任せるね」
「そもそも花って料理できるの? 」
「失礼だな。今絶賛修行中だよ。というか一口食べてみてよこのパンケーキ、凄く美味しいから! 」
凄まじい私の熱量に押された蒼空君はしぶしぶといった風に私が差し出したパンケーキが乗ったお皿とフォークを受け取る。
「というか花、気付いてないの? 」
ふわふわでとろとろ過ぎて最初に食べた時は掬うことに苦戦した私と違って蒼空君はすんなりと器用に掬ってみせる。
「この店のケーキだよ、誕生日に一緒に食べたやつ」
一昨年は蒼空君の部屋で、去年は病室内で。
二人だけで食べた私のバースデーケーキ。
思えばこの生クリームは特徴的だった。甘さが控えられている上に特有の脂っぽさも強くないこの感じ。本当だ、なんで気付かなかったんだろうとあからさまに気落ちした様子の私を見て蒼空君は微笑んでフォークを口へ運んだ。
「花が惹かれるものはわかりやすいから」
「蒼空君はわかりにくいよね、言ってくれなきゃわからない」
「言うよ、これからは」
「じゃあ私はさらに踏み込んで、蒼空君には私の好きなものにも触れてもらう。東京に行ったら今よりライブに行ける機会ありそうだし楽しみ~」
わかったわかったと言いながら湯気の立つコーヒーを口元に持って行った蒼空君の表情があまりに自然で私はやっと求めていたものが手に入ったのだと実感する。
離れていた数ヶ月だけじゃない。前回の共存からずっと欲しかったもの。錯覚も共存も依存も全部含めた結果、私たちはお互いがお互いを必要としていた。きっと間怠い私たちを見兼ねて指輪がまた巡ってきてくれたんだ。
食事を終えてカフェを出ると満開の桜の木々が風に揺れていた。
淡い色をした花びらたちは振り落とされないように必死にしがみ付き、まだ散らないのだという強い意志が見えた気がする。
どちらからともなく繋がれた手。
絡んだ小指の付け根で二つの赤い糸が重なり、カチリと小さな音を立てた。
(完)
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
これから続く二人の未来が幸せなものでありますように。