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【1年目の秋】

あれから私たちはすれ違い続けたまま、まともに会話を交わすこともないまま季節に置き去りにされながら夏を終えてしまった。


窓の外の景色はまた色を変えて桜の葉は赤く、光合成が困難な姿に変わっている。今年からの私は君と違ってもうこの季節を迎えても一人でも生きていけるようになったんだよ。


窓の外を眺めながらボーっと桜の木と対話を試みていると私の右隣、そして前後も斜めも皆が立ち上がったことで帰りのホームルームが終わろうとしていることに気付き、遅れを取らないように急いで立ち上がり何事もなかったように礼をした。


一気に騒がしさが戻る教室内。私の横で突風が窓にぶつかって軋んだ音を立てる。外では赤い葉が何枚も宙を舞った。


「外寒そう~。やっと秋感出てきたな」


突っ立ったまま窓の外を眺める私の横に立った陽君が同じく外に目を向けながら言う。既に校外へ出ていた生徒たちが肩をすぼめながら歩き、女の子の3人グループが膨らむスカートを押さえて笑っていた。


「陽君、秋好きなの? 」


「秋というか秋の味覚が好きかな。サンマとか。いもくりかぼちゃって最強だよね」


確かにコンビニでスイーツとか見つけたら無意識にテンション上がって気付いたら買ってるよね、なんて返答をしながら鞄に教科書類を詰める。そしてそのまま秋の味覚について話を広げながら教室を出た。


教室から廊下、玄関、そして帰路。陽君が部活を引退してから私たちはすべてを隣り合って歩く。会話もそうそう途切れない。


学校を出て数分歩いたところにあるバス停でバス通学の陽君とは別れる。これまで何度かは学校近くのカフェやファミレスに行ったり電車に乗って2駅先のショッピングモールへ買い物に行ったこともあった。


蒼空君の話は風が運んでくる。


私が直接知れていたものを間接的に聞く度に心が渇いてひび割れていくけれど、蒼空君が私と約束した、これから先はお互いこの10年間より幸せだと思えるように一生懸命生きようという言葉の通り未来に向けてがむしゃらなのであればその約束という繋がりを糧に私も生きていくしかないのだと思う。






珍しく没頭して机に向かっていて、気が付いた頃にはすっかり日が暮れていた。


もうそろそろ夕飯ができたと声が掛けられるだろうか、そう思いながらカーテンを閉めるべく椅子から立ち窓に向かうと、


満月が、すごく近かった。


大きく見えるから近いと感じるだけだしなんならその大きく見えることさえ錯覚だというのは以前習ったことがある。それでもこの神々しさは普段感じ得ないものでいつもと同じなんかではない。


紛れもなく、今夜の月は綺麗なのだ。


こちらに届こうとする月明りを遮断するのは失礼な気がして、カーテンを閉めずに再び椅子に腰掛け机に向かう。勉強を再開しようと参考書に目を落としたと当時に部屋のドアがノックもされずにバタンと開けられ、夕飯ができたことを察してドアに目線を向けると、少し強張った表情のお母さんがそこにはいた。


「花、急いで外に出られる支度をして」


夕飯は外食、などというライトなものではないその表情に足の先から頭まで抜けるように悪寒が走った。









車で状況を話され、ここに辿りつくまでに私の中で答えは出ていた。


そんなつもりで連絡したわけじゃなかったと涙ながらに散々言われたけれどこの結論を全く苦だとは思っていないので気に病んだりだけは絶対にしないで欲しいと丁寧に何度も伝える。


そして振り返ってお母さんに謝罪すると「あんたが決めたことなら、それでいいよ」と笑顔で、それでいてこちらも涙を流しながら受け入れられた。


私の涙腺に響くものは何もない。何一つ悲しい要素がないのだから。


「……私、夏まで提供されていた側だったのですが、今度はこちらが提供することってできますか? 」


私の質問を受けたお医者さんがこれでもかというほど目を見開く。


マスクで顔のほとんどが覆われているはずなのに心情が分かりやす過ぎて、シリアスな空気の待合所で私だけ声が漏れるくらい笑ってしまった。









私とお母さんが同意書に記名をしてからは展開が早かった。


もしかしたらとんでもない痛みを伴う処置を行うのではと手術室に入ってから不安に駆られたりもしたが身体を切ったりすることはないのでこちら側は受ける苦しさは一切ないと教えられ、酸素マスクのようなものを着けた状態で入れられたMRIのような機械の中でこれから何をさせられるのだろうと考えている内にもうすべてが終わっていた。


私は何も変わりない。


強いて言うなら今度は右手の小指に赤い指輪をしていることくらい。


蒼空君の手は、温かい。


まだ目が覚めていないし酸素マスクも外せないけれど、その温かさに安心する。


容態は安定していてあとは目覚めるのを待つだけだと聞いた。


「花ちゃん、本当にごめんね。急なことで気が動転してしまって一人が心細くて花ちゃんのお母さんに連絡しただけだったのに……」


翌日の朝とお昼の間。蒼空君のお母さんと院内から出ることができなくなってしまった私が蒼空君と挟むように会話をする。


「もう謝らないでください。私が決めたことだし、誰も強制してなかったじゃないですか」


「でも小学生から高校生までの10年とこれからの10年は訳が違うでしょう? 」


「蒼空君のこれからの10年を、私が支えたいと思ったんです」


目が伏せられた蒼空君の顔を見ながらそう答えるとやっと共存の実感が沸いてきた。


これから10年は、蒼空君と話はおろか顔さえ合わせることがないあの絶望的で落ち着かない期間を再び体感することはないんだ。


周囲が同情の表情を見せるけれど当事者である私だけは愛おしさで満たされていて、上がる口角を抑えられないまま蒼空君の血の通った手を握る。


……それに蒼空君の指が、反応した気がした。


「蒼空君? 」


いきなり目の覚めない蒼空君に話し掛け始めた私に蒼空君のお母さんが驚いた顔をして椅子から立ち上がる。


もう一度手を握ると再び自発的に動く指先。今度は何度も。


次いで眉が動いた気がした。気のせいかと思ったけれど蒼空君のお母さんが「蒼空! 」と声を掛けだしたのできっと気のせいではない。


二人で蒼空君の名前を呼び続けると、ゆっくりと開かれ露わになる潤んだ瞳。私は急いでコールのボタンを押して看護師さんを呼んだ。


駆けつけたお医者さんと看護師さんが目の覚めた蒼空君の対応をしている間、蒼空君のお母さんは涙を存分に溢れさせながらその傍に立ち、私はこの場にいる私以外の全員が視界に収まるくらい後ろに下がって状況を見ていた。


手術の影響か酸素マスクのせいかは不明だけれどまだ声を発することができない蒼空君はお医者さんの問いかけに顔を動かすことで反応していたけれど、その間に何度も私の方に視線を向けていた。






軽い検査も行われて今のところ大きな異常は見られないと判断された後、病室内には意識はあるけれどまだ言葉を発することのできない蒼空君とそのお母さん、そして私だけの空間になった。


蒼空君のお母さんは普段以上の口数で蒼空君に話し掛けるけれど、蒼空君がどうして今生きていられるのかという核心に迫った話は避けている。


私はひたすらに話し掛け続ける蒼空君のお母さんに相槌程度しか返していないものの、蒼空君の意識は私に向いているようで、私が蒼空君の顔を見れば確実に目が合うという状態が続いた。


夕方には私のお母さんが必要なものとお見舞いのお花を持ってやってきて、一気に病室が明るくなる。


長年の友達の顔を再び見られたことでまた涙を溢れさせた蒼空君のお母さんを笑い飛ばしながら「少し息抜きさせてくるわ」と外に連れ出した。助かった。この空気を和ますことがきる器量なんて私にはまだない。


二人が病室を出て引き戸が閉まると私たちは蒼空君が目覚めてから初めて二人きりになった。


きっと言いたいことは沢山あるのだろうけれど酸素マスクが外れるまでは言葉を発することができず私に目で訴えることしかできない。そんな蒼空君の左手を両手で握り、手を繋いでいる様子が見える位置まで上げる。


頭の良い蒼空君は、すぐに気付いた。

私の右手と蒼空君の左手、小指に存在する真っ赤な指輪に。


困惑したような特に罪悪感の色が強く出た表情の蒼空君ですら愛おしくて、そんな彼を生かしているのが私だという事実に胸がいっぱいになる。


「私、この先10年は好きな人と一緒に居られるって思うと幸せでしかないの。だからそんな顔しないでよ」


持ち上げた蒼空君の手の平を私の頬に持っていくと、彼の指が自発的に動き出し私の目尻を拭った。


知らない内にゆっくりと溢れていた涙。

多幸感の象徴は温かった。




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