まあだだよは、永遠不滅の誓いの言葉
かくれんぼが大嫌いになったのは夏休み、私が小学生の時。
ひんやりとした奥の部屋に向かった。ペタペタと裸足で歩き、ミシリ。時折、軋む廊下を急いで進んだ。
「……つぅ、ここのぉつ、とお。もういいかい?」
「まあ、だだよ」
カランと広い家の中で、かくれんぼ。母親の明るい鬼の声。繰り返すやり取り。場所を探し回った。
「もういいかい?」
「もういいよ」
ドキドキとしながら、そこで待っていた。どこかな?ここかな?遠く、近く離れて。寄って。襖を開ける音、閉める音、キシキシ、ミシミシ、廊下を歩く音、トントン、トントン、階段を上る音。
「ここかな?アレ?いないなぁ、どこかな?」
直ぐ側を通る音、いないぁ、どこに行ったの?過ぎてく声、気配。聴こえた声に、クスクス笑いながら待ってたのに。くん。と臭う、締め切った奥座敷の時が止まった様な匂い。
焼け付く様な壁と天井のアパートとは違い、土壁に守られた室内は、暑さが緩和されている。奥の部屋なら尚更、夏でも涼しい。だから選んだ。そこの押し入れの中で座り待っていたのに。
ほそうく開けてた襖。縦に入る明かるさ、街中と比べて涼しいけれど、じっとり熱い押し入れの中。
ふうふうと気が遠くなり。そして。
カナカナ、カナカナ、チキチキチキ。
「ほれ、起きないな。こんな所に隠れるから、汗びっしょりになって、リノ、ノカのお母さんも良くモグっていたけどな、先にじいちゃんと一緒に、お風呂に入るか?直に田んぼから帰ってくっから」
カラリ。襖が開いた。目を覚ました私に、現実が迎えに来た。ぺっとり濡れた髪に祖母が手を触れる。
「おかあ、さんは?」
「お仏壇にお参りしてから帰った」
カナカナ、カナカナ、カナカナ、チキチキチキ、
夏の虫が私の代わりに泣いている。への字になり、ボトボト涙が落ちた。ベチョベチョになる、どこもかしこも。
薄々、分かっていた。今日、ここに置いていかれる事を、だから着いてからずっと、母のスカートを握りしめ、引っ付いていたのに。
私を離そうと母と祖母が策を練っていた。先ずは外でおままごとをして、祖父が戻ると、一緒に畑にトマトやきゅうりをもぎに行って、お昼ごはんを食べた。
のんびり楽しく過ごして、麦わら帽子を被り、アイスクリームを買いに農協さんまで歩いて行った、アスファルトが焼けてトロリとするよな熱い昼下り。
道端の家の庭、ピンクの百日紅が、カサリとまとめて咲いて、気だるげなミンミンゼミの声が眠たく聴こえた、その帰り道。
「そうだ!かくれんぼしようよ」
忙しい毎日を過ごしていた母がそう言った。
一人で毎日を過ごしていた私は喜んて頷く。
「お母さんが鬼」
縁側で並んでアイスクリームを食べた後、始まったかくれんぼ。
クタクタに疲れていた私は、座って待つ薄暗い押し入れの中で、ウトウトとしてしまった、かくれんぼ。
置いてけぼりになった、かくれんぼ。大人の狡い策略にまんまとかかった私。
カナカナ、カナカナ……。嘲笑う様に聴こえた、夕方の蜩の声。
可哀想に、実の親から捨てられたとさ、きっと……、あん家のあのコもそうじゃッタだろ、だから婿を取らずに出ていきんしゃったんよ。因習深い集落。周りの口が幼い私をグサグサと刺す。
学校に行ってもどこに行っても、私は、ぽつねんと一人ぼっち、このまま喋らず生きていくのかなと思っていた頃、隣の席の男の子に、宿題のプリントを見せたやり取りで、たまたま親しくなる事が出来た。
ここに来て初めての友達。嬉しかった。そして気がつくと、それ程多くない、クラスメートの輪の中に、私はすっかり溶け込むことが出来ていた。
その頃になると、勉強もそこそに得意、家の手伝いも進んでこなす私は、良い孫さんだねぇ、戻ってきて良かったねぇと、手のひら返した様に、周りの口が動きはじめる。
母親が慌ただしかった暮らしが、少しばかり落ち着いたのか、月に何度か会いに来るようになったのも、その頃から。
やっぱり好きだから、最初は、置いてかれてむくれていたけど、思い切った私。
これで良かったんだなって、思えた。痩せてギスギスしていた母が、父が生きていた頃の様な、柔らかい姿に戻ったから。
――、これ、無駄遣いしないでね。そう言われて、携帯電話を手渡された頃、新しい父親が私にできた。優しそうなお父さんが、此処まで車を飛ばして、何回も足繁く通ってくれた。母の幸せの為だと頑張った私、そしてなんとか打ち解けられた頃。
妹が出来た。可愛いかった、赤ちゃんがハイハイして、歩ける様になって。来るたび、一緒に遊ぶようになった私達。広い家の中で、彼女に言われるままに、かくれんぼをした。
勿論、鬼は私。あの日以来、こういった遊びには、必ず私は『鬼』に立候補をしていた。鬼なら置いてけぼりはないから。
中学生になるのを境に、どうだ?、一緒に来ないか?ミクも来てほしいと毎日言ってるんだよ、と声を掛けてくれたお父さんとお母さんと、かわいい妹のミク。
「もう少し、ここにいたい」
その頃、何もない日々が楽しかった私はそう答えた。好きな男の子がいたから。ずっと彼といたいなと漠然と思っていたから。
居なくなったら他の子に取られるのが、イヤだったから、ただそれだけだったけど。
時々街に行ったり、向こうから来たりで時が過ぎ、バレンタインデーにチョコを最初に仲良くなった彼に渡して。なんとなく付き合う様になって、そんなとき、意地悪な神様から、殊更意地悪なコトをされた。
祖父が亡くなり祖母が体調を崩し入院を余儀なくされたのだ、私は否応なしに引っ越す事になったのだ。
私は彼と離れるのが嫌で、ここで一人でやってく!と、喚いた中学三年生、長梅雨で庭にドロドロな深緑のスライムみたいなのが、デロデロ膨らみ出てきた頃。
乾いている時は、パリパリとした、キクラゲみたいな、イシクラゲ。食べられると知った時の衝撃は、ハンパなかった。
涙に明け暮れた私の心もすっかりドロドロ。それに、グズグズに侵略された様に、頭の中もどこもかしこも、デロデロが膨らみ、いっぱいいっぱい。
一人暮らし、それはどうにもならない。未成年なのだから。妹が嬉しい!と喜び、引っ越しの日に暑い中、わざわざ迎えについて来た。良かったねぇと周りは勝手なことを言う。
家族で便利な街で住む、ちょっとだけ、心が弾むけれど、どうしてもポロポロと溢れる涙が止まらなかった、一学期の終わり。
梅雨が明けてバカみたいに晴れ渡った日、クラスでお別れの会をしてもらって、街に住むんだ、いいなぁとみんなに言われて、
最後に何かしようという話になり、彼の提案で『かくれんぼ』をした。
すると私より先に、シュッと!手を上がった。
「今日は僕が鬼!」
なんとなく裏切られた気がした。校庭でわっと隠れる為に散る、クラスメート達。
鬼が数を数えて、もういいかい。と聞いた。
まあだだよ、まあだだよ、まあだだよ、まあだだよ!
私は隠れなかった、彼の後ろに立って、まあだだよ、だけを言い続けた。隠れたくなかった、もしも、誰も探しに来なかったら。
思い出してしまう、隠れて待つのは、今でもちょっと怖い。ヒヤリとしたカビ臭い匂いが鼻に来る、ああ、でもそのまま見つからなかったら、ここにいれるんじゃないか、と気がついて。でも足は動かない。
ごちゃまぜな気持ちが高まって、半べそになって立っていた。足元を白い粉を吹いた様な大きなアリが、羽虫を咥えて引こずっていた。
焦れたのか立ち上がり振り返る、俯く私に話す。
「隠れろよ、せっかく鬼になってるのに。大丈夫、街に行っても、どこに行っても、鬼の僕がきっと、見つけてやっからさ、高校出て、大人になったら迎えに行くからさ、な」
その時のかくれんぼは、そのまま終了。後で聞いた話だけど、クラスメート達は隠れた場所で、私達の事を覗き見て、ヒュウヒュウ♡やっていたらしい。恥ずかしくて死にそうになった。
結局、彼は誰一人、見つけることなく『鬼』のまま終わった、あの日のかくれんぼ。
そしてちょこちょこ、家族で祖母の見舞いがてら、墓と家の手入れをしに戻る私と出会って、携帯で話して、高校を卒業したら、地元で就職するんだ、兄貴がそうしろってさ。早く家出てさぁ、って!何話してんだ!
一人暮らしするんだ。ふーん。こっちは専門学校に行くんだ、なんて連絡をしあって、フラフラ、ふらふら、シャボン玉みたいにキラキラ。楽しく行ったり来たりをして過ごした年月。
遠距離恋愛なんて破綻するかな。とその頃になると、世知辛い事を考えていたのだけど、不思議とガッチリ繋がっていた私達。
シュルシュルと大人になった。
そろそろ、ね。腐れ縁回収にさ、今度さ、挨拶っての、行くし!と、夏祭りの夜、花火大会の日、街から持ってきた浴衣を着込んだ私の肩を抱きながら囁いて、銀のリングを差し出してきた、胸がいっぱいになり頷いた。
夜空で祝砲の様な音と、開いた大輪の花火。
大人の階段をトントントーン、と!その夜、一気に進んだ私達。
なのに、不慮の事故とやらに巻き込まれ、さっさとあの世に逝った、バカ野郎。
――、はっ?見つけに来るってのは、嘘かよ!大バカ野郎!化けて出てこい!かくれんぼ、そのままじゃねえか!鬼のまま死んだのかよ!迎えに来やがれこの野郎!
連絡を貰い、血相変えて葬儀に駆けつけた私が、挨拶もそこそこに、のほほんとした笑顔の遺影に向かって喚いてしまったのは、それ程愛していたのか。と思って欲しかったのだけど。
少しばかり落ち着いた頃、見舞いに行った私は、その話を聞いていた祖母に、
「嫁入り前の娘が!バカか?!生きてる人間の口程、恐ろしいモノはないんだ!娘に続いて、とんだ孫を持っちまったよ!」
ガツンと、こっぴどく叱られた。この元気だったら、まだまだ大丈夫そう。そろそろホームを探してほしいと、病院から言われていると、母がボヤイていた事を思い出した。
どんな話が広がってるのかな。聞きたいところだったけど、かつて住んでいた集落の噂話は、とんでも話が多い事を思い出す。捨て子だよと後ろ指をさされた小さな頃。悪い事をしていないのに、罪を背負った様な気がした昔。
一番怖いのは、生きてる人間なのかな。死人に口なしって言うし。なんて薄らと思いながら、持ってきた真っ赤な林檎の皮を、シュルリシュルリと剥いていった。
○〜 ○〜 ○〜
ちょっと、あの!貴方、いけません!街を歩いていると、ひとり遺された私に時折、不意に声がかかる。
「ちょっと店まで来ませんか!そのままじゃ、祟られ死んでしまいますよ」
インチキ臭い人もいるけれど、ホントっぽい人もいる。
「呪いとか興味ありませんので」
その場で断る。でも!何かあったら此処までと、名刺を渡される事もあるし、頭を振って、哀れみの視線を投げつけられる事もある。
そんなに怪しいのかしら。ウキウキルンルンで毎日を過ごしているというのに。もう少し、きっと、もう少し。
計画は完璧。その為にむくれる父親と妹を説き伏せて、街を出てひとつふたつ先の駅にあるここに、引っ越したのだから。
ピキキ、パリパリ。キキキ。部屋に響くオト。
深夜2時、草木も眠る丑三つ時。私の活動時間。
空気を軋ませる霊障らしき音。夏真っ盛りなのに、エアコンを付けずともひんやり冷たい空気に満ちた、都内某所、それなりに広いけれど激安な家賃である、マンションの一室。
大家からは家賃をローンに回し買い取ってほしいと言われている。現在、総額について交渉の真っ最中。
頑張ってネットで探したかいがあり、なかなかに良い部屋に出会えた。事故物件をわざわざ探した私。部屋は黒一色のコーデ。寝るときは北枕、13日の金曜日には、赤い蝋燭に火を灯し女独り、ジャパンホラー映画の鑑賞会を行う。
合わせ鏡は必須アイテム、独り暮らしだというのに、グラスや皿は全て百均で、わざわざ9コずつ揃えた。
彼が住みやすいであろう空間を、頑張り創り出す事に、情熱をメラメラ燃やし、心血をドクドク注いだ四十九日の時間。
これで悪霊やら怨霊に取り憑かれて、非業の死を迎えても本望。そうなれば、あの世で好きな男に出逢えるのだから。
どうしても逢いたくて逢いたくて。ありったけのオカルト知識と、ウェブの検索でどうにかして、亡き婚約者を呼び出す事にした私。素人の、怪しいなんちゃって呪術だけど。
きっと彼はここに来てくれる。予感があった!祖母が言っていた。こん家は視えるもんが時々産まれるって。私には『力』があるはず。
「奇妙トンチキな事はしてはだめ、お狐様が憑いたと言われる、ただでさえお前は、リノに置いてかれた今、狐が取り憑いた母親から生まれたから、棄てられたって、言われているんだよ、面倒くさいったらありゃしない、ノカも大きくなったら、ここから出なんさい、街で暮らせばええ」
私が誰とも遊ばず、籠もっていた頃、祖母はそう話してくれた。祖父母を大事に思う母親が何故に出ていたのか、詳しくは教えてくれなかったけれど、その時はこのままずっと、私を敵だと見なすようなここにいなくても良いと言われてホッとした。なので大人しく、誰から見ても良い娘さんと言われるように、頑張った子どもの頃。
大丈夫。私は打たれ強いんだから。妖怪でもお狐でもなんでも来やがれ!変なモノが来ても根性で追い払ってやる!気合でなんとかしてみせる、私が望む存在は、のほほん顔の彼だけ!
何も望まない、欲しいものは彼と共に過ごす時間。霊魂になれと言われたら、なる!
血糊べッタリで張り替えたとか聞いたフローリングの上に、大体こんな感じかな?で、塩で円陣を描いた。中央に赤い蝋燭の火、その中に取っておいた彼の髪の毛と、貰った銀のリング、形身分けで頂いたジャケット、豚の生肉と青い矢車菊、薔薇の水、シナモンに、術者である私の血に手鏡、その他諸々。
「こんなものかな。え、と。いでよ!我が夫となるべきだった、亡者よ!愛しい人よ!来て!私のところに」
ダメ元でやってみた、気合一発で叫んでみた。もう、涅槃を渡り終え此岸に辿り着いてるであろう頃、十三日の金曜日と重なる満月の夜。変なのが来たら、ソレに喰われてもいい。覚悟はあった。
シン。とした部屋。何も変化しない部屋、駄目だったか。諦めが肝心と蛍光灯をつけ、片付けようとした時。
パキン!何か割れて弾けた音。続いてグラグラと部屋が揺れた。来たー!ポルターガイスト!
キキキ、ボン!ど!ドドン、キィィィィ、耳障りなイヤな音、生臭く黴びた臭い、ヒュルルと輪から立ち上る冷気が部屋を襲う、私を襲う、ゾクゾクとしたモノが、冥府の口がぽっかり開き、陰気な風が吹き荒れた!
そして。
――、青白く熱をポウポウ身体から放つ、エーテルの塊の様な、のほほん顔の鬼が円陣に出た時、ガッツポーズをした私。それを見、ドン引きをした異形となった私の婚約者。
私は嬉々として聞いた。どうして鬼なのかって。
「うーん。よく分からないんだけど、冥府の鬼がね、かくれんぼ、そのままだろ、遊びにしろちゃんと、誰か見つけて、きちんと終わらせるか、線香上げて縁切りしとくかしないと、時々にしてそうなるとか言われた……、で、お互い未練があり過ぎだから、整理してこいってさ」
「ふーん未練タラタラ!あの時の尻切れトンボのかくれんぼが、功をそうしたのね!中3から数えて10年!だらだら続いた遠距離恋愛!晴れて社会人となり、あの日。無事に婚前交渉も終えた。なのに!これから、あんな事やこんな事満載の、甘々結婚生活を前に迎えた非業な運命!しかし永遠不滅の愛は、その運命にも打ち勝った!なんちゃってで、降霊術が出来た私って、何気に凄いわ」
「あんな事やこんな事って。妄想と執念深さが、ハンパないからだよ、できたのは。冥府の鬼もスゲーのが、円の向こうに居るって言ってたし。そりゃぁ、君をおいてけぼりにしたのは、悪いとは思ってる、だけど寿命ってのがあるんだ、僕も、もう一度、逢いたいって思ってたから。進んでここに来たけどさ」
ふふふ。鬼だけど言われなければわからない、生きてた時と同じ顔形、少しばかり透き通る姿をした、最愛の男。
逃さないわよ。絶対に!私は頼り無げな彼を眺めながら、まるで女郎蜘蛛に変化したような感覚にハマった。
○〜 ○〜 ○〜
「おかえり、うう、ノカちゃん。ちゃんと来たでしょう?僕に会って、それで終わりじゃないの?」
ヒュゥゥゥ、冥府の吐息をメロメロと吐き出しながら、情けない声を出している、私の『鬼』。彼と暮らし始めて、結構な時間を過ごしている。仕事を終え、ただいまとドアを開けると、フアフア浮かんで出迎えてくれる日常が訪れている私。
帰る帰るとうるさいけれど、計画は大成功。
「あー、暑かったぁ、部屋は極楽極楽。あ?終わりじゃないわよ!十年よ!十年、遠距離恋愛、してたんだからね!朝起きて一緒、昼は仕事だけど、夜はぴったり一緒の生活を、楽しみにしてたんだから!」
エアコンを起動しなくても、高原地帯の様な涼しさに満ちた部屋。いいわねー。電気代節約になるわね、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、青白い彼に言う。
「それは僕もだけどさ、なんかおかしい、君は生者で僕は亡者でしかも『鬼』だよ、弱っちいけど」
「種族が違うだけじゃん、何か問題ある?ラノベの主人公だと、異種族恋愛は必須パターンよ」
仕事から帰ってきたら、彼が待ってる部屋に私は大満足。
「あるよ!最近さぁ、物騒になってる、セカイに色濃い負が満ちている気がするんだ。コレって絶対、僕がここに居るせいだよ」
「へえ?凶悪事件やら、禍とか、なんかおかしな事多いけど、そんなもんなの」
「うん。だからね、世界平和の為にも、さっさとあの世に帰らないといけない」
亡者の彼が真面目に憂いて、ボヤイている。
生者の私はそんな事など全然、気にしない。
プシュ!缶ビールを開け、ごくごくと飲む私。飲む?どう?と私。
ふう。と、気を込めて吐息を吐き出す。シャボン玉みたいにふわふわ漂う♡の形の麦酒色した気体。
ヒュッ!シュルン!それを吸い込み飲んだ彼。
「ふふふ、美味しい?『気』がご飯だなんて、経済的だわ、別に良くない?その『負の気』とやらは、ご飯になってるんだし、それなりに片してるし。ねね、私のと、どっちが美味しい?」
「う。そりゃ君さ!ものすごく!旨い、美味しいよ、この部屋に集まるクソ不味い負の気より、ずっとずっと!うー!だからね、さっさと、生きてる男を捕まえろ、僕は君の幸せを見届けたら、あの世に帰るから、ああ。このままじゃいけない、誘惑に負けたら……、うん。世の中の理に反してる」
「いいのよ。私の生気を喰らっても、そうすりゃ、手っ取り早く、一緒にあの世へ逝けるんだしさ」
「だめだめ!そんな事出来ない。君は生きなきゃ。だからね、かくれんぼ、しようよ、隠れてさ、もういいよって言ってくれないかな、鬼から開放されれば、ただの幽霊になり、それ程、僕は霊力が高くないから、この世に留まれない。大満足で成仏するから」
「お線香自分で上げたらいいじゃん、かくれんぼ嫌いだからしない」
「わがまま言わないの!この部屋にそんなの無いでしょ!」
私の鬼が私に、泣きついてくる。
私の鬼がメロロと口から炎を出して。
私は鬼とこのまま暮らしたいから。
世界がどうなるかって、そんな事は知らない。だから、隠れずそのままで、あの日の様にそれしか言わない。
「まあだだよ」
がっかりとする顔を見ながら、この先もずっとね。ずっとずっと。隠れて、もういいよって言ったら、あの日の様に、一人遺されるもの。
「僕を成仏させない気?世界を平和にする気はないの?」
「うん、今際の際に言ってやる。一緒に成仏したらいいじゃん、私が死んだら、世界に平和が訪れるってのもいいしね、クスス」
そう、死んでからでいい。あの術を使うと、対価として私の命ある限り、禍々しいモノが、術者が育った土地に宿る生気を喰うって、ガセかもしれないけれど、アレコレ調べていた時、あるホームページで知った。
幸いにして祖母は病院から母親が達が住む街にある、ホームへと移っている。お墓と空き家があるだけの因習にガチガチに囚われた集落には、未練などこれっぽっちも持ち合わせてない私。
出来ればあそこになったらいいなぁと、土地の名前を心のなかで呼び出しの術の行使の時、しっかり念じるのを忘れてはいない。
かつてのクラスメート達とは、葬儀の日以来疎遠になっている。噂を調べるのは簡単、仲良しだった彼女のアカウントを覗いてみれば充分だった。
……、< 頭がおかしくなったんだよ。元々変な子だし。
……、< 狐が憑いたんだって、うちのばあちゃんが言ってたし
……、< もしかして。ノカに取り憑いたモンが、アイツを呪い殺したんじゃない?カワイソー。
……、< あるある!ありそうだよね。あの子オカシカッタヨネ
……、< 良い子ぶってサア、何時も鬼ごっこやかくれんぼの時、鬼やってたよね、
……、< お母さんから棄てられてたじゃん、知ってる?彼女のお母さんもさ……、
……、< キャー!怖いねぇ。
ちょっと調べたら、とんでもない噂が広がっていた。
好き勝手に書き込んでいた。読めば心に突き刺さる様な悪と好奇心に満ちた文字の羅列。一緒に過ごした学校生活は、何だったのかと情けなくなる。
思い出したそれを消したく、ごくごくとビールを煽る。コクン。と飲み干した後、彼を誘う様にフッと気を込めて吐き出す、ハート型をした吐息。
こうしている時にも、同級生達のネットのやり取りは、私の事で話題が尽きないだろう、苛ついてアカウントを消したから調べるすべはもうないけれど。
ピキキ、パリパリ。キキキ。部屋に響くオト。
私達の永遠不滅の愛の巣で、響く霊障のオト。
私の側で、ノカちゃん、酷いよ。誘惑しないでよ、死んだら僕達揃って地獄行きだよと、真面目にボヤイて至極真面目に、ろくでもないこの世の平和を望んでいる、私が永遠不滅の愛を誓った、優しい鬼が独りいる。
終。