五十六回目
それは桃の木の花が咲いて、ゆるやかな風に散ったある日のことでした。
「こんにちは、かみさま! 今日もきれいなお髪ですね!」
「…………おぬしはるり、か?」
「そうです、るりですよ! ようやく覚えてくれたんですね、嬉しい!」
頬を赤く染めたるりが感動のままに木の精に抱きつこうとしましたが、やはり木の精はるりをよけました。
「もうっ、かみさまったらひどい! どうしていっつもよけるんですか!」
「おぬしが抱きつこうとするからだ」
るりはふくれっ面をして不満を前面に押し出しましたが、木の精は取りあいません。
腕を組んでむずかしい顔をしたままでした。
「わたしはこー――んなにかみさまが大好きなのに! 未来のお嫁さんにもう少しやさしくしてください!」
「まだ言っているのか……」
「はいっ! いつまでだって言いますよ! かみさまがわたしをお嫁さんにしてくれるまで!」
むんっ! とるりは胸をはります。
その自信はどこからくるのでしょうか。木の精にはわかりません。
木の精は懐かしい頭痛を覚えてこめかみをおさえました。
「いい加減に諦めたらどうだ」
「かみさまこそいつあきらめてわたしをお嫁さんにしてくれるんですか?」
ちょいちょい、と木の精の袖を引いて、るりは木の精を見上げました。
「………」
「われながら、すごく、すごーくがんばったと思うんです。宣言どおりかみさまをずっとずーっと好きですよ?」
「…………」
「今までも、これからも。ずっとずっと、ずーっとかみさまが好きです。大好きです」
「………………」
「だからお嫁さんにしてください!」
木の精はこたえられないまま、細く長い息を吐くだけでした。