一回目
それは春の陽がふりそそぐ、眠たくなるような陽気の日のことでした。
「こんにちは、かみさま! きょうもとってもきれいなおぐしですね!」
とある山に生えた、小さくはないけれど、それほど大きいわけでもない桃の木に宿った桃の木の精――近隣に住む人々からかみさまと呼ばれている――は切れ長の目をはたりと瞬きました。
はつらつとした笑い顔を木の精に向ける子どもは、ここに来るまでに取ってきたらしい草花を両手いっぱいに抱えていました。
その草花の束を桃の木の根元にばさりと置くと、かみさま! と木の精に抱き着こうとして避けられ、桃の木に激突しました。
「いたい……」
「………」
うるうると目を潤ませて木の精を見た子どもですが、木の精はどこ吹く風。むっつりとした顔で騒がしい子どもを見ていました。
「もう! かみさまはいっつもつめたい!」
「……」
子どもがじだんだを踏んでも木の精はただそこに立っているだけでした。
「かみさまはみらいのおよめさんにつめたい!」
「……嫁などいないが」
「います! わたしです! るりがかみさまのみらいのおよめさんです!」
木の精は目を閉じてるりの主張を黙殺しました。るりはめげずに木の精の袖をひっぱります。
「るりが! かみさまの! およめさんに! なるんです!」
「……おまえはいくつになるのだったか」
「ことしでいつつになりました!」
片手を元気よく広げたるりに、木の精は細く長くため息を吐きました。
信心深い両親に育てられたるりもまた信心深く育っていました。しかしどこでどう間違ったものか、いつからか木の精のお嫁さんになると決めていました。
人と妖は寿命も住む世界も違うものです。夫婦になり添い遂げる者たちはいませんでした。
「子どもの戯言だな……」
「ざれごと? おままごとですか?」
「……おぬしも成長して大人になれば好きな相手が変わる、ということだ」
「しつれいな! かわりませんよ!」
るりは鼻息も荒く、木の精につめよりました。
「わたしはずーっとずーっと、かみさまが好きですよ!」
「……そうか」
「あー!! しんじてませんね! かみさまったらひどい! およめさんをしんじないなんてっ!」
「……だから、嫁などいない」
終わらない問答に、木の精は頭痛を覚えました。