死にたがりは神のイタズラを知る。
こっから急にインフレします。悪しからず。
「サウル、起きたばっかりで何も分からないんだけどさ、とりあえずここどこ?」
前世でも感じたことの無い未知の激痛の理由を考えていた所、途中で睡魔に負けたハルが伸びをしながら目を覚ましたのは、様々な装飾が施され、設置された家具も一目見るだけで一級品と判るようなものばかりが置いてある豪華な部屋だった。
自分が先程まで寝ていたベッドから立ち上がって大きなあくびをしたハルは横にあった赤い椅子に腰掛ける。
馬車に乗っていた時の銀色の鎧からすっかり着替え、白いシャツにローブを羽織ったサウルは持ってきていた黒い箱をまるで爆弾を取り扱うかのように慎重に部屋中央の円卓へ置く。
「凱旋の讃道から見えていた城…正式名称、アルケイド城の客室です。ここで一晩過ごしていただき、明日の昼から玉座の間にて国王との謁見という運びとなりました。それと……」
サウルは言葉を切って後ろに置いてあるバッグの中から自身が着ている、強い茶色の生地に金のラインが入ったローブと同じものを取り出し、壁に掛けた。
「明日からはこの簡易礼装を着てください。公私問わず着ていられるものとなっているので」
サウルは清々しさのある微笑を浮かべながらバッグを閉じ、黒い箱が置かれた円卓を挟んでハルの対角線上にある椅子に座る。
「ハル殿、私の向かいの席へ」
促されるままにローブを眺め、席に座る。
円卓の上にぽつんと置かれた箱に思わず目がいくが、すぐにサウルの方に目線を戻す。
「王との謁見をする方には、一律で身体検査が義務付けられています。ハル殿が寝ている間に疫病などのものは終わらせておいたので、今から最後の一つを検査、スキルチェックをさせてもらいます」
聞いたことは無いが、どことなく意味がわかるようなワードの登場に目をパチパチさせるハル。
(さも当然のように言ってきたけどなんだそれ。でもスキルって単語ならいつか忘れたけど本で見たような……確か一部の人間が持ってる異能力、とかだったか…って、なんでそんな本読んだんだっけな……?)
覚えの無い記憶の出処に困惑しながら、サウルの言い方からこの世界では一般的な知識と見当をつけるハル。
が、何をどうしたらいいかわかるわけもなくハルの頭の中では?が飛び交う。
その様子を見たサウルも疑問に浮かべるが、ハルの困惑の訳を察したようで、すぐにカバーに入った。
「この箱に手を開いて触れていただければ大丈夫ですよ」
空気読み能力が高いサウルに助けられ、言われた通り異様な雰囲気を醸し出す黒い箱の上に手のひらを置いた。
瞬間、ピリピリとした痺れるような感覚が接触部から体内に侵入する。
1秒も経たずに全身をほとばしったそれは文字通り身体を一周して、再び右手から箱に戻っていった。
「痺れが消えたら手を離してもいいですよ」
それを聞いてハルは手をよけた。
この後の事は任せていいのか、問おうとした直後。
言葉が喉を通る前に、鎮座していた箱に異変が起こる。
箱の周囲に薄く青いプラズマのような閃光が漂い始めその異様さを一層際立たせる。
未体験の光景にハルも思わず息を飲むが、それ以上に顔を歪めていたのは反対側に座っていたサウルだった。
「サウル、これってこういう仕様なの?」
グランヘイムの門前での出来事が頭をよぎり、大丈夫なのかとサウルに問いかける。
「い、いえ。少なくともここまで光が出るとは聞いていません……あ」
こんなはずじゃないと否定し、事態の収拾を付けようとサウルが動こうとすると、それを見計らったかのように箱の周囲に浮遊していた光は何事もなかったように消え失せた。
同時に黒かった箱は四隅から徐々にその色素を失って漂白されたように白くなっていく。
「この白くなった部分に、触れた者の固有能力が表示されるのですが……これは文字、なのか?」
「僕にも見せて」
サウルは首を捻らせたまま、ハルに白くなった箱を手渡した。
ハルが文字が書かれているという面を見ると、そこには純白の箱に赤い文が日本語で鮮明に書かれていた。
「……読める」
「…え?」
なぜこの世界に日本語があるのかという疑問を抱きつつ、刻まれた自分が持ちうる固有能力を見る。
ー一瞬の静寂の後、その全文を読みきったハルは自虐を込めて嘲笑を漏らした。
あまりに、ハルのやろうとしていた事と、真逆だったから。
ーその後、サウルにこれが読まれなくてよかったと心の底から痛感した。
こんなの読まれたら警戒されすぎて謁見どころでは無くなるから。
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権能:概念操作
あらゆる概念を創り出し、自由に操作、対象に付与できる。
権能:万物の創造者
0から1を生み出せる。想像、設計したものでも実態の有無に関わらず精製できる。
ただし、精製されるものの精度は作製者の魔力含有量に依存する。
権能:神核結合
最高神の神核が結合された事により、絶対の不死性と痛覚無効、即時再生を得る。
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ハルは絶句した。
最悪だと。
おそらく、常人ならばこんなデタラメな物を寄越されたら泣いて喜ぶだろう。
要はなんでもできるし、死の恐怖に怯えずに済むんだから。
「ハル殿にしかこれが読めない以上、自己申告していただくしか無いのですが……」
「じゃあ、僕の固有能力の実演をしてみようか」
そう言って椅子から立ち上がり、ハルは眠っていた力を行使する。
(万物の創造者発動。短剣を生成)
ハルが適当な短剣を想像しながら能力を使った瞬間、ハルの右手に鋭い短剣が出現する。
そのままハルはしっかり短剣を握り、右手の得物を自分の喉元へと突き刺す。
突然かつ一瞬の事にサウルは反応が遅れたが、一瞬茫然したかと思うと目を見開いて、ハルの喉を貫いたナイフを抜こうとする。
「大丈夫大丈夫。そんな切羽詰まった状況じゃないよ。どうやらこれが、僕の固有能力らしいからね」
狂酸骨蜘蛛と戦っている時同じレベルで焦りを感じていたサウルに対して、ハルは先程と変わらない口調で宥める。
しばらく何も動かないかと思うと、急にぽかんとした表情のままサウルはもはやロボットのようなぎこちない動きで部屋を出ていってしまった。
やりすぎたか、とハルは頭を掻いて反省するのだった。
(明日の謁見で有利に立ち回りたいから……ちょっとこの固有能力使って遊んでみようかな)
その後1時間、3つの権能の簡易的な検証をした後にハルはふかふかのベッドでゆっくりと眠りにつくのだった。
謁見、始まります。