ープロローグー 死にたがりは世界を跨ぐ
不定期で出していこうと思います
ー異世界にてー
それは真夜中。雨が地面を叩きつけ、雷が怒号をあげて空から森の木々に向け、何度も轟いていた。
「なんで……なんでこんな……!お父様……!お母様……!」
その中に、その純粋さを表したかのような真っ白なローブを着た少女が一人。
何かに逃げるように一生懸命走り続けている。
いや、語弊があった。ようなではなく、その後ろには悪意を纏った黒いローブの集団が少女を上回る速度で後ろから迫っていた。
「やめて……!来ないで……!」
目尻に涙を溜め始めた少女はそれでもなお命がけで走る。
しかしどれだけ言っても普通の女の子。それに対して集団は息一つ切らさずに凄まじいスピードで木々の間を伝い追いかける。
その距離ははみるみる縮まっていく。
黒ローブたちは少女の息が上がるのを感じると、その手に暗血色の光を宿す。それは次第に綺麗な球形になり、形になるにつれて熱を帯び始める。
「ーーー!!」
豪雨で聞きとれない詠唱を世界の理が捕捉し、手の光を具象化させる。
光は黒い炎と化し、残酷に少女めがけて容赦無く放たれ、少女が悲鳴を上げる間も無く周囲の雨を蒸発させるほどの熱量を撒き散らし、土を抉り砂煙が立ち込める。
その様子を見て黒ローブの集団は足を止め、しばし煙が失せるのを待った。
「……」
するとどうしたことか。
ローブが泥まみれになった少女は荒く息を吐きながら死ぬもんかと言わんばかりに走り続けていた。
それを見た黒ローブ達は動揺する仕草も見せずに再び跳躍を開始する。少女と黒ローブのチェイスがまたもや展開されるが、先程とは大幅に違う点が一点。
「………!!」
少女の速度が最初と比べ物にならないほど上昇しているのだ。
その上がり具合は、黒ローブ達が思わず息を飲むほどだった。
少女の疾風に森の木々が揺れ、その直後の黒い風に木々が震える。人知などとっくに置いて来たような前代未聞のチェイスが雨粒を切り裂く。
「そろそろ離したかな……」
少女がボソッと独り言を呟き、足を止める。
高スピードからの急な停止にも関わらず慣性を無視して綺麗に止まる異様な光景を周囲に見せつつ、更に少女は黒ローブ達の方を向く。すると同時に、少女の背がどんどん伸びる。……少女とは呼べないほどに。
「……………」
それを見た黒ローブはこちらも速度を落とし、少女の真正面で対峙する。そして少女……いや。少女と同じ、純白のローブを来た青年がその紅い双眸で黒ローブ達を見つめていた。
「ま、時間稼ぎは出来たし。僕はこれでいいんだけど。強いて言うなら、途中で本性が出てきた事かな〜」
その青年の顔を見た黒ローブ達は一瞬たじろぐものの思考共有でもしているのか、全員が一斉に青年に向けて両手を伸ばす。
それは先程少女に放ったものよりも激しい、暗い赤色をした光だった。
「「天焦がす終への猛焔!!」」
ノイズ音の様にうるさい雨の中でも聞こえるほどに黒ローブ達が発動した魔法ーヴァルフレインはその揺らめく球形を黒炎に変えて青年に向けて放たれる。
弾道にある雨が通り過ぎる黒い炎によって消え去っていく。雨に打たれながらも獄炎は衰えるどころか数を増やして青年の命を奪うべく燃焼するが。
「闇夜を照らす守護者の神域」
その一言の詠唱。青年が呟いた言葉は彼の周囲に、見るものを魅せてやまないオーロラのような光の帯を出現させた。その光の帯は黒ローブ達が放った黒炎を手のひらに落ちた雪の様にゆっくりと呑み込み、無力化していく。
「これくらいじゃ僕は死ねないんだ。何回も試したけどね。さて、キミたちにはもうちょっとだけ付き合ってもらおう」
いよいよもって少女を追跡するのを諦めたのか、黒ローブ達は各々短剣を取り出す。
嵐の激戦が、誰にも知られないところで始まろうとしていた。
◇◆◇◆◇◆
(はぁ……はぁ………)
そして同時刻、本物の少女は。
(あの方は……なぜ、ここに私がいることを………)
体は一生懸命走っていたけれど、内心は自分を助けに来た青年に疑問が溢れていた。走り続けたことに対する疲れも忘れてしまうほどの疑問を解決できないまま捨て、また疑問が出来て、それをまた解決出来ないまま捨てて、を繰り返していた。
(それに……あんな恐ろしい魔法をいとも簡単に防いでしまうなんて………)
(なんで……庇ってくれたんですか………?)
あれは、土煙が起こった瞬間のこと。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(あれ……なんで………私、生き、てるの?)
てっきり今の一撃で死んでしまったと思い込んでいた私は生きている感覚にびっくりして自分の顔をペタペタと確認した。尻もちを着いていたから立ち上がると土煙に隠れて見えなかったのだろうか、自分の前に誰かが立っていることに気づいた。
「早く、走って逃げてください。僕が囮になるので」
思わず耳を疑った。誰も居ないはずの森に、何処の誰かも分からないような人が急に囮になるなんて言い出すのは想像もしてなかったから。
「お、囮って……そんなの、知らない人にお願いできません……それに、入れ替わったって見た目が……」
私がそう言うと、その人は「そう言うと思った」と言わんばかりのため息を吐いた。と、次の瞬間、私は目を疑った。
「こ、これでいい……ですか……?……なんてね」
さっきまで話していた青年がさっぱりと消え、代わりにそこには私の顔をした私がもう1人、微笑を浮かべて立っていたのだから。
「これならバレないでしょ? まぁ途中でばらすんだけどね」
「え……?え、な、なんで、わたし?」
「君の姿を借りたこれなら完璧に囮になれるからね。さぁ、早く行って。土煙が晴れちゃうからさ。最悪また目くらましの土煙出してもいいけどさすがに怪しまれちゃうから」
「ちょっ……まだあなたには聞きたいことが!」
言いかけた私の言葉を遮り、私は何かを小声で唱えて私の背中をポンと押した。
「この方向にずっと真っ直ぐ行って。その先に、君の味方が絶対にいるから!」
「………!」
「そして、君にもう一つだけ言おう!」
息を飲む。
「未来を、決して諦めないで」
その懇願するような言葉を聞いた私は、使命感のようなものに支配された。このお願いは、守らないと後悔する。そんな思いが頭いっぱいに広がった。
私に向かって小さく頷いて、私が言っていた方に向かって走り始めた。後ろを振り返ると、私が笑顔で手を振っていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……はぁ………ぁ……はぁ」
どれだけ時間が経ったんだろう。私は走り続けた。そして少し小さな洞穴のようなものを見つけ、そこで身を休めている。
止む様子のない雨粒が地面に打ち付けられる音を無理やり聞かされながら壁に寄りかかって座った途端、今まで息を潜めていた疲れが一斉に暴れ始め、私を動けなくしていた。
それもそうか、こんなに運動したことなんてほとんどなかったんだから。
「あ……れ……わ…たし…なんだ……か……ね…む……」
疲れは眠気へと変わり、少女を包み込んだ。抗う隙を与えないそれは彼女の意識をだんだんと奪い去る。
結果、少女はあっさりと眠りに落ちてしまった。
ー少女が眠りに着いて、数分後。未だ続く雨の中、小さなお姫様が眠る洞穴に人外の何かが唸り声と共に侵入していったのは、誰も気づかないまま。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
×××××××××
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ー地球にてー
コツーン、コツーンと反響する階段を登る音。
それに追従するようにチャリチャリと鳴り響く鍵の擦れる音。
人生の幕を閉じようとしてる人間を迎えるのは暗闇。
明かりのない深夜の高校の校舎にて、それは行われようとしていた。
「やっと……終わるんだ。この苦行が」
周囲1mの人間ですら聞き取れるか危うい声量で、顔を安堵に染めた青年がボソッと呟く。
(まったく、この校舎の防犯システムである赤外線センサーの対策にはかなり悩まされた。センサーを稼働させる宿直当番の先生にはちょっと痛い目を見てもらったけどね。……まあ脈はあったし大丈夫だろう)
青年は建物の4階にある、屋上への扉と対峙する。
鍵をまとめたキーホルダーに付いてた小型ライトを点灯して、鍵穴に鍵を差し込む。
ーカチャ。
その音を聞いた青年は早く早くと親に急く子供のように勢いよく扉を押し込み、階段を上がっていく。
そして少し急な階段を上がりきった先には、再び扉が。
鍵束の中から、「屋上奥の扉」と書かれた鍵を手に取って差し込む。
錆び付いているのかギギギという音を立てながらゆっくりと開く扉を背に、青年は屋上に足を踏み入れる。
そんな青年を迎え入れたのは、満月から溢れ出る月光だった。
青年が柵の外を見ると、そこには観客の振るペンライトのように街の光が様々な色を見せつけ青年を応援するように輝いていた。
「じゃあ、終幕といこうか」
そうして青年がポケットから取り出したのは黒い封筒。
その封筒を床に置き、鍵束を重りにして固定する。
青年は靴を脱ぐ。ポーチを外す。着ている服以外の全ての装飾品、道具をそこに置き捨て、柵に手をかける。
そして、封筒の方を向いて、柵の上に立つ。微笑を浮かべ一言。独り言を言う。
「じゃあね。このつまらない世界」
そのまま重心を後ろにかけ頭を下にした青年は重力に従い、4階建ての校舎からアスファルトの地上に向けて数秒の旅に出る。
その先にあるのは、望んだ死。絶対的な死。
ただし青年にとっては救いであり、興味の対象。
10秒もない旅の間に青年の脳裏に駆けるのは1年にも思えるどうでもいい日々。楽など片手で数えられる程度の、つまらない日々。
ーーグシャッ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ー翌日にて。とあるニュースの一部より。
「今日、朝8時頃。市内の高校の敷地内に死体が発見されました。遺体は、××高校1年生、薙村 遥弥君のものと断定され、警察は遺体の状況と遺書から自殺として調査を進めています。薙村君の………」
ー境界にてー
そこは、真っ黒な空間。上も下も分からない。右も左も生き物の存在も分からない。身体が分からない。
何もかもの定義が曖昧になる。死ぬとは?生きるとは?全てがうやむやになる。
疑問を抱く刹那。水の中に漂っているような朧気な苦痛が暗闇に満ちる。
「ーーーーー」
(ッ!?)
同じ痛みを味わっているものが他にもいるのか、どこからか響く、重く冷たい呻き声。
近づいて来ているのか、だんだんと大きくなっていく。
(やっと……ら、くに…)
彼を襲うのは猛烈な睡魔。しかし、それでも痛い。痛いのに眠たい。
(お…わ……)
【ー問おう】
(……誰だ……?)
青年に訪れたのは生の終わりなどではなく、一方的かつ、いきいきとした声だった。その声は、青年の終わりたいという願いを無視するかのごとく、本題を告げる。
【君の願いは、なんだい?】
(ぼくの、ねが、い……)
一切の光が無い真っ暗な空間の中、青年は朦朧とした頭で己の願いを考える。過ぎ去る時間は1分にも1時間にも感じられるようだった。浮遊感と溢れる痛みに身を任せ、ただただ考え続け、青年は答えを得た。
「ぼくは……何も無い……まま…何者とも…隔絶されたまま……ずっと……死んで…いたい……」
【……聞き届けたよ】
その言葉が頭に流れたと同時に神経質の痛みがさらに唸りを上げ、青年を蝕んだ。
かろうじて先程まで喋ることができた青年は、もはや指ひとつ動かす事が出来なくなっていく。
(変な……夢だ…)
青年の意識はだんだんと暗闇に消えてゆき、微かに聞こえた声を最後に、青年は全ての感覚、意識を失った。
【ようこそ。君が望んだ願いと真逆の生を受けた、新しい世界へ!】
こうして死にたがりは自らの願いを叩き折られ、新たなる生を享受させられたのだった。