異世界転生の方程式
(ミーンミンミンミンミーーー)
蝉の喧しい鳴き声が部屋に鳴り響く。
普段は昼頃まで寝ている俺だが、こうも五月蠅くては目が冴えてしまう。
ふと体を起こして机にあるデジタル時計を見ると8月1日9時31分と表示されている。
「こっちに越してから4か月か…」
俺、豊島勇太は今年の4月初めに東京から茨城に引っ越してきた。
家族構成は親父、母さん、そして妹の4人で東京都の練馬区の辺りに住んでいた。
ところが、昨年の歴史的大不況の影響で親父が会社からリストラ。さらに会社の営業不振の責任を擦り付けられ2000万円の負債を抱えてしまう。それだけではなく親父は取り戻そうと始めたFXで追加で6000万円の負債を抱えてしまったのだ。結果旧家は差し押さえされ売却された。
私たちはそれなりに微笑ましい仲良し家族であったと思うのだが、当然家族の雰囲気は最悪なものとなり離婚、そして俺と妹は母の実家跡である茨城県の筑波市に引っ越すことになった。
今の高校では友達も一人も出来ていない。もともとあまり友達をつくるのは得意ではないのだが、前の高校では3人はいたので一人もいないのは寂しいものだ。
妹の美咲も引っ越してからというもの俺とはろくに会話も聞いてくれない。無視されるどころか、厄介者を見るかのような目をされるのが心苦しい。
学校では友達も多くいるようで、家族間でだけ心を閉ざしているようだ。休みの日も基本的に家にはおらず遊びに出かけてしまうので、恐らく家にいたくないのだろう。
だが兄としては、美咲も学校で孤立していないというのは一安心である。
一呼吸ついたところで俺も階段を降りダイニングに向かう。
まだ9時35分。僕にとっては早朝も同然の時刻なのにもう美咲も母も家にいないようだ。
母も女手一つで俺と美咲を育てていかねばならず、今日も休まず働いているのだろう。
そんな母には感謝してもしきれない。かといって親父に感謝していないわけではないのだ。
悪いのは大不況を起こしたこの日本、そして親父に責任を不当に擦り付けた会社なのだ。
幸いにも俺の恨みを込めた呪いが効いたのか親父の勤めていた会社も経営破綻して倒産したらしい。
いい気味だ。
焼いたトーストにマーガリンを塗り食べTVを見る。
相変わらず不況は収まらず総理大臣が退任に追い込まれつつあるようだ。俺には本当に呪いをかける能力でもあるんじゃないのか?と思いつつも、このまま日本の景気に暗雲が垂れ込めているのはまずいので一刻も早い経済回復をお天道様に祈るばかりであった。
窓から空をみると今日は雲一つない快晴であった。
俺も夏休み中引きこもりでは流石にいけないと思い、ブックオンにでも漫画の立ち読みに出かけることにした。20分ほどで身支度を整え家を出る。ブックオンまでは途中に大きい交差点が一つあるが、家から一本道だ。特に何事もなく店に着き、夕方まで漫画を読み更けていた。
気がつくと空は黒い雲に覆われ今にも降りだしそうであった。
夏休み中引きこもっていて俺が言うのもあれなのだが、美咲と同じく俺も家にいることに居心地の良さは感じない。
これから家に帰るのが億劫だ。だが俺には家以外に居場所なんかどこにもないのである。
俺は無意識に行きより歩幅を狭くしつつも家に帰り始める。
そうこうしてるうちに交差点が見えてきた。
すると、突然大粒の雨が降りだした。
信号は青だったので急いで走り出したが、交差点に着くころには赤になっていた。
立ち止まり呆然と雨を浴びる。落雷の音も轟き、なんだが不吉なことが起きる気がした。
ふと隣の横断歩道を見ると、赤信号を一人の少女が走りながら渡っていこうとしていた。瞬間、その道をトラックが走り抜けようとしていたのだった。その少女に目をとられていると、その少女は馴染みのある容姿をして思わず目を見開いた。
「美咲っ!!!」
少女が美咲だと判断するまで1秒もかからなかった。
瞬間、美咲のとこまで走りだす。夢男子の俺は少年漫画のように美咲を助けられると思ったのだろう。
美咲も自分の置かれた状況に気がついた様だが、もうどうしようもない。
現実はそう甘くはなくトラックが慌ててブレーキを踏むも減速しきることなく衝突したのであった。情けない俺ができたのはトラックと美咲の間に入ってかばったことだけだった。
俺と美咲は死んだのだ。