命名
「どうですか?ここが異世界です。」
「実家の裏の山に似ているな。」
眩い光に包まれたと思った直後、俺は森の中にいた。
関東では珍しくもない、針葉樹と広葉樹が混ざった平凡な山ん中の森である。
「油断しないでください!日本の森とは違って、ここには獣やモンスターがいるのです!」
「なんと!」
困ったな、俺はケンカはさっぱりわからん。
「私から離れないでください。しばらくは女神パワーを放出しておきます。」
「お、おう!」
俺は一瞬戸惑った。
初めて聞いたはずの『女神パワー』なる単語の意味が脳内を走り、まるでググった時のようにほどほどに理解できたからだ。
「これがチートってやつか。」
「便利でしょ!」
「ああ!」
ふと見ると、平成の女神はいつのまにか質素な村人っぽい服装になっている。
赤い被り物の中にまとめた長い髪、厚めのシャツのようなベージュの上着、同じくベージュのスカート。
華やかとは言えないが素朴で品の良い格好が実に似合う。
「いいでしょ、これ現地の村娘の服です。私がデザインして文明生成器にかけたんですよ。」
「いいね、材料はインドの木綿かい?」
「そんなわけないじゃないですか。ここは異世界ですよ。」
平成の女神は楽しげに笑った。
もっと冷たい美人かと感じていたが、思ったよりも可愛げのある感じだ。幼さすら感じる。
大人として、あまり世話になってばかりいられないな。
「女神パワーの使いすぎは良くないだろう。早いところ村や街道に出よう。」
「そうこなくっちゃ!」
はやく安全な場所に行かなくてはならない。
女神パワーは強力だが俗世の環境に思わぬ影響を与えてしまう恐れがあるのだ。
幸い、すぐに街道を見つけられた。
石材によって舗装された轍のある道だ。まっすぐに伸びた道の左右20メートルばかりは木や藪が無く平らだ。
「手入れされた舗装道路。まるでローマ街道だな。」
「平太郎さん、歴史詳しい系ですか?」
「適当さ。すこし本で読んだくらいだから細かいことはわからん。」
しかし、ある程度文明的な集団が近くにいることは間違いないだろう。地球と同じように草木が生い茂るなら、人為的な手入れ無しに道の左右だけ土壌が露出しているはずがない。
「どっちに行きましょう?」
「あっちに向かおう。太陽に向かって進むより、太陽を背にして進む方がいいだろう。」
「日本神話ですか。いいですね。1女神ポイントあげます。」
なんかもらった。
俺は眩しいのが苦手なだけなんだが、喜んでくれるならなによりだ。
春の陽気の中、ローマっぽい舗装道路をふたつの影が並んで歩く。女神の影の方がすこし小さい。
「そういえば、あんた名前は?」
「私は平成の女神。名はまだ無いのです。」
「そうか。」
会話が続かない。
よく考えたら、俺とこの女神はほとんど初対面だ。何を話せば良いのやら見当がつかない。
「異世界に来たし、偽名があると便利だと思うんですよ。書類にサインとかするかもしれませんし。」
「そういえば、そうだな。」
俺がもう最低限の会話でいいかな、と思い始めたあたりで平成の女神の方から話しかけてきた。助かる。
「尊敬するア◯ア様とやらの名前を使わせてもらったらどうだ?聖人の名を使うのは珍しくもあるまい。」
「いやいや、恐れ多いですよ!何かいい名前がないかなー、なんて。」
「そうだな。」
これは俺が命名してあげるやつだなと流石に気づいた。しかし、とにかく俺はこの女神のことをさっぱり知らない。知っているのは平成の女神を自称しているってことくらいだ。
「ふむ、ここはひとつ平成の女神ヘーセでどうだろうか?そこそこヨーロッパっぽい響きだから世界観に合いそうだぞ。」
「ヘーセ、まあまあね。ありがたく使わせてもらうわ!1女神ポイントあげる!」
またもらった。
この『女神ポイント』は『女神パワー』と違って脳内に情報が出ないから、たぶん私的な造語なのだろう。
「あ!見て!けむり!」
「あれは、飯炊きの煙かな?」
街道徒歩の旅はそれほど長くは続かなかった。
人里が見えてきたのである。
勢伊平太郎【無職】
体力・満タン
魔力・あんろっく
女神P・2
装備
上・サラリーマンの服
下・サラリーマンのズボン
右手・なし
左手・なし
足・サラリーマンの靴
アクセサリ・ネクタイ