令和元年5月7日
ーーーへいたろう……
ーー目覚めなさい、へいたろう……
ーこれはてんいです、目覚めなさい、平太郎……
「なんだこりゃ!?」
俺は勢伊平太郎。ごく普通の新社会人。
元号が変わっての10連休を満喫できるホワイト企業に就職して、元気いっぱいに連休明けのお勤めを終えたはずなのだが……
「あなたは生まれ変わるのです。勢伊平太郎。」
「なんと!」
彼女いない暦=年齢の俺がフワフワした空間の中で美しい女性に話しかけられている。
なるほど、これが噂の異世界転生ってやつか!
「話が早くて助かるわ。私は平成の女神。生まれ変わった先であなたをサポートします。」
「へぇ!」
どんなサポートか知らないが、黒髪ロングの清純派美女とお近づきになれるってのは悪い話じゃない。
……俺がホワイト企業に就職成功していなければな!
「やい、美人!俺はこの先の見えない不景気にうまいことレールに乗った人生を見出したんだ!勝手に生まれ変わらせられてたまるか!」
少し乱暴な言い方になったが、偽らざる本音だ。
来世やら前世やらに頼らなくたって俺はそこそこいい感じなのだ!
「あなたの幸運は平成とともにあったのです。令和はあなたを不幸にします。」
「なんだと!?」
平成の女神は実に簡潔に話してくれた。
要するに、俺が幸せに歩んでこれたのは時代に愛されていたからで、令和になって不幸になるのを哀れんだ女神様が天下り先の異世界に同伴させてくれるというのだ。
「ふん!馬鹿馬鹿しい!俺はたしかに運もあったろうがちゃんと努力して今の幸せを掴んだんだ!それを否定するのか!?」
「努力がいつも報われるわけではないのです。仕方ありませんね、これをご覧なさい!」
「ぐわあ!」
俺は一瞬で理解した。
そうか、あの時の猫が、あそこの電柱が、そしてペチュニアの鉢植えが……
「伏線、だったのか!」
「それは平成の幸福の伏線であると同時に令和の不幸の伏線でもあるのです。」
「まいったね。」
俺はこの美人の忠告に従うことにした。俺はこういうスピリチュアル体験には弱いのだ。
「だが、田舎の家族が気がかりだ。」
「オールOK、安心するのです。」
平成の女神は、俺の死が偶然飛んできた拳ほどの隕石から幼稚園児を救うという英雄的なものだったことや、ホワイト企業が最後までホワイトに対応してくれたこと、家業は妹の婿が進んで継いでくれたこと、そして両親やら親戚やらが俺の死を悲しみつつ、前を向いて生きてくれることを懇切丁寧に説明してくれた。
「ありがてえ。でも、なんでそんなに俺に良くしてくれるんだ?」
「私が『この◯ば』のア◯ア様に憧れているからです。私が最も尊敬する女神です。」
「よくわかんねえが、さぞ立派な方なんだろうな。」
現実世界の未練が無くなったところで俺は身なりを整えた。最後の記憶と同じ、スーツ姿である。スーツというのは少し崩れるとすぐにだらしなく見えてしまうのだ。
異世界に行くのも最初が肝心である。
「あの、ジャージに着替えません?スーツが汚れるかもしれませんよ?カ◯マもジャージでしたし。」
「いや、スーツで頼みたい。」
もう過去に未練はない。しかし、今まで積み上げてきた20幾年を否定したくはなかった。
「なら、行きましょう!異世界はいいところですよ。四季があって、生水を飲んでもお腹を壊しません!」
「そいつは素敵だ。唐突に当たり前な幸せを感じるね。」
俺は大げさに差し出された手を取った。
男である俺の手とは違う、柔らかい手。
安心と同時に懐かしさが込み上げてきて、俺は最後にちょっとだけ現実世界の日々を振り返った。
ーー父さん、母さん、俺はスーツの似合う大人になれたぜ!
令和元年5月7日、勢伊平太郎はこうして異世界の地へと旅立ったのだった。