05「男の名はハルト」
――05「男の名はハルト」
「はぁっ、はぁっ! いた!」
冒険者ギルドから飛び出て、自分の剣を叩き折ったフードの男を追うこと一、二分。
街角を歩いているフードの男を見つけた。
「そこの、フードのあなた! 止まりなさい!」
フードの男がちらりと振り返る。間違いなし。
追いつくと、フードの男は「うっ」とした口元になる。
「君は……」
「ええ、さっき、あなたに、剣を折られたのは、私!」
「仕返しに来たか」
「違うわ! いえ、違うとも言い切れないけど、とにかく、ええと、色々あるんだけど、えーっと」
カレン自身も色々言いたいことがまとまっていない。
「剣を折ったのはすまなかった。言っても信じてもらえんかもしれんが、君の剣から凄まじい力を感じて、何かまずいと思って、つい無意識に、な。あれは魔剣か何かじゃないのか?」
つい、で剣を折られてはたまったものではないし、人の剣を折っておいてこの軽い態度は気に食わない。が、今は色々聞きたいことがある。
「い、今質問したいのはこっちよ!」
「む」
「あの剣は魔剣じゃなくて、その、普通の剣だけど、私が力を流したというか、えーっと、色々あるの!」
「なに?」
「それより、あなた、いったい何者? 私の剣をああも簡単に折るなんて。その七色に光る剣、それに、あなたの剣筋も只者じゃないわね。冒険者ギルドのリストに無かったけど、冒険者なの?」
「冒険者ではあるが。……そうか、魔剣ではない、か」
男の纏う空気は警戒に変わっており、逆にカレンを探るような目をフードの隙間から見せる。
やや光の加減で男の顔が見る。
年齢はカレンより幾つか上くらいか。まだ若いのに、顔には経験や苦労が刻まれているように見える。
「逆に訊きたい。お嬢さん、君は何やら力を持っているな。もしかして、『破力』か?」
「え!? わ、わかるの? 冒険者のあなたが?」
驚いた。破力のことを知っている。
秘密、というわけではないが、破力の存在を知っているのは王宮の関係者くらいだ。
こんな冒険者風情が知っているとは思わなかった。
カレンの反応を肯定と受け取り、男は「……そうか」と小さくつぶやいてから、何か感じ入るような口ぶりで続けた。
「合点がいった。セントアリアス三代目勇者が決まったと出ていたが、なるほど破力が使える御仁にここで会ったのはある意味皮肉だな」
「っ!?」
カレンには驚きだ。勇者であることをあっさりと見抜かれた。
そんな驚きをよそに、男はカレンに向き直り一歩近寄ると、おもむろに手を伸ばし、彼女のフードをめくった。
「ちょっ」
「勇者に贈られるサークレット、間違い無いようだな。そして破力を持った血筋。家の名は、ルステールか?」
「……あなた、一体?」
驚きの連続だ。カレンが勇者であり、ルステール家であることをこうもあっさり把握して見せたこの男は、何なのだろうか。一体何を、どこまで知っているのだろうか。
カレンの正体を確認したフードの男は、フッと息を吐き、「そうか、君が、そうか…」と噛み締めるように独り言を呟いた。
そして彼は、改めてカレンの顔に視線を真っ直ぐ向けた。
彼の表情がはっきりと見えたのはこれが初めてだが、その表情が妙に穏やかなのが、カレンには変に印象深かった。
「皆から待ち望まれた勇者のお嬢さん、勇者として旅立つなら、貴殿の安全なる旅を祈ろう。いずれまた会うこともあるかもしれんが、もしその時には、良い勇者になっていてくれ」
諭すよう口調。
つい聞き入ってしまいそうな韻を含んでいたが、ハッと思い返す。
「ちゃ、ちゃんと答えなさいよ! 私の名はカレン、アラン・ルステールの子、カレンよ! 私が名乗ったんだから、あなた、名前くらい教えなさい!」
「もし覚えていてくれるなら名乗らせてもらおうか。俺はハルト、ただの冒険者だ。悪いが用がある。じゃあな」
そこまで言って踵を返し、ハルトはその場を立ち去ろうとする。
「待ちなさい!」
「ああ、短剣な。すまなかった、これで新しいのを買ってくれ」
と、ポンと小袋を放り渡される。おっとと、と受け取り中を覗くと、チャリチャリと数枚の銀貨。
「って! 足りるわけないでしょこれで! ナイフじゃないんだから!」
当のハルトは既に立ち去ろうとしていた。
「ま、まちなさーい!」
・・・
「いつまで付いて来るつもりだ?」
「気が済むまでよ」
街を取り囲む石造りの外壁沿い、日の陰る路地でハルトはため息交じりに立ち止まる。
「君はギルドで仲間を探しているんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ。私の短剣を折った人が、どんな人か見てみようと思って」
「見てどうするんだ」
「決まってるでしょ。弁償してもらうのよ」
「なに?」
と、カレンは鞘から折れた短剣を抜く。剣は折れているが、装飾から剣身まで素晴らしいモノだ。
それを見て、ようやく自分が叩き折った剣が相当な業物だとハルトは気く。
「結構な品のようだ。国から勇者に贈られた剣、か。参ったな、あいにくと今の俺は持ち合わせが無い。金を払おうにも払えん」
「どうせそんなことだと思ったわ。そんなくたびれた恰好のあなたに、お金は期待していないわ」
「じゃあ、どうしたらいい?」
ここでカレンは、姿勢を僅かに改め、そしてビシリと、ハルトに指を差し、
「あなた、私の旅に同行しなさい。魔神討伐を目指す私の、勇者の旅に!」
と、空気すら明るくしそうなキメ顔でそんなことを言い放った。
「……同行?」
「そう、丁度旅の同行者を探していたの。少なくともあなたは多少の剣の力があって、かつ旅も長く経験してるみたいね。同行者の一人とするには悪くないわ。だからこの私が、セントアリアスの第三次勇者として、あなたを同行者として指名します!」
ふふん、と鼻を鳴らす彼女。しがない放浪の冒険者に国の勇者の旅に同行できる栄誉をくれてやったぜ、とその姿勢が語っている。
が、
「……俺が、勇者の旅に同行? ……フッ、冗談じゃない。他を当たってくれ」
「ええっ!?」
あっさり拒否。
「どうして!? 勇者の旅よ、冒険者には栄誉じゃないの!?」
「俺は、冒険者ではあるが、今は別に夢物語のために冒険をしているわけじゃない。俺は……、俺は、ただ、帰りたいだけなんだ……」
「え?」
その冒険者は表情を苦渋に歪めた。
その訳がわかるわけも当然無いが、その表情に込められたモノの計り知れなさに、カレンは何故か言葉を失う。
「同行は断る。金は……、そうだな、ツケにしておいて……」
ハルトの言葉は突如市街に鳴り響いたラッパの音に遮られた。
高らかに、せわしなく、何か急を告げるようなその音色は二人にも聞き覚えがあった。
「ラッパ? これ、招集ラッパ!」
「市街自警団の招集ラッパだ。襲撃か」
そう呟くや、ハルトは急にラッパの方角へ走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
「すまんな、冒険者の稼ぎ時だ!」
そう言い残し走り去ってゆく。
「稼ぎ時、そうか、冒険者への報酬……。魔物が、攻めてきた!?」
王宮が市街自警団及び冒険者に報酬を約束する都市防衛。
ミレンの街の有事に際し、それに対抗する戦力を招集するためのラッパだ
市街自警団のラッパが断続的に慣らされる中、さらに遠くから、似たようなメロディのラッパが聞こえた。
「っ、王宮騎士団の招集ラッパ!」
これで確信した、襲撃は魔神教団の使役する魔物によるものだ。しかも、王宮騎士団も出撃するとあれば、敵はそう簡単ではなさそうだ。
ハルトが去った方向には、おそらくミレンの市街自警団と冒険者達が集まっているだろう。
そっちが気になりはしたが、やはり今まで自分がいた王宮騎士団に戻るのが、一番勝手がわかる。
(招集には間に合わないけど、戦闘前には騎士団と合流できる!)
カレンはハルトとは逆の方向へ走り出した。