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03「冒険者ギルド」


兵舎を後にしたカレンは、同行者の選定のため王宮に……は行かず、王宮とは別方向の街中へと歩き出した。


フードを被り、いつも買い物に使う市場の露店通りを通る。

どんどん王宮から離れ、やがてある大きな建物までやって来た。

 石組みの基礎部分と、木組みに漆喰が塗られたその建物は、「冒険者ギルド・宿屋・酒場」と書かれた看板と、セントアリアスの旗が掛かっている。

この「冒険者ギルド」こそ、カレンの目的地。

 

カレンはフードを深く掛け直し、一呼吸してから、入口である木の扉を開け中に入った。


そこには、人びとの喧騒と、料理と酒の匂いが混じる、独特の空間が広がっていた。


 建物の中は広々としており、木のテーブルと座席が空間を埋めるように並べてある。

 テーブルには色々な恰好の、色々な種族の客がついており、昼食と共に酒を傾けながら仲間達と談笑している。

 それこそ、人族が大半なのは当然だが、ドワーフや、エルフと思われる者もいる。

 どう考えてもセントアリアスの国民以外の者もいるこの客達は、おそらく「冒険者」なのだろう。

 

 冒険者は文字通り世界を冒険する者達で、その目的は様々。

未開地の資源を探し求める者、聖アリアスという伝説の人物が巡ったとされる地を探し求める巡礼者、雇われ先を転々とするフリーの傭兵や、単なる旅人等、千差万別だ。


 そんな冒険者達は各地に点在する冒険者ギルドに登録している者が多く、また冒険先にギルドがあればそこに集まる。

大抵の冒険者ギルドはここと同じく酒場や宿屋が併設されていて、冒険者同士や酒を飲みに集まった地元の者達で情報交換をするのだ。

 同時に、ギルドでは旅慣れていて腕の立つ登録冒険者達に護衛や魔物討伐といった仕事の依頼が寄せられ、その報酬は彼らの生活費にもなっている。


 カレンがここにやって来たのは、そんな腕に自信があり、旅の知識もある冒険者を見つけるためだ。

 終わりが見えず、何が起こるかもわからない勇者の旅。やや生真面目にすぎる王宮騎士団員よりも、冒険者の方が旅の同行者には向いているだろう。


 普段は入らない空間にやや戸惑いつつ視線を巡らせると、部屋の奥に「ギルド受付」と書かれたカウンターを見つけた。

 いそいそと奥まで進むと、丁度カウンターにやや恰幅のある四十代前半くらいの女性が現れた。ここのギルドは女将さんがいると聞いたが、この人がそうか。


「おや、お客さんかい? 食事? それともギルドにご用?」

「えっと、あの、ギルドです」

「ん~? おや、女の子かい。どうしたんだい、こんなとこに? 依頼?」


 カレンの声を聞いて、女将は確かめるようにフードを覗き込んできた。

 女の子が来るのは珍しいらしい。


「はい。旅に同行してくれる冒険者を探してるんです」

「旅、って、あんたがかい? 一人で? 何をする旅なの?」


 人のよさそうな女将だが、怪訝そうな表情を浮かべ質問を浴びせてくる、確かに女子の一人の旅とくればこの反応も当然か。


「あの、内緒にしてくれます?」

「ん? 何だい急に。あたしゃ口は堅いよ。ギルドの仕事もしてるんだからね」

「実は……、私、セントアリアスの三代目勇者に選ばれたんです。なので、魔神討伐の旅のため、仲間を探してるんです」

「…………何だって?」


 女将の目が驚愕で丸く見開かれる。無理もない。


 女将は急に小声になり。


「冗談じゃないだろうね? 確かに、新しい勇者サマが決まったと『お触れ』が出てたけど、あんた、女の子じゃないかい」

「本当です。つい昨日、王宮内で選ばれたんです」

「まあ、嘘をつくようには見えないけどねえ。しかし、王宮で、かい。前回は外に募って武術大会を開いて決めたのに、決め方を初代の時と同じように戻したんだね」


 ふむふむと自分で事実の整理をする女将。


「ちょいと、よく顔を見せておくれ」


 と言われ、フードを外す。改めてカレンの顔をまじまじと見た女将。


「そのサークレット、一見普通だけど王宮から勇者に贈られるやつだね。なるほど本当に勇者かい、たまげたねえ」

「あ、わかるんですか」


 すごい、一目見て、隠れた勇者の証であるサークレットを見抜いた。さすが冒険者ギルドの女将、持っている情報も多いのだろうし、過去のことも何かと知っているようだ。

 加えて、女将ははたと何かに気付いたような顔をした。


「あんた、名前は?」

「カレンです」

「カレン……。家の名前はあるかい?」

「ルステールです」


 そこまで言って、女将は「なるほどそういうわけかい」と息をついた。


「ぜんぶわかったよ。そうかい、アラン殿の娘さんが、もうこんなに大きくなって。お父さんと同じく勇者になったんだね。あたしも年を取るわけだよ」

「え、と、父さんのこと知ってるんですか?」


 女将さんは「当然さ」と言った。ただ有名人だから知っている「だけ」ではない様子だ。


「アラン殿はね、冒険者だったのよ。ここにも良く来ていたわよ」

「冒険者!? 父さんが!?」


 驚きだ。カレンの記憶の中の父は、立派な王宮騎士団の団員であり、そして立派な勇者だった。


「あんたが生まれた時、アラン殿は冒険者をやめて王宮騎士団に入ったのさ。でも、あんたが生まれたお祝いはここで盛大にやったのよ。冒険者の時はここの常連だったしね」

「知らな、かった。父さんが、冒険者……」


 父が冒険者だった。驚きの事実ではあったが、一方で何となく勇気づけられた気にもなった。

 旅の仲間として冒険者を選ぼうとしていることは間違っていない、と言われたような気分だ。

 

「ま、あんたが勇者だってことはよーくわかったよ。こんな女の子が勇者の旅、どうかと思うけどねえ。でも、アラン殿の娘さんなら、仕方ないね……。名乗るのが遅れたね、アタシは冒険者ギルドの女将をやってるパメラさ。三代目勇者のアンタをギルドは応援するよ」


 そうして、女将さんは今までの警戒を解き、その顔立ち通りの人のよさそうな笑顔になる。


「それで、同行者を探してるってことだね」


 パメラはカウンターの下から書類の束を取り出す。


「これにはウチに登録してある冒険者のリストさ。まずこれを見て、どんな冒険者が良いか目星を付けるといいよ。それと――」


 パメラは言葉を切り目線をカレンから外す。店の扉が開き、新しい客が入店してきたからだ。

 普通なら、客がカウンターに来て用件を言うのを待てば良いのだが……。

 入ってきた人影を見るや、パメラはハッとした表情になった。


「ちょ、ちょっと待っていておくれ!」


 と、急にカレンとの用を中断すると、慌てて店の奥に引っ込む。「あんた! ねえちょっとあんた!」と、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。

 するとすぐに、慌てた顔のままのパメラと、その主人であろう、「あんた」と呼ばれた、気難しい顔つきをした角刈りの男性が続いて出てきた。

 

 入店してきた人影、全身薄汚れた灰色のマントに包まれ、顔もフードで隠れている。

 かなりくたびれた様子の、男のおそらく冒険者であるその人物は、真っ直ぐカウンターまで来た。


 異質な雰囲気を纏って現れたその人物に、まず口を開いたのはパメラの主人だった。


「帰ってきたか」

「……はい。ご無沙汰してます、ダレンさん、パメラさん」


 フードの男は、重い口調で返事をした。疲れが滲んでいるが、声の感じは思ったより若い。

男はその若さのある声で続ける。


「帰って、来ることになりました」

「そうか。今回のも違ったか」

「……ええ、どうやら、まだ当面、家には帰れそうにありません」


 いったい、この人たちは何の話をしているのだろう。

 顔見知りであるのはもう疑いようもないが。


「ダレンさん。また路銀が必要になった。依頼を二三、見繕ってもらえませんか?」

「パメラに選ばせよう。それより、腹、減っただろう。すぐ出せるのがある。いつもの席で待っとれ」

「……、ありがとう、ございます」


 フードの男は小さく礼を言うと、踵を返して店の端へと歩いて行った。

 それを見届けると、ダレンと呼ばれたパメラの主人、つまり、このギルドの大旦那は「エステル!」と声を挙げ誰かを呼ぶ。「なーにー、父さん?」と、娘さんと思しき、カレンよりも少し年下くらいの栗毛の女の子がパタパタとやってきた。


「ほれ、あそこ、帰ってきたぞ」

「え? あっ!」

「まずワインを出してやれ。すぐに食事も出す」

「うんっ!」


 そんなやり取りをして、ダレンは店の厨房に引っ込んでしまった。


「……」


 呆然とそのやり取りを見ていたカレンだったが、


「ごめんなさいね、カレン。話を止めちゃって。常連さんなんだよ」


 と、パメラが話を再開してきたので、意識を引き戻した。


「で、この冒険者リストだったね。これでまず冒険者の目星を付ける。それと、次が大切だよ。周りを見て、実際の冒険者がどんな奴らなのかを感じること。旅をしていると色んな冒険者に合うわけだし、ましてや同行者にするなら、ちゃんと自分の目で見て、良い冒険者を探さなきゃだよ。紙の文字より、あんたの人を見る目が重要ってわけさ」

「な、なるほど……」

「まあ変に緊張することはないよ。まずは空いてる席に座って、そのリストと、周りを見てごらんなさい」

「は、はい」


 緊張が解けないカレンの返事をよそに、パメラは店内をぐるりと見渡す。


「誰も座ってないテーブルは常連さんの席だから、そういうとこはやめといたほうがいいね。それ以外の席は大丈夫そうね、ほら」


 そんなこんなで、冒険者リストを渡され、この雑多な酒場の店内に放り込まれてしまった。


「誰も座ってない席はダメって、相席しろってこと? そんなぁ……ううう」


 見知らぬ人、しかもなぜか強面が多い冒険者達と急に相席するというのは、いくらカレンが人当たりの良い方でも、女の子にはちと難易度が高い。


 フードを被り直し、迷子のようにキョロキョロしながら店内を歩く。


「あ、あそこ」


 と、あるテーブルに目が留まる。

 店の端、四人掛けテーブルに、先程のくたびれたフードの男が一人座っている。

 フードは被ったままで、今出されたばかりであろう料理を食べている。周囲の喧噪など無いかのように黙々と食べ、時折ワインに口をつける。

また、料理と同時に持って来られたのであろう、依頼書らしき紙をテーブルに置き目を通しているようだ。


(さっきの人。一人、だけね。私もフード被ったままがいいから、あそこなら、変に目立ったりしないかな)


 つまりは、ぼっち同士相席もし易かろう、ということだ。

 

 カレンは意を決し、そのフードの男のテーブルを挟んで向かいの席に、「ここ、失礼します」と言って腰を下ろした。


「……」


 フードの男が僅かに顔を上げ、ちらりとカレンを見た。フードの影から一瞬だけ鋭い眼光の片目をちらりと覗かせたが、男はそれ以上気にする様子も無く、すぐ食事に視線を落とす。


(うーん、愛想もなにも無い人ね。さっきの会話を聞くと、謙虚そうな人だったけど)


 カレンとしても特に期待をしていたわけではないので、フードの男から興味を外し、手元のリストをテーブルの上に置き、まず表紙をめくる。

 目次のように冒険者の名前とページ数がずらりと書かれ、更にめくると冒険者個人の情報がページ毎に記されていた。


(こんなにいるんだ!すごい、わくわくする)


 少し笑みが出そうになるのをこらえ、少女は期待を胸にリストのページをめくり始めた。



・・・


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