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02「呼ばれた少年」

 

 途絶えた春人の意識が徐々に覚醒する。


 しかし、意識はぐらりぐらりと揺れている。

 吐き気を覚える不快感。

 自分はどうなったのか。ゲームをやっていて、祠に入って、そこから……?


 ぼんやりとした視覚には、辛うじて周囲の様子が映る。

 さっきの祠、とは、違う。

 とても異質な、灰色の石で造られた建物の、屋内だ。当然記憶の中にこんな場所は無い。

 周囲は薄暗い。燭台に灯された火は紫色に揺らめき、燃えているのに、闇を発しているような、不思議な明かりを放つ。

 また、空気は何かを含むかのように重く、息苦しい。

 続く不快感を追い払いたくて身体をよじろうとするが、押さえつけられているかのように、身体が動かない。

 全てが不気味だ。加えて、あの声。


『受け止める、神の失われた黒き血。満たせ、染めろ、漆黒の盃』


 聞き取れる、不気味な声。それは呪文のように、無機質に、流れるように聞こえてくる。


 ――ここは、ど、こ?


 持てる力で瞳をじわりと動かす。知覚できる情報は増える。

 自分は冷たい石の上に横たわっている。

 まるで祭壇のように、周囲から少し高くされた、石の台の上に。


 そこまで認識した折に、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。


「もう一体、召喚はできたが……、失敗、か」

「これは人族の、子供。男でしょうか」


 横たわる背後に気配を感じる。


「ただの子供だ。つまりは、二体目の召喚はとんだ無駄になった、ということだ。同じように贄を用意するのはもう難しいというのに。一体目で良しとするべきであったか」

「ですが、その一体目は成功です。器としては申し分ございません。此度の召喚は成功と言ってよろしいかと。このもう一体は、予備、とでもしておけばいかがでしょう」

「ふむ……」


 ――だれ?


「まあ、そうだな。片方は成功した。召喚は成功だ。一体目は早急に降臨の儀式に取り掛かる。このもう一体は、とりあえず紋は植え付けておいて……、そうだな……」


 ――何の話を、してるの? 俺の、こと?


「サキュバスどもにでもくれてやろう。司教も、それでいいだろう?」

「ええ、異論はございません。……聞いたかね?今の通りだ、君達が連れて行きなさい」

「ふふ、ありがとうございます。あの娘達も、夢ばかりでなく本物の人族の男を知れば、仕事もより良いものになりましょう」


 そこで、再び記憶は途切れる。



 ・・・


 体が熱い。何だ、何かを焼き付けられた?何かを飲まされた?何をさせられている?


 熱い、痛い、苦しい、気持ち悪い、眠い、寒い、冷たい、気持ち悪い、熱い、痛い、苦しい


 もう、なんだかよくわからない。

 もう、なにも、したくない。

 こんなの、もういやだ。

 もう、いなくなりたい。いなくなれないの?



 ……『大丈夫、大丈夫だよ、お姉ちゃんと、逃げよう?』


 考えることを諦めようとしたときに、感じた。頬に触れる、手の温もり。



『サキュバスが一匹脱走したぞ!』

『人族の餓鬼がいない!』

『あのサキュバスが連れて逃げたんだ!』


『……メデューサを三体、追跡に出せ。殺しても構わん。召喚した器は外界に出してはならぬ』


 ・・・


 薄暗い森の中を、手を引かれて走る。走り続けている。

 もうどれくらいそうしてきたのだろうか。

 女性は既に幾度かの怪我を負い、身体を動かすことも苦痛なはずなのだが、それでも少年の手を引き走り続ける。

 こんな時でも、彼女は懸命に少年へ言葉をかけつづけ、励まそうとする。

 しかし、それももう終わり。


『メデューサっ! あんなものまで、追手にするなんて……っ!』


『でも、何とかここまで、来れた……。ここなら、あなたがくれた魔力で、あなたを人族の住む土地に転移させてあげられる』

『……お姉ちゃん、は?』

『お姉ちゃんは、ね。あなたが転移するまでの間、追ってくる奴を止めなきゃ』


 そう言って彼女は立ち上がる。

 オレンジ色の長く美しい髪をした頭から、黒く歪な角が現れ、背中からは傷ついた黒い羽が姿を見せる。


『大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげる』


『元気でね、ハルトくん』



 そんな会話が、破片となって記憶に残る。

 あれは、一体いつのことだったろうか。


 時は、精霊陽暦740年。

 この世界、「エント・ラグラント」に召喚された一人の少年は、相馬春人といった。

 ボロボロになってこの世界で自由を得た彼はその後、


 端的に言えば勇者になった。



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