ハロルド様が来た!
「お待たせして申し訳ございません」
部屋に入った際、そう言って私が礼をとると、ハロルド様はもちろんの事、公爵夫妻までも少し驚いたようでした。ララリアどんだけ非常識だったのでしょうか・・私自身なんですけれど・・。
ソファーの真ん中に座るお父様の隣に腰を下ろし、目の前のハロルド様と向かい合わせになるとすぐにハロルド様と目が合いました。そして私は衝撃を受けたのです。ハロルド様、想像以上にかっこ良い。
えっ?ちょっと待って下さい。以前お会いしたのが1年前ですから、9歳のハロルド様とは初めてお会いします。えっ?こんなにかっこ良かったですっけ?ハロルド様?以前の私はめちゃくちゃにハロルド様をお慕いしておりましたが、今はそんな感情にはなるはずがないと思っておりました。が!!しかし!!目の前にいる(だいぶ不機嫌そうな)青の瞳と煌めく金髪を持ち合わせたハロルド・コスモ様はララリア・ガーベルにとってどストレートに好みな見た目だという事を改めて理解いたしました。そして『ああ、好きです!』と、ほぼ反射的に思っていました。
あまりのかっこ良さに驚き、思わずハロルド様を凝視してしまっていました。そしてハロルド様にはしっかりと目を背けられましたわ。そういえば、というより、案の定、嫌われてますね!でも何故でしょう?今日は婚約破棄のお話の為に来られたはず。ハロルド様であればここぞとばかりに喜ぶのではなくて?・・・もしかして、ハロルド様にはその事が伝わっていないのでしょうか?
「ララリア嬢、今回は災難だったね。体調は大丈夫なのかな?」
ハロルド様をガン見しながら色々と考えている時、ハロルド様のお父様であるギーク・コスモ公爵が声をかけて下さいました。
「は、はい。ご心配をおかけいたしました。今はとても元気ですわ」
「そうか、それは安心だ。我々はいつでもララリア嬢の助けになるからね」
「ありがとうございます」
ギーク様も、さすがハロルド様のお父様というだけあってそれはもう整ったお顔立ちをしてらっしゃいます。金髪はハロルド様と同じですが、ギーク様の瞳の色は紫です。
「それじゃあ、これから私たちで少し話をするから。リア、ハロルド君とうちの庭園の散歩でもしておいで」
お父様にそう言われましたので、ハイハイ、婚約破棄は親同士で実行するものですからね!了解しましたわ!と思いつつハロルド様を庭園に誘いました。できる事なら『婚約破棄なんて嫌です!』なんてシナリオ通りに言いたいです。だって、とってもかっこ良いんですよ。あの方が将来的に旦那様になる、なんて考えただけで人生に感謝するレベルですわ。こんな事なら、無駄なプライドなんて捨てて自分からたくさん会いに行けば良かったですね・・・。今よりは交流があったと思いますわ。まあ、会いに行っていたとして、良い意味での交流が出来ていたかどうかは甚だ疑問ですが・・。
庭園に着き、どうせなら庭園の自慢でもしましょうか、と思っていると、私の後ろにいたハロルド様が立ち止まったような気配がしました。
「ハロルド様?どうされましたか?」
「癪気体というものに襲われたというのは本当なんですか?」
「??・・ええ、本当の事ですわ」
「20歳までしか生きられない、というのも本当なんですか?」
「必ずという訳ではないそうですが・・そうですね」
「そうですか」
何の確認だったんでしょうか。もしかして、全部嘘、だと思ってたんでしょうか?!そうだとしたら手が込みすぎてララリア逆にすごくないですか?!(事実なのでララリアはすごくない)そしてそんなやり取りの後、ハロルド様は独り言のようにぶつぶつと何かを考えているようでした。
「・・という事は・・」
「あ、あの・・ハロルド様?」
「ああ、すいません。ララリア様の状況が全て事実であれば、僕たちは今日、おそらく婚約破棄が成立しますね」
やはり、婚約破棄について知らなかったようですわ。
「ええ、私もそうだと思っていますわ」
「分かっていたんですか?」
「この状況で婚約を続けられると思える程の甘い考えは持っていませんわ」
「・・そうですか。まあ、それはどうであろうと構いませんが、僕は今のあなたと婚約破棄してしまうと困ります」
「?どういう事ですか?」
「今ララリア様と婚約破棄してしまえば、僕の場合、割とすぐに次の婚約者が決まるでしょう。正直、面倒なんです。ララリア様と婚約した時も、結婚などまだまだ先の事なのに、婚約者などと言われても実感も何もありませんでした。感じたのは、自分は家に縛られている、という閉塞感のみです。言われるがままに婚約者となったララリア様は苦手なタイプでしたし。今は少しマシになったみたいですが、それでも好意など一切ありません」
「・・そ、そうですか。以前は本当にワガママで・・もちろん反省しております。ご迷惑をおかけしました・・」
ハロルド様からの『好意などない』という言葉に精神的に倒れそうになっていると、ハロルド様は続きを話されました。
「いえ、迷惑をかけられる程お会いしていないので大丈夫です。悪印象である事には間違いありませんが。それより、ララリア様が癪気体に襲われた事で、あなたは政略結婚の相手として不足が出てしまいました。寿命が宣告されている訳ですから、両親も動いたんでしょう。ですが、僕はだからこそララリア様と婚約状態を続けたいのです」
「・・・はい???」
どストレートに好みの顔をした、目の前のかっこ良い婚約者様が何を言いたいのか、良く分かりませんでした。
「失礼かもしれませんが、ララリア様の状態ではいつか必ず、婚約破棄をしなければならない時が訪れます。僕はそれをギリギリまで伸ばしたいんです。今ではなく、もっと先に。そうすれば、僕は上手くいくかも分からない、好きでもないご令嬢とすぐに新たな婚約を結ぶ必要がなくなります。どうせ政略結婚からは逃れられないのです。今だけでも僕を『この人と結婚しなければならない』という一種の脅迫から開放する手伝いをしてくれませんか?」
私との婚約はいつかは破棄されるから、ハロルド様の言う一種の脅迫には当てはまらない、という事ですか・・。言いたい事は分かりました・・けど、ちょっと待って下さいね。この申し出の、婚約が続くかもしれない事に対して喜べば良いのか、ハロルド様の言葉の隅々で感じ取れる本気で好かれていない事に対して悲しめば良いのか、提案されているのが正式な婚約者ができるまでの所謂『つなぎ』という立場だという事に対して怒れば良いのか分からず、混乱してしまいましたわ。
結局、婚約が続くかもしれない、という喜びが勝ってしまい、私はハロルド様の提案に乗る事にしました。