リグド・ガーベル
僕の名前はリグド・ガーベル。ガーベル家の長男だ。3歳上にララリア・ガーベルというお姉様がいる。僕は生まれてから今までの6年間、このリアお姉様と、遊ぶ事はもちろん、話す事さえまともにした事がないんじゃないか、というくらい交流がなかった。
僕はどちらかと言うと大人しい性格だから、いつもお屋敷のどこかで大きな声を出していたリアお姉様の様子を見ているだけだった。リアお姉様はまるで僕の存在は忘れているみたいな態度だったし、僕もそんなリアお姉様が何だか怖くて傍に近寄る事が出来なかったんだよね・・。リアお姉様は毎日何かあるたびに侍女にワガママを言っていた。例えばお部屋に飾られた花の色が気に入らないとか、用意されたドレスが気分じゃないとか・・。そんな大声で言わなくてもいいじゃないか、と言いたくなるような事ばかりで、侍女からは『申し訳ございません』という言葉しか受け取ろうとしていなかった。そして毎回、最後にはこう言うんだ。
「私はララリア様よ!私の言う事は聞かなければならないのよ!」
正直、リアお姉様と距離を取っていて正解だと思った。毎回毎回ワガママに付き合わされて、あんな事まで言われてしまうなんて、僕なら耐えられない。だからリアお姉様に付く侍女は(ユノを除いて)いつも3カ月もあれば辞めてしまう。そりゃそうだろう。お母様とお父様の前では良い子のフリをしているみたいだけど、あんなにたくさん侍女が変わっているんだから、原因がリアお姉様だという事を、両親は知っている。そして侍女に非がない事も分かっていて、辞めていく侍女にしっかり次の仕事先を見つけてきてあげている事も、僕は知っている。怖くて本人の前では絶対言えないけれど、僕はいつも思っていた、『リアお姉様、迷惑をかけすぎでしょう』と。それでも両親は相変わらずリアお姉様と僕をとても愛してくれていて、僕はなぜリアお姉様をお叱りにならないのか、聞いた事があるんだ。
「お母様、どうしてリアお姉様をお叱りにならないのですか?」
「あら、私がリアを叱らなければならない事があったかしら?」
「毎日ワガママばかりで、たくさんの侍女が辞めていきます」
「そうね。でも、それだけだわ」
「え?」
「きっとリアは今、全てが自分の思い通りになると思っているわね。もちろん、そんなはずは無いのだけれど。それが分かるまで、あの子はあのままかもしれない。・・ただ、全てが自分の思い通りになる訳ではないと分かる時が必ず来るはずよ。その時、きっとリアはこれまで自分がどんな愚かな態度であったか、どんな貧しい考えを持っていたか気付くはずだわ。その時が来る事を、私達は待つしかないのよ。リアもリグも、今は私達が守るべき存在ですからね。侍女が何人変わろうとも、あなた達に責任を負わせる事などしませんわ。今はまだ、ね。・・・どんなに困った子でも、愛しい我が子だという事に変わりはありませんから、リアとリグを同様に心から愛していますわ」
お母様は美しくて優しいだけの人ではないと、心に刻んだ。
お母様とリアお姉様の容姿はとっても良く似ている。透き通るような白銀の髪を揺らしていて、瞳はオレンジ色。瞳の色は僕も一緒で、1人だけ空色のお父様はいつもオレンジの瞳が世界で一番綺麗だって言ってる。ちなみに僕とお父様の髪色はアイボリーだ。お姉様はすごくしっかりした顔つきをしていて、近くで見ると吸い込まれるんじゃないかってくらい迫力がある。ワガママな所に注目しがちだけど、お母様と一緒でとっても綺麗。見た目だけなら王子様も見初めてくださるんじゃないかなあ。(あくまで見た目だけだけど)
そういえば、リアお姉様には婚約者様がいらっしゃるんだった。ハロルド・コスモ様という、公爵家の長男だ。僕も3度くらいお会いした事があるけど、本当にリアお姉様と同い年なの?っていうくらいしっかりした人だったなあ。あとは、すごくかっこ良い人だったって事しか分からない。2人は7歳の頃からの婚約者らしいけど、ハロルド様がうちに来た事なんて5回もないんじゃないかってくらいだし、手紙のやり取りだってしてないみたいだし、よくそんな状態で婚約が続いてたなって感じだ。きっと、リアお姉様の態度が嫌になったんだろうな。こればっかりはリアお姉様の自業自得って所かな。
リアお姉様について、色々考えたりしていた時に、ミイナ様の叫び声が庭園の方から聞こえた。ミイナ様はリアお姉様と会っていたはずで、どうしたんだろうと窓から庭園を覗いてみると、リアお姉様が、倒れていた。
それから先の事はあまり覚えていないんだけど、リアお姉様の体調が少し落ち着いた、と聞いてほっとした。でも、僕はとっても悔しかったんだ。リアお姉様と碌に会話もしてこなかったせいで、リアお姉様の為に何ができるのかすら分からないんだから。リアお姉様はワガママで今でも少し怖いけれど、あんなに苦しそうなリアお姉様を初めて見た。なかなか意識が戻ってこなくて、このまま死んじゃったらどうしよう、って本気で考えてしまったんだ。そして僕たちは世界で2人きりの血の繋がった姉弟なんだから、リアお姉様が苦しい時は助けてあげられるような、そんな存在になりたいって思った。
いきなり話しかけるのはハードルが高いから、僕はリアお姉様の観察をする事にした。お母様かお父様がリアお姉様のお部屋に行く時に付いて行って、観察をする。まだ本調子ではなさそうなリアお姉様が時々僕の方を向くと、僕はやっぱり怖くて部屋から出て行ってしまう。このままだといつまでたってもリアお姉様と本当の意味で姉弟になんてなれないぞ、と思っていたら、お母様が僕に話しかけた。
「リグ、明日にでも1人でリアの部屋に行ってみなさい」
「え・・?なぜですか?」
「リアは気付いたようですわ。私達が待っていたその時が、ようやく来たようです」
「・・・??」
「とにかく、庭師に花束でも作って頂いて、リアに渡してみなさい。きっと、優しく微笑んでくれるわ」
「そんな事、あり得ません」
「ふふ」
リアお姉様が微笑んでいる所など、見た事がない。ありえないと思いつつ、お母様に言われた通りに花束を用意してもらって、リアお姉様の部屋のドアを叩いた。
結果的に言えば、リアお姉様は微笑んでくれた。そして、これまでとは変わられていた。何がリアお姉様を変えたのか分からないけど、僕は今のリアお姉様となら、本当の意味で姉弟になれると思ったんだ。