こういう理由です
常に私の傍に控える侍女、ユノにはこれまで散々振り回してきたせいで好かれているはずもなく、となるとこの部屋の中には他に話し相手もいないので、相変わらずベッドの上で随分と静かな午後を過ごしていますと、私の部屋をノックする音が聞こえました。
「ついに来ましたわね」
「お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ。何でもありませんわ。ドアを開けてくださる?」
どうせまた良い子ちゃんのフリをしているんだろう、とユノは考えているようで、ワガママを言わない私に態度を変える事もなく、ドアを開けてくれました。ガーベル家の使用人であれば私が癪気体に襲われた事は周知の事実となっているようでしたが、さすがは侯爵家の使用人というべきか、そんなにララリアの事嫌いだったのか?というべきか、彼らの態度が変わる事は現状ありませんわ。私自身不調を感じる事もなくピンピンしていますし『弱っている姿がかわいそう』、なんて思われるような症状は出ていませんからね。お医者様からの言いつけでベッドから出られないストレスから、また無理難題を言い出すんじゃないか?と若干震えている若い侍女もおりましたが、今の私はそんな事はしませんわ。何も言いださない私に心底安心し、それから不思議そうな顔で部屋を出ていく侍女を今日だけで何人見たでしょうか・・・。あら、そういえばユノが私付きの侍女になってもうすぐ1年になりますわね・・。そんな事を考えていると、部屋の中に悲痛な面持ちの両親と、昨日あらゆる検査を行ってくださったお医者様が入られました。
「リア、具合はどうかな?」
「何ともありませんわ。今だってこんな風にベッドの上にいなくても平気ですのに」
「そうか・・・。リア、私の天使。これからアーケイン先生がリアの体についてお話してくれるんだ。よく聞くんだよ?」
「分かりましたわ」
お父様、その整いまくった端正なお顔をゆがめて悲しそうな表情でお話してくださらずとも、私はこれから何を話されるのか分かっているので大丈夫ですわ!なんて思ってしまいましたが、口が裂けても言えない雰囲気です。
「ララリアお嬢様。昨日お嬢様のお体を検査させて頂きまして、その事についてお話させて頂きますな」
私からすればおじいちゃん、という年齢に見える白髭が特徴的なアーケイン先生が、優しい印象を与える目元を細めて話しかけてくれました。アーケイン先生はフラン王国随一のお医者様とも言われていて、我が侯爵家も全幅の信頼を置いているのです。
「先生。私の体はどうなっているんですの?」
知っていますけどね。空気を読んでお話をするしかありませんわ。それに、夢の中では分からなかった事もあるかもしれませんし。
「お嬢様、一昨日お嬢様を襲った癪気体は、お嬢様の体内を流れる魔力の『気』を今のところ微量ではありますが食べるようにして滅している事が分かりました。簡単に言うと、お嬢様の持つ魔力を少しずつ癪気体が奪っている、という事ですな。お嬢様方のような貴族の皆様は生まれた時から一定程度、またはそれ以上の魔力を保持しております。生まれてから死ぬまで、その魔力は体の中を巡っておるのです。魔力の気が多ければそれだけ強い属性反応を示す事となり、多い分には特に問題はないのですが・・お嬢様が向き合わねばならないのは、今後、魔力の気が弱まっていき、魔力欠乏症にかかる恐れがあるという事ですな」
「まりょくけつぼうしょう・・・」
いきなり夢では分からなかった病名まで分かってしまいました。さすがアーケイン先生。先生が優しく分かりやすくお話して下さるおかげで、9歳の私でもついていく事が出来ています。
「魔力欠乏症自体は珍しくはありますが症例がない訳ではないんですがな。いかんせんお嬢様の場合は異例中の異例。一般的な魔力欠乏症の患者というのは、事故や争いで己の身を守る為に無意識のうちに魔力を使いすぎてしまい、一定期間魔力の気が弱まる、という者がほとんどです。つまり魔力回復の為の休養を設ける事や治癒療法を受ける事で徐々に回復するため、短期的な病状とも言えますな。ただ、お嬢様はそれとは違う。なにしろ魔力の気を食う癪気体が体の中にいる訳ですからな、長期的にこの病状を抱えなければなりません。魔力の気が弱まってしまうと全ての動作や思考に負荷がかかり、最終的には歩く事や話す事すらままならなくなってしまう可能性も考えられます」
あ、だから乙女ゲーム上のララリアは短絡的に『全部ヒロインが悪い!』なんて考えを疑いもせず突っ走ってしまったのでしょうか、別の考え方を考える事すらしないんじゃなくて思考にも負荷がかかってきてて出来なかったのでは・・いえ、それ以上にララリアの性格は最悪でしたわ・・癪気体は関係ない気もしますわ・・なんて思いながら聞いていました。
「お嬢様の場合、この癪気体を取り除く、というのが最も理想的な治療です。しかしながら、お嬢様の体の中の癪気体を取り除けるのは、100年に1人と言われる程のとても強い光属性の者のみでして、現状そのような者はフラン王国には存在しておりませぬ。世界広しと言えども他の国においても聞いた事がありませんからな。取り除くというのは実現不可能と言えますな。そして、非常に残念な事ですが、お嬢様の健康状態から鑑みると、このままでは20歳を迎える辺りが限度・・と思われます」
アーケイン先生のこの寿命宣告に、両親はもちろん、部屋の端に控えていたユノまでもが息を呑んだのが分かりました。私も知ってはいたものの、やはり目の前の先生から直接言われると改めて衝撃を受けてしまいました。
「20歳?20歳までしか生きられない、という事ですか?」
「もちろん、現状の予測であり、絶対という事などありません。私共も精一杯尽力致します」
「そうですか・・・」
「やっぱり、ヒロインちゃんしかいない・・・。私がアレにならないためにも・・長生きするためにも・・ヒロインちゃんしかいないんですわ・・・」
私の人生を20歳そこらで終了させない為に、この王都の平和を乱さない為に、100年に1人とも言われる光属性の持ち主であるヒロインちゃんが必要不可欠だと、私は知っています。
それならば、仲良くなって助けてもらうしかないでしょう??
ぶつぶつと独り言を始めた私を、両親は涙を流しながら抱きしめてくれました。