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心は誤魔化せない


 マリーナとビトレイからの突然の告白によってハロルドの頭の中は真っ白に、正しく『無』になっていた。


「それは・・本当に?」


 何とか意識を集中させ話を聞き2人の順序立った説明に理解を示すものの、どうしても現実として捉える事が出来なかったハロルドは何度も繰り返しその事実を尋ねた。


「・・はい。そんな未来を理解して『それでも良い』と受け入れて頂きたいのです」


 マリーナの芯の通った声が人気の無い中庭に響く。


 この時、ハロルドは脳裏に大切で仕方の無い婚約者を思い浮かべた。ララリアという存在が消えてしまうよりは『誰か』を忘れても彼女が生きている方が幾分も良いはずで・・それが最善だと理解している。マリーナとビトレイの言葉はハロルドの脳内を巡り最善を促す一方、心は悲鳴を上げていた。


「・・何が起ころうと、重視すべきはララリアが生きている事だ。だから俺は『受け入れる』以外の選択をしてはいけない、するべきじゃない。そんな事は百も承知だよ。・・・でも、もしララリアが俺を忘れて、俺との今までを全部忘れたら・・。俺は、俺は・・・!」


 目線を彷徨わせ、いつもの堂々とした姿からは想像も出来ないような震えた声色で話すハロルドは、まるでそれが当然かのように機能を果たさない表情筋の上に一筋の涙を流した。



 その後、2人はハロルドを介してアーケイン先生にも事実を告げ、直ぐにララリアとハロルドの家族と対面し話す事となった。ララリアが魔力供給を受けるには本人はもちろん、家族の了承が不可欠である。


 1週間後、学園の応接室にはマリーナ、ハロルド、アーケイン先生、そしてガーベル侯爵夫妻とリグド、コスモ公爵夫妻の計8名が集まり、マリーナは全てを話した。


「・・・。なるほど、話は分かりました」


 神妙な顔で、ララリアの父親であるガーベル侯爵が言った。皆、今後ララリアが背負わねばならない重荷に対して言葉を失くし室内は物音一つ気を遣うような雰囲気となった。


 そんな時、14歳になったばかりのリグドがはっきりとした口調で声を上げた。


「受け入れないと。・・リアお姉様が誰を忘れても、二度と会えなくなるよりはずっと良いはずです」


 リグドは数年前に両親からララリアの症状について聞き、以降はララリアが休暇で家に帰ると誰より姉を気遣うようになった。リグドにとってララリアは十分に『大好きな姉』である。


「・・そうだな。・・リアには生きてて欲しい」


 リグドの言葉に引っ張られるようにして侯爵は呟いた。その言葉は室内にいる全員の耳に届き、直ぐにコスモ公爵が続いた。


「私共はガーベル侯爵家の意に賛同します。婚約関係についてですが、婚約破棄等は本人が望まない限りこちらから申し出る事はありません・・・例え、ララリア嬢が我が息子を忘れたとしても」


 その言葉に、ハロルドの体が揺れた。どこか一点を見つめる瞳は薄く赤らんでおり、両手は祈るようにしてきつく握られている。


 公爵の言葉に礼を言った後、侯爵はマリーナに体を向けた。


「マリーナさん、私達は全てを受け入れると約束する。だから魔力供給をお願いしたい。・・リアを救って下さい」


 真剣な言葉に、マリーナは誠意を込めて返事をした。


「はい。もちろんです」


 一段落着いたと思われた応接室で、紅茶を飲み終えた侯爵が全員に向かって言った。


「リアには・・明日、私から話しても良いだろうか?」








 

 突然の事に驚きましたが、何故か今日お父様が学園に来ているらしく、応接室と呼ばれる部屋でお会いする事になりました。


「リア、私の天使。久しぶりだね、元気だったかな?」


「ええ!元気ですわ!」


 少し前まで春休みで家に帰っていましたのでそんなに久しぶりという訳でもありませんが、突っ込むのはやめましょう。そんな事を思っていると、お父様が儚げな笑顔で私の名を呼びました。


「リア」


「何ですか?」


「1つ、聞いても良いか?」


「幾つでも!」


「1つで十分だ。・・リア、今リアにとって『1番大切だ』って思う人はいる?」


 きゅ、急にどうされたんでしょうか。まあ、先程元気よく質問に答える事を約束しましたし、躊躇うまでも無くその人は決まっていますので良いですけれど!


「いますわ!私にとって1番大切な人は、お父様もよくご存知のハロルド様です!」


 あれだけ一緒にいて、当然のように私を助けてくれて、夢にまで見た両想いで・・大切じゃない訳がありません。私の婚約者様ですし割と当然の回答だと思いますが、私が答えた瞬間、お父様が息を飲んだのが分かりました。・・・驚いていらっしゃるのでしょうか?


「お父様?」


「ああ、何でもないよ。そうか・・」


「あっ、もちろんお父様もお母様もリグドも大切ですよ?」


 一応ちゃんとフォローもしておきましたわ。ですがお父様は相変わらず儚げに笑っていて、私にはそれが何を意味しているのか分かりませんでした。


 少しして、お父様は『ここからが本題だ』と言って私に話し始めました。


「リア、今からリアに話す事は、とても良い知らせだ。だが同時に、とても悲しい知らせでもある」


「どういう事ですの?」


「ああ、ごめんね。リア、私の天使。1つずつ話そう。まずは良い方だ」


 そうしてお父様は私に教えてくれました。


 マリーが、魔力供給を願い出ていると!!!


「本当ですか??!本当に?!ああ、嬉しいですわ!本当に嬉しい!これで私は何の憂いも無くハロルド様と・・!」


 結婚まで進める!


 そう思うと感極まって涙が出てしまいそうでしたが、目の前のお父様が何かを堪えるような表情で私を見つめていました。


「お父様・・?ああ、そういえば悲しい知らせ?があるんでしたっけ・・?何でしょう?・・でも大丈夫ですわ!今の私ならどんな事でも受け止められます!」


 自信満々にそう言うと、お父様は深呼吸をした後に私に告げました。



「リア、実はーーーーーーーーーーーーーーーーー」




「・・・・・・・・え?」





 お父様は何を言ってらっしゃるのでしょう。


 私が?記憶を失う?


 私にとって1番大切な存在の?




 私は、ハロルド様の記憶全てを失ってしまう?




 

「・・・・数日で良いので・・・覚悟を決める、時間を・・・」


 お父様に対してそれだけを言い、私はふらふらと覚束ない足取りで先に応接室を出ました。後ろ手で扉を閉め、前もよく見ずにいると直ぐに誰かにぶつかってしまいました。


「っ?!」


 謝ろうとして顔を上げると、そこにいたのは目を真っ赤にして涙を流し続けているハロルド様でした。


「・・聞いてたの?」


 様子からしてそれは明らかですが、私からはそんな言葉しか出てきませんでしたわ。黙って私を見つめるハロルド様に対して再び口を開く時には、私の頬も沢山の涙で濡れていました。


「ハロルド様、ごめんなさい。ごめんなさい。・・・私、ハロルド様の事を忘れてしまうの」


 物理的に人生が終わってしまうよりは何倍も良い条件だと思います。生きていられるのですから、喜ばしい事で、ありがたいのです。早く覚悟を決めなければいけないのだと理解できます。ですが、頭では分かっていても心が全く追い付きません。そんな私はただひたすらに目の前のハロルド様に謝り続けました。



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