マリーナ・ロマンヌ(2)
マリーナ視点です!
7歳のあの日、目の前でお父さんが馬車に引かれました。
その瞬間は全てがスローモーションになったかのようで、でも伸ばした手はお父さんには全く届きませんでした。倒れて動かないお父さんの傍に駆け寄り、必死で声を掛けましたが反応はほとんどありませんでした。
お父さんは、このままいなくなってしまうの?
増えていく野次馬の声など耳に入ってきませんでした。お父さんはこのまま永遠に眠ってしまうのだろうか、もう二度と会えなくなってしまうのだろうか、そんな思いが頭の中を巡りました。そして『そんなの嫌だ』と思った時、私は無意識のうちに倒れているお父さんの心臓の辺りに手を置いてました。
すると、青白かったお父さんの顔が徐々に元の健康的な肌色に戻り、また、だんだんと安定した呼吸音が聞こえるようになったのです。
周囲の野次馬や馬車から降りて来ていた伯爵から驚きと安堵の声が出た時、突然辺り一帯が謎の光に包まれ、何故か光の中には私と眠っているお父さんだけが残されていました。何が起こっているのか分からない私の耳にどこかから声が聞こえ、声の主は自身を『神』と名乗りました。
「この世界において人間それぞれの運命は決まっており、本来変更など出来ぬ。だが、死ぬ運命にあったその男をお前は強すぎる魔力によって救ってしまった」
『魔力供給の形も取れていないと言うのに』と神は付け加えましたが、私の頭は「?」でいっぱいでした。
「過ぎてしまったものは仕方が無い、その男は生かしてやる。タダではないがな。お前には運命を変えた責任を取ってもらおう」
「せきにん・・?」
「そうだ。今回、そして今後、お前がその魔力によって直に命を救う場合、救われた者はその者にとって最も大切な存在の記憶の全てを失う事とする」
「記憶を、失う・・」
「お前は、その力の使い方をよくよく考えるんだな」
その言葉が終わると同時に光は消え、『神』と名乗る存在の声は聞こえなくなりました。そしてあれほどの光が現れていたというのに野次馬の中でその事に触れる者は誰もおらず、ただ変わらず私達を囲んで色々な話をしていました。
それから少しすると、お父さんが目を覚ましました。私が『お父さん!』と声を掛けると、お父さんは不思議そうな顔をして、私に言いました。
「・・・?ごめんね、人違いじゃないかな・・?俺はさっき1人で買い物してて・・。そうだ、馬車とぶつかったんだ・・ってあれ?何で無事なんだ・・?」
そこで、やっと私は気付きました。『神』は本物だったのだと。そして、お父さんは私に関する記憶の一切を失ってしまったのだと。そんなお父さんに何と言葉を返せば良いのか分からないでいると、騒ぎを聞きつけたお母さんが息を切らせてやって来ました。『私の事を忘れている』という事は、きっとお母さんの事は覚えているだろう、と少しだけ安心していましたが、やって来たお母さんに向かってお父さんが発した言葉は私を絶望させるに十分なものでした。
「あ、君のお母さんが来てくれたのかな?良かったね」
お父さんは、お母さんと私、つまりお父さんにとって1番大切な『家族』の記憶全てを失っていました。
その後は・・・。その後は、私とお母さんが自分の『家族』だと理解出来ないお父さんが徐々に壊れていきました。『君達は誰なんだ』、『どうして俺は君達の事だけ何も分からないんだ』と言い、私達の存在を恐れ、時には謝り、時には怒り、時には涙を流していました。そうしてとうとう倒れてしまったお父さんを見て、そんなお父さんを必死に看病するお母さんを見て・・・私は『誰も幸せになれないこんな魔力、いらない。もう二度と使いたくない。運命は変えちゃいけなかったんだ』と思うようになりました。
私の光の魔力やあの日のお父さんの記憶喪失を全て見ており、それ以降は定期的に報告を受けていた伯爵は私達家族への援助を惜しむ事はありませんでした。さらには私に『君は必ず学園に通う事になるから、うちで勉強をしないか?』と言って伯爵家へ招いて下さるようになりました。
学園2度目の春、エネラ様に呼ばれた私達は保健室に集まりました。そこで聞いたお話は、統括すれば『ララリアを助けられるのはマリーナしかおらず、それが最善である。ララリアの為にも早く魔力供給をするべきだ』というものでした。そしてそこで初めて、私はリア様が幼い頃に見たという夢の内容を聞いたのです。
それが本当にリア様の『未來』だとしたら・・。それが『運命』だとしたら・・。
「私、リア様を助けたい」
保健室の前で待ってくれていたビトレイ様と一緒に寮に帰る途中、私は無意識の内に声に出していました。ビトレイ様は、静かに聞いてくれています。
「・・・もし、リア様や周りの人が了承して下さるなら、私はリア様の命を救いたい」
「そっか。決心がついたんだ?」
「もしリア様のお話が、あの時の『神』の言う『運命』だったら・・そんなのだめ。私の魔力じゃリア様は幸せになれないかもしれないけど、あの未来よりはマシだと・・思うから」
「・・・?よく分からないけど、きっと大丈夫だよ」
私とビトレイ様は、まず始めにハロルド様に全てを打ち明ける事にしました。いきなりリア様に打ち明けるにはまだ私の勇気が足りず、先に周囲の理解を得ようと考えた為です。
「リア様は、リア様にとって1番大切な人の記憶全てを失います」
この言葉を発した時、ハロルド様から表情が消えました。
「なんで・・・」
多くの時間を置いて吐息と共に消え入ってしまいそうな声でただそれだけを言い、それからは私とビトレイ様の説明を黙って聞いていました。




