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聞こえた言葉



 保健室のベッドの上で目を覚ました時にちょうど聞こえてきたのはマリーナ様の言葉でした。


「ごめんなさい。協力はできません」


 前後の会話など想像しなくとも分かります。私を助ける協力を願い出ていたのでしょう。私の病状を気に掛けるハロルド様とアーケイン先生が『もしもの事が起こる前に』と、マリーナ様への打診を急いだようですわね。・・・結果は惨敗のようですが。



 ああ、駄目なのか。そう思わずにはいられませんでしたわ。



 パーテーションの向こう側ではハロルド様が理由を問い詰めています。ですが、マリーナ様は何もおっしゃりません。このままでは尋問のような雰囲気になりかねませんから、早くハロルド様を止めなくては。


「ハロルド様、落ち着いて下さい」


「ララリア!・・体調は?」


「十分休ませて頂きましたから、元気ですわ。それに、魔力供給もして下さったのよね?・・というのは愚問かしら。私が倒れた時にそれを行わなかった事なんて一度もありませんもの。いつも本当にありがとう」


「元気なら、それで良いんだ」


「私は大丈夫だから、マリーナ様に詰め寄るのはやめて差し上げて。先ほどの会話、少しだけ聞こえたけれど、仕方の無い事ですわ。これは全て私の勝手な都合ですし、マリーナ様には選択する自由がある。マリーナ様が悪い訳ではありませんわ」


 内心とてもショックではあるものの、本人が『出来ない』というのなら、それまでです。


「理由くらい言えるんじゃない?」


 そうマリーナ様に言ったのは、ビトレイ・サーン様でした。幼馴染というのは事実のようで、とても気軽な雰囲気が2人から伺えました。


「・・・。ごめんなさい」


「言わないつもりなんだ?じゃあ代わりに、俺が言いましょう・・」


「やめて」


 流石というべきか、ビトレイ様は何故マリーナ様が『出来ない』のか、察しが付いているようでしたわ。しかし、それはマリーナ様の声によって遮られましたので、何か事情があるのかもしれません。


「これ以上追求致しませんわ。安心してください」


「・・・。私、ララリア様を助けたい気持ちはもちろんあります。今日、一緒にいられて楽しかったですし、私の魔力属性が光で魔力量が多い事も事実ですから、力になりたいです。でも・・」


 それから、マリーナ様は黙ってしまいました。そしてまた『ごめんなさい』と言って保健室を出ていかれ、後を追うように、ビトレイ様も立ち上がりました。


「あ~、あの。良かったら、またあいつに声掛けてやって下さい。多分、嬉しかったと思うんで。あと協力出来ないって件ですけど、もう少し待ってくれません?」


「え?」


「助けたいって気持ちはあるみたいですし。協力とかは一旦置いといて、友達として2人の距離がもっと近くなれば、今後マリーナも考え直すんじゃないですかね」


「そう、ですかね・・?」


「・・・問い詰める様な真似をしてすまなかったと、ロマンヌ嬢に伝えて欲しい」


「りょーかいです。ガーベル嬢も、何かマリーナに伝言あります?」


「あ、えっと・・。今日はお話出来て楽しかったです、ありがとうございました、とお伝え下さい」


 私の言葉を受け取ると、ビトレイ様はすぐにマリーナ様の後を追い、保健室内には私とハロルド様、そしてアーケイン先生の3人が残りました。


「いやあ、いきなりハロルド君に『マリーナ・ロマンヌ嬢を連れて来たから一緒に説得してくれ』と言われて驚きましたなあ。肝心のロマンヌ嬢はララリアお嬢様の傍から離れようとしませんしな。何にせよ、お嬢様の癪気体を消し去る事が出来るのは彼女だけですから焦る気持ちも分かりますが、急がば回れ、という言葉もあるくらいですからな。ハロルド君はもっと状況をよく考えるべきでしたな。断られてしまえば、元も子もありませんからな」


「・・はい。すみませんでした」 


 何やらハロルド様とアーケイン先生で反省会の様な会話が続いています。


「さて。私はこれから会議がありますんで失礼しますな。ララリアお嬢様はよく休んだ方が良い。ハロルド君に寮まで送ってもらいなさい」


「もちろんです」


 私の代わりにハロルド様が返事をし、私達は寮に向かって歩き始めました。


「ララリア、ごめん」


「何故謝るの?」


「今日、ララリアがロマンヌ嬢と一緒に行方不明になって、見つけた時はララリアは倒れてて。いつ、あのまま目を覚まさなくなってもおかしくないんじゃないかって、そう思ったら、今すぐ助けて欲しくなったんだ。だって、ロマンヌ嬢にしか、ララリアは救えないんだ。だけど・・・断られてしまった。俺が急ぎすぎたせいだ。・・・ごめん」


「私の事をとっても心配して下さっているのね、ありがとう。でも、ハロルド様が謝る事なんて何も無いじゃない」


「心配・・・。多分俺は、それだけじゃない。俺の手や額に確かに伝わる温度や息遣いが『ああ、ちゃんと生きてる』って、俺を安心させるんだ。俺にとって、それが無くなるのは自分が死ぬ事より怖い」


「どういう事?」


「ずっと言えなくて、ごめん」


「?」


「ララリア、好きだよ」


「!?」


 女子寮の門に辿り着くまで残り数メートルです。夏を目前に控えた季節は、生ぬるい風を私達に運んでいます。


 そんな情景描写に逃げてしまうほど、私の脳内はエラーを表示しています。


 今、ハロルド様は何とおっしゃいました?


 私を、好きだと???


「えっ?・・・ええっ??な、なんで、ええっ」


「ララリアの事が好きだよ。だから、心配ってだけじゃなくて、もっと・・言葉で表せない色んな気持ちがあるんだ。今日だって周りの状況もよく考えずに『今すぐ助けて欲しい』って気持ちだけで動いてしまった。ララリアは俺の婚約者で、結婚して一緒に生きてくれないと困るから」


「えっっと、でも・・あ!ハロルド様、ずっと前に『結婚しなくてもいい婚約者が欲しいんだ』って、そんな感じの事言ってたじゃないですか!」


「ああ、9歳の頃だっけ・・?あれは嘘だ」


「う、嘘・・?!私めちゃくちゃ悩んだんですが??!」


「そうか、本当にごめん。あの時はララリアとほとんど関わりを持って無かったからなあ。ララリアの事を知らなすぎた。だからあんな失礼な嘘も言えたんだろうな」


「まあ、あの頃の私はワガママ令嬢で癪気体が見つかったばかりでしたから、婚約を継続して頂けただけでも十分ですわ。・・・それで、えっと、あれが嘘だという事は、私の事が今は本当に・・好きで、結婚も視野に入れて頂けていると?」


「ああ。だから、前にララリアから提案された婚約破棄なんて絶対にしない。それと、この間の俺との約束を、ずっと守ってもらう」


「約束・・・?」


「『俺の前から消えない』事。そうだ、聞き忘れてた。・・・。ララリア、今も俺の事を好きでいてくれてるか?」


「・・・ええ。大好きよ」


 これで私達、両想いなんですね。


 乙女ゲームのストーリーには無い展開ばかりで、ここは本当はあの世界では無いのではないか、と期待してしまいます。ですが、どんな事が起ころうとも、絶対に乗り越えてみせますわ。


 そんな事を、ハロルド様の腕の中で決意しました。



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