ハロルド・コスモ
僕の名前はハロルド・コスモという。コスモ公爵家の長男だ。ララリア・ガーベルという同じ年の少女と婚約をしたのは約2年前で、それは紛れもなく政略的なものだった。白銀の髪とオレンジの瞳は素直に綺麗だなと思ったけれど、初対面の時からララリアの事は苦手・・というか嫌いだった。自分の恵まれた環境を当然のように考え、貴族が何たるかを分かろうともしない、更には礼儀もなっていない。これで好意を持てという方が難しいだろう。
でもまあ、所詮は婚約だ。この状況が続けば僕がララリアを好きになるなど有り得ないし、16歳で王都魔法学園に入学する頃にはララリアの品性に問題があると噂も回っているだろうし(回っていなければ僕がそれとなく言えば良い)、時間はかかるかもしれないけれど、婚約破棄を進める手段などいくらでもある。僕が本気で動けば両親もこの婚約を無かった事にしてくれるかもしれない。元々この婚約はガーベル家から勧められたもので、政略ではあるがコスモ家にとって破棄したからといってそれほどダメージがある訳ではない。という訳で、とりあえずはララリアとの接触頻度を下げよう。好きでもない相手に会いに行く理由などないんだから。幸い、ララリアはプライドも高いようで、自分から会いに行くのはナシとしているようだった。そうして出来上がった『婚約はしているけれど全くもって自由な状況』を僕はとても気に入った。よく知りもしない他のご令嬢との面倒な関わりを持つ必要も無く、彼女と婚約しておいて良かったと思ったくらいだ。
そんな僕の生活が急変したのは、ララリアの元を完全に訪れなくなって、1年程経った頃だった。
ララリアがガーベル家の庭園で倒れた。300年前に殲滅されたはずの癪気体に襲われた・・などという知らせがコスモ家に入った。僕が彼女の婚約者だからではない。我がコスモ家は医学に特化した特別な光の魔力を有しており、代々医学分野におけるエキスパートとして名を馳せている。あのネリダ・アーケイン先生も所属する王宮医師団をまとめる立場にあるお父様に助力を求める為、ガーベル侯爵はコスモ家に手紙を送ったんだ。
「ルド!!!ララリアちゃんの容態が分かったわよ!!」
「そうですか。何と言うか、大変ですね」
「それだけなの!!!ルドあなた婚約者だと言うのにたったそれだけなの?!」
「何故そのように大きな声を出されるのですか・・やめてください、お母様。第一、僕がこれまでララリア嬢とほとんど関わりを持っていなかった事を知っているじゃないですか。今更何なんですか」
「それこそが失敗だったわ!!ガーベル家と縁を結ぶ事は悪くないと思って婚約をしたけれど、ルドは不満があるようでしたからね。現状の行動も目を瞑っていましたし十分な理由が揃えば婚約破棄も考えていましたわ。ですが!!今となってはルドの不満などどうでも良いわ!!我がコスモ家の誇りにかけて、ルドとララリアちゃんには正真正銘の婚約者になってもらいますわ!!!」
「・・?どういう意味でしょうか?」
「現状正式な婚約者である事に違いはないですけれどね、あなた達は余りにも心の距離が離れているでしょう?その距離を縮め、心と心を通わせた正に婚約者!という状態が理想だわ」
「・・いえ、『正真正銘の婚約者』の部分の意味を聞いたのではなく・・何故その必要があるんですか?」
「我が家がコスモ家だからですわ。我がコスモ家の名に、そして誇りにかけて、ララリア・ガーベルを離してはいけません。あの子は300年の時を超えた癪気体の謎を解明出来る唯一の存在となり、同時に非常に危険な魔力欠乏症にかかってしまいましたわ。結果的にララリアちゃんは我々にとって重要な研究対象となりますわ。現状はララリアちゃんもよく知っているアーケイン先生にお任せしているけれど、我が家の魔力によって、完治は出来ずとも病状を軽減させる事は可能と考えます。状態管理等の意味合いも込めて、ルドにはララリアちゃんと正真正銘の婚約者になってもらいますわ!」
「そんな・・。無理ですよ・・・」
「これは決定事項よ。3日後、ガーベル家を伺う事にしましたから、ララリアちゃんと仲良くなりなさい。1つだけ助言をするとすれば、嘘を作る時は事実も織り交ぜなさいね」
困った。とても困った。どうすれば良いんだ。というかララリア・ガーベルとは1年くらい会っていないんだから仲良くなるにも情報が無さすぎる。それにあの性格本当に・・苦手なんだよなあ。頭の弱い令嬢って感じで。こんな事ならさっさと婚約破棄を提案しとくんだった・・。
そんなこんなで3日が経ち、僕はララリアと2人で庭園にいる。ララリアは以前のような雰囲気が消えていて正直驚いた。そして思っていた以上に元気そうで更に驚いた。だからあんな質問をして・・『嘘』をついた。婚約破棄なんて行われるはずがない。事情が事情だからガーベル家が婚約破棄の話を持ち出すかもしれないが、そうなればうちの両親が止めるはずだ。要は狙ったレアな研究対象を逃したくない、という事で、その為ならば自分たちの息子くらい喜んで差し出す。
そして僕はあたかも婚約破棄が進んでいるかのように話し、乗ってきたララリアに、また『嘘』をついた。ララリアへの気持ちは両親に何を言われようと変わっていないので事実を話し、話が通るような作り話を伝え、最終的には婚約を続けてほしいと破棄されるはずのない婚約破棄の取り消しを求めて応接間へと戻った。作り話、結構ララリアの事悪く言ってしまった気もするけどララリアがOKしてくれたんだからセーフだ。
ララリアが、僕と心を通わせられている、と双方の両親に思わせれば僕の勝ちだ。実際どうであれ、仲良くなりました~と証明できるような言葉を2人が言えばお母様も納得してくれるだろう。これからは月に1度くらいはこの家を訪れないといけないのか・・面倒だな・・。
そんな事を考えていると、お母様が、嘘なのか本当なのか分からない、いや、嘘も本当も混ざった話をララリアにしていた。そして何だか思ったよりも話が進んで焦った。
「ありがとうございます」
ララリアと意図せず被った言葉を発した時、2人とも顔が引きつっていた気がする。
って、待って。何でいきなり週に1度ララリアの所を訪れる事になってんだ!!!




